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謎のカプセル

 精霊界とはどんなところか。

 ルナが気にしていたことだが、はっきり言って精霊境と何も変わりは無い。元々精霊界の一部を改造し、外の人々を受け入れる場所としたのが精霊境だ。虹色の天井も、並ぶ街並みも、両者の違いはほとんど無い。天井はより遠く、壁はより高い。それだけだ。

 

 そんな精霊界でも、精霊境とのゲートにかなり近い場所にある一軒の家を、ルシアは訪問していた。

 今、そのルシアの傍にはもう一人精霊がいる。緑の髪を長く伸ばした、大人っぽい雰囲気の女性だ。服装はあまり気取らないラフな物だが、その指には格好に不釣り合いな十数個の指輪がゴテゴテとはめられている。ただし、はまっているのは宝石等ではなく、全て魔石。彼女がこの家の主であるリネッタだ。


 「今日はどうしたんてすか? リネッタ。私だけを呼ぶなんて珍しいですね。フィールちゃん達も不思議がってましたよ」

 「ちょっとね、あなたに見て貰いたい物があるのよ」


 リネッタはそう言って普段通りにお茶を出してくれたが、ルシアから見ればやはり何か様子がおかしい。何となくそわそわしているし、お茶の味もいつもと違う。見て貰いたい物と何か関係があるのだろうか?


 「あの……もしかして外で何かあったんですか?」


 ルシアが遠慮がちに尋ねると、リネッタはびくり、と動きを止め、誤魔化すように笑った。普段はこんなに分かりやすい性格では無いのたが。


 「ちょっとね、魔導国で失敗しちゃったのよ。それだけ」

 「魔導国?」


 ルシアは思わず眉ねを寄せた。魔導国はここからかなり遠く、歩けば二ヶ月以上かかる。


 「リネッタは一月ほど前にも帰って来てますよね? もしかして飛竜でも使ったんですか?」


 飛竜に乗せてもらい空を飛べば、地上を行くよりもずっと速く移動出来る。ただし飛竜は育てるのが難しく、数が少ない。そう簡単に乗れるものでは無い筈だ。

 ルシアの疑問に、リネッタはしまった、という表情になり、慌てて話題を変えた。


 「ま、まあそれは置いといて。それよりもあっちの部屋に来てくれるかしら。結構大きいのよ」

 「はあ……」


 明らかに挙動不審なリネッタは、そう言って奥に入っていった。もう少し話を聞きたいルシアだが、仕方なく彼女に続く。








 「ほら、これを見てちょうだい」

 「わあ、これは……魔道具ですか? 初めて見る形ですね」


 奥の部屋に案内されたルシアが見たのは、大きくて透明な球状の物体だった。直径はルシアの背に届きそうなほどあり、二本の赤いラインが十字に通っている。そのラインが交わっている部分の片方には、複雑な構造をしたでっぱりがあり、それ以外のラインの部分にも、見たことの無い魔方陣が彫られていた。


 ルシアは目を輝かせてこれに見入った。彼女は魔法の研究が趣味であり、同時に魔道具についても詳しかった。しかし、そんな彼女もこの球体は初めて見る。


 「まさかとは思いますけど……もしかして『遺産』なんですか、これ?」


 ルシアは球体の魔方陣から目を離さずに訊いた。

 遺産とは、そのまま『古代文明の遺産』のことだ。千年以上前には、人々は今よりも高度な技術を持っていたらしい。しかし、その技術は神話に残る大戦争により失われてしまった。この戦禍に巻き込まれず、今も時折出てくる千年前の技術で作られた物が、遺産と呼ばれている。

 リネッタはこの問いに首を振った。


 「流石にそれはないわよ。まだ新しいでしょ? でも、遺産の技術を取り入れた物らしいわ」

 「やっぱり遺産関係でしたか。にしてもこれ、どうやって使うんですか?」

 「それは、実際に使ってみれば分かるわよ」


 リネッタが球体に近づき、ラインの交わった部分に手をやると、その球体がパカリと上下に別れて開いた。でっぱりの部分は蝶番になっていたらしい。


 「ま、ものは試しと思って入ってみてちょうだい」

 「へえ、中に入って使う物なんですか?」


 見たことの無い魔道具を使わせて貰える。ルシアはその期待で胸を膨らませながらそっと球体の中に入った。内部はどこか不思議な感触がした。透明で硬い物質に触っている筈なのに、まるで体が押し返されているような感覚がある。


 「それじゃ、閉じるわよ」

 「あ、はい」


 球体の下部をつついていたルシアはその声で顔を上げた。前には球体の上部に手をかけたリネッタがいる。そして、


 (あれ?)


 謎の魔道具に夢中になっていたルシアは、ここにきてようやく、リネッタの表情に気付いた。

 強い決意を秘めた、それでいて今にも泣きそうな顔。しかし、何よりも強く浮き出ている感情はーーーー


 (……罪悪感? どうして……)


 パタリと球体が閉じる。その寸前、リネッタの「ごめんね」という声を聞いた気がした。


 ……そして、完全に閉じた瞬間、体の自由が利かなくなった。








 「出来ちゃったんだ、私。ルシアに対してこんな酷いこと」


 リネッタはそう言って球体に手のひらを当てた。不気味さを感じるほど平坦な声だった。その顔には罪悪感だけでなく、自嘲と、暗い喜びがあった。


 これは彼女が、自身の契約者から指示されたことだ。一月程前、魔導国でのこと。彼女は殺すべき相手に対して非情になりきれず、行動を躊躇ってしまった。それを咎めた契約者から出された課題が、自分の友人を利用して精霊境を混乱させることだった。


 「私ってこんな奴だったのね。けど、安心した。これであの人についていける。もう、私は弱くない。どんなことだって出来る」


 本心からそう呟いて、彼女は自身の持つギフトを発動させた。

















 「ねえルナ、本当にここまですんの?」

 フィールは流石に躊躇っていた。


 「これはもう、悪趣味じゃ済まないって……覗きは犯罪だよ……」

 ファーレは半ば諦めながらもそう言った。


 「大丈夫だ。絶対にバレない」

 ルナは自信満々だった。


 今、この三人がいるのは見ず知らずの精霊の家の庭。その窓の前にこっそり陣取って、中の様子を伺っていた。

 彼等が尾行してきた男は真っ直ぐにこの家に入っていった。契約するつもりらしく、会った精霊と機嫌良く話をしている。相手の精霊も楽しそうで、契約は成立しそうな雰囲気だ。


 フィールはその光景を眺め、首を傾げながらルナの方を向いた。


 「本当にどこか怪しいの? いい人そうじゃない。契約しちゃうかもよ?」

 「そうだな、確かにそう見えるけど……あっ」


 ルナの声に釣られて中を見ると、二人が手を繋ぐところだった。そのまま契約が成され、妖精化した精霊が飛び出してくる。


 「契約しちゃったじゃない」

 「いや、むしろここからが問題……ん?」


 中を見たルナがニヤリと口角を上げた。


 「どうやら、ビンゴみたいだ」

 「え?」


 フィールが視線を戻すと、中の男が透明な球体を取り出していた。大きさは直径十センチ程で、二つの赤いラインが十字に入っている。それを持って精霊に何かを説明しているようだ。

 フィールがその球体に注目していると、男はそれをパカリと開けた。するとすぐに妖精化で小さくなった精霊が中に入る。男はそれを閉じた後、さっきのルナと良く似た笑みを浮かべてからそれを鞄の中に入れた。


 「え? 何なのあの丸いの。何で精霊を入れたまま鞄に入れたんだ?」

 「ま、本人に訊けば分かるだろ。ほら出てくるみたいだぞ」


 ファーレが訝しげな声を上げたが、ルナは余裕の表情で笑っている。その目は獲物を見付けた猛獣のように鋭い。その言葉通り、男はすぐに外へ出てきた。


 「どうするつもりなのよ? ルナ」

 「さっき言った通り、本人に訊いてみるよ」


 ルナはそう言って、ファーレが止める間もなく出てきた男の前に立った。ファーレとフィールも、仕方なく一緒に着いていく。

 そしてルナは、本当に単刀直入な質問をした。


 「こんにちはお兄さん、ちょっと訊きたいんだけどさ、さっき丸いカプセルみたいなのに契約した精霊を入れたよね? 何でそんなことしたの?」

 「うわ、マジで訊いたよ。何で覗きを自分からバラしてんのさ?」


 ファーレが呆れてそう言った。訊かれた男は驚きに身を固め、うわずった声を上げた。


 「な、なんだい君達は急に?」

 「まあそれは良いから。何で?」


 男の狼狽は一瞬だった。彼はコホンと咳払いをすると、饒舌な口調で喋り始めた。


 「おいおい、まさかとは思うけど家の中を覗いてたのかい? ちょっと待ってくれよ。何でそんな泥棒みたいな真似を……」

 「いいから、さっきの質問に答えてくれないかな」


 咎めるように話しだした男だったが、すぐにルナが有無を言わせない口調で割り込んだ。

 男は一瞬だけむっとした顔になったが、すぐににっこりと笑い、大袈裟な身振りを加えて話出した。


 「そうかこの辺ではまだ珍しかったかな。その丸いカプセルは僕の故郷でけっこう最近になって発明された物でね。僕が冒険者になるときに父が持たせてくれた物なんだ。まあ、そんなに特別な効果があるわけではないよ。この中は精霊にとってとても居心地がいい……」


 男はまるでセールスマンのようにペラペラと喋り出した。しかし、これもすぐにルナの一言で遮られる。


 「……お兄さんは、帝国の人ですよね?」

 「!!!」


 大して大きくない声に大して長くもない言葉。しかし、男の反応は劇的だった。その一言は男にとって無視できる物ではなかった。


 その瞬間、男は笑みを消し、右手を振り上げた。その手には、いつの間にか鏃のような暗器が存在している。冒険者よりも暗殺者が好みそうな代物だ。

 指の間に挟んだそれを、男は躊躇いなく目の前の三人に目掛けて飛ばした。更に腰の片手剣を抜き、一番前に立っていたルナに襲いかかる。が、当然ルナにとっては予想済みの行動だ。もっとも、予想外でも支障は無かったであろうが。


 「よっと」

 「ぐうっ!」


 男は腹にカウンターの一撃をくらい、地面に崩れ落ちた。そのまま動かないのを見ると、どうやら気絶したようだ。それを見て、突然のことにフリーズしていたファーレとフィールが、ようやく再起動して驚きの声を上げた。


 「えええっ? な、何で急に襲い掛かられたの僕ら!?」

 「そ、そんなに覗かれたのが嫌だったのかしら……」

 「まあ、嫌だったんだろ。さっきの一部始終と精霊を入れた球体のことは絶対に知られたくなかった筈だ」


 驚いて狼狽える姉弟二人をよそに、ルナは倒れた男に近づき、意識の有無を確認した。続いて武器を取り上げていく。仕込みナイフのような暗器の類いがゴロゴロ出てきた。


 「それってどういうこと? さっき見たのは一体……?」

 「ちょっとルナ、知ってるんなら教えてくれないかな?」


 ファーレが事情を知ってるらしきルナに尋ねると、彼は男の持っていた鞄を開け、中を探りだした。


 「大体分かってはいるけど、俺の口からはちょっとな。ま、この男が隠したかった事はさっき契約をしていた精霊が教えてくれるさ」


 ルナはそう言って男のかばんの中からさっき見た球体を取り出した。中にはまだ精霊が収まったままだ。


 「え……?」


 中にいる精霊を見て、思わずフィールは目を見開いた。妖精化の状態で球体に入っているその精霊の顔には、不死身である精霊にとってあまり馴染みの無い感情が浮かんでいた。ただしそれは、今のフィールにとってはよく知った感情でもあった。


 それは『恐怖』。その精霊は、明らかに怯えていた。

 

 不死身の精霊が『怯える』事態。ようやくフィールとファーレも、さっきの男が何か良くないことをしていたと悟った。固唾を飲んで球体を開けようといじくりましているルナを見つめる。そして、


 「よし、開いた……おっと、大丈夫か?」

 「あ、ありがとうございます……」


 カプセルの中から出た精霊は、すぐに精霊化を解き、元の大きさに戻ってからその場にへたりこんだ。ルナがその体を支えると、すがりつくように体重を預けてくる。


 「何があったか、話せるか?」

 

 ルナは震える精霊の背中をさすってやりながら、そう尋ねた。


 「わ、私にもよく分かりません……。そこに倒れている人がその丸いのに入ってみて欲しいって言ったんです。それで言われた通り入ったら急に体が動かなくなって……外に、出られなくなったんです」

 「外に……出られないって?」


 ファーレとフィールにとって、そして恐らくは全ての精霊にとっても、それはとんでもなくショックな事だった。どこかから『出られない』など、精霊には有り得ない筈なのだ。


 「で、でも……体を魔素に変えて脱出すれば……」

 「勿論しましたけど、それでもあの丸い中から出れなかったんですよ! 何をやっても出れなかったんです!!」

 「そんな……」


 有り得ない。そう言いたかった。精霊がそんなことになるなんて聞いたことがない。動けなくて、出られないなら、あの時と同じじゃないか。あの忌まわしい砦で、ミリーナが陥った状況と。それは、つまりーーーー


 「つまり、この球体は精霊を『捕まえる』ための道具か」


 ルナがカプセルを持ってそう言った。

 精霊は捕まらない。その常識は、いともあっさりと崩れ去った。

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