保養の町
保養の町シリルレーン。
王国一大きい湖であるシリル湖のほとりにあるこの町には貴族や豪商の別荘が建ち並び、多くの人々が休暇を楽しむためにやって来る。
そんな町の外れにある小高い丘の上、湖を一望できる一等地に王族の別荘は建っている。
一見すると貴族の屋敷のような豪邸だ。俺たちの乗ってきた竜車は、その庭の一角に止められた。
荷物を下ろすのは当然使用人の仕事なので、俺は妹と弟と共に手ぶらで自分たちの部屋へ向かう。
カタリナの希望により、俺と彼女は同じ部屋だ。城の部屋よりは小さいがきちんと掃除されていて、湖が見えるテラスもあった。
ちょうど夕日が沈んで行くところで、紅く染まった湖面がとても綺麗だ。
「うわあ、良い眺めですね~ってあれ?なにしてるのですか、お姉様」
「いえ、暫くはここに居るのだから預かっていた物を出しておこうかとおもって」
俺はアイテムボックスの中のカタリナから預かっていた小物やお菓子をだした。家出するのに彼女の物を持って行く訳にはいかない。
この屋敷に侵入者が現れるのは、到着した日の日没後すぐだったはずだ。俺はその侵入者を利用して此処を抜け出すつもりでいる。突然行方不明になるよりも、誰かに連れ去られた事にしたほうが後々都合が良い。
「姉上、母上たちがおしゃべりを始めてしまって相手をしてくれません」
暫くしてしょんぼりした様子のマルクスが部屋にやって来た。夕食までの時間は三人でトランプ(のようなもの)をして暇を潰すことにする。普段は勉強ばかりの毎日を送っている二人はことさらに楽しんでいるようだった。
「……?何か騒がしいですね」
そろそろ夕食かという時間になった頃、カタリナがそう呟いた。確かにドタバタという物音や罵声が微かに聞こえてくる。どうやら、賊のお出ましのようだ。
暫くして使用人の一人が部屋に入ってきた。少し緊張した顔で状況を報告してくれる。
「この屋敷に侵入しようとした者がいたようです。暫くはこの部屋から出ないようにしてください」
「侵入者、ですか?いったいどうして……」
「既に逃げ出しましたから安心してください。用心のためですよ、大丈夫です」
そう言ったが彼の後ろには数人の騎士がいて、護衛のために部屋に入ってくる。侵入者と言っても単なる食うに困った夜盗の類らしい。よりによって王族の滞在とかち合うとは実に運がないと思う。
ついでにその上俺に罪を被せられてしまうわけで。さすがに同情を禁じ得ない。
「その侵入者と言うのはどこに現れたのですか?」
「えっ、場所ですか?竜車の辺りだそうですが」
「……竜車、ですね?」
「ええ、そう聞いております」
俺が騎士の一人に尋ねると、その騎士は不思議そうな顔をしながらも答えてくれた。
「場所がどうかしたのですか、姉上?」
「いえ、少し気になって……」
弟の声に生返事で答えながら二十分ほど前の事を思い出す。ちょうどトランプが一段落した辺りだった筈だ。俺はその場面を思い浮かべ、タイムリープを使った。
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「ふふっ今回は私の勝ちですね」
「ううっまた負けてしまいました……姉上はお二人共強いですね」
「そろそろ休憩しませんか、二人共。…………………………………おや?」
「どうしたのですか?何か忘れ物でも?」
アイテムボックスの中を見て間の抜けた声を出した俺に、カタリナが声をかける。
「ええ、竜車に少し忘れ物を。ちょっと取ってきますね」
「わざわざお姉様が行かなくても誰かに取りにいかせれば良いのでは?」
「すぐに戻って来ますよ。少し席を外しますね」
俺はそう言って部屋を後にした。
廊下に出るとちょうどよく人目が無かった。使用人達も夕食の準備があり多くは残っていない。警備の見回りもタイミングをずらせたようだ。
それでも油断なく辺りを警戒しながら手近な部屋に潜り込む。王族が使う部屋からも近いこの場所は、側近の近衛兵達の部屋だ。王国屈指の屈強な兵士が使うだけあって警備は少し緩い。もちろん今は空室である。
窓に近づき鍵の様子を見る。よく見ると別荘の優美な外見に反し、外からの侵入に対して非常に強い守りがしかれていた。側面に結界を張る魔道具も取り付けられている。守りの効果に加え、下手に干渉するとアラームが鳴るのだろう。
ーーーーさすがの警備であるが、中からはあっさり開けられたりする。
警備担当の近衛兵から聞き出したのだが、この部屋は前提として近衛兵のような非常に信用の置かれている者しか入れない。地上から距離があることも相まって中からは簡単に開けることが出来るようになっているのだそうな。
ちなみにこの話を聞いた後タイムリープを使い、兵士の記憶から俺が質問したことを消しておいた。怪しまれる要素は可能な限り排しておきたい。
鍵を開け、窓をそっと開く。下に誰も居ないことを確認し、アイテムボックスから用意しておいたパラシュートを取り出した。
……パラシュート。パラシュートだ。一応。お手製だが。
たとえ見た目シーツを雑に縫い合わせただけのでかい布であっても、サンタクロースの袋に取っ手を付けたような、被ればお化け屋敷で働けそうなツギハギであっても、俺的にはパラシュートである。
一人で居られる時間の少なかった俺にはこれが全力。というかこれでも準備するのに苦労した。そしてこれで十分でもある。
「よっと」
俺は手製パラシュートを抱えて躊躇いなく窓から飛び出した。普通ならこんな素人製作にしても酷すぎるパラシュートで飛ぶのは、飛び降り自殺と何ら変わりない。しかし、この世界には魔法というお手軽便利な超常現象が存在する。
重量に引かれて落ちる寸前、俺は用意していた魔法を発動させた。
風魔法『突風』。
下から突然巻き起こった風をシーツ……否、パラシュートで受け、速度を殺す。高品質の軽いシーツは見事にその役目を果たして見せた。俺の軽い体はふわりと浮き、何とか無傷で地面に到達することが出来たのだ。
俺は急いで手製パラシュートをアイテムボックスにしまい、逃げるように移動を開始した。
……ちなみに。
描写を省いたが3回ほどバランスを崩し、タイムリープでやり直している。やっぱりシーツで飛び降りなんてするもんじゃない。よい子は真似してはいけません。例え魔法が使えてもダメです。タイムリープが使えるなら考えましょう。
それはともかく。
音を立てないよう気をつけ、護衛の騎士や使用人に見つからないように注意を払いながら竜車へと急ぐ。外に出るとすっかり日は沈んでいて、辺りは暗かった。俺は竜車のばかでかい車輪の影に隠れて服を着替え始める。騎士団の寮から盗んできたものだ。それの制服ではなく私服の方。
そして、着替えてから間もなく、
(!…………来たか)
現れた人影は四人。そろそろと近づいてくる彼らを息を潜めて待ち構える。向こうは警戒してるようだが俺に気付く様子はない。
……そして彼らが十分に近くまで来たとき、俺は大声で叫んだ。
「キャアアアアアアアアアッ!!助けてええええええ!!」
「おわっ」「何だ!?」
叫ぶと同時に町の方向に走り出す。幸いなことに、そちらには木が植えてあり身を隠す事ができそうだ。
「姫様!?」「誰だっ!」
茂みに飛び込み、そっと別荘の方を伺う。聞こえてくる声からすると、騎士たちは上手く彼らを追いかけてくれたようだ。バレていないことを確認してから、俺は町に向かった。