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ミステリアス?

「先輩、婚約指輪見せて下さいよ。大きなダイヤなんですって?」


鬼の形相を装ってパソコンと睨めっこしながら午前中をやり過ごしたというのに、この女には通用しなかったらしい。

派遣仲間を連れだって私の後ろに回り込む空気の読めない女。

ん? 違う、わざと私が嫌がる事をしているのか?

振りかえらずとも解る、きっと満面の笑みを浮かべて私の元から婚約指輪が飛び出すのを待っているに違いない。

それに、なんなの、その大きなダイヤって。

噂に尾ひれがついているのだか、片瀬の嫌がらせか。

きっと後者だろう。

女の嫉妬って恐ろしい。


私はパソコンに向かって雅也に教えて貰ったあの呪文を唱えると、椅子をくるりと回してほほ笑んだ。

「大きいダイヤって誰が言ったの? 普通の指輪だよ。でも指輪しなれなくてごらんのとおりよ」


左手を片瀬達の前に掲げると、用は終わったとばかりにくるりとパソコンに向き直した。


「そんな事言って、本当は貰ってないんじゃないですか? 婚約だって嘘だったり」

片瀬は私の耳元に小声で囁いた。そうパソコンに映った片瀬の顔は悪魔の笑みだ。

貰って無い事はないけれど、婚約の下りはあながち間違ってない。

ちょっと動揺しそうになるも、こんな女相手に怯む私じゃない。


「ご想像に任せるわ」

いつのまにか、周りにいた人は私と片瀬に注目していたようで、話し声やキーボードが鳴り響いているはずのフロアー一角はやけに静かで。


「ミステリアス」

と隣の席の原田の呟きが聞こえてきた。


片瀬はというとフンと鼻をならし、取り巻きのようにひっついていた仲間とだんまりをきめる。

きっと私もまだまだなんだよな。

ここで片瀬を納得させるような言葉を並べなくちゃいけなかったのかも。

そんな連れない事を言ってしまっては、また突っかかってくるに違いないのに。

この空間で唯一その存在を知っているのは江川なんだけど、また江川が出てきたらもっと厄介になる事間違いなし。

大きなダイヤなんてついてないけど、指輪するべきだったのだろうか……

いやいやそれは違う。

人の噂もなんとやら、私は静かにやり過ごすのが一番なんだと自分に言い聞かせた。


――嫌ね、プライドの高いおばさんって。私はああはなりたくないわ――

凄く小さな声だったけど、去りゆく片瀬から聞こえた呟き。

あのやろう、覚えときよ。

私のプライドなんて、もうボロボロだって。

まっ片瀬なんかにそんなとこ見せるなんて事しないけど。


すっかり片瀬の姿が消え去ってから、原田が声を掛けてきた。


「何、仙崎最近やけに片瀬に絡まれてない? お前何やったんだよ」

この前の残業騒動で片瀬の実態をみた原田は面白可笑しそうに突っ込んでくる。


「う~ん、きっとプライドの高いおばさんが許せないんじゃなくて?」

とおどけて見せた。


「プライドって何だよな。まあ、片瀬からしてみたら仙崎みたいなタイプには逆立ちしても勝てなそうだからな、あっ顔とかじゃなくて、人間というか女としてね。気配りは出来るし、仕事は出来るし、良い奴だと思うよ、仙崎って」

ニッと笑って自分のパソコンに向き直す原田。


「もしかして、私口説かれてる?」

そんな私の言葉に間髪入れずに返事がきた。


「滅相もないです。恐れ多くて」

冗談に冗談で返してくれる、原田とはいつもこんな感じで心地よい。


「あら残念」

ついいつもの調子で言ってしまうと。


「おいおい、婚約者に殺されるって」

と真顔で返ってきた。


「大丈夫だよ」

と笑ってみせた。

余裕だね、なんて言う原田。

本当に大丈夫なんだよ、婚約なんかしてないんだからと心の中で続きを呟きながら笑ってみせた。

正直結構しんどい。


そんな時だった。

もう鳴る事のないと思った着信が流れたのは。

机の上に置いた携帯の小窓からは、消すことの出来なかった

「俺」

の文字。

取っ払う勢いで携帯を掴むと足早に廊下へと向かう。

フロアーを出たとこで携帯を開いて耳に宛てながら、行く先を求めて足を進める。


「もしもし、悪いな。もう連絡しないって言ったのに」

忘れようと願う思いと裏腹に、その声は私の記憶に沁みついていて声が聞こえた瞬間からトクリトクリと鼓動を速める。


「何?」

短い言葉を返したのは心の動揺を悟られまいとする為。

話しながらも私は誰もいない空間を求めて、小走りになる。


「今大丈夫か?」

そんな気遣いされると本当に調子が狂っちゃう。


「うん、ちょっと待って」

返事をしながら、視界に入った外階段への扉。

すれ違う人に軽くお辞儀をしながら、私はその場所に一秒でも早く辿り着きたくて携帯を耳に宛てながら最近は来ることのなくなったその扉に向かってヒールを鳴らす。


「もしもし、どうしたの?」

多少息を切らせながら、辿り着いたばかりの外階段の手すりに凭れかかって空を見上げた。

綺麗な青空だった。


「サトシと一緒だったんだって?」

思いがけず出てきた男の名前に一瞬頭が混乱した。

サトシって言ったら机を並べる原田しか咄嗟に思い浮かばなくって、小首を傾げる。

でもそれは数秒の事。

直ぐに思い浮かんだあの軽薄そうな顔。


「誰かと思えば、アンタの馬鹿従兄弟ね。あれは一緒だったっていうか、私が会社の友達と飲んでたら後から居合わせたのよ、なんなのあの男。強引すぎるでしょ。連れの女の子返して私の隣に座るなんて考えられない」

たかが数時間前の事を思いだして、ちょっとムカっとしたせいか、少し薄れた緊張と動揺。



「いや、だからってどうって事はないんだけど……」

珍しく弱腰とみた。

「だったら、どうでもいいじゃない」

私ってば、こんなケンカ越し。

ほんと馬鹿、多少は薄くなったとはいえ動揺を悟られまいと、こうしなくちゃいられないのよね。


真美やっぱり向き合うなんて無理かも。


空を見上げたって真美がいるはずもないのに、思わず上を向いてしまった。

素直じゃないのは昔っからの性格よ。

誰に言わずと頭の中で浮かんだ言い訳。

視線の先には羊のような雲がぽっかりと浮かんでいた。


「あいつ――何か言ってた?」

あーもう、本当にらしくない。

何をそんなに気にするっていうの。

思い出したくもないけど、ちょっと思い出してみる。

なんて私ってお人よしなんだろう。

そういえば、ケンカした? って聞かれたんだっけ。

後は看護師から人気あるとか、誰かに盗られちゃうよ、とか?

なんかそれって、私が言うのもおかしい気がする。

まるで、早く仲直りしろみたいな感じで。

何だか癪だから、言ってやらない事にした。


「別に、アンタの事なんて特に言ってなかったけど。っていうか私より友達と話してたよ」


「何も聞いてないんだったらいいんだ」

おっ何か私に知られたくない事でもあるのか?

聞いてないと言って急にいつもの声のトーン。


「何、わざわざそんな事で、電話してきたの?」

自分で言いながら、なんて天の邪鬼なんだろうって思った。

でも罵りあっても何でも、もう少し声を聞いていたいって思う私がいた。


「いや、言いだし難いんだが」

一旦そこで言葉を置いたヤツ。

頭の中でいらぬ妄想がめぐり始める。

もしかして、もう少し婚約していると偽って欲しいとか?

約束の日付まで、あと数日。

心の中で、変な期待が沸いてきてしまう。

すっきりきっぱりあの日で諦めようと決意したはずなのに。

はずなのに、何処かで嘘でもいいから、言葉を交わさなくてもいいから繋がっていたいと思う私がいるんだと今、確信してしまった。


でも、次に届いた言葉は無残にもそれを打ち砕く。


「まだ指輪を持っていたら返して欲しいんだ」


持っていたくない。

封印といいロッカーに押し込めたあの小箱。

頭では、全部すっぱり消去しなくては思っていたはずなのに。

どうやら、私は重傷だったらしい。























沢山の拍手ありがとうございました! ハルカさんどうもありがとうございます♪ 飛び上がりたくなるほど嬉しいです! くみやんさん嬉しいお言葉ありがとうございます^^ あや子さん私もそんな事を言ってくれるあや子さんが大好きです♪

とーっても励みになります! どうもありがとうございます!

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