ウェストバルクへ
翌朝、まだ日の出前の時間帯に、俺達はミストフラムを出た。
もちろんこれも俺が姿を見られたくないからだ。精霊境には俺くらいの子供がほとんどいないため、人がいる時間帯に入口を通ると、どうしても目立ってしまう。
そんなわけで日が昇る頃には、既にミストフラムはかなり遠くなっていた。俺もレイナも健脚なので、ペースはけっこう早い。ちなみに俺達以外の精霊四人は全員が妖精化して回りをふよふよ浮いている。もちろん魔力の節約のためだ。
「ううーん、はあ。いやー朝早く歩くってのもけっこう気持ちいいね。……ルナ君はなんか浮かない顔してるけど。そのグリーブ気に入らないの?」
「いや、そう言うわけじゃないよ。むしろとても気に入ってる。……気に入ってる、けどさ……」
伸びをしたレイナの問いに対し、俺は言葉を濁す。
俺が少し肩を落としているのは、別にこれから先の帝国特務との戦いを思って、と言うわけでは無い。レイナのいったとおり、グリーブが原因だ。
俺は今、真新しいグリーブを履いている。グリーブってのは鉄でできた靴のようなものだ。俺のは膝くらいまで脚を覆ってくれている。とても軽く、丈夫だ。フィールのギフトを使って全力で蹴りを放っても、このグリーブがあれば怪我をせずに済むだろう。
このグリーブ自体に不満は無い。が……
「めっちゃ高かったんだよね、それ。ルナは今一文無しなんだよ」
「え、これそんなにしたの?」
「……これでも安くしてくれんだよ。満足いくのがこれしかなかったんだ」
俺は金策について悩みながら答えた。
昨日俺は防具の店を幾つか回ったがまず俺のサイズに合うものがほとんど無かった。そもそも俺の歳でレッグアーマーなど必要とする人が少ない上に、精霊境には子供がほとんど来ないのだ。
一度は諦めかけたが、貴族や富裕層向けの店に行ってみると俺の求める防具があった。精霊境の防具は性能が良いと評判のため、冒険者以外にも遠くから買いに来る人がいるのだ。そんな人向けの中でも特に高級な店だった。
俺が今履いているのは、貴族のお坊っちゃま向けのグリーブだ。ぶっちゃけ見栄を張るためだけが目的の防具なので、見た目と履き心地と軽さ重視だったが、中には軽さと丈夫さを両方備えた実戦向きの物もあった。値段は凄かったが。
フィール達は資金援助を申し出てくれたが、流石にそれは断った。結局城から持ってきていたイザと言うときのために取っておくつもりだった宝石を泣く泣く換金したが、それでもギリギリで、今は三人から少しだけお金を借りている。
「はあ、取り敢えず食料はたくさん買ったんだから、金使わなくても何とかなるだろ」
「え、宿とかどうすんの?野宿?」
「………………」
雛巳家でお泊まり。とか言っても伝わる筈がない。
俺の沈黙をどうとったのか、レイナは慌てた様子でフォローに入った。
「ま、まあまあ、良い防具を買えたんだから良かったじゃん! そのグリーブ凄く格好いいよ!魔法陣の彫刻とか入ってるし」
「そりゃ本来は貴族のお坊っちゃまの脚を飾るための物だからな……」
「まあそれは置いといて! さっさとウェストバルクに行こうよ!どんなところか楽しみなんだよね!テイムされたモンスターがたくさん居るんでしょ?」
そう言って歩く早さを上げるレイナ。フォローって言うか、単に話題を反らしただけか?
「その筈だけど……レイナは行ったこと無いのか?」
「ん~、ミストフラムに住んでた頃に、一度だけ従魔闘技会を見に行ったらしいかな。全く覚えてないけど」
「ふうん」
ミストフラム周辺にはモンスターも出現する。いくら距離的に近いといっても、手軽に行ける訳では無かったのだろう。
「あっ、そう言えばユーリさんはどうなんだろ、ユーリさーん、ちょっといい?」
「ん?なんだい?」
それっきりレイナは黙ってしまった。恐らくあのテレパシーを使ってユーリと会話しているのだろう。ちなみにこのテレパシー、正式名称は思考共有というらしい。
俺にはかわりに、それまでユーリと喋っていたルシアとフィールが思考共有を使って話しかけてきた。こうなると傍目から見れば全員が無言である。
『ルナさん、向こうに着いたらどうする予定なんですか? このペースだと昼過ぎくらいに着きそうですよ』
『ねえねえ、あたし従魔闘技会っての見てみたいんだけど、良い?』
『いや、特に予定は無いよ。あと闘技会の観戦はまず無理だ。チケットは売り切れに決まってるし、そもそも俺はそれ以前に金が無い。全く無い』
『なんだ、ちょっとがっかり』
フィールが分かりやすく口を尖らせた。
しかし本当、この金欠どうしようか。取り敢えずの衣食住は確保できているとはいえ、財布の中身が空っぽと言うのは何かと不便だ。これ以上フィール達から借りるのもあまりしたくないし。
『まあ、年に一度のイベントなんだから、屋台もたくさん出てると思う。大会自体を観れなくても、そう言うのを適当に回って時間を潰せば良いんじゃないか?』
『あ、良いわねそれ』
『なんか、呑気だね、姉ちゃんもルナも……今日の夕方には帝国の連中とやり合うってのに』
ファーレがこめかみを押さえて呟いた。
うん、俺もそう思う。けど、別に悪いことじゃないとも思うんだよな。
『そうかもしれないけど、ずっと気を張っててもしょうがないだろ。どうせ、いつどこで事件が起こるかなんて正確には分からないんだから。行動を開始するのは事が起こった後で、タイムリープを使えばいい』
動くのは事が起こってからでいい。対応が後手に回っても良いならば、警戒も緊張もする意味が無い。まあ、ある程度の緊張感は持っていた方が良いかもしれないけど。
『……本っ当にルール違反もいいとこなギフトだな』
『それは同感。でもこの能力も万能じゃないぞ。結局は過去にしか跳べないからな、失敗を見落としたり進むべき方向を間違えたりすると、年単位で時を戻す羽目になる可能性もある。……先を見通して行動するのが肝心だな』
言ってみれば詰め将棋に近いかもしれない。
何も考えずに駒を進めていくと、その内にっちもさっちも行かなくなる。そうならないためには、相手の動きを読み、勝利までの道筋を最初から考えておかなければならない。途中で手を誤ってしまえば、そこまで戻ってやり直しだ。
……いや、詰め将棋は楽観的すぎるか。
今の状況を将棋で例えるなら、駒が二十枚すべて揃っている相手に、玉、金、銀×2だけで挑むようなものだ。そのかわり幾らでも待ったを使えるけど、とてもじゃないが楽観視できるものではない。
『先を見通して、か』
『うん、そう言う意味では、未来の出来事を知ってるのはとても大きいかな。正解かどうかは分からないけど、作戦はちゃんと立ててあるよ。まあ、取り敢えず今は事件を防ぐことだけ考えよう』
『あー、それなんだけどさ。ルナは事件事件って言うけど、具体的にどんな事件だったんだよ? それについては知らないの?』
『あー、それはだな……』
知らない訳では無い。訳では無いのだが……
『一応その情報自体はあった。でも……いまいち信憑性に欠けるって言うか、どうもよく分からないんだよな』
『なんだそれ?何が書いてあったんだ?』
『取り敢えず教えて下さいよ、ルナさん!』
確かに情報の共有は大事だ。しかしはたして、この情報はどう判断したものか。
『言ってもたぶん信じられないと思うけど……』
『いいから早く話してよ!』
フィールが頬を膨らませて睨んできた。その目が焦らすな!と雄弁に語っている。まあ彼女の今の姿は身長十センチもない妖精さんなので全く怖くはないけど。しぐさとしてはむしろ可愛い。
『うーん、じゃあ言うけど……早く言えばウェストバルクにいた人や魔物が全滅したらしい』
『へ?』
『だから全滅したんだよ。そのときウェストバルクにいた人も魔物も、みーんな死んじゃったんだとさ。……ちなみに死因は窒息死』
『いやいや、ちょっと待ちなさいよ! ウェストバルクってミストフラムより更に大きい街なんでしょ!? それが全滅って!?』
『な、信じられんだろ? しかも生き物が軒並み死んでいるだけで、街自体には特に異常は無かったらしい』
聞けば聞くほど信じられなくなる。この資料を作成したらしき文官も恐らく困ったことだろう。やたらと伝聞であることが強調されていた。
毒ガスでも使ったのかと疑いたくなるが遺体から毒は出なかったらしい。そもそもガスならば風魔法で簡単に吹き飛ばせる。
『後の帝国からの亡命者の証言で帝国特務が行った事であるのは分かってるけど、事件の詳細までは分からないんだよな』
『うーん、本当にあったならヤバい事だけど……』
『やっぱり信じがたいですね』
『だよな』
でも何かがあったのは確かだ。どうせ後半日ほどで明らかになるのだし、これ以上考えていても仕方がない。でも最後にもう一つだけ、伝えておくか。
『あのさ、さっきは街が全滅っていったけど、もちろん精霊は別だよ。精霊境に近いウェストバルクには多数の精霊が居たけど、彼らは契約者を失って精霊界に戻されるだけで済んだんだ。で、その事件を体験した精霊達によれば、だけど』
俺は少し間を置き、三人の顔を見回した。
『街中で、水なんて無いところで……溺れた、らしい』
『は?』
『溺れた……ですか?』
『何よそれ……?』
『さあな、まあ起こってしまえば嫌でも分かるだろ』
そんな話をしてから数時間後、俺達はウェストバルクに到着した。




