虚しくなるのは
少しづつ、胸の鼓動がリズミカルになっていく。
真美や兄さんと話したせいか、妙に意識をしてしまうんだ。
何て事はない、たかがメールじゃない。
そうは思うが、メールの内容は気になるところ。
暫く連絡が途絶えたのはあいつがいうところの事情が無くなって、もう偽装婚約を止めてもいいと言う事なのかもしれないのだから。
自分からそう終止符を打とうとしていた癖に、向こうから言われると思うと何だかみじめに感じてしまうのじゃないだろうか。
まだそうと確定していないのに、先を勘ぐり落ち着かなくなってしまう。
変に力が入った指先で、受信メールを開いてみる。
題名無し、要件は一言。
――仕事終わったか?――
取り敢えず終わりの言葉が無かった事は私を少し冷静にさせた。
久し振りのメールがこれだよ。
社交辞令でもなんか書かない、普通だったら何かもう少し書かないかな。
そうは思うけど、少しだけ芽生えているかもしれない自分の気持ちに複雑な思いが交差する。
変な緊張を解くために、大きく息を吐いてから私も真似して一言で返した。
――終わりません――
可愛げのないメール。
すると、まだ開いたままの携帯が再び振動した。
手の中にあったお陰で今度は誰にも気がつかなかったみたい。
静かに親指を動かした。
――手空いたら電話くれ――
何だろう、このそっけないメールのやり取りは。
自分もそっけない癖に無性に虚しくなる。
やっぱり、私が思った事は正しかったんだと確信した。
「どうした? 急用だった?」
隣の席の原田に声を掛けられて我に返った。
「急用じゃないんだけど、ちょっと席外すね」
手に持ったままの携帯を軽く上げ周りの席にいる仲間に声を掛けると、そそくさと席を立った。
フロアーを出ようとしたところに後ろから
「ついでにコーヒー落としてきて」
と声が掛る。
後ろ手で了解とばかりに手を上げると、誰もいない廊下を一人歩いた。
頭の中はいろんな言葉が列をなす。
最後は電話で丁度いいんじゃないだろうか。
会って話しなんかしたら、どういう顔をすればいのか正直解らないから。
切りだされる前に話してしまおう。
それで、すっきりするはずなのだから。
遅かれ早かれもう関係ない二人になるのは間違いないのだったなら、それこそ早い方がいいんだ。
私の気持ちが勘違いをして大きくなる前に。
目的地となった給湯室の壁に背中を預けると、何度も深呼吸をして携帯を睨めっこ。
遥か下の方になった履歴から、俺の文字を見つけて親指に力を込めてボタンをクリックした。
三度のコールで繋がった。
頭の中でシミュレーションした言葉を言う前に、小憎たらしい、それでいて私好みのバリトンボイス。
「よう」
メール同様たった一言の奴の言葉。
それだけの言葉なのに、どうしてか、喉が張り付き言葉が出てこなくなってしまう。
勢いが大切だって思っていたのに、どうした事か
「よう」
なんて、返してる私って、本当に馬鹿だ。
話しがあるって言うんでしょ?
自分で自分に突っ込みを入れて、気合とばかりに自分の頬をつねってみたり。
「あのね、」
意を決して、そう話し掛けた私の声に奴はお構いなしで声を被せた。
「仕事まだ終わらないのか?」
何でだろう、いつもと違ってほんのちょっぴりだけ優しい響きに聞こえたのは。
名残惜しいと思ってしまう私がいるからなのだろうか?
返事をしない私に
「おい、聞いてるのか?」
といつも通りの口調が聞こえて、思わず苦笑する。
「聞いてる、まだ先が見えない」
何でここで返事をしてしまうんだ。
さっき折角話し掛けたのだから、この際こいつの言葉を無視して
『もう終わりにしよう』
と言えばいいだけなのに。
――先がみえないんじゃ仕方ないな。明日にするか――
そんな呟きが聞こえてきた。
きっと独り言だろうその声に反応してしまう私。
「明日、十時に迎えに行くから。 仕事頑張れよ」
仕事頑張れよ? 掛けられた事のないような気遣う言葉に、私の頭はふっとんだ。
終わりにしよう。と電話で済ませるつもりだったのに思わず
「解った」
と告げてしまう私がいた。
気がついたら耳元で流れる連続したスタッカート音。
何でこうなるかな……
呆然としながら、携帯を持った手をだらりと席に戻った。
「コーヒーは?」
何処からともなく飛んできた声にすっかり忘れていた頼まれ事を思いだした。
慌てて席を立とうとすると、遠くの方から
「俺が行ってくるよ」
と江川が席を立った。
私の後ろの席を通り過ぎる時、腰を屈めて最近やけに気遣ってくれる上司の顔。
「何かあった?」
私は顔をくるりと向けて、笑顔を作った。
「何も無かったです」
あるはずだったけど、無くなっちゃったんです。と言葉にせずに胸の内で呟いた。
私の言葉を聞いて、肩にぽんと手を置くと課長は給湯室へ去っていった。
向けられた笑顔と声に、焦燥感も罪悪感も切なさも感じないのは、自分の心が違う方向に向かっているからなのだろう。
再び定位置に置かれた携帯の方が私の切なさの対象になっているのだから。
明日かぁ。
顔を見てちゃんと言えるか心配になってきた。
取り敢えず目の前の資料をやっつけなくては思っても、頭が上手く回らない。
暫くして、コーヒーサーバーを持った課長の登場。
「ここに置いとくから、カップ持って後はセルフな」
ちょっと前だったら、こんなとこを見たらきっと心が疼いたはず。
後腐れなく未練なんてないみたいに別れた事を後悔していたはず。
やっぱりあいつの事好きになってきてるって事だよね……
片瀬以上に不毛な恋だ。
まだ大丈夫、これ以上は駄目。
自分に暗示するように、何度も何度も呟いた。