聞いていい?
別に内緒にしておけ、なんて言われてなかったよね。
私は誘導尋問に引っ掛かってしまい、姉貴でも、母親でもなく目の前の義兄に事の顛末を話していた。
といっても誘導尋問の切欠を作ったのは他でもない私なのだけど。
「聞いていい?」
全ての話し、といっても掻い摘んでなのだけどそれが終わると暫く黙りこんでいた篤朗さんは私にそう聞いてきた。
目の前に並んだエビス様は既に6本目。そして、冷蔵庫の中にある定番の発泡酒も並びだしたとこだ。
ほろ酔い気分には遠いけど、飲みでもしなければそんな事は言えないからね。
「答えるとは限りませんよ」
グラスに注ぎきった缶を左右に振って、テーブルに置いた。
「梨乃ちゃんさ……」
「はい?」
そしてまた沈黙。その沈黙に耐えきれず私はグラスを傾けた。
グラス半分程飲んだその時に篤朗さんは言ったんだ。
「そいつの事好きでしょ」
と。
ここで発泡酒を吹きださなかった私を褒めて欲しい。
「ほらほら、またここ」
篤朗さんは天使のような笑みで私の眉間に指を指す。
「それは、兄さんが変な事言うからです」
グラスに残った発砲酒を飲みほしたのは喉が渇いているせいだからね。
動揺なんてしてないのだから。
「それはそれは失礼しました」
なんて、言う篤朗さんだけど、その笑いは何を意味しているのだか。
あの姉貴の旦那さんだもんなぁ。
篤朗さんもある意味曲者なのかもしれない。
「じゃあ、そろそろ行くね。妹大好きの麻衣にやっかまれそうだからね。おやすみ、梨乃ちゃん」
爽やかな笑顔で去っていった。
飲み終えた缶は水道で濯ぎ、ちゃんと潰してゴミ箱に入れるところは姉貴の影響なのだろうか。
尻に敷かれてそうなイメージがあったけど、さっきの会話だと一枚上手なのは篤朗さんの方なのかもと思ってしまった。そういえば二人でこんなに会話した事なかったからな。
今更ながら篤朗さんを知ったような気がした。
それにしても、篤朗さんってば、私があいつの事好きだって? 確かに顔はタイプよ、声も……でも、性格は最悪なのだから!
一瞬あいつの顔が浮かんだ。
それも私の指に指輪を通したあいつの顔が。
目の前にいたあの子に見せつける為だとは思うけど、私を見る目が、ね。
あれは演技だったのよ。そうは思いもするけれど、勘違いしそうになった私がいる事は否定できなかったり。
あーもう、全くむかつく。
無意識に冷蔵庫を開け、ラスト一本の発泡酒を手に取っていた。
ヤケになってるわけじゃないんだからね。
誰にでもなくそう呟いてしまった。
何だか、私って馬鹿みたい。
椅子に座りもせずに冷蔵庫の前でプルトップを引きあげると、そのまま一気に飲み干した。
喉を通る炭酸が少しは私の気持ちもすっきりさせてくれるような気がして。
酔いたいけれど、酔えない自分。
どうせだったら、父さんの晩酌用の日本酒でも飲めばよかったのかも。
何にせよ、頭の中をからっぽにしたかった。
何もかも忘れて、ぐっすり眠りたかった。
本当はね、気が付いていたんだ。
会社に行っても、あの人の事が目に入らなくなっていたのを。
むかつくと言いながらも、ふとした瞬間に頭を過るのはあいつの声だと言う事を。
だけど認めたくなかった。
まるで何かの罰ゲームように、気持ちを弄ばれているようで。
この歳で傷つくなんて辛すぎるから。
あいつがいった、婚約ごっこ。
初めの思惑より事が大きくなっているのが、困りもの。
体裁が悪いとか、そんな事じゃないんだ。
好きになったらどうしようというそんな気持ちに気が付いてしまったから。
素直になりたいじゃなくて、素直になれないのだ。
素直になったりしたら、きっと立ち直れないだろうから。
だから、私は予防線をしっかりと張り巡らなければ。
それは自分の為でもあるのだから。
手に握った缶を水道水で濯ぐとクシャリと握り潰した。