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スペースマン  作者: 本山なお
19/30

メモリィ④

 <フロンティア号>の医務室。

 黙って明の話を聞いていた啓作が口を開く。

「宇宙暦495年12月。俺は研修医として地球大学病院にいた。その日搬送されて来たのは、太陽系外周で発見された一隻の古い宇宙船の生存者だった。そう冷凍睡眠状態の明、お前だ」

 明は黙って話を聞いている。


救命救急室に冷凍睡眠カプセルが運び込まれる。

カプセル外観は宇宙線や経年劣化でボロボロだ。発見されたのは太陽圏のはずれ。もっと発見が遅れれば太陽系外に出て、致死的な強力な宇宙線に曝されていただろう。

「18歳男性・・いや約500歳と言うべきか?」

「DOA(到着時死亡)なのか?」

「心肺停止、というより冷凍状態だ。コールドスリープ」

「YWR溶液に漬ける。温度上昇は緩徐にやれ」

YWR溶液とは呼吸可能な特殊液体で、自然治癒力を高める効果がある。今明が浸かっている液体とほぼ同じ物だ。この時代の医療は医療コンピューター管理によるナノマシン治療が主流となっている。例外は辺境(僻地)や宇宙船医(一部を除く)である。

「蘇生を施し、お前は生き返った。しかし廃人に等しかった」


宇宙暦496年7月。半年が過ぎても明は目覚めなかった。

心拍・呼吸・血圧・体温・脳波・・全て正常、なのに意識が戻らない。

原因は分からなかった。

「私は反対です!他人の記憶を入れるなんて!」

明の担当医の流啓作は反対した。

指導医の弓月丈太郎が口を開く。Dr.Qとあだ名される名医だ。(弓=Q)

「じゃあ君は、この青年が一生このままでも構わないと言うのか?これは一部の金持ち連中がやっている“精神移植サイコトランスプランテーション”とは違う。入れるのは“精神”じゃない、ただの“記憶”だ。記憶は彼が蘇るきっかけでしかない。やがて消えていくようプログラミングされている」

「俺達はお前に、ある“記憶”を注入した」

目覚める明。

「ああ父さん。済まない・・事故っちゃった」

「了?」

「りょう?誰だよ?大丈夫か?俺は明だ。弓月・明」


「お前は明という自分の名前だけは憶えていた。実は注入された“記憶”はレース事故で亡くなったQ先生の息子さんのものだった。スペースレーサーでスポーツ万能、銃と剣の達人・・全て偽りの記憶だ。だがお前は本当にその通りの・・いや、それ以上の才能を持っていた」啓作が補足する。

「・・・・・」

「本当に記憶だけだったのか?それは分からない。大学は人体実験の可能性もあると、Q先生を追放した。先生はその後行方不明だ」

 明は黙ったままだ。

「・・それからは憶えているだろ?リハビリの後、退院したお前と俺は<スペースマン>として運び屋を始めた。今の仲間達と出会い、たくさんの冒険をした。本当の記憶は“夢”という形で現れた。お前の昔の恋人と美理が似ていたのは偶然だが」


フラッシュバック:病院で目覚める明。冷凍睡眠装置のスイッチ。破壊される宇宙船。

“恐怖の大王”。青い地球。麻美子・・・


「ずっと黙っていて悪かった。殴ってくれ」

 啓作はひざまずいて頬を明に向ける。

「命の恩人をかい?俺を見つけてくれたのはお前だ。銀河共通語や宇宙史を睡眠教育してくれたのも」

「暇だったからな」これは嘘だ。研修医が忙しいのは今も昔も変わらない。

「・・俺は、幸せだったんだぜ・・ありがとう」

「・・・」

「Q先生って天才だったんだな。・・目覚めた時、弓月了の記憶が無ければ、俺には絶望しかなかった。たったひとりで違う時代に目覚めて」

「・・!」啓作は明の涙に気付く。

「昔の記憶が戻っても、目覚めてから今までの記憶は残るんだな。・・・よかった」

「みんなに知らせて来るよ」

 啓作は医務室を後にする。

 明はひとりきりになる。

「・・ごめんな。おじさん。おばさん。麻美子。・・忘れていて・・・もう会えないのか?」

 明の背中が震える。


 <フロンティア号>は民間の宇宙船ドックで修理を受けていた。

 メンバーは黙々と作業している。修理だけでなく武器の補給も行っている。

 マーチンは機体を撫でながらつぶやく。

「反重力の嵐か。よく助かったもんだ」

 反重力ミサイルや重力遮断シールドは本来強重力の星からの脱出用に考案されたものだ。高出力のエンジンが発明された現在では装備している宇宙船は少ない。

 隣に啓作が来る。

「明の意識が戻った」

「本当か?おーい。ボッケン!」

 ボッケンとヨキが船内へ駆けて行く。マーチン自身は作業を続ける。途中で止められないようだ。シャーロットとピンニョにはもう伝えてあった。

 啓作は手すりにもたれて深い溜め息をつく。

「どうだ?こっちはいけそうか?」

 マーチンは黙ったまま親指を立てて合図する。

「ただあと二日くれ。・・なあ、いいかげんこいつの出所教えてくれよ」喋りながら作業中。

「ん?・・だから“パパが買ってくれたの”」笑いながら啓作ははぐらかす。

「どこでだよ?自己修復能力を持つ金属は珍しくないが、こんなに軽くて強いのはまだ軍にも無い」

「こんなにこっぴどくやらてるのに?」

「並の宇宙船なら大破してるよ。この装甲版の上に防弾効果のある特殊塗装、さらにバリアーの三段防御だ。重巡クラスの防御力はあるよ。こいつは、凄い船だ」

 バリアーは船体周囲全体だけでなく集中して一部分のみに張る事も可能だ。

「心配するな、ヤバいもんじゃない。その時が来たら教えるよ」

「よし。んじゃオレも行ってくるわ」

 作業の区切りがついたマーチンも船内へ。入れ違いにシャーロットが出て来る。

「思ったより回復早いみたい」

「・・もうだめかと思った。あいつだから助かったんだ。普通の人間なら死んでいた。・・よかった。本当によかった・・」

 シャーロットは黙って啓作の頭を抱き寄せる。「臨床に戻りたい?」

 啓作は答えない。

「明くん記憶戻ったのね。それよりも、お腹すいたって」

「!」

 医務室に啓作が駆け込んでくる。

「明!煎餅食うな!まだ絶食だ!」

 シャーロットも来て、全員が揃った。

「みんなに言っておかないといけない事があるんだ・・」

 明は自分が冷凍睡眠で約500年間眠っていた事、これまでの記憶が偽りだった事を仲間たちに話した。

「・・・・・」

「今までの兄きの記憶が他人のものだったって、何も変わらない。兄きは兄きだよ」

「ボッケン」

「別にどうって事ないよな」 

「うん」 「ノープロブレム」

「知ってて黙ってた啓作が悪い」 

「そうだ。そうだ」

「お、俺か?・・すまん」

「いいって事よ」 「何だよ、そりゃ」

「しつもーん。明、お前宇宙船の操縦免許あるのか?」ヨキは時々鋭い所を突く。

「え??・・・啓作う」

「捨てられた子犬みたいな顔で俺を見るな。免許更新と称して試験受けただろ?あれが宇宙船免許取得試験だ。一発合格だった」

「ほっ」

「よし。戻るぞ」「おー」「マーチン何しに来たんだよ」「顔見」「明は寝てろ。早く治せ」

「ありがとう。みんな・・・ありがとう!」

 再び明と啓作だけになる。

「このまま終わらせてたまるか」

「ああ」



 二日後(地球時間)。

 とある惑星。暑い日差しが照りつける。あまり治安がよろしくない荒れたダウンタウン。古びたビルの一室。机と椅子が二つあるだけのコンクリート打ちっぱなしの部屋。天井には扇風機が回っている。

 明は情報屋グレイの元を訪ねていた。ここに来るまでに倒したスリや強盗は十人を下らない。

 開口一番。グレイが言ったのは、「ひどい怪我だな。大丈夫か?」

「ナノマシンで治療中。問題ない」包帯に松葉杖。傷はまだ癒えていない。

 他のメンバーは<フロンティア号>の修理の仕上げで忙しい。ドックからこの星までテストを兼ね航行して来て、最終チェック中だ。

 グレイは金髪に碧眼の美青年。背も高くモデルの様なイケメン。まさに外見上は男の敵。

「そうかダメだったか。・・“セルバンク”って分かるか?人の細胞を保存しておいて、病気や事故等の必要時にクローニングして使うものだ。殆どの人が登録している。

半年前、そのデータがハッキングされた・・犯人は星間犯罪結社<パラドックス>。流石にサンプル奪取は出来なかったようだが。流失したデータの一つが流美理さんのものだった。彼女が狙われるかもしれない。だが<銀河パトロール>は連中と癒着していて当てにならない、で俺はお前らに直接警告したんだ」

「教えてくれ。<パラドックス>のアジトはどこだ?あの娘はどこにいる?」

「知ってどうする?」

「助け出す」

「勝ち目はないぞ。わかっているはずだ」

「・・・」

「<パラドックス>は<地球連邦>に寄生している。連中の船は連邦の正規の軍艦だったろ?軍部高官や武器商人と癒着し、持ちつ持たれつの関係となっている」

「それでも俺たちはやらなきゃいけないんだ」

グレイは明の目を見た。その目は敗者の目ではなかった。

「・・その娘は地球圏、<ネオ=マルス>にいる」

「!!地球・・・ありがとう」

 お金を置き、部屋を出ようとする明に、グレイは極秘データの入ったメモリーカードを投げる。

 明は受け取ったカードを自分の腕時計にセット。その内容に愕然となる。

「<ネオ=マルス>と戦う事は、地球と戦うのと一緒だぞ」

「・・・・」

 明は何も言わずに立ち去る。


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