されないよ
ベットにもぐり込む。
今日も例外に漏れずぐったりだ。
仕事の疲れが抜けないのはやっぱり歳を重ねたせいなのもあるけれど、ここ数日私に回ってくる量が半端無いってのもある。
確かに仕事を頼みやすいかもしれないわよ。
江川が体調のすぐれない奥さんの為に残業をしなくなったのは今週の始め。
そんな事情を知っちゃ引き受けないわけにいかないからね。
身重の奥さんの体調良くなるといいな、と心から思う。
風邪引いたことのない人が父親なのだからきっと元気な赤ちゃんが産まれてくるに違いないと確信しているのだけど。
あーそれにしても肩が張る、ふくらはぎが浮腫むー。
ベットで横になりながら足をばたつかせるも効果は今一つ。
南国のビーチでゆっくり癒されたいものだわ。
あっ。
南国のビーチ……
――新婚旅行は何処に行くの? やっぱり南国リゾートとかいいわよね――
それは先日のアイツが来た時に母さんが放った言葉だったり。
南国リゾートかぁ。
――私は梨乃さんの行きたいところに良ければいいなと思ってます――
確かそんな事を言ってたような。
私が行きたいところだなんて言ったら大変だっていうの。
ヨーロッパに北欧に行きたいとこなんて山程あるんだから。
新婚旅行ってあれよね。
やっぱり、ああいうことをいたすのだろうか。
ふいにあの時の唇を思い出してしまって思いっきり頭を振った。
なんて事をしていたら枕元に置いた携帯が震えだした。
珍しい、珍しすぎる。
こんな時間にメールでなく電話がくるなんて。
思わうレアなものを見たようで携帯に写る俺様の文字を眺めてしまった。
いい加減この名前も変更しなくちゃかも。
「もしもし」
「よお、寝てた?」
日付が変わったこの時刻、寝ている人も多かろう。
「寝てたら電話に出ないわよ」
変に突っかかるのはさっきまでの妄想が影響してまして。
やばい電話なんだから当り前なんだけど、こんな耳元でこの声を聞いちゃうと勝手に口元を思い出している私がいて。
「覚えておく、梨乃は一回寝たら起きないんだな」
なんて。
喉元を鳴らす笑い付きだけどいつもにもましてフランクな言葉が返ってくるから驚きだ。
「珍しいわね、電話なんて」
「お前がしないからな」
なっ、何を言うか。
だって用なんてあるようなないような。
あんな関係で始まったからか友達や恋人みたいな電話なんて出来るはずもなく。
それはアンタが一番解っていそうなもんだけど。
「で?」
ほんと私って可愛くない。
人のメールの事なんて言えないかも。
「ちょっとは世間話をしようって気にならないかね。仮にも婚約者相手に」
いつか聞いた事のあるような言葉に思わず笑いがこぼれた。
「そうね、強いて言えば仕事がキツクテ身体中が悲鳴を上げてるってとこかしら?」
そう言いながら思いっきり足を伸ばした私に
「今度マッサージでもしてやろうか、医学的見地で」
なんて、言うもんだから
「あら、だったら有難くお受けしようかしら?」
と軽い気持ちで言ったのだけど。
「ふーん、素直にベットに横になってくれるんだ梨乃は」
と含み笑い。
なんなのよ、その意味深な笑いは。
「だって医学的見地でマッサージなんでしょ」
と言いつつも、さっきまでの怪しい妄想が……
私やっぱり欲求不満なのかしら?
これじゃいかんと
「だから、何か用があったんでしょ?」
と勢いよく言い放ったのは完全に邪念があったからで、傍からみればそれはバレバレの展開だったりするのかも。
「じゃあ、用件。来週引っ越すからその前に、今週の土曜日家に行く。梨乃を紹介するから」
たぶんそうなんだろうなぁとは思っていたけど、いざその時がくるかと思うと不安がよぎる。
本当で私でいいのかと。
向こうの家はうちとは格が違うって解ってるから。
本当の恋人でもなかった私は果たしてその役目を果たす事が出来るのか。
確かお兄さんが家を継いでるって言ってたけど。
だけど――反対とかされないのだろうか。
「梨乃? 聞いてるのか?」
その言葉にまた驚いた。
一方通行じゃない会話のような気がして。
「聞いてるよ、ちゃんと」
コイツの家族ってなんか想像できそうで怖い。
きっとお堅い感じなのだろうな。
「迎えにきてくれるんでしょ?」
「ああ、一緒にお昼をと言ってたから11時に行く」
私で大丈夫なのだろうか?
ふと病院で会ったあの看護師を思い出した。
本当ならば、ああいった人を望んでいたのかもしれないと。
「ねえ、私を連れていって反対されたらどうするの?」
私にとったら結構重要な問題だったのに
「へえ、お前でもそんな心配するんだ」
なんて、真剣みのない返事。
「しちゃ悪い?」
いつものぶっきらぼう。
強いて言うなら私らしい?
また馬鹿にした言葉が返ってくるかと思いきや。
「されないよ」
その一言はこれ以上反論が出来ないような自信ありげな物言い。
「いつもの梨乃でいいから、変にかしこまるとボロが出るぞ」
なんて。
「なんなのよいつもの私って。あんたと一緒にいる以外は至って平穏で物静かな女ですから」
即効突っかかってる自分にこれがいつもの私なのかもしれない、なんて思った。
笑っちゃうよ、ほんと。
まるで小学生みたい。
「それでいいんだよ。梨乃は梨乃なんだからさ」
もう本当に調子が狂う。
今日のコイツは何だか変だ。
上げたり下げたりもしかして酔っぱらってるとかか?
でもコイツとはこんな感じが心地良いんだ。
電話を切って天井をみつめた。
今の今まで気がつかなかった滲みを発見。
いつの間に出来たのだろうか。
私達も気がついたらいつの間にか時が過ぎていくような関係になるのだろうか。
どっぷり浸かった恋愛から結婚するよりも、こんなあやふやな関係の方が私達には良かったりして。
初めから愛情がなければ、冷める事もないからね。
元来私はポジティブ思考なのよ。
反対されたら?
そんなの言われるまで心配するもんじゃないわね。
その時に考えればいいんだから。