第3章『あ、これを正夢って言うのね。』
「・・・買い過ぎたか?」
朔野は右手に提げた2つのレジ袋を持ち上げ、そうこぼした。初めての一人暮らし、それにまだ高校生である。料理はスクランブルエッグくらいしか出来ないのだ。とりあえず塩か醤油をかけたら食べられそうなものが良いだろう、という安直な考えから、もやしを10袋ほど、キュウリを6本ほど購入したこの阿呆に、レジ店員はもはや苦笑いしか浮かべられなかった。
(まぁ、もやしは醤油で炒めれば何にでもなるよな・・・)
周りから見れば、こいつダイエットか、とツッコミたくなるが、朔野は身長も丁度良くスラリとしている。したがって、やはり阿呆としか考えられなかった。
朔野はスーパーマーケットからUターンし、家の方向へ足を進める。途中、先程もちらりと見た書店へと気まぐれに入った。古い雰囲気はあるが、ネットで話題の本なんかもしっかりと並べてある。整理整頓も不備がない。朔野は分厚い小説よりも、少年漫画の方が親しみやすくて好きだった。初めて来た書店に慣れず、右往左往しながらも漫画スペースへ足を踏み入れる。
(最近読んでねーなぁ。前は週一で買ってたのに。へぇ、今流行りは・・・これか?)
「白黒ジャッジメント・・・って、これ!!」
(今朝見た夢にこいつ・・・!!あ、これを正夢って言うのね。・・・ってそうじゃねぇよ!!)
この時の朔野には驚愕と衝撃しか無かった。勿論第一巻購入である。本棚を凝視した後、駆け足になりながら割り込むようにしてレジ前の列に並び、今朝の記憶を叩き起こしていた。瞬きを忘れるほど表紙をじっと見つめる朔野は、前髪が長く目つきが鋭く見えた。自分のレジ打ちの作業を貫くような視線で見られたのでは、書店員は恐怖すら抱いただろう。会計を済ませると、1冊の漫画を受け取り、レシートも貰わず速攻で書店を出る。それと同時に、朔野は裏表紙のあらすじに目を通した。
(・・・学園の謎に生徒会長、真白黒惟が挑む!?)
「この名前も・・・表紙の顔も・・・あいつだ・・・。」
(買ってしまった・・・。)
朔野はビニール袋から出した漫画ー『白黒ジャッジメント』を見つめながら、ベッドに寝転がった。購入後、ダッシュで帰宅した朔野はもやしやらキュウリやらを冷蔵庫にぶち込み、ベッドにダイブしたのである。
見ると、やたら美形の男子高校生がキメ顔で描かれている表紙。よく見ると、可愛らしい女の子や強面なヤンキーも描かれているようだ。この男子高校生があいつだろうか。しかし、タイトルといい、キャラクターといい、男女問わず年齢問わず、人気のありそうな作品だ。聞いた事の無い作者だが、相当時間をかけて作ったのだろう。
(それにしても正夢ってなんだ・・・?このタイトル知ったのも今日が初めてだっつーの・・・)
朔野は包装用の薄いビニールを剥がし、漫画を開いた。
―――一ツ星学園高等学校、2年A組真白黒惟、現生徒会会長。彼の過ごすこの学園では、常日頃不可解な事件が起こっている。といっても、「教科書が無くなった」「シャー芯が足りない」なんて馬鹿げたものばかりである。彼を取り囲む仲間たちにも、様々な個性があり、賑やかな学園ライフは続いてゆくものだと誰もが思っていた。少年漫画ランキング堂々の第1位!学園の謎に生徒会長、真白黒惟が挑む!!――――
って・・・
(これホントに人気あんのかよ・・・!?)
少しがっかりした様子の朔野は、漫画を読まずにそのまま閉じると、買ってきた食品を冷蔵庫から取り出して夕飯の準備を始めた。明らかに多すぎるもやしに溜息をつきながら、慣れない包丁を振りかざす。滅多刺しにされ、原形が伺えないもやしをボウルに移し、漫画が置かれた場所でベッドを一瞥した。
(・・・ちゃんと読んでみるか・・・。)
気が変わるのが相当早い朔野であった。
すぐに手を拭いてベッドに戻る。閉じた漫画を拾い上げ、表紙をめくるとズキンと朔野に頭痛が襲った。
「―――なぁおい!ちょっと!こっち来いって!!この前の話覚えてねぇのかよ!――」
「・・・くっそ、いってぇ・・・。つかうるせぇ・・・。」
あまりの酷さに膝から崩れ落ちた朔野。頭痛のせいか、変な声も聴こえてくる。固く目をつぶり、頭痛が引くのをじっと待つ。
そう、この展開。あなたももう予想しているだろう。・・・目を閉じた段階で。その通り。朔野は目を開いた瞬間、見たことの無い風景に息を呑んだのだった。