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今日はいったい何なのよ。

ふーっ。

助手席で両腕をめいいっぱい伸ばして深呼吸するのは、失礼なのかもしれないけれど許して欲しい。


「別に緊張するほどの親じゃ無かっただろ」

確かに反対はされて無かったし、むしろ何故か歓迎されているみたいだったけど、ご両親に初めて会うんだ緊張しない訳がない。

それにあの豪邸に、あのご両親を見て臆さない人がいたら教えてほしいってもんよ。


「緊張しすぎて身体が固くなったみたい。っていうか緊張するなっていう方がおかしいわよ」


「そういうもんかね」

呑気すぎるその言葉に


「そういうもんです」

間髪入れずに返答するとようやく本調子が出てきたようでホッとしたり。


「別に今みたいな梨乃でもうちの親は変わらないと思うけれど。まあお前が畏まってる姿は新鮮だったけどな」

何を根拠にそんな事を言うのか。それに何ですと?


「あんた相手に畏まってどうするのよ」


「そりゃそうだ」


土曜の高速道路は比較的空いていて、って。

何処に行く気?

当り前のように車に乗っててっきり家に行くものかと思ったけれど、これって逆方向よね?


「家に送ってくれるじゃなかったの?」

疲労困憊気味の私は早く着替えて家でごろんとしようかなと思ったのだけど。


「どうせ暇だろ」

なんて軽くあしらわれ。

暇だろって誰が婚約者?、婚約者よね? の両親と会う日に予定なんて入れるかっての。

そんなに非常識じゃないわよ。


「暇ってあんたね」

食って掛かった私に


「折角めかしてるんだ、デート行こうぜ」

なんて言うもんだから拍子抜け。


――疲れたから家でゆっくり休みたい――

そう喉まで出かかった言葉は綺麗さっぱり消滅してしまった訳でして。


「別にいいけど」

なんて可愛くもない言葉が代わりに出てきましたよ。


「可愛くねえの」

そんなの解りきった事でしょ。

フンっと鼻を鳴らして窓の外に視線を移してみたり。

流れゆく景色を見ていたはずなのに、ふと窓に写る横顔に気がついてしまった。

ラジオから流れる曲に合わせハンドルに置く指が時折跳ねる。

はっきりと顔が写らないので解らないけれど、機嫌が良いように見えるのは私の思考が都合よく働くからなのだろうか。


デートね。

ラブラブには程遠いけれど、こんな距離感でいられたら案外心地が良いものなのかも。

いつか王子様って言うけれど、世界中の王子様がみんな優しい素敵な人とは限らないのかもしれない。

ツンデレじゃなくてツン・デレ無し王子様。

何だデレ無しって。

自分で考えて微妙なその言葉にウケタリして。


「一人でニヤついて怪しい奴」

そんな言葉にもデレ無し効果だろうか

「怪しい私と結婚しようと思うアンタの方が怪しいのかもよ」

余裕がちょっぴり出てきたり。


ちらりと見えるコイツの横顔。

ぜーったい言いたくないけれど、私のツボだったりする。

私の好みなんだよ。

微妙な関係に盗み見するしかないこの現状は果たして?


少しだけ空けた窓の隙間から入る少し冷たい風が心地よい。

なびいた髪を耳にかけるとフラッシュバックする記憶。


『当り前だろ』


あれはいったい何だったのだろう?

今までの態度を見たって言動だってそんな素振りは全くない訳でして、ましてや毎日鏡越しで体面している自分の事は良く解ってる。

両親にこのあやふやな関係を見透かされないかのような演技だったのだろうか。

とてもじゃないけれど本心には思えない。

それともあれか、美形に囲まれすぎて感覚がマヒしてる?!

順当に考えて前者だな。

あれは両親に対しての演技ではないかと自分の中で結論づけた。


なんかすっきりしたら、喉が渇いてきた。


「何か飲みたいな」

そう言ったのはただ単に喉が渇いたからなのだけど。


「お前まだ飲み足りないのか? あれだけワイン飲んだのに?」


はーっ? と思って直ぐに気がついた。

ワインを飲んだのは私だけで……

そっか、そうだよね。

幾分年を重ねると、こうなるのが当たり前みたいに思ってきた節は否めない。

コイツだって嫌いな訳じゃないだろうに。

それにあのワインは私が知る限りでも相当な極上物。

我慢なんては言いすぎかもしれないけれど、私だけっていうのはやっぱり、ね。


「ごめん、そういうつもりじゃなかったけど。ただ単に冷たいものが飲みたくなったっていうか……」

言い淀んで言葉尻が窄んでいく。


「あー俺もワイン飲みたかったなぁ。兄貴昔っから目利きいいから」

何でしょうその子ども染みた言い方は。

でも、今日ばかりは仕方がないか。


「ごめん、私ばっかり」

本心で言ったのに


「マジかよ、梨乃がそんなにしおらしいとやばいんじゃないか?」

そう言ってあからさまにフロントガラス越しに空を見上げる。


「私だってたまにはね」


「おー自分でたまにって理解してるんだ」


馬鹿馬鹿しくなっちゃって、疲れなんて一気に吹き飛んだみたい。

スルーされるかと思ったのに、いつの間にかハンドル切ってサービスエリアに。

と思ったらツカツカと自動販売機に直行。

私の意見なんて聞きもせずにペットボトルのお茶を2本買っていた。

まあ、私もお茶が欲しかったですが。


直ぐ隣にいるのに「ほれ」なんて、ペットボトルを投げられて。

慌ててキャッチした私の何がおかしいのか笑いだす始末。


『何で投げるかな』

そうは思うが


「ありがと」

とお礼を言って口にした。


軽く火照ってた身体に染みていくお茶。

うまーっ。

何気に耳に入るゴクリという嚥下音。

そちらを見るのは自然な流れで。


の、喉仏が。

喉を鳴らす姿にドキリとした私。

以前同期の誰かが


「男の人の喉仏って好き」

と喉仏フェチを力説していたっけ。

あの時は何言ってるんだかって思ってたけど――。

それ思いっきり撤回します。

めちゃセクシーに見えるんですけれど。


さっきのハンドル握る横顔といい

今のこのゴクリと鳴る喉仏といい


不毛な片思いをしている女学生になった気分。

両想いでないけれど、結婚する相手。

友人みたいなそんなノリ。

物凄く大きな目で見れば気心しれた同志みたいな。

んーそこまでは都合良く解釈し過ぎか。


不毛な片思いよりずっといい位置にいるはずなのだけど、胸中微妙なのよね。

認めたくないって思ってるけれど、やっぱり好きだと思ったり。


そんな事を思っていたら相当眉間に皺が寄ってたみたいでして。


「歳なんだから、元に戻らなくなるぞ。これ医学的に見ても明らかだから」

わざわざ眉間に皺寄せて人差し指でなぞるあたり、意地が悪い奴って思うのは普通の感覚よね?


「大きなお世話だっていうの」

と言いながら人差し指で眉間をこするのはちょっと気にしているからで。

他でもないアンタに言われるからムッとするのよ。


「大きなお世話って。俺の花嫁さんが結婚式に眉間に皺寄ってたら嫌だろうが」


そんな爆弾宣言に私が固まるのはごく自然な流れでして。

いったい何なのよ今日は。

調子狂っちゃうじゃない。


そんな私に更に超メガ級の爆弾が投下された。


「俺もワイン飲みたくなったから、温泉にするか。泊まりで」


飲みかけたお茶を零しそうになった。

親にも挨拶して、結婚決まって、それなりの歳だし……

だけどさ、お互いの気持ちっていうかなんていうか。

嫌じゃないけど、嫌じゃないけど。

ほら、あれよ。

好きでもないのに。って私は好きなんだけど――


「なーんてな。そんなにテンパルなって」

言いながら来た時同様車に向かってツカツカ進むよ。

背中越しに肩が震えてますけど。


からかって笑うなんて、お前はどこぞの小学生かっていうの。

本当にもう。

ヤバイ、ヤバ過ぎる。

火照った顔がもっと火照った。

ワインのせいに出来るだろうか?


ひっそりペットボトルを顔につけてみるけれど、身体の内側から上がる熱は早々冷めてはくれなくて。

これも何かのゲームなのでしょうか、

期待しちゃいたくなるじゃない。


後が怖いから期待したくないんだってば。

泣きたくなるよ、もう。









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