蓄魔器の魔物
そこにいたのは、確かにルシアだった。魔力を絞り取られている影響なのか、俺と同じくらいにまで背が縮んでいたが、妖精化はしていない。
どうやら意識はあるようで、緩く体を動かしているのが見える。
魔石改め蓄魔器は、今の一撃で壊すことは出来なかった。ドラゴンの再生能力によってみるみる内に裂け目が塞がっていく。ルシアの姿もすぐに見えなくなった。
「あ、あれって……蓄魔器、よね? 大きいけど……。何でルシアが中にいるのよ……?」
「ルナ、あれってまさか……」
フィールとファーレがようやく声を絞り出した。フィールはまだ思考が追い付いていないようだが、ファーレは既に想像がついているらしい。顔が酷く青ざめている。
何が起こったかは既に明白だ。リネッタに呼び出されていたルシアがこうなったということは……
「……ルシアが入った蓄魔器を魔石の代わりに使って、この魔物を作ったんだろうな。確かに、魔力の塊という意味では魔石も蓄魔器も変わらないよ」
「リネッタ……やっぱりか……」
ファーレが悲壮な顔で呻いた。残念ながらこうなるとリネッタの関与は確実だ。
あのサイズの蓄魔器ならばわざわざ契約を結んで妖精化させる必要は無い。恐らくは精霊界で、ルシアを騙して中に入れ、そのままギフトを使って魔物の核としたのだろう。
「えっ、……蓄魔器を? そんなこと出来るの!?」
俺の予想を聞いて、ようやくフィールも理解がおよんだらしい。信じられない。という表情で俺を見る。
「出来たみたいだな、アレを見る限りでは」
「で、でも、いくら上位精霊のルシアでも、アレを作れるほどの魔力量はないわよ!?」
フィールが半ば叫ぶように言う。その反論は確かに正しいが、それはあくまで、ルシアが自由に使える分の魔力でしかない。
「あの蓄魔器は、精霊が自分の体を構成している分の魔力まで搾り取れるんじゃないか? さっき見えたけど、ルシアの体はかなり縮んでたよな?」
「あっ、そっか。アレは魔素を通さないから魔力切れになっても精霊界に戻されないんだ!」
納得したらしいフィールとは対照的に、ファーレはさらに顔を青くした。もはや体が細かく震えている。
どうやら気付いたらしいな。
そうだよ、それが問題なんだ。
「な、なあルナ。あのドラゴンはルシアから魔力を奪って動いてるんだよな? それなら、もしこのまま魔力をドラゴンに取られ続けたら、ルシアは……」
「それは……」
俺はその結果を知っている。王国の資料室には、蓄魔器についてのレポートが置いてあった。
それによると、精霊はたとえ魔力をギリギリまで奪われて、豆粒レベルまで縮んだところで生き長らえる事が出来る。そんな状態になっても魔力を与えればまた回復するらしい。流石は魔力で出来た生命体である。
呆れた生命力だとは思うが、逆に最後の最後まで魔力を取られてしまった場合はそうもいかない。その場合はつまり、精霊の意志が宿った魔力が全て無くなることを意味する。
それは精霊の存在そのものが消える事であり、まあ端的に言えば……
「消滅する……。まあ、死ぬ……だろうな」
その場合、ルシアは跡形も無くこの世界から消えるだろう。精霊は意志を持った魔力とも言える存在だ。魔力を全て奪われてしまえば、後に残るものは何も無い。
このままドラゴンを魔力切れで倒した場合、残っているのは空になった蓄魔器だけだろう。
「死ぬ……? ルシアが……?」
精霊三人はいまいち理解が追い付かないようだ。「大変じゃん!」と騒ぎ出したレイナとは違い、焦点の合わない目をしてつっ立っている。
死は自殺でしか死なない精霊にとって、馴染みの薄い概念だろう。本来精霊には望まぬ死など起こり得ないのだ。理解出来なくても無理はない。
が、この三人はまがりなりにも外の世界で経験を積んだ元契約精霊だ。そこから飲み込むのは意外と早かった。
「ユ、ユーリ、今のもう一発打てない!? は、早くアレ壊さないとルシアが!!」
「そ、そうよ、アレが再生しきらない内に早くこう……ズバッと!!」
「ま、まてまて、待ちたまえよ君達。少し落ち着くんだ。焦っても何も解決しない!」
理解が追い付き、焦りに焦った姉弟二人がユーリにすがりついた。慌て過ぎて錯乱寸前な二人を、ユーリが落ち着かせようとする。
ユーリは既に落ち着きを取り戻していた。流石、十年近く外の世界を冒険していたというだけある。鋭い声で諫め、同じくテンパっていたレイナも落ち着かせる。
「僕にはさっきのカプセルのような物が何か分からないんだが……取り敢えず、状況を確認させてくれ」
そう言ってユーリは、冷静な声で今の状況をまとめだした。その姿は慌てるだけだった他三人とは違い、とても頼もしく感じる。経験の差とは恐ろしいものだ。
「まず、あのドラゴンの中にはルシアがいて、ルシアの魔力でアレは動いてるんだね? ……ルシアの意思とは関係無く」
「ああ、あのカプセルは精霊を閉じ込めて魔力を取り出す魔道具なんだ。恐らくはそれを魔石の代わりに使っている」
「……信じがたい話だね。それでこのままドラゴンが暴れ続けるとルシアは命が危ない。阻止するにはルシアが死ぬ前にその魔道具を破壊しなければならない。……で、合っているかい?」
「ああ、それで合ってるよ」
ふむ、とユーリはそこで一旦言葉を切った。後ろに振り返り、何かを確かめるように杖を軽く動かす。そしてすぐに、首を緩く振って先を続けた。
「残念ながら、僕の魔力はもう殆ど空だ。特大ウインドカッターは僕の切り札だけど、そんなに使い勝手は良くなくてね。術式を組むのに時間がかかる上に、魔力の消費も多いんだよ」
「そんな……」
ファーレが呻いた。
ユーリの魔法には頼れない。そうなると誰かが直接魔石を狙うしかない。となれば、問題は……
「ルナ君、君がさっき戦っていた蔓は……」
「厄介だけど、何とかして突破するしかないな」
「まあ、そうなるよね」
ユーリは一度苦笑してから、俺達の横でわたわたしている三人を見る。
「ルナ君、彼等ならあの怪物の体によじ登って魔力を破壊出来ると思うかい?」
「それは……」
俺はレイナ、ファーレ、フィールとは全員と一回ずつ戦っている。その上で判断するが、まず不可能だろう。彼等は俺のように空を飛べる訳ではないため、ドラゴンの背に広範囲に渡って生えている蔓を突破しなければならない。彼等では実力的に無理がある。
「無理だな。僅かでも可能性があるのは、俺しかいない」
その言葉に三人はそろって悔しそうな顔になるが、反論はしない。彼等は遠目からであっても蔓が俺を襲うところを見ているのだ。わざわざ言われなくても分かっていただろう。
ユーリはそれを聞いて一つ頷き、真剣な表情で俺に振り向いた。複雑な感情と共にじっと俺の目を見てくる。
「さっき会ったばかりの君に頼るのは正直とても心苦しいんだけど……ルシアのこと、頼んでいいかい。僕の魔法で仕留められなかった以上、あの位置にある魔石に手が届くのは、もう君しかいないみたいだ」
その顔には自身の切り札で仕留め切れなかった悔しさと、俺に危険を犯させる後ろめたさが見てとれる。
俺は彼を安心させるように軽く笑った。
「分かった。俺が何とかするよ」
そう言い残し、『疾走』を発動させる。風の加護を受けた俺の体は、軽く地面を蹴るだけで大きく跳躍した。




