運命じゃない
「へぇーそれって運命って奴なんじゃない?」
含み笑いでそう言われたって、ちっとも嬉しくなんかない。
昼休みとっ捕まえた真美に昨日の顛末を話した結果がこれだ。
私はムカついているんだっていうの。
あー思い出しらまたムカついてきた。
だいたい運命の相手っていうのはこうもっとロマンティックでさぁ。
た、確かに初めはカッコいいだなんて思ったよ。でも、性格悪しときた。
いくら、彼氏が欲しいって言ってもあいつだけは勘弁だ。
それにしても……真美はこういう顔がよく似合う。
見とれてしまいそうになった自分が情けない。
からかわれているんだっていうの。
ふっと乾いた息を吐くと、飲みかけのコーヒーを口に含んだ。
せめて微糖にしとけば良かったかも。ほろ苦いコーヒーは弱った胃にダイレクトに伝わって余計に私を凹ませた。
目の前の廊下を社員が足早に過ぎていく。
真美の口元が緩み小さな吐息が洩れると同時に、腕がすっと上がり、綺麗に弧をえがいた。
きらりと光る高級な腕時計に視線を這わすと、長い髪をかきあげた。
「これから、戦闘態勢に入ります」
なんて、舌を出しておどけてみせた。
そういえば、同期の吉永が言ってたっけ真美の商談相手の事。
「相当、しつこいセクハラ野郎だとよ」と。
我にかえり真美に目配せをして、軽く手をあげて見送る。
しゃんと背筋を伸ばして廊下を闊歩する姿は、勇ましい。
私には、仕事の愚痴は零してもセクハラ野郎の事は愚痴らないんだよな。
いや、私だけじゃない。きっとこの社の人には言ってないはず。
吉永だって、たまたまそいつの部下が友人らしくて、メールで真美の事を知らされたって言ってた。
変な事にならなきゃいいけど……
本人至って真面目な癖に遊ばれているって思われているからな。
こんな不安な妄想をしてしまうのは、ドラマの見過ぎよね。
さてと、私も仕事をしますか。
空になった紙コップをゴミ箱に放りなげた。
それにしても真美のやつ、あんな奴を運命の相手だなんてとんでもない事を。
憎らしい顔が浮かびそうになって、思わず手で払う。
それが、なんとも怪しい姿かなんてちっとも気がつかなかった。
パソコンに向かって一心不乱に指を動かす。
集中集中。
そんな私の肩に置かれた両手。
「なんか、梨乃怖い。もしかしてあれの日?」
耳元で囁くこいつは、私の上司であり元彼だったりする。
タイピングする指に少し力を込めた。
そして、モニターから視線を外さず
「そくご存じで」
と笑ってやった。
嫌でも目に入ってしまう、こやつの左手の薬指。
シンプルなプラチナリング。
絶対指輪なんて――そう言っていたのに。
もう未練なんてないわよ。そうこれっぽちも。
でも記憶の奥底では未だこいつが存在しているのは確かなんだ。
そう、この声が……
だけど、過去の男の事を覚えてたって悪くはない。
そう思うのは強がりなのだろうか?
実際、もうどうにかなろうなんて気は全くないのだから。
やつが私の肩に手を触れたのは一瞬の事だった。
今はもう自分の席に腰をおろしている。
事務の片瀬の猫撫で声が聞こえた。
「江川課長、お茶にしますか? それともコーヒーがいいですか?」
出世コースまっしぐら。片瀬が不倫相手にと狙っているのはミエミエだ。
バカな奴だよ、そいつはね、専務の娘と結婚したの。
そんな無謀な事はしないんだよ。
心の中で毒を吐いた。