失敗の理由
「え、ええと……」
「あの、あなたは……?」
突然大声を出した少女はハッとしたように辺りを見回すと恥ずかしそうな顔でこちらに近寄って来た。
「あ、あの、ごめんなさい!その、あなた達が私の友人の話をしていたから、つい聞き耳を立ててしまって……」
「友人の話ってことは、あなたはファーレとフィールの友達なのか?」
「あ、はい。ルシアと言います。ファーレ君とフィールちゃんとは、昔からの友人なんですよ」
「へえ……」
こんな所で凄い偶然……でもないか。ここはフィールが紹介してくれた店だ。その友人が来ていても不思議ではない。
俺は改めて彼女を見た。見た目は十六歳位だろうか。金髪碧眼の可愛らしい少女で、大人しそうなおっとりした雰囲気がある。外見だけ見れば日本に居てもおかしくなさそうだ。
あとかなりスタイルが良い。具体的に言えば胸が大きい。さっきからゆさゆさ揺れている。俺の目がそちらに行くことは無いが、レイナの目は釘付けになっている。
「う、うわ、揺れてる……。じゃなくて!えと、急にどうしたの?」
ルシアの胸から無理矢理目線を外しながらレイナが訊いた。無意識なのか、手が自分の胸を庇う位置に移動している。レイナも割とある方なので、別に気にしなくて良いと思うのだが。
ん?俺?……年相応。つまり無いに等しいよ。
「そ、そうでした。さっきあの二人と契約する約束をしたって言ってましたよね?本当なんですか?」
「ああ、本当だよ」
「あのー、フィールちゃん達は強い事を契約の条件にしてたと思うんですが……」
「してたよ。契約出来ることになったのは勝負して勝ったからなんだ」
「ええ!?勝ったんですか?あなたが?」
「いや、二対二でだったけど。一応勝ったよ」
「…………凄いです」
ルシアは驚愕に目を見開いている。俺達、特に俺は見た目強そうには見えない。あの双子の実力を知る者にとっては驚きだろう。って言うか、よく信じたな。
「それじゃあ、フィールちゃん達と契約するんですね?」
ルシアは嬉しそうに目を輝かせながら確認してきた。友人の朗報に喜んでいるのが伝わってくる。
「あ~、一応その予定だけど……」
「何か問題でもあるんですか?」
問題ならありそうな予感がする。今日の契約はどう考えても失敗だ。原因が何かは分からないが、明日も成功するかどうか怪しいと思っている。
そう言えばルシアは姉弟の昔からの友人と言っていた。それなら、何か知っているかもしれない。
「問題、と言うかな。実は俺達、さっき既に契約を結ぼうとしたんだよ。だけど急に二人が明日にしたいって言い出してな。何故かは分からないけど、どうも契約に失敗したみたいなんだよ。だから明日になればちゃんと契約出来るのか少し不安なんだ」
そう言った途端、ルシアの顔が強張った。嬉しそうで、ほっとしたような表情から一転、心配そうな顔になる。どうやら心当たりがあるらしい。
「もし失敗した原因に心当たりがあるなら、出来れば教えて貰えるとありがたいんだけど……」
「それは……」
彼女はその後暫く迷っていたが、やがて軽く頷いて口を開いた。
「分かりました。ご飯の後に、少しだけ時間を貰ってもいいですか?フィールちゃん達の事でお話があります」
「分かった。もうすぐ食べ終わるから、少し待ってくれ」
暫くして、シチューを食べ終わり金を支払った俺達は、ルシアと共に店の外へ出た。辺りはかなり薄暗くなっている。騒がしかった店内とは違い、あまり人気が無く静かだ。
「あの、お二人はこれからどこへ行く予定だったんですか?」
「少し早いけど、宿屋に行くつもりだよ」
「とる宿屋は決まってますか?」
「いや、今日の昼に来たばかりなんだよ」
「そうですか。なら、入口の方に宿屋は多いですよ」
そう言ってから彼女は歩き出した。俺達もそれに続く。どう切り出せば良いのか迷っている様子だ。見かねた俺はこちらから声をかけた。
「それじゃあ、教えて貰えるか。フィール達との契約が失敗した理由。心当たりがあるんだよな?」
「はい……」
まだ少しだけ迷う素振りを見せたが、すぐにはっきりした声で話し始めた。
「フィールちゃん達に前に契約者が居たってこと、もう聞いてますか?」
「ああ、知ってるよ。紹介所の人が教えてくれたんだ。どんな人だったのかまでは聞いてないけどね」
「そうですか。あの、ミリーナさんは……。あ、その契約者の人がミリーナさんって言うんですけど、明るくて良い人でしたよ。その、そちらの……あ、レイナさんって言うんですか。レイナさんと同じくらいの年齢の女の子でした。私も会ったことあるんですが、天真爛漫な性格でフィールちゃん達ともあっという間に仲良くなってました」
「ふうん、良い契約者だったみたいだな」
「ええ、契約してからの外での冒険もとても楽しかったって聞いてます。ですが……」
ルシアは一度言葉を切り、目を伏せた。正直ここまで来れば話の結末は予想出来る。紹介所の青年は半年程で戻ってきたと言っていた。契約者との関係が良好だったのなら、可能性は一つだ。
「二人はたった半年ぐらいで精霊境に帰って来たんです。何かショックな出来事があったらしく、ひどく動揺していました。それから暫くは塞ぎこんでしまって、何があったのかは詳しくは聞けてないのですが、どうやらその契約者がかなり酷い死に方をしたようなんです」
やっぱりか。冒険者という職業は常に命の危険がつきまとう。契約者が死ぬことだってザラにあるだろう。
「精霊契約はどちらかが拒否すれば成立しません。だから、多分ですけど……」
「その事がトラウマにとってはなってて無意識に拒否しちまったって事か」
厄介だな。どうすれば契約が成立するのか全く分からない。
「こう言うのって珍しい事じゃ無いんですよ。外の世界に期待で胸を膨らませて出ていった精霊が、フィールちゃん達みたいに契約者を失って帰って来たり、契約者とうまくいかなくなって別れて来たり。そんな人達は二度と契約しない事も多いんです」
「……なるほどな。教えてくれてありがとう。失敗した理由はよく分かったよ」
「お役に立てたなら良かったです。それで、ですね……」
少し笑ってルシアが立ち止まった。また言葉を切り、次はじっとこちらを見つめてくる。フィール達への心配が顔にありありと浮き出ている。俺は反射的に頼み事をされると分かった。
「私からもお願いします!どうか、フィールちゃん達と契約してあげてください!あの二人には契約者が必要なんです!」
そう言ってバッと頭を下げるルシア。突然のことに、レイナが戸惑った様子で呟いた。
「契約してほしいの?今の流れからして、てっきり手を引けと言い出すのかと……」
「違います!二人共もう一度外に行きたがっているんです!…………だから契約者が必要なんです。そ、それに、もしダメだったら、本当に二人が死んじゃうかも……」
「「死!?」」
ちょっと待て。何で契約出来ないことが死ぬことに繋がるんだ。いやそれ以前に、精霊って不死身じゃなかったのか?
「ちょ、ちょっと待ってよ!何で契約がダメで死ぬ事になっちゃうワケ!?」
「それに精霊は死なないんじゃなかったのか?もしかして、契約って命に関わる事なのか?」
「えっ?何でって……。あ、お二人は『霊脈』の事を知らないんですね?」
俺達二人の疑問にルシアは少し驚きをみせたが、すぐに納得して説明してくれだ。
「確かに、私達精霊は不死身と言われています。けれど、死ぬ方法が無いわけでは無いんですよ」
「それが『霊脈』なのか?」
「はい。精霊界にある特別な場所で、凄い勢いの魔素の流れが剥き出しになっているんです。ここに身を投げれば二度と体が再構成される事はありません。つまり死ぬってことです」
ちなみに、後で知ったことだがアイテムボックスに入っても精霊は死ぬ。内部の時間が止まっているアイテムボックスはとても便利だが、生き物を入れるのは厳禁なのだ。もし一瞬でも入れてしまうと、死因のよく分からない死体となって出てくることになる。
「精霊には寿命はないです。ケガや病気で死ぬこともありません。…………にも関わらず、実は平均寿命は人間や獣人とあまり変わらないんです。何でか分かりますか?」
「へえ、以外だよ。何で?」
「俺は想像出来るかな。やることが無いから、霊脈で自殺しちまうんだろ?」
何もしなくても生きて行けるのが精霊だ。はっきり言って暇だろう。しかも精霊界は狭くて面白い所では無いらしい。それで無限の寿命かあれば、その内自殺したくなっても無理はない。
「そうなんですよ。特にすることがなくて、もういいやって霊脈に行っちゃう人が多いんです」
「ええ~、何でそんな事すんの?せっかく長生き出来るのに。私は信じられないなあ」
「寿命がないからこそ、死ぬことに対して無頓着なのかもな」
そう聞くと、不死身も考えものかもしれない。しかしこれで、ルシアがあの二人と契約してあげて欲しいと願う理由も分かった。
「それでルシアは、このまま契約出来ないでいると、フィール達が霊脈に行こうとするんじゃないかと心配してるんだな?」
「……はい。もう聞いたかもしれませんが、フィールちゃん達のお父さんは冒険者でお母さんは契約精霊だったんですよ。だからフィールちゃんもファーレ君も昔から外に憧れていました。もし二度と外へ行けないことになってしまえば、その可能性もあると思っているんです」
「なるほど、確かにな」
「……契約、してもらえますか?」
「心配しなくても、元々そのつもりだよ。彼等のギフトと力は俺としても諦めたくない」
それを聞いてようやく、ルシアは表情を緩めた。
「そうですか。あの、明日にもう一度契約を試すんですよね?私も行って良いですか?何か力になれるかもしれません」
「良いよ。朝に行くことになってるから、是非来てくれ」
「ありがとうございます。それじゃあ、私はここら辺で失礼させて貰いますね。ここを真っ直ぐ行けば、宿屋の多い通りに出ますから」
「ああ、ありがとう。それじゃあ、また明日」
「じゃあね~」
そう言ってから別れようとしたが、ルシアがじっとこちらを見て動かない。
「……まだ何か?」
「あ、いえ、あの、そう言えばまだ名前を聞いてなかったなあって思って」
あ、そう言えばまだ名乗ってなかったか。俺は彼女の方に向き直った。
「俺はルナだよ。よろしく、ルシア」
「はい!短い間かもしれませんが、よろしくお願いしますね!」
そう言って今度こそルシアは踵を返し、来た道を戻っていった。俺とレイナも彼女に教えられた通り、真っ直ぐに道を進む。道すがら、レイナが話を振ってきた。
「どう思う?ルナ君。契約出来そう?」
「さあな。無意識の拒否でもダメってのは厄介だよ。どうしたら良いのかさっぱりだ。……だけど、」
「だけど?」
「あいつらは俺が契約するべき精霊だよ。話を聞いて確信した。お互いのために、何とかして成功させたいな」
「ふーん。何でそう思うの?」
「ま、何となくだよ」
もちろん理由はある。彼等が恐れているのは契約者が死ぬことだ。なら、タイムリープを持つ俺以上にピッタリな契約者はいないだろう。俺は失敗しない。と言うか、失敗を無かったことに出来る。一回でも契約を結び、この能力について教えれば、彼等が抱く恐怖は拭い去ることが出来る。能力の制限で契約しないと伝えられないのが惜しいところだ。
「まあ、契約の方法については明日考えるよ。案外一日置いたら契約出来るようになってるかもしれないし」
「うんうん、それが良いよ。今は宿屋に早くついて、体を休める事を考えよう」
「そうだな」
それから間もなく、ルシアの言っていた通りに出た俺達は、適当な宿を探し始めた。




