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質問はお終い?

「なんで私がコーヒーであんたがビールな訳?」


「冷蔵庫覗いたら手に取ってた」


ドカッと腰を下ろしてるのに振動が伝わらないソファって高級品なのかもしれない。

目の前にはむき出しのチーカマ。

私の前に置かれているっていうのはこれ、私にくれたのよね?

コーヒーにチーカマなんて組みあわせ初めてだよ。


「で、もう質問はお終い?」

いつもより少しだけトーンの高い声。

おどけているみたいな気がするのは気のせいなのだろうか。

そんな調子に釣られてか、私もいつもみたいに声を出した。


「そうそう、アンタね、白馬の王子様ってどういう意味よ。昨日から私の頭はテンパっているっていうのに」

げっ、しまった勢い余って余計なひと言まで……

そんな私を見て


「そんな事言ったっけ?」

なんてふざけた事を。

さっき自分で言ってた癖に、こんなところですっとこどっこいなんて言われたくないって。

意地の悪い奴には、お返しだとばかり


「あっそう。じゃあ、昨日のアレも私の勘違いなのかもしれないわね」

としてやったりの返しをしたと思ったのに


「お前、返事しにきたんだろ」

なんて、ストレートな。

そして、なんて好みの声なのだろう。

一瞬怯みそうになったけど、ここが勝負なのかもしれない。

勝負っていうのもおかしいけれど。

チーカマを一口頬張って軽く咀嚼すると、満足気に頷いてみせた。


「そう、返事をしにきたのよ」


手に汗握るというのはこういうことをいうのだろう。

握った掌がじわりと湿り気を帯びた。

殺風景な部屋の静寂。

隣から伸びた手からテーブルに置かれた缶ビールの音が耳に刺さる。


「冗談とかじゃなくて、本気で私と結婚する気があるの?」

きりだした言葉は思いのほか落ち着いて出せたように感じた。


「ああ」


私にしたら最重要確認事項だというのに、コイツときたら”たった二文字”で返しやがった。

甘い言葉を聞きたかったわけじゃないけれど結婚を夢見る事が悪い事のようでこんな男を好きになってしまった私が恨めしくなる。

ちゃかすような瞳ではないことが冗談でない事を物語っているけれど、感情を読みとれない素の表情が返ってやりずらい。

食って掛るような言葉の応戦の方がどんなにやりやすいか。

でもここできちんとしておかないと。


「条件があるの」

そう、条件。

お見合いでも恋愛なのかもよく解らない事の結婚話。

紙切れ一枚の関係と言えばそれだけだけど、飼い殺しのようなつまらない人生だけは送りたくなかった。

特に身近に姉貴の家族を見てきただけにそれなりの幸せを掴みたい、そうは思うから。

例え私の事を愛してはくれなくとも。


「言ってみろよ」

余裕たっぷりなその言葉に少し怯む私がいたけど、後には引けない。

視線の先に飲みかけの缶ビールが入り思わず手を伸ばしたくなる衝動に駆られるけれどグッと堪えた。

さっきの店で遠慮してあまり呑まなかった事は不幸なのか幸いなのか。

素面で言うべき事なのだと意を決した。


「アンタが私に恋愛愛情がないのは解ってる。まだ会って間も無いしお互いの事だってよく解らない。たった紙切れ一枚の関係かもしれないけれど、結婚するからには――浮気は嫌だから。束縛する気はないけれど他の女に手を出したりとかは止めて欲しい」


ちょっと思ってた事とは違うけれど、私が望むのは誠実であって欲しいという事。

契約結婚みたいな形だとはいえ、そこだけは妥協したくなかった。

好きになれなんて言わない。

本心はまだ夢をみたいと思っていても。


「お前、俺をバカにしてる訳?」

イエスでもノーでの無い言葉に握っていた掌に爪が食い込んだ。


「バカにしてる?」

思ってもない言葉に思考回路が混線状態。


「そんな面倒臭い事お前一人で十分だっていうの」

呆れて呟くように放った言葉。

解ってはいたけれど、完全に夢が打ち砕かれた瞬間だった。

面倒臭いって言うか普通? まあ普通じゃないのだけど。

浮気をしないと解っただけでも良かったと思うべきなのだろうか。

真美の言ってたように本当は気持ちをぶつけるつもりだったけれど、その一言で意気消沈。

この思いは墓場まで持っていくべきものなのかもしれないと思ってしまった。

でも――


「それにさぁ。何で俺がお前を好きじゃないって前提なわけ?」

思わぬ言葉に顔をあげるとシタリ顔のヤツがいまして。

確かに嫌いか好きかの選択しかないと言ったら好きなのかもしれないけれど――。

きっといつものマヌケ顔をしていただろう私にまたもや思いがけない衝撃が。

ビーンと脳天がしびれるほどの、そうそれは世間一般にいうデコピンというもので。


「痛ーっい、何するのよ」

あまりの衝撃に右手でオデコを抑え空いた左手で隣の肩口を思いっきりパンチしてやった。

ふいの出来ごとに意味深な言葉を追及する事も忘れてしまう私がいた。


「で、お前の返事は?」

ふざけていると思えばこれだよ。

私は本当にコイツと上手くやっていけるのだろうか?

私が主導権を握っていたはずなのに、どうしていつもこうなってしまうのだろう。

でも、なんでここでその声を出すかな。

私がその声に弱いと知ってやってるのだろうか。

その声に導かれるようにその答えに肯定するように深く頷いた。


「それじゃ解らない、肝心なとこだろ?」

核心めいたその物言い。

ムカつくけれど、ときめいちゃうって私の神経おかしいのじゃないだろうか。

好きだと言う前に結婚を承諾する人なんて何処にいるのだろうとちょっとだけ冷静な自分もいたりするから不思議なものだよ。


「結婚してあげるわよ」

一生懸命虚勢を張ってみたって、見破られてしまうのだけど。

何となく悔しくってそんな言葉を発してしまう悲しい私。

勢いのいい言葉とは裏腹におそるおそる顔を覗いていみると。


いつもの鼻で笑うあれより一段と意地の悪そうな、片方の口角だけをあげる悪魔のようなほほ笑みが。

捕まえたはずなのに、捕まえられたような……


なんとなく嬉しそうに見えるのは私がそう見たいと思う妄想なのか幻覚なのか。

それにしても、何で私なのだろう?

そんなに都合のよい女に見えたのだろうか。

聞きたいけれど、聞けないのは何でなのだろう?

年を重ねるとなるべく傷つきたくないという自己防衛の働きなのか。


『別にお前じゃなくても良かったのかもしれないな』

そんな言葉を言われた日にはきっと後悔の嵐だろうから。

解っていないようで解っているのだと思う。

こんなに本気で若さが恨めしいと思ったのは初めてかもしれない。

そして自分の結婚を決める場面がこんな微妙な展開になろうとは誰が想像できただろう。


『お前が好きだ、結婚してくれ』

嘘でもいいからそうストレートな言葉が欲しかったなんて、笑われるのがオチだわよね。

軽いトリップはいつもの事だけど、それを真顔で突っ込まれると恥ずかしいとは察してくれないかしら?


「結婚決めて、そんなマヌケ顔になるのはお前くらいだろうな」

なんて。

夢も何もないプロポーズとも言えないような言葉に浮かれるほど……いや、ちょっと浮かれそうになったけど若くはないわよ。

キッと睨みつけた私を面白そうに眺めると、まるで私の心を読んだかのように


「やっぱりあれか、『梨乃、愛してる。結婚してくれ』とか言われたかった?」

なんて私好みすぎる声で囁くものだから


「そんな嘘くさい気持ちの籠ってないプロポーズなんて嬉しくないっていうの」

きっとこれ以上ないってくらい赤い顔で間髪入れずに反論していた。


「そんな真っ赤になって怒るなんて傷つくかもよ、俺」

突然伸びてきた手が私の髪を掬うもんだから、背中に鉄棒が入ったかのように固まった。

慌てて、手を振り払うと


「『かもよ』って何なのよ。そんなに私をからかって何が楽しい? あんたは小学生かっ」

まんま小学生のようなケンカ文句。

バカ丸出しみたいで、どうしてこうコイツ相手だと壊れてしまうのか。

会社での私は何処へやらだよ。


「当たりかも、小学生から変わってないのかもな」

なんて涙流して笑われる私って。


でも、こんな関係が心地よいと思ってしまう。

頬を膨らませながら、怒ってみせるけれどそれもツボだったようで抑える事なく大笑いを始めたこの男。


仮でも無い、本当の婚約者になったコイツの笑った顔。

ムカつくのだけど、やっぱり好きなんだなと改めて思ってしまった。














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