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上位精霊と料理の話

 「リネッタ?帰って来てるってことは、契約精霊なのか?」

 「あ、はい。契約精霊ですよ。だけど割と頻繁に帰ってくるんです。家に来ないかって、昨日誘われて……」

 「へえ、頻繁に帰ってくるってことは、ミストフラムの近くに契約者の活動拠点があるのか?」

 「余り外の話をしないから聞いてはいませんけど、まあ恐らくは。リネッタは凄いんですよ、とっても珍しいギフトを持っているんです」


 ルシアは俺の質問に返事をしてから、どうしようかな~、と唸った。立ち上がって壁に掛かっている時計を見つめながら腕を組んで悩んでいる。そんなルシアの言葉に、フィールが意外そうな顔をした。


 「あれ、あたし達そんなこと聞いてないわよ。あんただけ誘われたの?」

 「あ~、そうみたいですね」

 「ふうん、珍しいわね。いつもは大体あたし達も一緒に呼ばれるのに」


 この三人はいつもセットで扱われているのだろうか。言われたルシアも不思議そうな顔で首を傾げた。


 「うーん、昨日会ったとき、どーも雰囲気がいつもと違うような気がしたんですよね。なんというかこう、緊張してるような?そんな感じでした。もしかしたら大事な話があったりするんでしょうか?」

 「まあ、それならなおさら早めに行っといた方が良いんじゃないか?どうせ俺達は様子を見に行くだけだしな」

 「そうですね、ユーリとレイナさんの様子も気になるところではあるんですけど……」


 俺が促すと、ルシアは後ろ髪を引かれるような素振りを見せながらも、リネッタに会うことを優先することに決めたようだ。

 彼女に続き、ファーレとフィールも立ち上がった。


 「じゃあいきましょっか。ユーリの家まではそこそこ距離あるしね」

 「そうだな、ぐずぐずしてると、入れ違いになる可能性もあるし」


 三人に続いて俺がフィール達の家の外へ出ると、「それでは私はこっちなので」と、ルシアが手を振ってから離れていった。どうやら最初から方向が違うらしい。彼女は入口の逆、精霊境の奥の方に歩いていく。


 「へえ、リネッタって人の家はもっと奥にあんのか」

 「あ、ルナ、それちょっと違う」


 何の気なしにポロリと言った言葉だったが、ファーレに否定された。


 「リネッタの家は精霊界にあるんだよ。だからルシアは向こうに行ったんだ」

 「えっ、精霊界ってそんなあっさり行けるもんなのか?」

 「行けるよ。ルナはミストフラムからの階段みたいなのを想像してるかもしんないけど、精霊境は元から精霊界の端っこの地域なんだ。あっちには入口と同じようなゲートはあるけど、くぐったら即、精霊界だよ」

 「へえ、意外と精霊界って近いんだな、ここから」

 「あ、一応言っとくけど精霊界は精霊しか入れないからね」

 「分かってるよ、大丈夫だ」


 ファーレにはそう言いながらも、何となく精霊界があるらしい方向に目を向けてしまう。家々に邪魔されてゲートらしき物はみえなかったが、その辺りの壁の色は、様々に変わりながらも他の部分より若干薄いように見えた。

 それから目線を下げ、元気良く歩いていくルシアが目に入ったとき、俺はふと、今更ではあるが彼女について少し気になった。


 「なあ、そういえばルシアって契約待ちの精霊なのか?それとも単に刺激を求めてここで暮らしてるだけ?」

 「ここで暮らしてるだけよ。でも、刺激を求めてってのは少しちがうわね。外に出やすいからよ。ルシアはああ見えて『上位精霊』だから、契約者が居なくても外に出られるのよ」

 「上位精霊……?」

 「あれ、知らない?」


 いや、何かの本に記述があった。精霊にはたまに、普通の精霊より極端に魔力量が多い者が生まれるらしい。そういえば精霊が外へ出られない理由は、魔力が勝手に抜けていくからだ。元々の魔力量が多ければ、ずっととはいかなくても、かなりの長期間外に出られる可能性がある。


 「そうそう、それであってるわよ。あたしらが外へ出ると、大体一日二日で駄目になるんだけどね、上位精霊の場合は一月二月ぐらいは普通にもつらしいの」

 「ふうん、それだけもつなら、十分外で活動出来るな」

 「もちろん魔法を使って魔力を余計に消費すればもっと短くなるわよ。ルシアなんて一週間以上もった試しがないしね。だけど自力で割と長時間出てられるから、上位精霊が契約者を探すことはあまりないのよ」

 「まあ、一月あればやれることは多そうだしな」

 「あ、ちなみにリネッタも上位精霊よ。珍しく契約してるけど」

 「……何気にお前らの知り合い凄い人多いな。リネッタって人はその上珍しいギフトを持ってんだろ?」


 ユーリという精霊も含めると、上位精霊二人、ギフト持ち三人、契約経験あり四人。精霊境の中ではかなり凄い方ではなかろうか。そう思った俺に、ファーレが更に追い打ちをかけてきた。


 「あ、言っとくけどルシアが凄いのは上位精霊って理由だけじゃないよ。あいつはさ、何と魔法の適正が軒並み高いんだ。六属性全てで強力な魔法を使えるんだよ」

 「それは確かに凄いな。契約したがる奴は多そうだ」

 「まあ紹介所に登録してたら、の話だけどね。あと、ルシアは魔法の研究を趣味にしててさ、術式を組むのも天才的に上手いんだ。研究者故に使える種類も多いしね。はっきはり言ってあいつ、俺達よりずっと強いよ。多分だけど、Bランクの冒険者並だ」

 「マ、マジで……?」


 俺は思わず目を見開いた。さっきまで会話していた、あのふわふわした感じの少女が、そんなに凄い魔法使いだったとは。とても強そうには見えなかったが、本当に人は見かけによらないものだ。


 「Bランクってことは、凄腕の冒険者と互角に戦える強さか。とんでもないな」

 「あたしも本っ当にそう思う。……ところで、もう良いでしょ?いつまでもルシアの背中見てないで、そろそろ行かない?」

 「あ、悪い」


 少し眉を寄せたフィールに促されて、俺達はルシアとは逆の方に歩きだした。心なしか、フィールが楽しそうだ。鼻歌でも歌い出しそうに見える。そんな浮わついた雰囲気のまま、フィールは俺に、レイナのことを聞いてきた。


 「ねえルナ、レイナはあたしが教えたお店、気に入ってくれてたかな?」

 「ん? あー、かなりお気に召したようだったぞ。シチューの味が深いとか何とか言ってた。俺も感想を訊かれたよ」


 で、正直に答えたら何故かなじられたんだけど。フィールはそれを聞いて殊更に満足げな表情になり、うんうんと頷いた。


 「ふふん、分かってるわねー。あの良さが分かるとは、さっすがレイナ。料理人の娘は違うわね」

 「ああ、二人共気が合いそうだよ。レイナも趣味があいそうって喜んでた」

 「やっぱり? うんうん、中々行きたがらないファーレとは違うわね」


 フィールは更に上機嫌になった様子だが、逆にファーレは呆れとうんざりを足して二で割ったような顔で訂正を入れてきた。


 「あのさ、僕もあの店は良いと思ってるよ? それでも行きたくないのは姉ちゃんが馬鹿みたいな量を食うからだろ」

 「なっ、たくさん食べて何が悪いのよっ!?」

 「財布の中身がマッハで干からびるんだよ! 父さん達が残した遺産も無限じゃないんだぞ!? もっと味わって食えって!」

 「そんなこと言って味わってゆっくり食べたら文句言うじゃない!」

 「量を減らせよ!」

 「嫌っ!」


 ギャーギャー騒ぐ二人だが、フィールの食費が高くつくなら契約予定である俺にとっても無関係ではなかったりする。精霊は食事をしなくても生きていけるが、味覚はきちんとあるので、本当に食事をしない精霊は少ないのだ。

 今、俺は盗賊退治のお陰でそこそこの金額を持っている。しかし、特別高い訳でもないあのレストランに一回行くのが家計の負担になるほど食べるなら、すぐに飛んでいきそうだ。その負担をどうするか。場合によっては予定より早くギルドに登録した方がーーーー


 「……あ!」

 「ん?どしたの?」

 「あ、いや何でも……」


 そこまで考えてようやく気付いた。


 ……タイムリープに連れていけるならどんだけ食われても懐は痛まないじゃん。契約後に行ったことのある店なら何処でも連れてけるし。あっ、ついでに言うと日本に連れていってそっちで食べて貰うことも……


 「…………」

 「どうしたのよ? 急にほっとしたような顔になって」

 「いやまあ、なんだ。フィール、もし俺と契約出来たらお前の食生活に関しては凄く充実したものになると思うぞ」

 「本当!? あっ、ミリーナと同じでアイテムボックス持ってるもんね! 中に料理をたくさん詰め込んでおけばいつでも出来たてが食べられるよね? 買いだめしといてくれるってこと?」


 いや、ここよりも食文化が発展した異世界で食べ放題出来るってこと。そんな咽まででかかった言葉をぐっと飲み込むと、ファーレが戸惑いがちに俺を気遣って聞いてきた。


 「食事が美味しいのは僕としても嬉しいけどさ。良いの? 姉ちゃんに好き放題させると食費が……」

 「大丈夫よ! ルナはレイナと同じ、食に理解のある人だわ」

 「食費には関係無いだろ。それにレイナにしても大食いには理解なんて無いと思うよ」

 「あ、いや、俺自身はファーレと同じであんまそーゆーのに拘りはないかな」

 「ちょっとルナ、姉ちゃんの言うことを鵜呑みにしないでよ。一応言っとくけど、普段家で食事作ってんのは僕だからね」

 「あれっ? フィールじゃなかったんだ?」


 あれだけうるさく言ってたのに、と視線を向けたが、目をそらされた。テンションを急降下させ、ボソボソと聞き取りづらい声で言い訳を始める。


 「その、料理自体は好きなのよ。だけど、どうしても思った通りに進まなくて……」

 「よーするにとんでもなく下手くそなんだ。不器用だから」

 「あーそっか、不器用だったんだ。そういえば」

 「ねえ、不器用不器用連呼すんの止めてくれない?」


 フィールが恨みがましい目を向けてくるが、対するファーレは何故か何かを思い出すような遠い目になっている。諦念を滲ませた穏やかな表情が気になる。何があったんだ。


 「……なあ、どんな味だったんだ? フィールの料理は」

 「うん? いやいや、完成したことなんてほとんど無いよ。それ以前に、料理の方法がいくら不器用でも許されないくらいに酷いんだ。僕が何言ったところで改めようとしないし」

 「っと言うと?」

 「この前は、まず肉を切るのに上手く切れないからって自分のグレートソード持ちだしたんだ」

 「グレートソード!?」


 え、あのでかいやつ? 俺が見たのは模造刀だったけど、フィールの伸長くらいなかったか?


 「いや、慣れた武器の方がやり易いかなって思ったのよ」

 「で、何を考えてか知らないけど、それを思いっきり降り下ろしたよね? 確かに肉は切れたけど他にも色々切れた。まな板だけでは済まなかったよ」

 「中々切れなくて、つい面倒臭くなって……」


 ……御愁傷様。ファーレの苦労が思いやられるな。


 蚊の鳴くような声で言い訳をするフィールを見てるとファーレが可哀想になってくる。しかし、この件はこれで終わりではなかった。


 「うう、もう良いでしょ、その話は。そんな細かいこと、さっさと忘れて……」

 「あのさ、危うく家の丸焼きができるところだったんだよ? いったいどこが細かいんだってのさ!?」

 「家の!?」


 つまりは火事になりかけたらしい。何をどうしたらそうなるんだ。


 「ルナは紹介所で僕達のこと知ったんだよね?なら、僕達の適正覚えてる?」

 「んっと、ファーレは水でフィールは……あ、火か」


 二人共魔法適正はあまりぱっとしないが、かろうじて高めなのがこの属性だ。俺は火と風が高いので、フィールの適正は全く意味がない。


 「姉ちゃんは火属性魔法なら一応使えるんだけどね、術式を組むのも不器用で下手なんだ。それも発動は出来るくせに、すぐ暴発させるっていう最悪な部類の下手さなんだよ。しかもそんなのを無理して料理に使うから……」

 「ありゃあ……」

 「僕は姉ちゃんに火の適正を与えた神様を恨んでるよ。あ、でも僕に水の適正をくれたことは感謝だね、消火出来るから」

 「……苦労してるんだな、お前……」

 「……ごめんなさい……」












 ちなみに、フィールの残念料理はこれで終わりではなかったらしい。


 「姉ちゃんは他にも色々凄いのやらかしたよねー。キッチンの蒸し焼きとか、ルシアの串焼きとか」

 「……前はともかく、後ろは何があったんだ?」

 「小っさい炎の棒を作ろうとしたらしいよ。で、案の定暴発して壁を突き破って……。あんときは流石のルシアも切れ気味だったな」

 「うわ」

 「反省してます……」


 罰として一週間飯抜きだったそうな。

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