流されてる?
不可抗力で一歩入ったそのお店は、とても雰囲気の良い素敵なお店だった。
店員さんもみんな綺麗な人ばかりで、よっぽど練習でもしているんじゃないかと言うほどの自然なほほ笑み付き。
奴が迷いもなく向かったショーケースは結婚指輪と婚約指輪が並んでいた。
女の人だったらみんな目を輝かせてみるのだろうそのショーケースだけど、私は横島な目でしか見れなくて。デザインよりも値札の方が気になってしまったり。
どうせ、本物の恋人じゃないんだ。
ファッションリングのつもりで適当なものを選べばそれで満足だっていうものよ。
半ばあきらめの境地だ。
何とも虚しい事なのだろう。
こんな茶番に乗る奴も奴だ。
だから、何で私相手にそんな顔が出来るんだって言うくらいの爽やかな笑顔を浮かべやがって。
ほら、店員さん悩殺してどうするんだよ。さっきから目の前の綺麗な店員さんはこの男に目が釘付けだ。
なんとなくもやっとしたけれど、誓って言うこれは嫉妬なんかじゃないんだから。
私ってこんな流されやすいタイプだったのかしら?
あっという間に私の手は店員さんの手のひらに。
そう、大人しくサイズを測られていたり。
「綺麗な指ですね」
なんて、きっと誰にでも言っているのだろうお世辞に気を良くしちゃっている私がいた。
私達の前にいた店員さんは二人、隣の奴は、私を差し置いて店員さんと指輪を品定め。
「これとこれ、見せて貰っていいですか?」
「はいかしこまりました」
奴の向かいにいる店員さんがショーケースが開いて、指輪を取りだした。
おいおい、本当に私抜きで候補を絞っちゃうんだ。
本当の婚約者でもないし、奴がお金を払うのだろうけど、ちょっとは私もって。
本当に奴の言う通り、指輪を買う事になりそうで、それを諦めの境地で認めっちゃってるじゃん、私。
三対一で勧められたらきっと反論なんて出来そうにない、そう思った時、店の奥からまたもや店員がやってきた。
もしかして、四対一になっちゃうの?
やってきた店員は指輪を取りだした店員に耳打ちすると
「すみません、ちょっと失礼します」とやってきた店員と店の奥へと消えて行った。
ちょっとほっとした私に聞こえた不機嫌な声?
一瞬空耳かと思った。
「冗談じゃなかったんだ。まさか、ここに連れてくるなんて芳人にそんな悪趣味があったなんてね」
その声の主は私の前で、変わらぬ笑顔を見せている店員さんでして――。
あっけにとられるとはこの事だろう。
見事過ぎる。
まばゆい笑顔を見せながら、ひくーい声とピリッとした嫌み。
隣にいるこの男もまたツワモノ。
胡散臭い笑みを浮かべながら
「ここの指輪はセンスいいからね。結婚相手には是非ここの指輪をセンスのいいお前に選んで貰ったら最高だろ」
この場の空気がピンと張りつめているみたい。
ってうか寒い位の殺気がするのは気のせいじゃないよね。
そんな私の頭に浮かんだのは
――この二人お似合いなんじゃないだろうか――
出来る事なら、はい、さよならーとこの場を立ち去りたい。
今なら大丈夫かも。そう思った私は甘かった。
二人の会話? にちょっとした間が出来た後、隣の男、蕩けるばかりの笑顔で私を見ながらまたもや私の肩を引きよせたんだ。
私の顔はひきつっていたに違いない。
「梨乃って言うんだ。宜しくな」
肩に置かれた手に力が籠ったのが解った。
これって、合わせろって事なんだろうね。
まあ、こいつに借しをつくっておくのも有りかもしれない、何だか訳有りそうだしね。
これでもかって言うほど口角をあげて
「宜しくお願いします」と言って、隣の男を見上げてやった。
固まっている店員さん。だけど、それはほんの一瞬。
ばっちり営業スマイルで
「こちらこそ『芳人』を宜しくお願いします」
顔とは裏腹に心が籠ってない冷淡な声で言われてもね。
私は鈍感な振りをして、大きく頷いてみた。
隣の男、いつぞやのように「ふっ」と鼻で笑ったような……
全く性格悪しだ。
そんな北極か南極にいるかのような寒い空気が一変したのは、先程店の奥に消えた店員さんが戻ってきてくれたから。
心底ほっとしたよ。
私達の声が聞こえない場所から見ていたら、みんな笑顔でなごやかに指輪を選んでいる場面に見えたに違いないけど。
恐ろしいったらなかった。
「どうですか? お気に召したものありましたか?」
お気に召したも何も、ねぇ。
「どれもいいですよね」
そんな事を言いながら、こいつ、さっきショーケースから出した指輪を見ているし。
目の前の訳有り店員さんまでもが
「是非嵌めて見て下さい」
と。
誰も私の事なんて気にしてないみたくて。
両方の指輪を嵌めた私に
「こっちの方が梨乃に合ってるよ」
なんて、シンプルながらもちゃんとダイヤの鎮座したリング。
おいおい、大丈夫か?
流されているのは私? それともこいつなのか。
結局、私の意見なんて聞かないまま、戻ってきた店員さんと盛り上がったこいつ。
買っちゃったよ。
店を出る一瞬、氷の槍で突いたような目が私の背中に突き刺さったように思えたのはきっと気のせいなんかじゃないと思う。