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絞首台の広場

 街の中心、闘技場の前の広場。この周辺は街の顔とも言うべき中心街であり、多くの酒場や商店が立ち並ぶもっとも華やかな場所である筈だった。


 しかし今は、それらの多くに無惨な破壊の跡があった。その被害はかなり広範囲に渡っているようだ。そこかしこに魔物の爪痕や死体が残り、血痕もあちこちに飛び散っている。既に消火されているようだが焦げた跡もあった。思っていたよりもはるかに大事だったらしい。この惨状を見る限り、暴れだした従魔というのは、一匹や二匹ではないだろう。


 「うわあ、酷いな。暴れたなんてもんじゃ無いねこれは。いったい何匹の従魔が関わったんだか。見るに耐えないね」

 「ひええ、滅茶苦茶だよ。これ全部大会に出る予定だった従魔がやったの? そりゃ中止になるのも仕方無いかなぁ」


 滅茶苦茶。まさにそんな状況だ。これも帝国特務の仕業なのだろうか。


 思い思いの感想を述べるユーリとレイナをよそに、俺は思考共有を使ってフィール達と話す。


 『ルナ、これが帝国の起こした「事件」なのか? 違うよな?』

 『ああ、違うと思う。帝国特務は街を全滅させたんだ。一部だけじゃない。城の資料にはこんな事件の記述は無かった。……まあ、もし本当に数時間後、街の人全員が死ぬなら、この出来事が知られてなくても無理は無いよな』

 『ではこの件は帝国とは無関係なんでしょうか?』

 『いや、まだ分からない。だけど、犯人については意外とすぐに分かるかもな。ほら、あれ』


 俺はくいっと指を曲げ、広場の奥を指し示す。


 周辺がとても酷い状況であるにも関わらず、この広場には大勢の人々が集まっていた。彼等は一様に怒りの表情を浮かべ、拳を振り上げている。近寄ると耳が痛くなるほどの怒号やヤジが飛んでいる。熱を持った異様な空気が民衆を包んでいる。

 地球でのデモのように、何かに抗議を訴えている訳ではない。彼等は単に、怒りを叫び、ぶつけ、発散させているだけだ。


 いったい何が始まるのか。それは遠くに見える台の上を見れば明らかだった。

 広場の隅からでもよく見えるよう高い台の上に作られた、木でできた簡単な枠組み。そして無造作にかけられた薄汚れたロープ。……どう見ても絞首台だ。


 「うわー、マジで? これって公開処刑を始めるってことだよね? えー、こんな街中で?」

 「……これみーんな、処刑を見るために集まっているってこと? 嫌な話ね、何でこんなに盛り上がれるのかしら」

 「いまだにそういうことをやってる国があるとは……しかもウェストバルクがそうだったとは、少し残念ですね……」


 俺の契約精霊三人が露骨に嫌な顔をした。

 ファラリアの法律は国によってまちまちだが、重罪を犯した者の末路はどこへ行っても大体は処刑か犯罪奴隷行きだ。俺の前世に比べれば容赦などなく、実際そのような刑を受ける者は少なくない。


 しかし流石に公開処刑というのはほとんど聞かない。いや、処刑の場を見ることが出来るという意味ならば違うが、この街のように大勢の人を集め、街のど真ん中で大々的に行うのはどこの国でも既に行われていないと思っていた。まあ、かなり昔は見せしめのために行われる事があったらしいが……


 「勘違いするでないわ! ウェストバルクはそんな野蛮な街ではないわい!」

 「へ?」


 精霊達の呟きを聞かれたらしく、隣にいた白髪のお爺さんが憤慨して声を荒げた。


 「あの、勘違いって……」

 「いつもいつも街の真ん中で処刑なんぞするわけなかろうが! わしゃ生まれて七十年、一度もこの街から離れとらんが初めて見るわい。今日のこれは特別なんじゃ! あやつは、大会を滅茶苦茶にしたあやつだけは、皆がそれを望んどるのじゃ!」

 「特別……?」


 老人の顔には深い怒りがあった。彼の話では、年に一度のイベントであり、高い知名度と長い歴史を持つ従魔闘技会は、ウェストバルクの住人にとって街の誇りとも言えるものだったらしい。従魔が暴れる事件があり、大会を止めざるおえなくなったことは、彼等を酷く落胆させたという。


 ……つまりは、従魔を暴れさせ、この広場周辺の街を破壊し、従魔闘技会を中止に追い込んだ犯人の処刑ということか。確かに被害のデカさと大会を潰したという意味では特別だろう。


 「……おお、出てきおったぞ!」

 「ん、どれどれ……よっと」


 ざわめきが一層大きくなった。

 死ね!だの、八つ裂きにしろ!だの、やたら物騒な言葉が次々に飛び出している。

 俺は天駆を使用して視点を高くする。既に台の上では処刑の準備が始まっていた。

 犯人らしき人物も見えた、が……


 「え?一人だけ?」

 「うそー、あんな女の子が!?」


 フィールとファーレが同時にそう言った。

 そこにいた犯人らしき人物は一人だけ。しかもまだ幼さの残る少女だった。見た目の年齢はフィールと同じか、さらに下のように見える。ふわふわした茶髪を後ろで纏めた、可愛らしい、普通の少女だ。枷を嵌められ、猿ぐつわを噛まされている。


 「あいつがやったのか!」

 「殺せ!早く!」

 「よくも……よくもこんなことを!」

 「俺達の相棒を奪いやがって!」


 耳が痛くなるほどの罵声が響くが、台の上に立った男が「静まれ!」と叫ぶと、波が退くようにざわめきが治まっていった。その男は豪奢な紙を渡され、朗々とした声で少女の罪状を語る。


 ……あの少女が一人で、これだけの事件を起こしたのか? 幾らなんでも不可能なんじゃ……


 「あの、お爺さん。犯人はあの子だけなんですか? 彼女一人でこんなことが出来るとは思えないのですが……」

 「出来るんじゃ! あやつは……よりによって『リュガの花』を使いよったんじゃ!」

 「リュガの花……?」




 ……ここから先はタイムリープで後から仕入れた情報も混ざるが、リュガの花というのは魔物に対して効果を発揮する麻薬のような物らしい。

 魔物にその花を加工した物を与えると、その魔物は強い幸福感を得る。そうするとその分魔物に気に入って貰いやすく、従魔契約を結べる可能性が大きく上がる。

 しかし副作用として、魔物が興奮、酩酊状態となり狂暴性も増してしまう。上手く使えば強力な魔物を従魔に出来る可能性はあるものの、魔物に与える影響が危険すぎるため使用は禁止されている事が多いらしい。


 で、件の少女。名前はフォルカというそうだが、彼女は「モンスターショップ」を営んでいたらしい。まだ幼い身で両親を亡くしながらも、立派に店を継いでモンスターを育てていたという。モンスターショップとは、簡単に言えば魔物を育てて売る店だ。野生の魔物をテイムして従魔にするのはかなり難しい事だが、元から人に育てられ、人に慣れている魔物は相性が良ければあっさり契約出来る。モンスターショップは手軽に自分にあった従魔を紹介してもらえる店なのだ。

 ウェストバルクには当然というか、このモンスターショップが多い。そしてモンスターショップの店主達にとって、従魔闘技会は店の看板モンスターを出すとても大切なイベントだ。この大会の順位によって店に格付けがなされ、集客に大きく関わるのでどこも必死だという。


 しかし彼女は、運悪く大会前に店の看板モンスターを死なせてしまったらしい。その上その看板モンスター以外に大会に出られる強力な従魔を持っていなかった。このままでは大会に出られない。そんなことになったら店が潰れてしまう、と追い詰められた彼女がとったのが、他人の魔物を盗むという行動だった。


 たまにではあるが、パートナーとの関係が悪化していた従魔が、他のテイマーになついてしまい、元のパートナーとの契約を切ってしまう事があるらしい。従魔に見限られたのは元の主の責任であるため、そうなればなつかれた側が従魔にするのは勝手である。


 ただしこれは従魔と主の関係が悪くなっていることが前提の珍しい例でありめったに起こることではない。しかし彼女は、これを無理矢理起こそうとしたのだ。……リュガの花を使って。

 

 彼女はモンスターショップの店主として信頼を寄せられていたため、彼女も大会前の魔物達が控えている場所にすんなりと入れたらしい。そこからは人の目を盗んでは片っ端からリュガの花を使って魔物を誘惑し、主を見限って自分と契約してくれる相手を探したのだ。


 しかしリュガの花には副作用がある。酩酊、興奮した魔物の一匹が暴れだし、それにつられて他のリュガの花を使われた魔物達も暴走しだして……というのが事件のあらましである。荒れる住民達のガス抜きのために、古い法律を引っ張り出してきて公開処刑にすることを決めたそうだ。

 まあ一応の筋は通っているか……?


 「うーん、これ、どうなんだろう……どう思いますか、ルナさん?」

 「分からないな、でも、怪しいと言えば怪しいかな。出来すぎって言うか、こんなミラクル不運そうそうないと思うんだけど。警備手薄すぎんだろ。買収でもされたのか?」

 「それにさ、従魔が暴れたのって朝のことなんだよね? いくら現行犯で捕まったんだとしても処刑されんの早すぎない? もっとこう、普通なら色々調べたりとか……」

 「それはまぁ、国家群の法律なんてどこもまちまちだし、そう決まってるのかもしれないから何とも言えない……いや、じゃあ確かめてみるか」

 「確かめる、ですか?」

 「ああ」


 ルシアの問いに俺はこくりと頷き、会話の方法を思考共有に切り替えた。もちろんフィール、ファーレにも聞いてもらう。


 『ことの真偽は分からないが、取り敢えずタイムリープで阻止しようと思う。被害が甚大だし、そんなに大きく戻る必要もないからな。帝国特務が関係してる可能性もあるし。……いいよな?』

 『あ、そうか。ルナさんなら時間を遡ってあの子を止める事ができるんでしたね。賛成です!』

 『うん、確かにこれは見過ごせないよね。犠牲者がどれほど出たのか分からないし、従魔も多くは死んだんだろうし』

 『なら、さっさと行かない? あたしもう見てられない……』


 顔色を悪くしたフィールが俺を急かす。見れば、とうとう処刑台の上に立つ少女の首に縄がかけられていた。オオオッという歓声が上がり、少女の顔が恐怖に歪む。

 涙を流し、目の前の死を拒否するように首を振る彼女は、確かに思わず目を覆いたくなるくらいに哀れだった。捕まってる間に暴力も受けたようで、顔は殴られて腫れ上がっており、唇も切ったのか血が固まった跡がある。何より、あそこまで大勢の人々から一斉に憎悪を向けられるのは、いったいどんな気持ちなのか。


 ……本当に彼女がやったのだろうか。俺から見れば、許しを乞うと言うより、状況を受け入れられてないだけのように見えるけど。


 『少しだけ待ってくれ』


 俺はフィールにそう返して、再度お爺さんに質問する。


 「あの、お爺さん。彼女がやってた店ってどこにあるか知ってますか?」

 「んん? ……そこじゃよ、ほれ」

 「え?……ああ、あれ」


 彼女の店はすぐ近くにあった。他の場所に比べてもガッツリ荒らされている上に、気分が悪くなるような罵詈雑言のラクガキがいたるところに書かれている。それでも何とか、「モートンモンスターショップ」の文字が読み取れた。



 その時、わああ、と一際大きな歓声が上がった。振り返らなくても何が起こったのかは分かる。少女の体はもう地面から離れたのだろう。視界の端でレイナが顔を覆ったのが見えた。


 「……行くか」

 「……はい」

 「ん」

 「早くして……」


 俺達はその場でタイムリープを使い、異様な熱気に包まれた広場を後にした。


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