およびでない
「江川も江川だけど、なんで庇うかね」
今となっては本当にその通りです。
真美の言葉は尤も過ぎる。
「でもね、江川には後で口止めしようとは思ったんだよ。まさかこんなにも早く口外されるなんて思いもしなかったんだって」
注がれたモスコミュールの泡を見つめるのは罰が悪くて真美の顔が見れなかったから。
この泡のように私のあの時の発言も消えてなくなればいいのに。
「そうは言うけど、専務に報告したんじゃ会社に広まるのも時間の問題だよ」
真美はいつにもなく真剣な声。
茶化している声でも呆れている声でもなかった。
「うん、それはそうなのだけど……後でさ、こっそり破談になったって江川に伝えて貰えばいいかなって思ったんだもん」
今にも涙が出てきそう。
「『だもん』ってあんた。でもま、広まっちゃったもんは仕方ない。人の噂もなんとやらって言うから暫く時間が立つのを待つしかないかもね。これを機にお見合いでもしてホントに結婚するっていうのもありかもよ?」
視線を合わすように私の顔を覗きこんだ真美は少し笑っていた。
「それ本気で言ってる? お見合いって」
最後の言葉だけが、妙にずしんと落ちてきた。
「なんかさ、梨乃だけじゃなくて、私達ってせっつかれる年齢だからね。お見合いして結婚してもおかしくないって事だよ」
そうなのだよね……。
会社に入った時は給料を貰える喜びを知って。
仕事を覚えようとやっきになって。
そのうち段々仕事が楽しくなってきて。
何時の間にやら後輩が増えて、仕事を教える立場になって。
忙しいなりに恋愛だってそれなりに楽しんで……はないか変なのばっかりだったから。でもあっという間だったように思える。
いくら頑張ったとこで時間が戻せる訳でもないし、若くなることもないのだから。
結婚適齢期なんて、何歳を指すのかなのて――。
まあ、確かに結婚を強く意識した時もあったけどもう過去の話だからね。
ふーっと長い溜息をつくと。
「なんだかねぇ」
「なんだかなぁ」
二人の言葉が重なって、顔を見合わせた時に背後に感じた気配。
「やっぱり、梨乃ちゃんだ。俺達ってやっぱり運命繋がってるんじゃない?」
聞こえないはずのジョーズのテーマソングと共に、聞きたくも無い声が私の耳元に届いた。
真美の訝しそうな顔が目に入る。
『誰この人?』
って顔。
ちゃんと向こうにも伝わったみたいで
「こんばんは。高田さとしです。梨乃さんのお見合い相手って言った方が解り易いかな」
胡散臭そうな笑顔を張り付けて、思いだしたくもない過去をほじられてしまった。
「こんばんは。梨乃の同僚の成瀬です」
やっぱ真美はかっこいい女だなぁなんて。
少しだけ口角をあげる真美にこのエロ野郎は興味津々といったところだろうか。
なにせ、店に入ったばかりだというのに、連れの女性に向かって
「悪い。今日はキャンセルさせて」
とだけ言うと、私の隣に腰を下ろしたじゃないか。
女性も女性だ。
「別に、私もあんたなんて興味ないし」
と言って本当に帰っちゃったのだから。
こんな奴と何で一緒にいなくちゃいけなんだとばかりに
「何でここに座るのよ。早く彼女追いかけな」
と一睨みしてみたけれど。
「いいんだよさっき道で声掛けただけだから。別にどうって事ない。それより梨乃さんとこっちの彼女と一緒に飲んだ方が酒も旨くなるに決まってるだろ」
なんてシレっと言いやがった。
「は? 何言ってるの? 何で私があんたなんかと飲まなくちゃいけないのよ」
心の底から、そう思う私を尻目に
「何そんなにカリカリしてるんだ、もしかしてマリッジブルーだったりするのか? 『あっマスター、ターキーシングルで』」
注文まで……ぶっとばしたくなる衝動が沸いてきて拳にぎゅっと力が入った。
「冗談じゃない、私は真美と二人で飲んでるの。アンタなんておよびじゃないんだから」
こんなに嫌だって言ってるのに、全く気にも留めないようで、それどころかニヤっと笑うかと思ったら
「俺がおよびじゃないって? そりゃそうだよな。だったら、今から芳人呼ぶ? そしたら丁度二対二だし。どう真美さん?」
だから、私を挟んで真美と話すなって言うの。
って言うか真美? 何で名前知ってるの?
「顔に出てる。梨乃さんが言ったんだよ『真美と二人で飲んでるの』って。それよりどうする、芳人呼呼ぶか?」
えっ顔に出るですって?
これでも会社ではポーカーフェイスの出来る大人の女と言われているんですけど。
そんな私を尻目にカウンターに置いた携帯に手を伸ばす高田の手を止めたのは
「私は三人で構わないよ。梨乃もいつもの調子になってきたし。この際、高田さんの知ってる小川さんの面白い話でも聞かせて貰うのもいいつまみになるかもよ」
という何とも残酷な言葉だった。
「は?」
「やっぱ真美さんって思った通りの人だ。どう? 俺と。あっ彼氏がいるっていうのは俺は全く気にしないから安心していいぞ。楽しく過ごすのがモットーだから」
私の反対意見は全く耳に届かなかったようで、真美まで口説きにかかりやがった。
呆れて開いた口が塞がらない。
「あら奇遇。私も楽しく過ごすのモットーなの。でも、私と高田さんじゃ合わなそう。どちらかと言ったら――。梨乃みたいなのがタイプなんでしょ? いろいろ遊んで気がついたんじゃない? 自分のタイプが」
私の口はまたもや塞がらなかった。
これには高田も言葉に詰まったらしい。
数秒のだんまりの後
「真美さんって怖い」
と呟いて、何時の間にやら運ばれていたターキーのシングルを口した高田。
おいっ、そんな微妙にリアルな間を取るなって言うの。
アルコールを補給して復活した高田は
「真美さんの言う通り。梨乃さんみたいのがタイプなんだけど。、梨乃さん女姉妹? 梨乃さんが駄目だったら、お姉さんでも妹さんでもいいから紹介してよ」
とふざけた事をぬかしやがった。
私は場所を忘れて
「あんたと親戚になるなんて御免蒙る、冗談じゃない。姉貴が未婚だったとしても絶対あんたなんかに紹介するもんですか」
と息巻いてしまった。
私の言葉の何がおかしかったのか、急にお腹を抱えて笑いだした高田。
「梨乃さんってやっぱり面白いよね。冗談じゃないでしょ。だって兄弟よりは遠いけど、アイツと結婚するなら、正真正銘の親戚だぞ、俺達」
反射的に真美の顔を見てしまった。
その顔には
『あんた馬鹿だね』
と書いてあるようだった。
ハルカさんARISA さんコメントありがとうございます! すごーく嬉しかったです♪




