こんなに弱かった?
「俺としては、このままの状態を維持してくれていると助かるんだけど」
顔だけをこちらにむけて、静かにほほ笑むのって反則じゃない?
これが初めてみた時だったら確実にノックアウトだわ。
と言いつつも、既に落ちそうになっているのは気のせいじゃない。
「んーまあまたあんな奴でも紹介されたらとは思うけどね」
無意識に呟いてしまったらしい私。
「じゃあ、このままって事で」
私のオレンジジュースにウーロン茶のグラスをカチリと合わせて乾杯の仕草。
何だかいいように使われていると思うけど――。
「言っときますけど、私に相手が出来たらその時はその時だからね」
「勿論そのつもりだ」
言わば、見合い除けに上辺だけの付き合いっていう関係が始まった瞬間だった。
奴曰く、小川先生とは一緒に住んでる訳じゃないし、別にバレないだろうって。
確かにそうだ。
でも私は? あのニヤついた母の顔はきっとこれからも何か突っ込んでくるに違いないとみた。
これってどうな訳? ちょっと虚しい気もするけど。
本気で付き合うっていうのは違うから、ややこしくなりそうで既に混乱気味だったり。
「そんなに難しく考える事じゃねえだろ」
って。あんたエスパーか?
何時の間にカウンター内に入り込んでいたあいつは、ボトルが並んだ棚を物色している。
そんな顔を眺めてまつげが長いんだ、なんて呑気な私もいたりして。
「まだ、明るいから軽めでいいよな」
一人呟いて、何かを作り始めた。
待つ事1分。
目の前に置かれたのは、マリンブルーのカクテルグラス。
へぇ、見た目は綺麗じゃん。
ちょっと、見なおしてやった私に
「そんなに睨んだって『毒』なんか入れてねえよ」
あのー私、そんな疑う目してなかったんですけど。
目の前のやつを見る私の顔は今度こそ、やつの思う顔だろうってくらい睨みつけてやった。
どうせ可愛げのない女だっていうの。
とは言いつつもカクテルに罪はない。
グラスの細い足を軽く摘まんで口に含むと、鼻先にくすぐる爽やかな香りと甘すぎず程良い口当たり。
私の好みにストレートな味わいだった。
「結構いけるだろ」
真直ぐ私に向けた視線に、私はどぎまぎして目を泳がせた。
反則だよ、それ。
嫌みが入りながらも私達の会話は結構弾んでいて。
お酒が入ったからなのか、私の個人情報はやつへとどんどん流されていく。
勿論その出所は私なのだけど……
私ってこんなにお酒に酔う方だったかしら。
マスターが帰ってきた時、既に私はハイテンションで。
何時の間にそうなったのか、やつの事を名前で呼んでいる私がいた。
そして、やつも私の名前を。
「マスター、サンキュ。助かったよ」
やつと入れ違いにカウンターに入ったマスターにお礼を言うと、さも当たり前のように
「梨乃、行くぞ」
なんて。
反論しようと思ったけど、私の肩に置かれた手がなんだかくすぐったくなるような優しい手で。
「あ、うん」
なんて条件反射みたいに言っている。
私、こいつにむかついているんじゃなかったっけ?
何となく、ぽわんとした頭。
おかしいな、本当にこれっぽっちのお酒で酔うはずなんてないっていうのに。