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ランチのお相手

余計な事を考え無いようにしようと思うけど、勝手に頭に浮かんでくるからどうしもない。

日を追うごとに、このままじゃいけないと、はっきり婚約ごっこは終わりにしたいと言いたいのだけど肝心の奴からは、あの指輪を買いに行った日から何の音沙汰もないときた。

かといって自分から連絡するのはちょっと癪だったり。

鳴らない携帯を見つめてため息をついている自分が虚しすぎる。


はぁー。今日何度目か分からないため息をついた時、パソコンの画面に写った大きな影。

振り返らなくても解る、あの頃と変わらないこの香りは――。


「この前も言ったろ? 何かあったら話聞くぞって」

そう言って、私の手元に置かれたのは、ミント味のキャンディー。

私の鞄にいつも常備してあるそれと一緒だ。

全く、変わらな過ぎる。

最近こそ、こんなやりとりはなかったものの、あの頃はこれがいつもの事だった。

少しだけ錯覚を起こしそうになった。


私はキャンディの包み紙を両手で引っ張って、出てきた真っ白な小粒を口に放り込む。

「上司のってやつね」


こんな風に自然と話せるようになったのもつい最近の事。

引きつりそうな笑顔を張り付けて、無理に会話をしていたのだから。


「そっ。たまには外でランチでもするか」


そう誘われたのは別れて以来だった。

驚いて、振り向くと


「そんな顔すんなよ、上司と部下がランチしたっておかしな事じゃないだろ」

そうおどけて見せた笑顔。


懐かしいと思った。

こんな風に会話が出来るなんて一生こないと思った。

そんな自分に苦笑する。

私は小声で囁いた。


「奥さんとケンカでもしたの?」

と。それはほんの些細な復讐心。

所謂『嫌味』ってのだ。


「する訳ねえだろ」

そう言って私の頭にポンと手を置くのがまた懐かしくて。


「了解、じゃあ、うんと高いの奢って貰おうっと」

こんな風に言える自分にも驚いた。


「お前なぁ。まあいっか。じゃあ後でな」


今までの事が何もなかったかのような、あの頃のままの会話だった。

こんな気持ちで話す事が出来たのは私の気持ちが落ち着いたと言う事なのかもしれない。

私の中で大きくなりつつあるあいつの存在のせいなのかもしれない。

それは決して良い事なんかじゃないのだけど……


昼食先に選んだのは中華料理の店だった。

パーテーションで区切られているこの店は、嘗ての私達が良く利用した店。

大好きだった店だけど、私はあれから一度も足を運んだ事がなかった店だ。


「懐かしい」

自然と紡ぎだされる言葉。


「だな」

話しかけた訳じゃなかったけど、短い返事があった。


メニューは昔と変わっておらず、目の前の元カレ、基、今は只の上司があれにするか? と聞いてくる。

私は、メニューを見ながら頷いた。


小さな茶器で中国茶が注がれ、注文を取り終えた店員さんがテーブルを離れると、中国茶を一口啜った目の前の男が涼しそうな顔をしながら、聞いてきた。


「お前のため息の原因は男なんだろ」って。

バレバレだった。

何でこう、ワンクッション挟んで仕事の事か? とか聞けないのだろう。

らしいって言えばらしいけど、何だかなあと思ってしまう。


「当たらずも遠からずって感じかな。でも、自分でもまだ良く解らなくて。そっとしといてくれるとありがたい」

それだけ言うと、誤魔化すように、茶器に手を伸ばした。


「まあ、無理にとは言わないけど、ため息星人にだけはなるなよ。お前がそんなだと心配する――。っとこれは上司としてだぞ」

とって付けたような言葉だ。


解ってるよ、そんな事。

コーヒーにミルクを入れずに飲む私に気が付くんだからね。

嬉しいと思う反面、もう近づいてくれるなとも思う気持ちもあった。……あった? 

まるで人ごとみたいな自分の思いに少しだけ違和感を感じた。


人気店で有るにも関わらず、この店の注文してから料理が届くのが早い事。

調理する人も、ホールにいる店員も相当手際がいいのは相変わらず。

目の前に置かれた、私の定番メニューである麻婆豆腐が置かれた事で、私達の会話は一旦終わった。

当たり前だけど、変わって無い。何でここまで頑なにこの店を避けてしまったのか、後悔するほど。

こんな美味しいものを我慢するだなんて、勿体なかったかも。

まあね、あの頃はこの店に来ると思いだしちゃったから仕方なかったよね、この店もあの店もそんな店だらけ。この際、封印していた店を久し振りに回ってみようかと目論みはじめた。


「お前、相変わらず嬉しそうに食うよな」


そういうあんたも嬉しそうに見えるよ。

口に出さずに心の中で呟いた。


料理が出てからと言うもの、男の事には触れてこなかった事に安堵した。

話すのは仕事の事ばかり、それも誰それの失敗談だったり、得意先の悪口だったり。

良い意味でのストレス発散にもなったみたいだった。

店を出る頃には笑い過ぎてお腹が痛かったくらい。


そんな雰囲気を纏ったまま会社に戻った事が私にとって大きなダメージになる事なんて思いもしなかった。今から考えれば容易に推測出来る事だったのに。


自分の中で、ふっきれたんだと改めて思ってしまい浮かれていたのだと思う。


懐かしいと思う事はそう言う事だよね。

心がキリキリする事もなかった。

ただ楽しいだけの時間だったから。


もう恋心なんて綺麗すっぱり無くなったと確信したのだから。

だからあんな事になるなんて考えられなかったんだ。








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