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ロボットになってしまった人間の話。

作者: 芝桜 綾乃

私はいったい、いつから涙を流せなくなってしまったのだろう。

特別、どうしても泣きたいというわけではない。

ただ、どんなに心が震える物語を見ても、読んでも、聞いても、確かに目頭が熱くなるような感覚は存在しているのに、涙だけは流れてこない。

昔はこうではなかった、小学生以前のころは、泣き虫だったのをよく覚えている。

気に入らないことがあれば怒り、納得できないことがあれば暴力に訴えることもあった。

悲しいことや悔しいことがあれば、いじけるように泣き続けて、袖がびしょびしょになるぐらい泣き伏せっていたこともよく覚えている。


でも、いつからだったろうか、涙を我慢するようになったのは。

たぶん、私が転校する日が決まった時。

小学校の先生に「どんな辛いことがあっても泣いちゃだめだぞ。」なんて言われたことがきっかけかもしれない。

今にして思えばなんて無責任な言葉だ。

あのころの私の家庭はとても複雑で、母を私が守らなくちゃいけない。 なんて分不相応な事を考えていたのが、きっと拍車をかけたんだろう。

それから私は、辛いことも、悲しいことも、苦しいことも、誰かに打ち明けることをやめてしまった。

弱いところを見せてはいけない、という自己防衛だったのか、それとも母に心配をかけたくないと思ってのことだったのか、今となっては思い出せない。

逃げるように故郷を後にした私に残っているものは家族だけで、あとは何も残っていなかったから、それだけが私の財産だった。

新しい学校では、故郷との違いに戸惑い、私はみんなに劣る人間じゃない、と主張することに精いっぱいで、うまくコミュニケーションもとれず、先生に怒られることも多くて、次第にふさぎ込んでいった。

宿題なんて当然やる気も起きなくて、やらなければ怒られるし、クラスメイトからの目も辛く、物はよく消えるし、暴力を受けても誰も助けてくれない。

母は当時、ボロボロで何をするかわからなかったから、打ち明けるなんて論外で。

だからきっと私は殻にこもってしまったんだと思う。

自分の周りに壁を作って、私はそこに着けた窓枠から世界を俯瞰するように眺めている。

その感覚は今でも抜けなくて、それで得をすることもあったけれど、そのせいで、普通の人間として生活することが難しくなってしまった。

その時からだろうか、私が怒る事も、泣くことも、笑うこともなくなっていったのは。

そうして、感情は希薄になっていって、まるでロボットのようだ、なんて言われたこともあった。

体育の走り込みで、『平気そうに走ってるのがムカツク』なんて言われて、理不尽極まりないとも思ったが、別に怒る事もなかったし、どうでもいいと思っていた。

それでも、どこかで無理が生じていたんだろう。


私は学校に行かなくなり、パソコンの世界にのめり込んで、世界を俯瞰することに夢中になった。

人間の行動や、感情、どんなことをすれば、どんなふうに反応が返ってくるのか、そんなことばかりを考えていて。

気が付けば委員長、なんてあだ名がついていたけれど、きっとそれは私が仕向けたことなのだ。

そんな風に人を操れるものか、と言われれば、きっと私の勝手な思い込みんだろう。

たまたま、予想通りになって、たまたまアドバイスがうまく働いて、意図的に人に好かれるように振る舞っていただけに過ぎない。

自分にとっての理想の人物を作り上げて、その仮面をかぶって悦を浸っていただけの醜悪な人間に過ぎない。

仮面の裏では何にも感じていなかったくせに。


そうして、私は現実では落ちぶれて、ネットの世界で、まるで全てが自分の思い通りにると思い込んでいる道化を演じていたわけだ。

もちろんそんなことが長く続くわけはなくて、いつの間にか私は『時間』という、残酷な現実に追い詰められていった。

現実を疎かにしていた私は、社会不適合者という烙印を押されることになる。

専門学校も、バイトも、人に会うことすらできなくて。気が付けば私は、恐怖ばかりを感じる弱い人間になっていた。

怒られるのが、怖い。 陰口を言われるのが、怖い。 裏切られるのが、怖い。 離れて行かれることが、怖い。 一人になることが、怖い。 すべての嘘が暴かれてしまうのが、怖い。

こうなってしまったら、もう普通に生きていくなんて無理だった。

限界だ、私はそうして自分が壊れているということを、そこで初めて受け入れた。


いまでは少しは感情ももどって、「よく笑うようになった」なんて家族に言われることもある。

それでもやはり、私は今でもどこかで、俯瞰することを止められずにいる。

私ですら俯瞰する対象でしかなくて、どこか実感がない。

傷を受けても、痛いとは思っても、どこか他人事の様で、危機感がない。

だからなんだろう、私は涙を流せない。 特に、自分の事に関して。

『私』は一体どこへ行ってしまったんだろう。

今でもきっと泣いているはずの私は、どこへ行ってしまったんだろう。

そんなことすらわからなくて、私は私を人間として視れずにいる。

感情のない人間なんて、ロボットと同じだろう?


だからきっと私は偽物で、本当の私が作り上げたこの心は『機械仕掛け』でできている。

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