私のせい?
「着いたぞ」
そりゃ、車がコインパーキングに止まったのだから私だって解るわよ。
何だか昨日パターンに似ているような気がする。
この男は結局、私の問いには答える気もないらしくって。
挙句の果てには
「聞かない方が身のためかもよ」
とまで言われてしまった。
聞きたくないような、聞きたいような。
何だろう、感じ的には私が言いだしたっぽい?
売られたケンカを買います、みたいな事は容易に想像出来る過去を通ってきただけに自分が情けなくなる。
「何ぼーっと歩いてるんだよ」
そう言って奴は私の肩を引きよせた。
一瞬何が何だか分からなくて、文句でも言ってやろうとした矢先。
今しがた私がいた場所を観光客だろう異国の集団が通り抜けるところだった。
「ごめん」
こんな言葉をこの男に言うつもりなんてなかったのに、素直に口に出来た自分に驚いた。
でももっと驚いたのは奴だったようで。
「空耳か? まさかお前からそんな言葉が出てくるなんて思わなかった」
と言われる始末。
まあ確かにそうなのだけど。悔しいから、置いたままになっている奴の手を片手で払ってやった。
「心配頂かなくても真直ぐ歩けますから」
また可愛くない言葉を吐いてしまう辺り、完全にお子様の切り返し。自分で分析しちゃってるって私って間抜けすぎるでしょ。
きっとまた馬鹿にした笑いをするに違いないと思ったので、今度は奴より先を歩いてやった。
行き先が何処だかも解らないのに、再び間抜けな自分に遭遇だ。
今度は自分に呆れかえってしまった。
まあいい、奴がいなくなったらそれはそれでいい事なのかもしれない。
本日の目的回避にはばっちりなのだから。
だけど事はそんなに上手くいかないようで。
直ぐに追いつかれた私は奴に再び肩を引き寄せられる事態に陥った。
そしてそのまま、九十度傾くと。
目の前に、ジュエリーショップなるお店がありましたとさ。
ここで流されては飛んでもない間違いになる。
今度はやんわりと手を掛けると。
この歳では流石にきついだろうと思われる昔の必殺技『上目使い』を繰り出してみた。
「お願い、ここに入る前に話しがしたいの」と。
すると、奴は身体を私に向き直して真顔になった。
おっしゃーまだいけたか、私の必殺技! と思ったのも束の間。
「悪い事は言わない、それ他の奴にしない方が正解だぞ」
と一刀両断された。
解ってるわよ、そんな事。だから今度は開き直った。
「だから、何で指輪を買わなきゃいけないのよ。そこまでする事じゃないでしょうに」
それはそれは非常に不機嫌な声を出しましたとも。
何だかこいつと一緒にいると私のキャラは崩壊しすぎみたいな気がしなくもないけど、今はそんな事言ってられない。
「じゃあ教えてやるよ。お前が聞きたがってた昨日の事を」
そう言って目の前の男はニヤリと意地の悪いだけど、ちょっとだけドキっとするような笑みを浮かべ、ガードレールに腰かけた。道の往来で立ちっぱなしっていうのもね。私も仕方なし奴の隣に腰かけた。
すると、静かにというか明らかに笑いを耐えながら語りだした私の事。
それは、一言進むうちに段々と顔面が蒼白するような話しでして。
話しを聞き終えた私の一声は
「嘘だ」
そんな事ありえないとばかりに大声だった。
「嘘じゃねえよ、ほら」
そう言って差し出されたのは奴の携帯電話。その履歴をしっかりみせられた私は、腰かけていなかったら確実にアスファルトとご対面していたと思う程も衝撃だったり。
昨日連れていかれた小料理屋で、偶然掛ってきた小川先生の奥さんに「良いお付き合いをしています」と宣言してしまったらしい。そして、奥さんの早とちり的な思考に同調してしまったらしい。遠まわしに言わずはっきり言うと『じゃあ、そろそろ結婚の話しとかも出ているのよね』との誘導尋問に「ご想像にお任せします」と何とも意味深な返事をしていたと言うではないか。
そして、私の手から奴に携帯が戻るや否や、奥さんにこのジュエリーショップを紹介され早く買いにいかないと私が引っ張ってでも連れていくからの言葉に恐れをなして、今に至るというのだ。
トドメはこうだ。
「お前があんな微妙な返事をするから。お前のせいでもある」と。
私のせいなのか?
あんたこそ、その憎たらしいほど冷静な頭で、その状況を切り抜けられなかった癖に。
私何かが出来るはずも無いじゃない。
「因みに朝一番におばさんから電話があった。来店するとこの店に連絡済みだそうだ」
何だか面白がってないだろうか?
それより何より、あんたがそれでいいのかい? そっちの方も気になるところなのだけど。
もう訳も解らなくて頭の中がいっぱいいっぱいだった。
「まあさ、指輪くらいで済むのだったらそれでいいんじゃないか? あんまり言う事聞かないとおばさんの事だ、きっと結婚式場は何処がいいとか言いだしそうだからな。取り敢えず指輪さえ買えば大人しくなるはずだから」
いくら親戚と言えど、そんな風に捉えていいものなのだろうか。
良いように丸めこまれている気がしなくもないんだけど……
「本当に大人しくなってくれると思う?」
「さあ?」
さあ? ってあんた今言ったのと違うじゃない。やっぱり止めようよ。そう切り出そうと腰を上げると
「ほら、さっきから店の店員の視線が痛いんだよ、お前が納得しようとそうでなくても指輪を買う事は決定事項だから」
何と理不尽なのだろう。
目の前の自動扉がゆっくりと開いていく。
奴の背中が店に入ると、店員の綺麗なお辞儀と素晴らしく揃った幾重もの
「いらっしゃいませ」が。
そして、奴は私に向かってみた事もない笑顔を向けた。思わず見とれてしまうような笑み。
「梨乃、早くおいで」
これまた極上の私好みのバリトンボイス。
むかつくはずなのに、むかつくはずなのに。
まるで魔法に掛ったみたいに勝手に動く私の足。
完全に奴の手のひらで転がされてしまっている現実。
本当に何をやっているんだろう。