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鼻にかけた笑い

「お疲れ様でした〜」


「お先に失礼しますー」


就業終了の鐘が響いてまだ15分もたっていないのに、まだ声の張る可愛い後輩達は波がひくようにいなくなってしまう。


本当は私だって帰りっていうのに。

書類が山積みになった机に目を落としながら、深くため息をついた。


パソコンを凝視しすぎて目が疲れる。

肩も張る。

背中も痛い。


何年か前までは同じ時間残業してもそんな事なかったのに。

やっぱり確実に年は取ってるんだ。


周りをみるも人は疎らで、このフロアーで女は私一人。

あんまり大きくはないものの、中小企業と呼ぶには小さいような。

そんな会社で早9年。大学を出てから働いている。

この年で同期の女子は皆結婚している――なんていうのは昔の時代だろう。

今は独身貴族さながら、バリバリ働いているもの同じ世代の約半数。

お局様宜しく、慣れた会社で仕事をこなしている。

でもみんな要領が良いいのか予定があるからなのか、こんな時間まで残っているのは数人だったり。


「お疲れー梨乃、まだ残ってたんだ」

そう話掛けるのは同期の真美。

私の所属は企画室で専ら内勤なのだが、彼女は成績優秀の営業だったりする。


外回りから帰ってきた彼女は”今日は金曜日、行くでしょ?”

と。

OKとばかりに親指を突き上げ、パソコンに向いきりのいいところで終了ボタンをクリックする。


この年で流石にオールはきついがまだまだいけるくちの私達。

お酒に呑まれて介抱されるのは20代前半まで。

ここ数年は居酒屋からショットバーへとランクアップし、量より質のお酒を楽しんでいる。


少なくなった机の上を整理して、ロッカールームへと急いだ。

良かった今日は何となく出かけるような気がしたんだよね。

先月買った、ワンピースを着て来て正解だ。


「お待たせ」


真美は会社の喫煙スペースで煙草をふかしていた。

高層階にある私達の会社からの夜景は見事なもので。


指に煙草を挟み、遠くを見ている真美は女の私からみてもかっこいいと思わせる。

大人の女の色気ってやつなのだろう。


今でこそ年相応の顔なのだが、入社当時、学生っぽさがぬけ切らない私達とは全く違う大人びた顔に冷たそうな印象を持った。

あの頃から真美は全く変わっていない。


真美の戦闘服である細身のパンツスーツはいかにも出来そうな女の象徴だった。


「待ったよ」

と軽く笑い煙草の火をもみ消す仕草もまた似合っている。


「さぁ行こうか」


こうして私と真美は行きつけのショットバーへと足を向けたのだった。

さすがに金曜の夜とあって店はすでに人がいっぱい。

テーブ席は既に埋まっており、私達は仕方なくカウンター席に腰を下ろした。


「「お疲れ」」

居酒屋では見られない、クリスタルのビールグラス。

乾杯とグラスを合わせると

チリーンと高い澄んだ音がした。


乾いた喉をビールが潤していく。

3分の2程を一気に飲み干し、真美と顔を見合わせて笑う。


やっぱりこうでなくちゃねと。


そう頻繁ではないものの私達は会社の飲み会にも顔を出す。

そこで見る後輩達と言ったら……

私、弱いんですとばかりにちびりちびりと飲む子もいれば(本当は結構いけるくせによ)

コップ半分一気にいったと思ったら、急にベッタリ男の子に引っ付く子やら(完全に計算だ)


兎に角、女の子を武器に仕掛けてくる子ばっかり。

純粋にお酒を飲む子がいるとは思わないし、多少は解るよ、でもあそこまであからさまな態度をみていると、美味しいお酒も美味しくなくなるわけで。


やっぱり気の合う人と飲むのが一番だよねと毎回思ってしまうのだ。


だからと言って上司と飲むのは嫌だというわけではない。

この年になるとちょっかい出す人なんていないし、かえってゆっくり出来るから。

その時は後輩達が活躍するはずなのにどういうわけだか、みんな都合が悪くて出席率も大幅ダウン。

そんな年だと思いたくないけどつい真美たちと

「最近の子はー」

なんていってしまって、きっと私達も言われたんだよね。

なんて。

おばさん化してしまっている。


軽くサイドメニューを頼み、2杯目のジンライムをゆっくり味わいながら、真美と他愛ないおしゃべりをし今週の疲れを癒す。

そんなふとした会話の合間に一つあけた席の客の声。

低く響くその声は私の耳にダイレクトに入り、思わず振り返ってしまった。


横顔しか見えなかったが、きりっとした眼が印象的な男の人だった。

それより、何より声が―――ストライクだった。


すると、真美が私の耳元で

「さっきから私も、かっこいいなって思ってた」

と。


かといって声を掛けるわけでもないのだが。

その後も背中越しに彼がマスターと話す声に聞き耳立ている自分がいた。


何度もここに来ているのだが、初めて見る顔だった。

いつもはテーブル席だから気が付かなかったのだろうか?

マスターと話す彼はかなり親しそうな感じ。

無論、会話の内容はよく聞こえなかったのだが。


真美は私を盾に彼を見ているようで

「あの声で耳元で囁かれたら、ゾクゾクしそう」

なんて言い出して、思わず想像してしまい、顔が熱くなってしまった。


真美は

「梨乃ってば高校生じゃないんだから」

とけらけら笑いだした。

思わず後ろを確認。

聞こえてたりしないよね、今の。


その笑い声に反応したのか、ちらりと此方を向いた彼と目が合った。

やばっ、正面から見た顔も好みかも!と思った瞬間彼は


馬鹿にしたように、フンッと鼻で笑った。


一気にクールダウン。

フンッって何、フンッって。

顔がいいからって(声もいいけど)性格悪そうだよこの人。

何だか興ざめして残りのジンライムを一口で飲み干した。

真美は

あらら…

と呆れ顔だ。


そのお陰で背中を気にする事なく終電の時間まで過ごせたのだが、すっきりしない夜でもあった。






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