前の契約者
翌朝、俺はファーレとフィールの家に向かった。ちなみにレイナはユーリという精霊に会いに行くため、別行動だ。俺が彼等の家に到着したときには、既にルシアの姿があった。
「おはようございます、ルナさん!」
「おはよう、ルシア。随分早いんだな、俺もかなり早く来たつもりだったんだが」
「いえいえ、私も今来たばかりですよ。ささっ、庭に似合わず狭い家ですが、どうぞ入って下さい」
輝くような笑顔で元気に玄関に登場したルシアだが、遅れてやって来たフィールがすぐに頭をひっぱたいた。バゴッという鈍い音がしてルシアが吹っ飛ぶ。凄い音がした。精霊でなかったらヤバかったんじゃないだろうか。
「あたしらのセリフとんないでよ。それに狭い家は余計!あなたの家も似たような物じゃない」
「ついでに言うと今来たばかりも嘘だよね~。随分前から家に居座ってたじゃん。……まあそれは置いといて、来てくれてありがとね、ルナ。そっちは放っといて良いから、取り敢えず上がってよ」
少し怖い笑顔のフィールと、心底どうでも良さそうな顔のファーレに案内され、昨日と同じリビングに入る。少し遅れて、吹っ飛んでいたルシアも復活して着いてきた。
「うう~、イタタ……。少しは加減して下さいよ、フィールちゃん」
「うるさい、あんたが狭いとか口走ったのが悪いんでしょうが」
口を尖らせて文句を言うルシアにフィールが噛み付いた。確かにツッコミにしちゃやり過ぎな気もするが。ん?待てよ、イタタって……。
「あれ、精霊も痛みは感じるんだ?」
「あ、はい。一応ありますよ。他の種族に比べれば感じ方はかなり鈍いですが」
「そうそう。だからこれくらいやんないと制裁になんないのよ」
「だからってあんな馬鹿力で叩かなくても……。フィールちゃんの怪力は凶器ですよ?」
「誰が馬鹿力で怪力で凶器よっ!」
「だってフィールちゃんって……あ、ごめんなさい。何でもないです」
目がすわっているフィールに、ルシアが素直に謝った。
フィールの見た目は小柄な少女であり、とてもルシアが言うような力を持っているようには見えないが……。あ、いや待てよ。そう言えば彼女は昨日……
「ああ、そう言えば確かに、フィールは昨日戦ったときは、ばかでかい剣を猛烈な勢いで振り回してたっけか」
「戦いのときは別腹よっ!」
「のわあっ!?」
バッシーンという小気味良い音と共に、今度は俺がすっ飛ばされた。ルシアより軽い俺の体は、勢い余って壁に頭から突っ込んでしまった。かなり痛い。って言うか、別腹ってなんだ。
「わあっルナさんっ、大丈夫ですか!?」
「ちょっ、姉ちゃん何やってんの!?」
「わわっ、しまった!つい出来心で……じゃなくて、ついルシアとかファーレと同じ感覚でツッコんじゃったのよっ!ごめんなさいっ!」
ぶつけた頭を抑える俺に、三人が慌てて寄ってきた。幸いなことに怪我はしていないようだ。タイムリープの必要までは無いだろう。それにしてもこの二人は日常的にこうしてどつかれているのだろうか?だとしたら少し同情するな。
「うう、ごめんなさい、ルナ。大丈夫?」
「ああ、なんとかな」
フィールが俺を助け起こすために手を差し出してくれた。俺はすぐに自分の手も伸ばす。しかし彼女の手を握る直前、ファーレの「あっ、ちょっと待った!」という制止の声が耳に入った。そして、
フィールが俺の手を掴んだとき、ゴリッという嫌な音がした。……もちろん俺の手からである。
「ぎゃっ、痛えっ!」
「わっ、ごめん、力入れすぎちゃったかな?」
「やっぱそうなるよな……」
呆れたようなファーレの声が空しく耳に響く。取り敢えずフィールが怪力であるということは嫌という程に分かった。もう口には出さないでおくが。
「はあ、本当ごめんな、ルナ。でも一応姉ちゃんに悪気はないんだよ。姉ちゃんはあの通り馬鹿力だし、その上……」
「ちょっとファーレ?」
「あー、ハイハイ。本当に面倒なんだから……。まあ、なんだ。姉ちゃんは何と言うか、物理的な女子力がかなり高めでな、その上無茶苦茶に不器用なんだよ」
「不器用?」
「そうそう。だからしょっちゅう椅子やら机やらといった家具を壊すし、着替えるときはすぐにボタンがあちこちに飛んでくし。危険だから余り近づかないであげてくれよ。不用意に近寄ると骨を折るかもしれないし」
「ファ、ファーレ、それはちょっと言い過ぎじゃない?」
フィールは口を尖らせるが、そう言えばボタンの無い服を着ている。女子力とか絶対に最低クラスだろ。戦闘力はともかくとして。
「まあまあ、フィールちゃんの事はその辺で置いといて、そろそろ契約の話に入りませんか?」
途中で間に入ってきたルシアが、腰に手をあてて少し焦れたように言った。
「元はと言えばルシアも元凶じゃあ……まあ良いや、一応確認するけどルナは昨日、ルシアから僕達の前の契約者の事を聞いたんだよね?」
「ああ、それが失敗した原因なんだってな」
「多分な」
苦笑いをするファーレ。表面上は落ち着いているように見えるが、目の動きが忙しない。やはり焦燥はあるのだろう。
「取り敢えずもう一度契約にチャレンジさせて貰えるかな。昨晩、僕も姉ちゃんも色々と気持ちを整理してきたつもりだ。次はいけるかもしれない」
そう言ってファーレが手を差し出してきた。フィールもそれに続く。しかしさっきのセリフから言っても表情から見ても、自信は無さそうだ。
俺も二人の手を握る。これで上手くいってくれれば、何も苦労は無いんだけどーーーー
「ダメか、くそっ」
ファーレが悔しそうな顔で手を離した。フィールも無言で手を離したが、落胆の色は隠しきれていない。
「……契約、出来なかったんですか、ファーレ君?」
「ああ、何でだろうね?契約したいのに、契約しようとすると急にミリーナのことを思い出して怖くなるんだ。……姉ちゃんも同じなのか?」
「……ええ、あたしもそんなとこよ。ダメね、どうしたら忘れられるのかしら」
やはり失敗したようだ。まあ、トラウマは忘れられないからトラウマだ。元々一晩でどうにかなるとは思っていなかった。
しかしなにか別のアイデアがあるかと言うと、そう言う訳でもない。俺も昨夜はどうしたら契約が成功するかレイナと話し合ってみたが、あまり具体的な案は浮かばなかった。結局のところファーレとフィールの心の問題なので、俺に出来ることはあまり多くない。
「三人は何か、これからしようと思う事とか、試したい事とかはあるか?」
俺の問いには三人とも答えなかった。この三人にしても、トラウマの克服に有効な手段は考えつかなかったらしい。
「ねえルシア、あんた嫌な記憶を消す魔術とか知らない?」
「そんな便利な魔術は無いですよ。あ、なんなら闇魔法で操って無理矢理に契約を迫ってみましょうか?」
「そんな方法で出来るわけないじゃん」
闇属性の魔法には確かに、洗脳の効果を持つものがあった筈だ。使い勝手はかなり悪いらしいが。しかしそんな方法で『魂を繋ぐ契約』が出来るとは思えない。
このままでは埒があかないので、俺はこちらから一つの提案をした。
「なあ、良ければ前の契約のときに何があったのか話してみてくれないか。二人で抱え込むよりも、案外全部吐き出した方が楽になるかもしれないぞ」
「あ、なるほど。確かにそれは良いかもしれませんね!」
「なっ」
「ええっ、それは……」
俺の提案にルシアは顔を明るくしたが、ファーレとフィールは乗り気でないようだ。まあトラウマになった原因なんて誰でも語りたくないだろう。だが、事情を知らなければ俺もルシアも大して出来ることが無い。俺はカウンセリングの仕方は全く知らないが、それでも何があったのか分かれば、なにかしら助けになるようなことを言えるかもしれない。
「それは良い考えです、ルナさん!私も抱え込んじゃわない方が良いと思います」
ルシアは何とか二人を説得しようと、息巻いている。
「話したくない気持ちは分かりますけど、今は他に出来ることがありませんよ。ねえ、頑張ってみてくれませんか?」
「えっと、その、出来れば他の方法で何とかならないかしら。あんまり話したいことじゃ……」
「他の方法って何ですか?思いつかなかったからルナさんが提案してくれたんですよ!せっかく協力して貰ってるんですから、フィールちゃんも頑張らないと!」
「でも……」
何とか契約を成功させてほしいルシアが必死に説得するが、フィールは消極的だ。しかしそのとき、少しの間沈黙していたファーレがおもむろに口を開いた。
「…………そうだね。じゃあ聞いて貰えるかな」
「えっ、ファーレ!?……本気!?」
「ファーレ君、本当!?」
ファーレが俺とルシアを見てそう言った。フィールが驚き、ルシアが少しほっとした表情になる。ファーレには思ったより早く了承してもらえたが、フィールはまだ気が進まない様子だ。
「ちょっとファーレ、本当に話すつもりなの?そんなことで契約が可能になるとは思えないんだけど」
「確かにね。だけどルナの言うとおり案外吐き出した方が良いかもしんないし…………。何より、ルシアがさっき言ったように他に出来ることが無い。なら、少しでも可能性があることを試した方が良いだろ」
「だからって……」
「このまま何もしない訳にはいかない。姉ちゃんが嫌なら僕が話すよ。良いだろ?」
「…………」
まだ少し不満そうだったが、フィールも最後には頷いてくれた。ファーレは俺とルシアに向き直り、一つ深呼吸を入れてから話し始めた。
「まあ、そんなに長い話でも珍しい話でもないからすぐ終わるよ。ところでルナ、ルシアからミリーナのことを聞いたんだよな?なんて聞いたんだ?」
「天真爛漫で明るい性格だったって聞いたな。お前ら二人とも仲は良かったんだろ?」
「うん、それで合ってるよ。あと凄く純粋な奴だった。疑うことを知らないって言うか、……悪く言えば、脳内お花畑?聞いた話だと王国の凄く平和なところで暮らしてたらしくてさ。強力なギフトを持ってて強いけど、平和ボケしてた。蝶よ花よと愛でられて、大切に育てられたお嬢様がそのまま冒険者になったみたいな感じかな」
王国出身のお嬢様か。俺と少し境遇が似てるかもしれない。それにしても結構な言いようだな。脳内お花畑って。
「ええと、それってつまり世間知らずだったってことか?」
「うーん、少し違うかな。いや、そう言う面もあったけどさ、けどあいつの特徴はそこじゃない。あいつは、『悪意』ってもんを知らなかったんだ。人間は皆善人で、悪いのは魔物だけだって本気で思ってたんだよ」
「へえー、そんな人だったんですか」
「いや、いくら平和なところで育ったからってそこまでになるか?」
王国は割と平和なところが多いが、そこで育っただけではそうはならないだろう。
「それだけじゃ無いんだよ。育ち方が歪……とまではいかなくても、結構特殊な奴だった。さっき強力なギフトを持ってるって言ったよな。そのギフトは魔物を追い払うのにかなり有効なギフトだったんだ。平和なところとは言ったけど、魔物には悩まされていたみたいだからね、その土地に住んでる全員からとても大切にされてたみたいなんだよ」
「なるほど。だからお嬢様か」
「生まれた場所が悪ければ利用価値を狙われてあっという間に不幸になりそうなギフトだけどね。そう言う意味ではミリーナは運が良かったよ。平和で良い土地だったから、そのギフトで魔物を追い払うことによって、皆から感謝され、可愛がられてた」
「それで純粋な性格に育ったってことなんですか?」
「そうだよ。下心を持った奴なんかは近づけも出来なかっただろうからね。自分を魔物から守ってくれて、頑張ったら褒めてくれて、そんな良い人しか知らなかったんだよ、ミリーナは。それくらいに皆から守られていたんだ」
「じゃあなんでそんな人が冒険者になったんだ?」
「ミリーナの活躍もあってその地域からは魔物がかなり少なくなったらしい。その頃にはミリーナは自分には魔物から人々を守る義務があるって思うようになっていたんだ。だから別の魔物が多い土地に行ってもっと大勢の人々を救いたいって望んだらしい。で、当然反対されたから一人でこっそり旅に出たんだよ。そんでもって一人旅は寂しいからって精霊境に来たんだ」
「……随分とアグレッシブなお嬢様ですね」
「兵士に訓練をつけてもらっていたらしくてね、一人旅が出来る実力はあったんだよ。それに、やっぱり皆からちやほやされて育ったからかな、人助けは当然ってスタンスの人だったけど、ワガママな面もあったよ。……とまあ、僕達の前の契約者であるミリーナの性格はこんなところかな。それじゃあ前置きはこの辺にして……あ、そう言えばルナ、精霊契約は感情を伝える事があるって聞いたことはある?」
「ん?確か紹介所に案内してくれた人がそんなことを言ってたな」
「そっか、なら良いよ。こっからが本題だ」
なんだかんだで前置きが長かった。もしかしたらファーレも内心では躊躇っていると言うことの表れかもしれない。
「さっきも言ったように別に珍しい話じゃないよ。と言うか、むしろありふれた話さ。残念ながらね」




