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これでいいのか?

「結構いけてるかも」


そう私は今、とあるホテルのあれです。

――大学病院の方が落ち着いてきたから――と。

ドレスの試着というものを生まれて初めて体験してるわけでして。


式場は別に拘ってないからと、言ったがうちにあっという間に式場が決まってしまった。

今はさ、本屋さんに行かなくてもコンビニとかで目に入るわけよ、あのかの有名な結婚雑誌が。

たぶん、一生に一度だろうし本当だったら夜な夜なページを捲ってさ、あーでもないこーでもないって思案するものだと思ってたのだけど、如何せんね……。

家族の職業を知って結婚するってなったのだから、本当はあの時みたオシャレなチャペルみたいなところも憧れてたこともあったのよ、なんて言える私でもなく。

真美にはお人好しすぎるって言われたけれど、本当はそれもちょっと違う。

会話の中で『別に』と答えたのは他でもない私自身。

期待しすぎちゃいけないってブレーキが掛ったんだ。


年の割にはいけてる方よね?

鏡に向かって自問自答。

でもあれよ、問題はヤツだ。

カーテンの向こう側にあいつがいるかと思うと、心落ち着かない私がいる。

いつまで経っても試着室から出てこない私に声をかけたのはヤツではなく式場の人だった。


「いかがですか?」

柔らかな口調で伺いを立ててくる。

いかがも何もないんだけど、出たくないって思う私がいましてね。


「はい」

と短い返事を済ますと、また柔らかな口調で

「ちょっと失礼してもいいですか?」

ときた。

勿論それを阻む理由なんてない訳でして。

勇気を出してカーテンを引いた私。

にっこり笑った柔らか声のお姉さんと目が合いましたとも。


「素敵ですよ、ね」

句読点で仕切られた言葉。

素敵ですよ、は私に。

ね、はヤツに向かって。

顔は合わせずとも、よーく耳は澄ましていたけれど一向に返事がこないときた。

仕方なく顔をあげるしかない訳でして。


ようやく対峙した私に一言


「ふーん」


って。

おいおい、それだけですか。

これじゃお姉さんも話を振って立つ瀬がないじゃないか、と思ったけれどそうでもなかった。

私に向けた笑顔よりもいい笑顔でヤツの顔を見てるって。


知ってますか? ここはウェディングドレスの試着室で、今私はそのウェディングドレスを着てる主役なんですけれど。

ちょっと腹が立ち始めた私に。


「これは?」

とヤツが指をさした先にはね。


飾り気のないシンプルなドレスが1着。

シルエットがとても素敵で。

私の選んだレース使いのドレスも素敵だけど、それはちょっと大人の雰囲気。

見た目はちょっとスリムに見えるけれど、ラインがはっきりしているだけに私に入るかちょっと不安。


「着るのはタダだから、梨乃着てみろよ」

なんて。

普段「おい」とか「お前」しか言わない癖に。

こんな時に名前を呼ぶかな普通。


「今着てらっしゃるのも素敵ですけれど、きっとこちらもお似合いですよ」

そういって、お姉さんから手渡されちゃったら断れないっていうの。

またどうせ「ふーん」って言うくせに。

なんて思いつつも、しっかり試着室にユーターンしちゃった私。


もし、入りませんでしたなんてことになったら私ここから出れないじゃない。

と半ば苛立ちながら、裾に足を通したのだけど、これが驚いた事に私サイズぴったりときた。


「これいいかも」

自分で言うのもなんだけど、さっきのドレスより似合ってるかも。

女って現金だ。

いい服を着ると自然と頬が緩む。

くるりと背を向け体のラインを確かめてみたけど、大丈夫。

今度はどうだとばかりに、声を掛けられる前に自分からカーテンを引いた。

私の視線は目の前のお姉さんを素通りして、きっと一番良く見えるだろうポーズでヤツを見据えた。


「いいじゃん、似合ってる」


よっしゃーと心の中でガッツポーズ。

「流石、仙崎様の事を良く分かってらっしゃいますね」


その言葉になんだかしっくりこないものもあるけれど、見繕ってくれたのは確かなのかもしれない。

ちょっと意外な感じもするけれど、なんだか素敵なドレスに会えたことが嬉しくって。

ドレスくらいは自分で気に入ったものを選んでやると意気込んでいたからちょっとだけ癪だけどさ。


そんな浮かれた私に大きな甲高い声が振ってきた。

そうあの片瀬を彷彿させる甲高い声が。

勿論片瀬じゃないけどさ。


「キャー素敵。私も絶対あのドレスにするー」

そう、一本の指が私を差していた。

気に入ったドレスを纏い余韻に浸っていた私は一気に現実に引き戻される。

それにしても今時の子は。

人を指さしちゃいけないって言われなかったのかしらね。

まあ、私じゃなくてドレスなんだけれどさ。


でも何かさ、この雰囲気。

やっぱり私はこれ脱がなくちゃだわよね。

だってこれ貸し衣装なわけだから。

こんな時に愛想笑いしちゃう私って。

ゆっくりと試着室へ後戻りを始めた私に


「梨乃、向こうで衣装に飾り合わせてくるんだろ。そのままでいいから荷物だけ纏めておいで」

それはレアな優しい声だった。

果たしてこの状況を把握しているのだろうか?

空気の読めないやつになっているのよね?


「でも」

そう言い淀んだ私に


「大丈夫だから」と今度は眼光鋭く言い放ったり。

慌てた式場のお姉さんまで

「仙崎様のお時間ですから大丈夫ですよ」

と。

ちょっと気が引けるけれど、彼女の隣にいる彼に軽くお辞儀をして脱ぎ放った洋服を手に取った。

3回ほど深呼吸して試着室を出ると、さっきまでの勢いが無くなった彼女がふてくされながらも衣装を選んでいる姿が目にはいる。

ヤツはというと腕組みしながらニヤっと……

お姉さんもにっこり。

この短時間に一体何を言ったというの?

私は何を言われるかとヒヤヒヤもんだったというのに。


「な、大丈夫だったろ」

そうは言うけれどさ。

時折感じる冷たい視線。

まったく大丈夫そうに感じないんですけれど。


案の定。

ティアラを選んでいる時にやってきた彼女。

恨めしそうに私を見ているのは気のせいじゃないよね。

彼の方は恐縮して何度も頭を下げてるし。

元来お人よしな私。

「結婚式の日取りはいつなの? もし良かったらこのドレス――――」

勿論好意で言ったのに私が言い終わる前に


「なんか凄くムカツク」


びっくりするような笑顔で言われた私って。

思いがけない言葉に固まるしかないわけで。

おまけに

「コウダイ、今日は帰る」

とツカツカと私の前から消えていったときた。

耳をツンザクような高音。

私何か悪い事言ったのかしら。

思わず視線を這わせたヤツは


「バーカ」


それは声に出さずともそんな言い草。

なんで私がバカって言われなくちゃならないわけ?

言われてないけど、口パクだけど。

超気分悪いんですけれど。

それにあの女私にムカツクって。

私の方がムカツクっていう場面よね?

あの女、きっと片瀬の親戚だ。

なんてありっこない妄想までしちゃう私って。


突然帰った彼らの担当がアタフタしているのを尻目に

「どれにするんだ?」

なんて呑気に腕組むコイツ。

その性格が信じられないっていうの。


















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