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思考回路停止

クリスタルのグラスには綺麗にカットされたスティックきゅうり。

指先で摘まんで、上品そうにかじってみたり。

普段食卓でみるきゅうりなんて、糠漬けかサラダくらい。

とても同じ野菜には見えない。


人も同じなのかもしれないな。

片瀬だって、あれはあれで自分を良く見せようとしているのかも。

って何で今ここで片瀬を思い出すんだ。


「なあ」

ふいにそう話し掛けられて、反射的に顔を向けた私も悪かったわよ。

ええ、そうでしょうとも笑われる顔をしてたでしょうよ。

きゅうりをかじったまま、思いっきり素だったのだから。


「何よ」

きゅうりをかじりながらすごんだってと自分に突っ込みを入れながらも、このきゅうりを何とかしたくてカリポリと咀嚼する。


「女って、本気で白馬の王子様が現れるとか思ってるもん?」


あんまりにも突拍子が無さ過ぎて。

きゅうりを噴き出さなかった自分を褒めたいもんだよ。


心の中で舌打ちをする。

私にとってはね


アンタがその――だったりするんだよ、と。


こくりときゅうりを飲みこむと、カウンターの向こう側を見据えため息と共に言葉を吐きだした。


「男には解らないだろうけれど、心の奥ではそう願うもんなのよ。何処かにきっと私だけを好きになってくれる人がいるはずだってね。そんな人はいないって解ってるけど、そう願っちゃうもんなの」

こんな乙女ちっくな発言をコイツの前で晒すなんて、コイツにエサを与えてしまったみたいで――取って付けたように、言葉を繋いだ。


「あくまでも、一般論だけどね」

顔をみずとも、今隣にいるコイツがどんな顔をしているのか想像出来てしまうのが悲しいところだ。

けれど、一向に聞こえないあの鼻で笑うフッってやつ。

笑われたら

『だから一般論って言ってるでしょ』

と息巻くつもりだったのに拍子抜けみたいな感じ?


「だったら、お前はどうなんだ。……いつか現れるとでも思ってるのか?」

笑わずに放たれたこの言葉に何と返したらいいのだろう。

シャンパンに伸ばした手が止まってしまった。

これ以上みじめな姿を晒すもの如何なものか。

今日はすっきりするって決めたでしょ、とここが私の勝負処なのかと思いなおす。

心の準備は出来てたはず――なのに。


「だから、一般論だって言ってるでしょ。悲しいかな現実は解りきってるわよ、そんな人があわられる訳ないって」

と勝手に開く私の口。

いわば予定通りの言葉だった訳だけど、天性の天の邪鬼は私の一世一代の勇気を邪魔してしまった。

私の馬鹿、と脳内で自分を罵る言葉が渦を巻く。


「でも、結婚願望はあるんだろ? 子ども欲しいって言ってたもんな」

はて? こいつにそんな話をした事あっただろうか?

今度は頭の中に?マークが列挙した。


「結婚っていうか、子どもは欲しいとは思うけどって――可笑しい?」

なんでこうケンカ越しになっちゃうのだろう。

まるで小学生のケンカみたい。


「いや、可笑しくないんじゃないの」


はぁ? いったいアンタは何が言いたいんだ。

きっと相当マヌケ顔だっただろう私は、ポカンと口を開けたまま意図して動かさなかった視線を隣に促してしまった。

こう肯定されてしまっては、反発出来ない訳でして。

というか反発しているばっかりの会話になってるというか頼ってる私ってどうなのかしら。


「王子様は現れないって解っているのに、子どもは欲しいって思うんだ?」


おいって突っ込みたくなった。

だって、今可笑しくないっていったばかりなのに。

それにしても自分で放った言葉だけど、否定したくて堪らない。

だから、本当は望んでいるんだよ、自分を好きになってくれて、それでいて私も好きで――

そんな人と結婚して、その人の子どもが欲しいんだ、と。

段々ドツボに嵌っていくみたいだった。


返事を迷いあぐねている私にまた違う問いが降ってくる。


「結婚願望はあるんだろ? お前の理想の相手って何? 年収? 顔?」

言葉の変わりにジロリと睨んでみた。

何だか泣きそうになる。


だから、理想なんて関係ないだって。私が好きになっちゃったのはアンタなんだって。

口から出そうになってグッと唇を結んだ。

駄目こんなんじゃ。

ケンカ越しになっちゃ駄目。

そう言い聞かせて、冷静になれとシャンパンを一口。


「だからね――」

意を決して口を開いた私の言葉を遮るようにまたムカツク言葉が降ってきた。


「これから、お前の言うところの『お前だけを好きになってくれる奴』が現れるの待って恋愛して結婚して子どもが出来るのって何年先だか。それよかそんな都合のいい男現れない可能性の方が高いんじゃ――」


もう最後までコイツの言葉なんて聞いてられなかった。

冷静になれなんて心の中の言葉は綺麗にすっ飛んで


「だから、そんなの解りきってるって言ってるじゃない。それくらい私も解ってるわよ」

とカーッとして微妙な日本語の啖呵を切ってしまった。

そこでやったよ、コイツあの馬鹿にしたような鼻でフンっていうの。

何なの、私を怒らせるのが趣味な訳?

何でこんな奴を好きになったのか自分の思考回路が壊れているとしか思えない。

全身の血液が頭に登りかけたその時


「結婚って妥協が必要なんだよ」


はあ? 妥協って?

何でそんな事諭されなくてはいけないのよ。

どういう訳だか、私の方に向き直し探るような視線を向けられて思わず背中がのけ反ってしまった。

そして、次の言葉に私は全ての思考回路を停止する事になる。


「だからさ、梨乃。俺と結婚しようぜ」






























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