食い気
「だから、そんなに笑わなくてもいいじゃない」
――まさか、本当に釣られるとは――
思い出しては笑えるらしい。
そう、ちょっぴり感傷がかって海を見つめる羽目になってしまった私。
どうやって振り向けばそう考えあぐねた私だったのだけど。
――この近くに美味いって評判のソフトクリーム屋があるけど――
そんな問いかけに、思いっきり反応してしまいまして、ええ間髪入れずにです。
確かに、実家にお邪魔してその後にさっきのオープンカフェにも行ったわよ。
でもさ、緊張しててあまり食べられなかったり(と言っても食べたし飲んだけど)、いらぬ想像で食欲無くなったり(と言ってもしっかりジュースは飲んだけど)でね。
だけど何を隠そう私は美味しいソフトクリームが大好きなのよ!
すみませんね、色気より食い気で。
それにしても何で私ってこいつの前でこんなにもかっこ悪いんだろう。
”素”以上のカッコ悪さなんじゃないだろうか。
もっとあれよ、上品っていうか落ち着いたっていうか大人の女になれないものなんだか。
でも自分で言うのもなんだけど、他の人の前じゃ違うと思うんだよね。
ロケーションもばっちりで今はヤツ曰くデートというもので。
なのに隣には笑いを堪えてハンドルを握ってるって。
調子が狂うってこういうことを言うんだろうな。
悔しいから私からは言葉なんて発してやらないんだから。
そう意気込んでみたけれど。
「まじかよ、お前ってほんとタイミング悪いかも」
そういって、止まったのは誰もいない駐車場。
いつもは結構並んでるって言っていたそこには。
――臨時休業――
の張り紙。
私のお腹は既にソフトクリームモードだったのに。
連れてきてくれたコイツに罪はないけれどさっ。
「そんな残念そうな顔しなくたって」
とまたもやツボに嵌ったようで先ほどの余韻冷めやらぬ前にまた笑いだしたときた。
「別に」
言葉とは裏腹に、ふてくされた声を出してしまったのはソフトクリームを食べられなかったせいではなくてね。
絶対コイツ小学校の頃からの筋金入りのいじめっこに違いないと確信した。
人の不幸を面白がるヤツだとね。
「また連れてきてやるから」
なんて上から目線。
心の中では場所は覚えたから自力で来てやろうかなんて思ったけれど。
「それはそれは楽しみだわ」
なんて返ししかできない私はボキャブラリーが貧困だ、と言ったそばから敗北感。
何も敗北感なんて味合わなくてもいいんだけど、どうしてこう戦闘モードに入ってしまうんだか。
「でもほんと綺麗な海岸線だよね」
フロントガラスの向こうに見える景色。
海っていつきても新鮮な気持ちになるから不思議。
私から話掛けてやるもんかなんて思ってたのにごく自然に会話しようとしている自分がいた。
ロケーションもばっちりなのだからそこにあるのはある意味当然なのかもしれないけれど。
目に入ってしまったのよ、人生で一番幸せなのだろうなぁという風景を。
「なんか凄いな、風」
それは近づいてくる景色を見てのヤツの言葉なのだろうけれど、なんかもうちょっと他の言葉が出ないのだろうかと。
確かに凄い潮風でウエディングドレスが翻ってるけどさ。
花嫁さんがブーケ片手にドレスの裾を抑えて。
花婿さんは周りで茶化す友人を制しているようで。
遠目に見てもそれはとても楽しそうで。
私もあんな風に楽しそうな顔で結婚式のその日を迎えられるのだろうか、と。
きっとコイツの事だから、目の前に近づいた花婿さんのように嬉しそうに微笑むなんてありっこないんだろう。微笑むというよりはあの嫌味な笑みでしかないだろうと容易に想像できてしまうところが悲しいってもんよ。
まっ、結婚式の日取りも式場も決まってないんだから、もしかしてもしかするとご破算になることも少なからず可能性があるのかも。
だって微妙な私達の関係じゃね、ヤツに運命の人でも現れたりしたら忽ち私は――。
あー、もうなんて暗い発想なのかしら。
あれよ、やっぱりほらあのプロポーズみたいなアレのせいよ。
きっと誰しもがするような恋愛の過程を踏んでないからなのかなぁなんて勝手に理由づけなんてしちゃったり。
一人妄想と想像劇場を繰り広げていた私に。
「女ってさ、こういう所で式挙げたいとか思うのかもしれないけど――」
思いがけず聞いた言葉は結婚式を挙げるという意向のものでして。
「思うのかもしれないけれど?」
微妙なところで切られた言葉に私はオウム返し。
「うちの親とか親戚とか。職業柄揃って遠いところに行けないから。かといって親戚抜かして俺らだけで挙げるっていうのも難しい。お前には悪いけど近場探さないとならないんだが」
驚いて言葉が出なかった。
私は今通り過ぎた結婚式を見てもしかしたら駄目になる可能性だってと考えていたのに。
同じ風景を見てヤツは私と反対の事を考えていたなんて。
「別に何処だって構わないわよ」
あら私ったらまた可愛くない返事を。
でもちょっと嬉しかったり。
でも、家族に紹介しに行ったその日なのだから私が妄想しちゃった事の方がおかしなものなのかもしれないけどね。
自信がないのよ、仕方ない。
そんなあまり実感の無かった私が翌週からとても現実味のある日々を過ごすなんて想像もつかなったわよ。