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ユーリの説得

 精霊境東部に現れたアースドラゴンは、今や中央からかなり西に寄った辺りまで進んでいた。俺は再びそのドラゴンの背中付近に留まり、魔石を破壊する方法を模索する。


 正直言ってそのまま突っ込んでもさっきと同じ状況に陥るだけだ。搦め手でいい、タイムリープを上手く使って何とか魔石を壊せないだろうか?


 ……やり直しは利くんだ。試せることは片っ端から試そう。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 作戦1、ユーリの魔法であいた穴に突撃する。


 残念ながら緑の蔓は魔石近くの内部にもしっかり生えていた。狭くて回避しずらく、簡単に攻撃にあたってしまう。失敗だ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 作戦2、俺がユーリを背負って魔石の上まで連れていく。


 何とかユーリを抱えてドラゴンの上まで飛ぶことは出来たが、そんな不安定過ぎる足場では例のウインドカッターは使えないらしい。

 使える範囲の出来るだけ強力な魔法で攻撃して貰ったが、それでは魔石を壊せずまた失敗。


 蓄魔器自体は脆そうに見えるが、その回りをさらに、飴色で透明な魔石状の塊が覆っていた。これが相当固く、生半可な攻撃では壊せないようだ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 作戦3、精霊境に入ってきてすぐのタイミングで攻撃する。


 思った通り、精霊界とのゲートはそこまでの大きさではないため、そこに現れた瞬間は今ほどの大きさではなかった。

 が、その分蔓での攻撃の勢いが今よりも凄まじく、今以上に手強い。これまた失敗。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ……駄目だな。やっぱり正面からいくしかないか。


 俺が近づくと蔓はさっきと変わらず攻撃してくるが、さっきよりも少しスピードが落ちている気がする。魔力切れはかなり近いのかもしれない。それだけルシアが危ないということだが、これは同時にチャンスでもある。


 実は俺も切り札を持っている。上手く使えば、もしかしたら何とか出来るかも。


 ……出来るかな。出来たらいいな。


 正直言って無理な気がする。不安を抱えながらも俺は息を整え、再度魔石へと向かった。












 ファーレとフィールは、ルナが戦っている様子を固唾を呑んで眺めていた。隣には難しい顔をしているレイナとユーリの姿もある。


 二人も本当ならルナに加勢したかった。しかし上空で行われているやり取りを見れば、それが不可能な事ぐらい分かる。かと言って冒険者達の下からの攻撃に加われば、それはルシアの命を縮めてしまう事になる。

 結果、彼等は何もする事が無く、ただ見ている事しか出来なかった。それが堪らなく悔しく、情けない。今にも駆け出しそうになる体を無理矢理に押さえつける。


 見ている先ではルナが相変わらずの回避能力を発揮して蔓の間を飛び回っていた。しかし、どうしても後一歩、近づけないでいる。

 あと一押し、何かあれば。そう思わずにはいられない。そしてファーレとフィールならその一押しになれる可能性がある。


 それは精霊契約だ。契約して、ギフトを貸し出せば、ルナは間違いなく今よりも更に強くなれる。契約さえ出来れば、ルシアが助かる確率は格段に上がる。



 ……契約さえ出来れば。



 「ねえ、ファーレ。今なら契約出来ると思う?」

 「分かる訳無いだろ……」

 「もし契約出来たら、ルシアを助けられるのかしら?」

 「それも分かんないって。……でも、少なくとも可能性は上がるよね」

 「もう一度、トライしてみた方がいいと思う?」

 「それは……」


 契約出来るのだろうか。昨日も、今日の朝も失敗した精霊契約。

 今なら成功するのだろうか。自分達は、何も変わっていないのに。


 もし失敗したらどうしよう。どうせまた失敗する。

 そんな疑念が渦巻き、考えれば考える程自信が無くなっていく。

 焦りが疑念を生み、疑念が焦りを生む悪循環。堂々巡りを繰り返し、自ら深みにはまっていく。どうしても最悪の想像しか出来なくなる。


 それでも、試してみるべきか? どうすればいい? どうすればーーーー







 「痛てっ!」

 「痛たっ!」


 突然二人は頭をひっぱたかれた。頭を押さえて振り返ると、呆れた表情で杖を持ったユーリがいる。


 「もう一度言うけどね、取り敢えず落ち着きなよ。大変な事態のときほど、焦るのが一番良くない。ほら、一旦深呼吸してみて」

 「う……」

 「はい……」


 良くない方向に向かっていた自覚のある二人は大人しくユーリの言葉に従う。状況は何も変わっていないが、それでも少し焦りが消えた。


 「レイナから大体のことは聞いているよ。契約出来なかったんだってね? 原因はやっぱり、前に契約していた人のことかい?」

 「ああ、そうだよ。どういうわけか、契約しようとすると嫌な記憶を思い出すんだ」

 「ユーリ、どうしたら良いと思う!?」



 フィールに問われ、ユーリはしばし思考する。その問の答えは既に出ているが、それ以前にどうも二人の様子がおかしい。いくら何でも落ち着きが無さすぎる。フィールはともかく、ファーレはもう少し冷静な奴だった筈だ。


 恐らく、元から心に余裕が無かったのだろう。だとすればその原因は一つ、精霊契約での失敗しかない。


 「フィール、それは当然契約に挑戦してみるべきだよ。君達のギフトがあれば、ルナ君は大いに助かる筈だからね」

 「で、でも、もし失敗したら……」

 「失敗したら? いったいどうなると言うんだい? 別に何も変わらないだろう。まあ、ルナ君は多少時間を無駄にしてしまうが、それも大したロスではない。違うかい?」

 「い、いや、違わない、けど……」


 しどろもどろに答えるフィール。そもそも失敗したらどうしよう、と言う疑問自体がおかしいのだ。ユーリは容赦なく先を続ける。


 「失敗を恐れるなってのは、本来冒険者にとっては禁句なんだけどね。でも、リスクの無い失敗を恐れる意味は無いだろう? ファーレ、フィール、もしかすると君達は既に、契約を結ぼうとして失敗する事自体を怖がっているんじゃないかい?」


 レイナの話では今朝も契約を試みたらしい。それでまだ契約していないと言うことは、再び失敗したのだろう。そうなれば次も失敗するのでは、と恐れるのは無理も無い。こうなると二度と契約出来ない可能性も出てくる。



 が、それはまずい。



 「もしそうなら、それは本末転倒だよ。これ以上契約を恐がってはいけない。もっと積極性を持たないと」


 「でも、どうすればいいの!? どうしてもミリーナのことを思いだしちゃうのよ! それで、また同じことが起こったらどうしようって……」


 「君達は過去の出来事と未来の予想に囚われ過ぎなんだよ。いや、それが悪い事とは言わないよ? 過去を思って未来を憂うのはむしろ大事なことさ。経験は後に活かせるからね。……でも、今はその一切を忘れろ」


 ユーリは少し語気を強めて言う。正直、彼にも恐怖を払拭する方法など分かりはしない。

 しかし、今の状況ならばまだ望みはある。皮肉な事だが、彼等の親友であるルシアがピンチであるからこそ、恐怖に打ち勝てる可能性がある。



 「僕も契約者を失ったからね。君達の気持ちは分かっているつもりだよ」


 「後ろを見返すことも、前を見通すことも、決して悪いことじゃない。でもね、一番大切なのは『今』なんだ」


 「過去も、未来も、今だけは全部無視してくれ。前の事も後の事も、全て忘れるんだ」


 「どうしても思い出してしまうというなら、せめて今を強く意識してほしい」


 「今は今の事だけを考えろ。後先なんて余計な事は一切抜きだ」


 「今の現実だけを見て、その上で答えてくれ」


 「……今、ここで、君達は何をするべきだ? 何を、どうしたいんだい?」



 ユーリはそう言ってドラゴンを見た。そこには蔓に阻まれ苦戦するルナの姿がある。その蔓の奥には助けを待つルシアがいる筈だ。




 「それは……」


 今、心の底から望んでいることは何か、二人は改めて考える。

 いや、考える迄もない。今はルシアを助けたいと、それだけを強く望んでいる。


 「ルシアを助けたいよ。今はそれだけだ」

 「あたしも、そうよ。今はそれ以外、あるわけ無い」


 ユーリはそれを聞いて、満足そうに笑った。


 「その望みは、‘’同じことが起きるかも‘’なんて不確定な未来予想よりも軽いのかい? そんな訳ないよね?」


 「当然だろ!」

 「当たり前じゃない!」


 「なら、大丈夫だよ。そんなに強く望んでいて、契約出来ないなんてある筈がない。怖がる必要も、躊躇する理由もないんだ」


 考えてみれば当然のことだ。二人にとってルシアの命は、未来の不安と比べられる程軽くない。助けたいと思う気持ちは、間違いなく不安に勝っている。これで失敗する筈が無い。


 「そもそもね、契約して外へ出るときはどんな精霊だって、多かれ少なかれ不安を抱えているもんだよ。でも、皆それ以上に外へ行きたいと願うから契約出来る。心配は要らないよ。どれだけの不安に駆られていようと、それ以上に強く望めば必ず精霊契約は応えてくれる。『今の』君達なら絶対に大丈夫さ」


 ……だから後は、少しだけ勇気を出して、自分を信じる事が出来れば。



 ユーリの言葉を二人は神妙な顔で聞いていた。彼が話し終わると次は互いに意見を求めるように顔を見合わせる。

 両者共に無言。周囲の喧騒がやけに遠くなり、その場をしばしの静寂が支配する。


 もっとも、二人共既に答えは決まっていた。やがてどちらともなく頷きあい、ユーリに向き直る。その目に宿るのはもはや不安だけではない。



 「ねえ、ユーリ」

 「ん?」


 口を開いたのはフィールだった。


 「ここからルナに、声を届かせることって出来る?」

 「ああ、任せておくといい。その類いの魔法は風属性の専売特許だ」


 「じゃあ、お願い」

 「了解!」


 ユーリはにっこりと笑って了承する。


 「あの、ユーリ、」

 「うん?」

 「その、ありがと……ね」

 「気にしないでおくれよ。友を助けるのは当然の事だろう?」


 ユーリは少し照れたように言って、遠話の魔法を発動させた。

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