パラドックス②
この時代、銀河系中に宇宙船の航路が張り巡らされ、主要な恒星間はほぼ安全に航行できるようになっていた。中にはワープゲートを備えた星間トンネルもあった。だが星図に載っていない前人未到の宙域も数多く存在していた。
カコーン。
「ふう。いい気持ち」
美理入浴中。
東洋式のお風呂。小型宇宙船にしては大きな湯船だ。お蔭で足も伸ばせる。誰のこだわりだろ?昔ほどではないが、宇宙船では空気や水は貴重品だ。この水も何かに再利用されているはず。
その頃コクピットでは。明とヨキがすっくと立ち上がる。
「どこへ行く?」啓作が睨む。
「え?あ、トイレ」 「おいらも」
「さっき行ってたろ」
「う。・・疲れたから、も・もう当番に任せて寝よーかなー」
「そうか、おやすみ。あ、風呂場ののぞき穴は塞いどいたからな」
狼から妹を守ったお兄ちゃんでした。
「お先です」
通路ですれ違った明とヨキに美理は挨拶する。
明はちょっと心が痛んだ。が、すぐ風呂場に直行。同じくヨキも。
ふたりは競って服を脱ぎ、湯船に飛び込む。くんくん臭う。反省なし。
美理はシャーロットとピンニョに居室に案内された。
二段ベッドとソファと小さなテーブル、小さな鏡台。本棚には今どき珍しい紙の本が並んでいる。窓は無いが、壁に外の景色を投影できるようになっている。シンプルだが落ち着ける部屋だ。
「女部屋はここだけだから、狭いけど我慢してね」上段ベッドを勧める。
「隣の医務室でもよかったか。手術も可能な民間宇宙船にしては立派な医務室よ」
「(やだ。)ここで、お願いします。・・あのシャーロットさん、寝間着貸していただけませんか?」
「啓作が持って来た荷物の中に無いの?」
「外出着しかなくて。しかもちょっと前の・小さいのばかり」
「・・やっぱり私が行けばよかった」溜め息をつく。
ブカブカのパジャマを着る美理。特に胸元がスカスカ。ちょっとショック。
「おやすみなさい」
シャーロットは当番なので部屋を出る。ピンニョはテーブルの上の“巣“に。
「おやすみなさい」
消灯。
「・・・・」
疲れているのに眠れない。
美理は昼間(今は夜)の事を思い出す。震えが。
「今ごろになって・・」
身体を丸めて目を閉じる。やっぱりダメだ。
「眠れないの?」ピンニョが聞く。
「はい」
「じゃあ、星でも見に行く?」
「わあ」
満天の星。ふたりが来たのは<フロンティア号>のほぼ中央・プロトン砲の上部にあるサブコクピット。メインコクピットより小さく、座席は前後二つしかないが、“窓“が大きく視界がいい。
あの日、兄と見上げた夜空のような吸い込まれそうな星空。
違う星系のため、美理の知らない星ばかり。
かなりの速度で航行中だが、星ははるか遠くにあるため止まって見える。船が動いているのか止まっているのか分からなくなる。
「綺麗・・(でも、この外は真空なんだ。外に出たら死んじゃうんだ・・・何だか怖い)」
嬉しそうに時に真剣に星を眺める美理の隣りでピンニョはあくび。
メインコクピット。
当番で起きている啓作にシャーロットがコーヒーを持って来る。
「サンキュー」コーヒーをすする。
「かわいいだろ?」
「そうね」
「小さい時はもっと可愛いかったんだぜ。いっつも後ついて来て・・・」はいはい。
星見を終えた美理とピンニョが部屋に戻る途中、
「ぐおおおおお・・・・」
それは地獄の底から響いてくるような音だった。
「何の音?(気密性の高いドアや壁なのに)」
「知らない方がいい」
ふたりはその部屋を素通りして自分たちの居室へ帰った。
その部屋の中では、
「ぐおおおおおおお・・・・すぴー・・・・ぐおおおおおおお・・・・」
「眠れねー」
ボッケンが同室の明のいびきに悩まされていた。
朝。船内は基本的に銀河標準時に合わせてある。
美理は疲れたのか熟睡中。ピンニョとシャーロットが枕元に立っても起きない。
「そろそろ起きませんか~?」
「おねがい、麗子、あと五分」いつも朝に弱いのか。
ピンニョにつんつんされる。
「分かった。起きるから・・。そう言えば変な夢みちゃった。ギャングに絡まれて、白馬に乗った男の人が助けてくれたの」
「ちょっと違うけど、それで?」面白がるふたり。
「・・宇宙船に乗って宇宙に行ったの」
「前回のあらすじでした」
「え?」
「おはよう。夢じゃないわよ」