酔っぱらいの戯言
「はい」
嫌だけどしょうがない。母から受話器を渡されてしぶしぶ電話に出た私。
後ろから
「そんな恥ずかしがらなくても。邪魔者は退散するからね」
まるで
オーホッホ
とでも高笑いをするのではというような母。
きっと母の事だ。廊下の後ろで聞き耳を立てているのかもしれない。
軽いトリップ入った私に
「お前なぁ。仮にも婚約者の俺から電話が掛ってきたんだぞ。もう少し嬉しそうな声でないのか?」
だなんて。
「そうですね、失礼しました。『仮にも』ですからね。お電話貰ってとっても嬉しいですわ」
何とも子どもっぽい返ししか出来ない私って。
「それで。何の用なの」
一度深呼吸して仕切り直した。
「やっぱりな。お前覚えてないだろう。形だけでも婚約しているなら、指輪買えって言ったのはお前の方だっていうのに」
は? えっ?
全く覚えてませんが…… 私が? そんな事言ったって?
ハテナマークがいっぱいだ。
確かに酔ったけど。
確かに記憶が飛んでるけど――
駄目だ、本当に思い出せない。
だけど、今確実に言える事は、それは飛んでもない間違いだと言う事。
指輪なんて買った日には、後でどうなる事か。
この年で、婚約した事が周りに知れそれが破談になったら……
怖い怖い。考えた事を取っ払おうと思いっきり頭を振ったら、酷く頭に響いてしまった。
そんな事をしている暇はない。
「ちょっと待って。酔っぱらいの戯言でしょ? 本気にするなんてどうかしてる」
うん、凄くまともな意見だ。キャパオーバーな割に尤もらしい反論が出来た事に安堵するも。
「今更何言ってるんだよ。後、15分でお前の家の前に着くから用意しておけよ」
奴は、そう言うと勝手に電話を切ってしまった。
ムカツク俺様男そのものだった。
受話器片手に固まる私。
後15分? よれよれのパジャマにぼさぼさの髪。
顔に至っては、昨日のメークだって落としてないじゃん。
無理、無理すぎる。
部屋に戻って携帯を掴むと不本意だけど奴に電話を掛けた私。
奴が出るやいなや
「15分なんて絶対無理。時間潰して後1時間後。以上」
奴に反論を言わせる隙も与えず電話を切った。
そして、切った後に気がついたんだ。
「行かない」
って言えば済む話しだったんじゃないだろうかと。
また電話するのもマヌケだよね……
ふーっとため息をついて、取り敢えずパジャマを脱ぎ棄てた。