旅行
三ヶ月後、別荘へと移動する日がやってきた。
一緒に行くのはカタリナと七歳の弟であるマルクス、それから王妃であり俺たちの母親であるマルティナ、王の側室二人、あとは侍女や護衛が大勢。
カタリナとマルクスは楽しみにしすぎてよく眠れなかったらしく、少しぼんやりしている。
別荘までは竜車という地竜が引く馬車のような物で行くことになっている。馬車よりずっと大きくて豪華で、これ自体が小さめの家みたいだ。
揺れを軽減する魔道具を使っているらしく、乗り心地も上々だ。出発してまもなく、マルクスがうとうとし始めた。
そんな様子を眺めながらそっと腰に付けたポーチの中身を確認する。これが俺の頼んだアイテムボックスだ。見た目はただの子供用ポーチなのだが、この中にはここ二ヶ月に俺が準備した物がたくさん詰まっている。
アイテムボックスを手に入れてから今までに俺がどんな準備をしてきたか、それは『コソ泥』の一言に尽きると思う。
厨房からは毎日バレない程度にこっそりと食料をいただき、騎士団の寮からは見習い騎士の制服と私服を両方盗み、倉庫からはポーション類をくすねた。見つかってもタイムリープがあるため、バレる心配は無かったが……ずいぶんと王女にあるまじき行為をしてしまったと思う。
まあ、誰かに知られる訳にはいかなかったのだから仕方ない。どうしても必要な事だった。
「どうしたのですか?お姉様。鞄の中ばかり見てないで風景を楽しんだほうが良いですよ!ほら向こう見てくださいよお姉様あそこの……ああ、みえなくなっちゃった」
「興奮し過ぎですよ、少し落ち着いて」
何が見えたのかは知らないが、ぐぬぬと悔しそうに唸っているカタリナ。すでに眠気も吹き飛んだのか、ものすごい勢いではしゃいでいて、とても楽しそうだ。
「でも久々の遠出ですよ。私たちあの別荘へ行くの四年ぶりですよ。前行ったときは大変だったんですから次こそはしっかり楽しむんですよ!」
……テンション高いな本当に。楽しそうでなによりだ。
「お父様からようやく許可が出て良かったですね」
「そもそも四年も許してもらえなかったのはお姉様のせいじゃないですか~。私、以前行ったときの事、よーく覚えてますよ?」
「うっ……まあそうですけど」
五歳のときにもその別荘へ行ったが、俺はそこで二回も死にかけた。
まず近くの湖で船から落ちて溺れかけた。自力で岸に流れ着いたらしいのだが、一時は生存が絶望視されたらしい。
……それだけで十分大事件なのだが、その後別荘に戻ると原因不明の火災が発生し、俺は炎の中に取り残された。こちらも奇跡的に無事だったのだが、そのショックで性格が変わってしまった、と言われている。
実はこのときに前世の記憶をとりもどしたのだ。性格が変わったのは本当はそれが原因だが……しかしまあ、端から見れば火事のショックで心を病んだようにしか見えなかっただろう。
ちなみに今回の旅行も別荘に数人の侵入者が現れ、心配性で過保護な父により再び行くのを止められてしまう。だから俺が家出できるのはこのタイミングしかない。
「お姉様は到着したら何をしますか?やっぱり最初は……」
「到着予定は夕方ですよ?」
なおも話しかけてくるカタリナ。
俺が姿を消せば、この妹にも迷惑と心配をかけてしまうだろう。
……今は話につきあってあげよう。
「先日のお茶会、楽しかったですね」
「そうですね」
「騎士団の寮で服をなくした人がいたそうですよ。誰かの悪戯でしょうか?」
「恐らくそんなところでしょう」
「最近誰も居ないのに視線を感じる人がいるらしいですよ」
「私にも少し覚えがあります」
その後も特に変わった事はなく、俺は妹と他愛ない話をしながら別荘のある町にむかった。
そして三日後の夕方、俺たちは目的地に到着した。……保養の町、シリルレーンに。