メモリィ③
遥か宇宙の彼方から“それ”は来た。
地球を目指して―――
巧みに軌道を変え、発見された時には地球まで75万キロまで接近していた。
隕石なのか?人工物なのか?一切が不明だった。
宇宙船<フリーダム>は当初の予定になかった無人の人工衛星とドッキングし、燃料補給と何かの物資を搬入中。
そのコクピットでは、クルーが地球と交信していた。
映像は無く、音声のみの通信。雑音が激しく聞き取りにくい。
「無人・・機は・・不能に(ザー)・・・86%の確率・地球に落下・・事が解った(ザー)もう少しで帰還と・・時にすまない・・・・(ザー)だが君達が一番近い・だ」
「了解しました。調査後、爆弾による軌道変更を試みます」
最年少の僕は緊張して聞いている。ダン船長が声をかける。
「アキラ。すまない。民間人の君を乗せているのに」
「キャプテン、構いません。僕の事は気にせず、ミッションを遂行してください」
データが次々と送られて来る。
「円形の黒い物体。球体?いや円盤かも?」
「見てみろよ、こいつの軌跡。地球から死角になるように、月の影に隠れて動いてやがる。どう考えても自然の物じゃない」
「じゃあUFO?宇宙人?」
「ファーストコンタクトか」
「大丈夫。こっちにはラッキーボーイが乗っているんだ。な、アキラ」
そう言われても困る。もう運は使い果たしていたのかもしれなかったから。
宇宙船は方向を変え、エンジンを噴射。そのはるか先に移動する“何か”が見える。
背景の星々を隠して、月軌道を通過するその物体。黒い球体だ。いや色は分からない、表面に星々が反射して映っている。
接近する。物体は、<フリーダム>の約10倍の大きさだ。
警報がコクピットに鳴り響く。
「目標まで距離1500km」
「でかい。こんなのが地球に落ちたら・・」
「!」
突然黒い物体の表面が波打つ。その震動が宇宙船に伝わる。
重力波の嵐。宇宙船は波に翻弄される。
「計器が役に立たない!」
「制御不能!」
乗員の悲痛な叫びがこだまする。停止するエンジン。
「これは・・隕石じゃない!」
誰かが叫ぶのと同時だった。物体の表面にギョロッと赤い“目”が見開かれた。
稲妻が船体に命中。衝撃。
宇宙船は、なすすべも無く宇宙の彼方へ吹き飛ばされていく。
凄まじいGが僕らを襲う。
作業のためシートベルトをしていなかった誰かが飛ばされ、扉に激突した。
コクピットのキャノピーが割れ、空気が抜ける。
僕は仲間の手を掴もうとするが・・届かない。その誰かは外に放り出される。
やがて空気の流出は止まる。
僕の隣の席の乗員は破片が宇宙服に突き刺さり絶命していた。
「キャプテン?・・ロジャー?・・マイケル先生!・・誰か・・」
コクピットいや宇宙船には僕一人しか生き残っていなかった。
推力を失った宇宙船は慣性で飛ばされて行く。漆黒の闇の中へ。
酸素はあと3時間しかもたない。
「・・どうする?どうすればいい?・・考えろ!」
その方法しか思いつかなかった。
僕は意を決して這い出す。
泣きながら、Gに逆らいながら、コクピットからカーゴベイへ。
「はあはあ・・ずっと側にいたのに・・・あの子は空気・みたいな存在だった・・・
大切・なのに・・無くてはならないもの・だったのに・・宇宙に出るまで・・考えた事・・なかった・・・はあはあ・・僕はまだ何もあの子に伝えていない・・何で言わなかったんだ・・たった一言なのに・・はあはあ・・・死んで・たまるか・・・約束したん・だ・僕は・・・帰るんだ!」
カーゴの天井は無かった。
孤独と静寂と恐怖の中、僕は“カプセル”にたどり着く。
冷凍睡眠の実験は特別ミッションのため中止になっていた。
蓋を開ける。僕は最後の力を振り絞り、その中へ潜り込む。蓋を閉め、ヘルメットを取る。
宇宙船を破壊したその“物体”は今まさに青い地球に落下しようとしていた。
その光景を見ながら、僕は赤いボタンを押した。
助かる確率は万に一つも無い。唯一の可能性は冷凍睡眠だけだった。
曇っていくキャノピー。涙と汗が凍っていく。
薄れゆく意識の中、僕はポケットから写真を取り出し、つぶやく。
「麻美子・・・」
かつてない宇宙からの脅威に対し、皮肉な事に有史以来初めて人類は一致団結した。
衛星軌道上のキラー衛星がレーザー光線を発射。
光線は物体に当たるや否や、跳ね返されてしまう。
地球各国からは無数の核ミサイルが発射。
ぐんぐん上昇・・・上空で起きる爆発の閃光。
しかし核兵器は“物体”のバリアーに阻まれ、全く歯が立たなかった。
それどころか電磁パルスが生じ、世界的規模で電子機器が破壊、各国で大停電が起こった。
明かりの消えた街。麻美子は空を見上げる。
その頭上を巨大な白い光の塊が北の空に消えていく。
遅れて衝撃波が街を襲う。ガラスが割れ、瓦が飛び、ビルが倒壊する。
後に“恐怖の大王”と呼ばれる“それ”は北極海へ落下。
凄まじい閃光があがる。爆炎が広がる。地球そのものが震える。地球の自転軸が動く。
巨大な津波が生まれる。それらは大都市に襲いかかり・・すべてを飲み込む。
舞い上がった噴煙により太陽光は遮られ、地球は氷河期に突入した。
(それは皮肉にも温暖化とは逆の環境だった)
・・・時は流れた。
人類はその生活の場を宇宙に求めた。
軌道エレベーター。スペースコロニー。月基地建設。火星開発。
ワープ航法の発明により、より遠くへ。太陽系から銀河系へ。
大移民時代。しかしそれは異星人との対立の時代でもあった。
幾つかのトラブルを経て、オリオン腕をほぼ勢力圏とした地球は銀河連合に加盟。
――そして現在・宇宙暦498年。