VSアースドラゴン1
精霊界にも精霊境にも魔物は存在しない。外に繋がる道にしても、その入り口はミストフラムと言う街の真ん中にある。精霊境は、この世界ではトップクラスに、魔物の脅威から遠い場所だった筈だ。
しかし今、その場所に巨大な魔物が現れ、冒険者達に緊急依頼が出される事態となっている。
このとんでもない事態に精霊達は大いに戸惑ったが、パニックにはならずに済んでいた。その点は不死身のお陰だろう。むしろ魔物に立ち向かう立場である冒険者達の方が混乱に陥っていた。
そもそも彼等はほとんどが新米の冒険者だ。大半の者にとっては初めての緊急依頼である。加えて、突然街の中に出現するなど、普通はあり得ない。
しかしそれでも、通りを見ると多くの冒険者達が武器を手に、精霊境の東へと急いでいた。俺はそんな冒険者達に混じって走りながら、ファーレ達と情報交換をする。
「一体どういうことなんだ。ここには魔物は居ない筈なんだよな? 地中に潜れるタイプのモンスターが偶然入ってきたとか?」
「いや、あり得ないよ。ここは単なる地下って訳じゃないんだ。別空間って言ってもいい。モンスターの侵入なんて入口以外からは考えられないよ」
「じゃあどうやってアイツはここに入ったんだ?」
少し上に目線を向けると、既に件の魔物の姿が見えている。植物で覆われた体を持った、ドラゴンのような魔物だ。誰かの「アースドラゴンか?」という呟きが聞こえた。
「……ギフトの力なら、可能かも」
「フィール?」
眉をひそめてフィールが呟いた。確かにギフトの中にはとんでもない物もあるが、そんなことが本当に可能なのだろうか?
その言葉にファーレが顔を歪めた。もしかして、何か心当たりでもあるのか。
「……二人は何か知ってるのか?」
「えっと……」
「す、鋭いね、ルナは」
ファーレが顔をひきつらせた。フィールはそれを見て、少し苦笑しながら話してくれる。
「知ってるっていうか……。リネッタのギフトなら可能かもって思っただけよ」
「そう言えば凄いギフトを持ってるって言ってたな。どんなギフトなんだ?」
「リネッタはね、魔石を使って魔物を作れるのよ」
「魔石で……魔物を?」
「ええ、魔石に詰まっている魔力を使っていろんな魔物を作り、操る。強力でしょ?」
なるほど、それなら強いな。確かに、魔石は魔物の核とも言うべき物だ。全ての魔物は体に魔石を持ち、魔石を壊されれば死ぬ。その核の部分があれば魔物の形を魔力で作ることが可能かもしれない。
「まあ、どんなに大きな魔石を用意してもあんな化け物を作れはしないと思うんだけどね」
「ふうん……。まあそれでも、ギフトの可能性があるってことは分かったよ。俺は魔物を作るギフトなんて今まで聞いたことも無かった」
「例に出しただけで、リネッタが関係してるとは思ってないけど……」
取り敢えず急ごう、とフィールは会話を切り上げた。そう言ったものの心配そうな顔をしている。友人を信じていても、やっぱり不安はあるのだろう。突然魔物を出現させられるギフトなど、どれ程珍しいか。どうしても近くに住むリネッタが怪しくなる。
「まあ、他には遺産なんかの可能性もあるよな」
「あ~、確かにね……」
その後は口数も少なく、暴れるモンスターのもとへ急いだ。
「ふん、近くで見ると本当に化け物だね、これは」
「………………うわあ、でっかい……」
ついさっき精霊契約を終えたばかりのレイナと、彼女が新しく契約した精霊であるユーリは、目の前の光景に圧倒されていた。場所は精霊境の中心から少し東によった辺り。今、彼等の前には巨大な魔物が存在していた。
百メートルに届きそうな体長とそれに見合う高さを持ったとんでもなく大きなドラゴン。ずんぐりとしたトカゲのような姿で、見てくれだけは地竜に似ている。ただし胴体が異様に太く、腹が地面を擦っていた。四本の足も巨大ではあるが胴体の重さを支えきれないようで、ずりずりと地面を這いずるように進んでいる。冒険者達が足元にまとわりついて攻撃しているが、それをものともしていない。グシャグシャと建物を踏み潰しながら入口の方へ向かっている。動きは鈍く鈍重な攻撃しかしてこないが、その巨体はゆっくりと動くだけでも十分な凶器だ。
これが樹竜。アースドラゴン。地属性の竜であるグランドドラゴンの変種で、かなり珍しい魔物だ。
いや、しかしあれは……?
「ねえアレって……本当にアースドラゴンなのかな? 樹に覆われたドラゴンって言うより樹でできたドラゴンだよね、どう見ても」
「うん、確かにそうだね。でも僕は聞いたことが無いよ。ドラゴンの形をした植物の魔物なんてね!」
樹や蔓の塊がドラゴンの形になったような見た目だった。輪郭は確かにドラゴンだが、顔に目を向けると目や口は不鮮明であり、中身があるとは思えない。これはアースドラゴンとは違う。どうやら新種の、植物系の魔物。その巨体には生半可な攻撃では止められず、更に攻撃を受けても次々に再生しているようだ。強力な植物系モンスターの面倒な所をきちんと持っているらしい。
「やれやれ、厄介だね。だけど、どんなモンスターにも魔力の限界はある。無限に再生なんて出来ない筈だよ」
「そ、それなら、とにかく私達も攻撃に参加しようよ。攻撃を続ければいつかは止まるんでしょ?」
「恐らくはね。でも焦ってはいけないよ? あれは見た目のインパクトこそ大きいが動きは鈍いようだ。慎重に対処すればそれほど危険な魔物ではない」
「うん、わかった!」
アースドラゴン討伐に、二人の強力な戦力が加わった。
入口付近で放送を聞いた俺達が到着したときには、既にアースドラゴンは精霊境の中心部にいた。大勢の冒険者が応戦しているが、足を止めるには至っていない。通った跡は家々が薙ぎ倒され、酷い状況だ。このまま進撃させる訳にはいかない。
「うわあ、何て大きさ! でもこれ、ドラゴンじゃなくて植物系のモンスターじゃないの?」
「何を呑気なこといってんのさ姉ちゃん!? 街を壊されてるんだよ!?」
「とにかく俺達も加勢しよう。どこから来たのか考えるのは後回しだ! まずはコイツを止めないと!」
「よし!」
「うん!」
ファーレとフィールは自身の武器を手にしてアースドラゴンの方へ駆けていった。あの二人が加わるのは大きい筈だ。特に大剣が武器のフィールは鈍くてでかい相手とは相性がいい。
対して俺は疾走を発動させ、天駆を使ってその巨体の背中に向かった。そこなら攻撃されない筈だ。再生力が高いモンスターは魔石を壊すのが手っ取り早い。何とか見つけられないだろうか。
ふと下を見るとこちらを指さす人の姿が見える。かなり目立ってしまっているが仕方ない。このままでは精霊境の被害が大きくなるばかりだ。最悪、入口を壊されなどしたら……
そのとき、視界の端で何か動いた気がした。
「え? うわあっ!」
直後、突然の衝撃が俺を襲った。体の側面を強打され、大きく弾き飛ばされる。飛びそうになる意識を何とか繋ぎ止め、タイムリープを使った。
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戻した時間はほんの数秒。アースドラゴンからやや離れた位置で一旦様子を見る。
「な、何だったんだ今のは? 下からの流れ弾か?」
いや、そんなはずは無い。俺はちょうどそちらに意識を向けていたのだ。流れ弾なら気付く筈。攻撃してきたのは恐らくアースドラゴンだ。
……流石に油断しすぎたな。
背中側にも攻撃手段がないとは限らない。魔物に常識は通用しないのだ。
俺は気を引き締め、次はきちんと前方に注意を払いながら、天駆を使って巨体の背中に近づいていく。
……そして、先程と同じ辺りまで来たときのこと。突然緑の何かが視界に現れ、俺に向かって凄いスピードで飛んできた。
慌てて天駆で空を蹴り、上に飛んで避ける。
「うわっ、これは……蔓か!?」
アースドラゴンの背中に生えている大量の緑の蔓。これが鞭のようにしなって俺に襲いかかってきた。どうやら近づく者を勝手に察知して攻撃を加えるらしい。
かなりの速さがある上に、この蔓はアースドラゴンの背中一面にびっしりと生えている。これではそう簡単に近づけそうにない。
しかし、これで魔石は背中近くにある可能性が高くなった。魔石は魔物の弱点であり、その弱点を隠すために魔石の上の部分だけ皮膚が固かったりトゲを持ってたりする魔物も多い。多分コイツの蔓も似たような物だ。魔石を守る役割を持っているのだろう。
俺は上空に逃れ、そこからじっくりと下を俯瞰する。アースドラゴンをよく観察すると、背中には自動で攻撃してくる緑の蔓を背負っているが、その密度は一定ではない。頭からやや下、両肩のちょうど間の辺りを中心に、外へいくほど蔓が減っている。恐らくはその真ん中の奥に、魔石がある筈だ。
……その魔石さえ壊せれば。
俺は強く空を蹴り、背中の中心へと向かった。しかし魔物の背中に一定以上に近づけば、すぐに無数の蔓が襲ってくる。その数たるや凄まじく、あっという間に眼前が緑で覆い尽くされた。
ビュンッと鞭のような音を立てて最初の蔓が迫る。俺はこれを天駆で横に飛んでかわした。速いが避けきれない程では無い。
……ただし単体ならば、の話だが。
一撃目を避けたそばから二撃目三撃目が襲ってくる。何とか掻い潜ったが無理にかわしたせいで体勢を崩してしまった。
まずい、これでは次の攻撃に対処するのは……
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タイムリープで一瞬だけ時を逆行し、不利な体勢から一気に加速して蔓を抜ける。更にその勢いを利用して蔓の無い空間を選んで進んでいく。前から攻撃が来るが、それをジグザグに避けて……あ、駄目だ。勢いがつきすぎて止まれない…………
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急制動をかけ、一旦切り返して突破する。が、切り返しの瞬間、
「がはっ!」
次は真後ろ、死角からさっき避けた蔓に襲われた。
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切り返しの瞬間、体を捻るようにして回避する。そのまま網の目を潜るように前後からの攻撃をかわしていく。しかし、
「うわっ!」
頭上からのからの攻撃をかわしきれず、弾かれてしまった。飛ばされた先には大量の蔓が……
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時を戻して何とかつき進もうとする。だが、避けるだけで精一杯でこれ以上進めない。
「くうっ!」
攻撃が足に当たった。
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「うあっ!」
次は腹。
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「ぐっ!」
次は腕。
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次は肩。
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次は背中。
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次は……
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「駄目だ……」
いくらタイムリープを使っても届かない。蔓の密度が濃すぎて、最早点ではなく面での攻撃に感じる。タイムリープの能力でも補いきれない程に、今の俺ではスピードが足りなすぎる。
うなりをあげて数十の蔓が迫ってくる。まるで緑の壁が四方から押し寄せて来るようだ。いくらやり直しがきいたとしても、これでは……
「くそっ!」
バシリという音と共に、蔓の届く範囲外まで弾き飛ばされた。辺りどころが良かったようで怪我は無さそうだが、振り出しに戻ってしまった。
体勢を立て直し、ドラゴンの背中を見下ろしながら考える。
魔石を壊すのが手っ取り早いのは確かだが、今の実力では蔓に阻まれてしまう。正直言って何度タイムリープを使っても突破出来る気がしない。
……仕方ないか。
俺はタイムリープを行わず、上空に飛んだ。下を見てもう一度状況を確認する。残念ながら魔石の破壊は諦めた方が良さそうだ。下の冒険者達に加勢するべきかもしれない。
と、そのとき、かなり威力の高い風属性の魔法が飛んできて、ドラゴンの体を大きく切り裂いた。ドラゴンがひときわ大きな声で唸る。見た目植物なのにどうやって声を出しているのだろうか。
「うわ、凄い威力だな……。ん? あそこにいるのは……」
思わず出所に目を向けた俺は、レイナらしき姿を見つけた。ひときわ強力な風魔法を放った魔法使いの傍で戦っている。
……一度合流するか。一つ確かめたいこともあるしな。
そう決めた俺は空を蹴ってレイナのもとへ向かった。




