合コン相手や如何に
「最近梨乃の顔怖すぎ」
言われて見上げた私の顔もきっと険しい顔だったのだろう。
「ほらそれ、皺増えるって」
ある意味私達の世代にはタブーとも言えるその言葉。
仕方ないじゃん、勝手にそうなっちゃうのだから。
「何処かに良い男転がってないかな?」
中途半端な想いを引きずるなんて辛すぎる。
男を忘れる為に、男に頼るなんて考えた事なかったけど、実際こうなると思考がおかしくなるらしい。
「ふーん、そう言う事言っちゃうんだ。なるほどね」
真美といつもの喫煙室。
真美の吐きだした細長い紫煙が空気清浄機に吸い込まれる。
私のもやもやした想いもこうやって綺麗すっぱり吸い込んでくれたらいいのに。
「じゃあ、合コンでもする?」
煙草をもみ消して、私の眼を射ぬくような真美の視線。
ギクリとしてしまうのは条件反射というものだ。
「それもありかもね……」
そう返した言葉に間髪入れずに真美の言葉が飛んできた。
「嘘、そんな事思ってない癖に」
当たってるだけに、ムキになってしまう私は。
「そんな事ないったら。真美にあてがあるならセッティングしておいてよね」
こんな時煙草吸いだったら、火をつけるのだろうな。
手持無沙汰の自分が恨めしい。
「了解、相手みて帰るなんて言ったら承知しないからね」
自信満々に真美が言うものだから
「望むところよ」
なんて言ってしまった。
真美の言う通り、乗り気なんかじゃない癖に。
ほんと馬鹿みたい。
昇華出来てない恋心を持ったまま、次の恋愛になんていける性格じゃないのは自分が良く解ってる。
過去の恋愛だってどうしようもない相手ばかりだったけど、立ち直るまではいつだって時間が掛った私だから。
「今週末にする」
こ、今週末ですか? 些か早すぎはしませんか?
心の中で叫びつつも
「どうせ予定なんて入ってませんよ」
とまたもや自虐気味に強がってしまう私がいた。
私の性格を熟知しているだろう真美は、急に無口になってしまって、居た堪れなくなってしまう。
また口を開いたら私は何を言い出すか、自分で墓穴を掘ってしまうに違いない。
幸い手の中のカップは空になった。
「じゃあ、私行くから」
微妙な会話の途切れ方をしたままだけど、私は逃げるようにその場を立ち去る事に。
梨乃って解り易いんだよね……
扉を開いた時に、背中越しに聞こえた声は聞こえなかった事にしておこうと、振り返らずに足を進めた。
束の間の休憩の後、少し遠回りをしてデスクに戻るとやけに機嫌のいい永山がいた。
頬が緩んでるっていうのが良く解る。
「永山、浮かれてポカすんなよ」
吉川の言葉もなんのその永山は
「何言い出すんですか、こんなに仕事もはかどって絶好調ですって」
間違いなく浮かれてる。
椅子を横にずらして、事情を知っていそうな吉川に
「何があった?」
と小声で聞くと
「週末に合コンが入ったらしい。久々のヒットだとかさっきからえらいご機嫌なんだよ、マジ単純な奴」
吉川の言葉に、背筋につららが落ちていった。
物凄い身震い。
真美の背中を見送る時、確か携帯いじってたような……
もしかして手近なところで済まそうとだなんて思ってないよね?
「仙崎どうかした? もしかして結婚前のアバンチュールに永山狙いだったとか?」
恐ろしい勘違いの声に本日2度目の身震い。
「何で私が永山狙わなくちゃいけないのよ」
必要以上に吉川を睨んじゃった。
「だよな、悪いっ」
悪いなんて思ってない癖に。
椅子を定位置に戻してからも、私の中に渦巻く疑問。
真美と永山に接点なんてあったかしら?
確かにフロアーは一緒だけど、永山と真美が話しているところなんて見た事ないわよね?
でも真美の言葉は意味深だった。
『相手みて帰るって言ったら承知しない』だっけ?
なんとなくしっくりくるような。
だとしたら、これは回避しなければ。
只の飲み会ならいざしらず、何で私が永山と合コン?
目眩がしそうになるのは気のせいじゃないよね?
永山が絶好調であればあるほど私のボルテージは下がりまくり。
真美に問いただしてすっきりしたいとこだけど、ああ啖呵を切ってしまったからには何となく聞けないような……
同僚としてみれば、仕事を頑張っている永山に水を差すのもどうかと思う。
もし仮に真美に誘われたとなれば、永山の目当ては真美で私が参加する事をしらないのかもしれない。
全てが仮定な話なのだけど、考えれば考えるほど合致してくるようで怖いんだ。
だって、ほらここの課では私はまだ婚約してる事になってる訳だし……ね。
それもそのうちバレル事なのだけど、あーもう何なの。
ここのとこすっきりしない事ばかりじゃないのよ。
最近占いしてないけど、きっと今私は天中殺の真っ只中なのかもしれない。
モンモンとした気持ちを引きずりながら、終業時刻の鐘を聞いたけど、仕事はいつものように終わってはくれない。
「楽しみが待っているかと思うと残業も悪いもんじゃないですね」
なんて馬鹿みたいな永山の独り言を聞くとは思わなかった。
私は悪いものだらけだよ。
と突っ込んでやりたい。
さてどしよう、考えついたのは仕事終わりに永山を捕まえる事だった。
合コン相手を聞けば済む事じゃない。
そんな単純な答えさえ考えつかなかった私は思考能力低下中というところだろうか。
永山の作業状況を覗きつつ、キーボードを打ちこむ事一時間。
「さてと、今日はここまでかな」
今日は充実してたなぁなんて椅子に座りながら大きく伸びを始めた永山を見て、焦り始める。
ちょっと待った、あとちょっと進めたいのに。
鼻歌を歌う永山、解り易い奴だよ全く。
普段無口なだけに、異様な感じがしなくもないのだけど。
「お疲れ様、お先です」
という永山の声に慌ててファイルを保存する。
何だか中途半端なところで終わらせてしまって、明日が怖いような気がしないでもないけど、永山の方が気がかりなだけに、仕方がないって事で。
公私混同だよな。
今まで自分が否定してきた事だっただけに、情けなくもなるけれど今日だけだから。
永山から遅れる事3分。
「じゃあ、私も今日はお先」
後ろから掛る声に振り向きながら言葉を返すと少しだけ急ぎ足でフロアーを出た。
エレベーターは既に階下に行っていた。
何度も押しても早く上がってくる訳じゃないっていうのに、3度もボタンを押してしまう私。
頼む、永山ゆっくり歩いておくれ。
エレベーターホールで足踏みしそうになるのをぐっと堪えた時待ちわびたエレベーターがやってきた。
そわそわしながら隅っこに佇んで、扉が開くと同時に飛び出した。
受付にいた受付嬢は既に警備員さんと交代している。
顔なじみの警備員さんに「お疲れ様です」と挨拶すると、自動ドアにぶつかる勢いで猛ダッシュ。
そんな私の努力の甲斐あってか、道路に出て直ぐに見慣れた背中を発見した。
「永山っ」
名前を呼んで思わず、腕を掴んでしまった。
物凄く驚いた永山とご対面。
「仙崎さん、どうしたんですか?」
そりゃそうだろう、数年同じ職場にいたってこんな事した事ないんだから。
そして、大袈裟に腕を掴んでしまった事を後悔。
「いや、たまには駅まで一緒にどうかな? なんて」
何だかそらぞらしいけど、まあ仕方ない。
「いいですけど、生憎お金使いたくないんでお酒は付き合わないですからね」
あんまり見たことのない嬉しそうな顔。
そして永山よくぞ言ってくれました、これで聞きやすくなったってもんだ。
「吉川に聞いたよ、今週末合コンするんだって?」
ほれ食いついてこい。
「合コン? 違いますよ、大学の時の同期と久し振りの飲み会なんです」
よっぽど嬉しかったんだろう、高嶺の花だった子も来るみたいで永山には日頃みれない饒舌で。
私としたら、張りつめてきた空気が急に萎んだよう。
吉川の奴、余計な事言いやがって今日の私の半日を返せってんだ。
ほっとしすぎて、永山の浮かれ話も半分耳に届いてこなかった。
「良かったね」
気が抜け過ぎて一歩遅れた私。
そんな私の頭を通り過ぎた永山の視線。
「ちょっとすみません、仙崎さんあの人知り合いですか? もしかして婚約者の人だったりして」
永山の声に振り返った私の目に映ったのは
ガードレールに凭れて腕を組む、会いたくて会いたくなかったアイツだった。