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契約の失敗

 ファーレとフィールの家で彼等と話してから数十分後、俺はレイナと共に精霊境の街路を歩いていた。精霊境に向かった時点で既に正午を過ぎていたので、そろそろ日が落ちる時間帯だ。


 「日が落ちるって言うか、地下の筈なのにちゃんと暗くなるんだな、ここ」

 「あ、そう言えばここ地下なんだったね。なんだか慣れちゃって忘れてたよ」

 「こっからどうする?少し早いけど夕飯食べに行くか?」

 「賛成!どんなお店か楽しみなんだよね」


 今日は朝飯を宿屋で食べ、昼にはまたゴードンさんのお店にお邪魔したのだが、流石に今からあの長い階段を登ってミストフラムに戻る気にはなれない。宿も精霊境で取るつもりでいる。

 しかしレイナは一応は料理人の娘であり、味にうるさいところがある。そのため彼女はファーレとフィールの家を出る際、ちゃっかりと彼等にオススメの店を聞いていた。フィールも食にはこだわりがあるらしく、俺達は彼女に姉弟行きつけの店を紹介して貰うことができた。

 店に向かいながら、俺達はこれからの予定を立てていく。


 「今から夕飯となると時間余るよな。しかし精霊契約に行くには遅いか」

 「そうだね、ユーリさんに会いに行くのは明日にするよ。今日は少し早めに宿を探そう」


 レイナがファーレとフィールに紹介してもらったのがユーリという精霊だ。若干うざい奴という話だが、十年近く冒険者と契約した経験があり、実力は有っても経験不足なレイナにはピッタリな精霊だ。そのような精霊がついていれば、盗賊のときのような失態は防げるだろう。


 「明日か。今日俺の契約についてきて貰ったんだから、本当なら同行したいところなんだけどなあ……」

 「明日はもう一回フィールさん達のところに行かないといけないんだよね?」

 「ああ、悪いな」

 「別に良いよ。……でも、どうして今日は契約しなかったんだろうね?」

 「…………さあな」


 数十分前、俺はファーレとフィールの二人と契約を結ぼうとした。しかしどういうわけか手を繋いでも契約が始まらず、二人を見ると慌てたように契約は明日にしたいと言い出したのだ。


 「心残りが有るからとか忘れてた事があるからとか、色々言い訳してたけどさ、あれどう見ても契約しなかったじゃなくて出来なかっただよね?何かあったのかな?」

 「うーん、どうだろうな」


 どうして契約しなかったのかは分からないが、しかし何かしら良くない理由があるのだろう。思い出すのは契約のために彼等と手を繋いだ場面。握った二人の手は震えていた。それは明らかに、恐怖によるものだった。













 精霊境の一角にある庭の大きい家、そのリビングには重い沈黙が降りていた。家主であるファーレとフィールは二人とも椅子に座ったまま動こうとしない。茫然自失として、口も利けなくなるほどに、契約の失敗は二人にとってショックだった。ルナとレイナが居たときは無理に明るく振る舞っていたが、今はこのザマだ。


 ややあって沈黙に耐えきれなくなったのか、最初に口を開いたのはファーレだった。


 「……なあ、姉ちゃんは何で、契約しなかったんだ?」

 「……訊かないでよ。……多分あんたと同じでしょ」

 「……だよ、ね」


 ルナと手を繋ぎ、精霊契約を結ぼうとしたとき、二人は恐怖を感じた。ルナへの期待でもなく、冒険への興奮でもなく、……恐怖。

 二人には前回の精霊契約によって植え付けられたトラウマがある。それは非常にショックな出来事であったが、二人共既に割りきることができていた。その筈だった。しかしいざ契約を結ぼうとしたとき、突如としてそのトラウマは甦り二人は契約を躊躇ってしまった。

 精霊契約は契約者と精霊のどちらかが拒否すれば成立しない。さっきの失敗は明らかに自分達が拒否してしまったのが原因だ。


 「……ルナなら、大丈夫だろ。あいつの実力は僕達のギフトを手に入れたら、Bランクにすら届くかもしれない。年齢には不安があるけど、かなり大人びた奴だったしさ」

 「……分かってるわよ。彼は私達が待ち望んでいた高い実力を持ってるわ。けど、前の事が頭に浮かんで契約出来なかった。……この機会を逃すと、もう二度と契約出来ないかもね……」

 「そんなことはっ……!」


 いや、本当はファーレにも良く分かっていた。今、自分達が実力を認めた相手と契約出来なければ、この先ずっと、誰とも契約出来ない可能性は高い。幼い頃から外を夢見ていた二人にとって、それはそれでとても恐ろしい事だった。


 「とにかく、どうにかして契約を交わさないと」

 「……そうだな、絶対に何とかしてやる」


 決意を新たにする二人だったが、顔色は優れず、威勢が良いのは言葉だけだった。














 「うん、うんうん、美味しい美味しい!フィールさんが勧めてきただけあるね。これはお父さんやゴードンさんにもひけを取らないかも」

 「落ち着けよ、こぼすぞ。いやまあ確かに、美味しいけど」


 シチューを口に運びながらレイナに注意する。ファーレとフィールに紹介された店の料理は彼女のお気に召したらしく、結構なスピードで食べている。ちなみに俺達はまたカウンター席だ。


 俺とレイナが来ているレストランは、ゴードンさんの店と比べると無骨で、どっしりとした雰囲気がある。冒険者が多くいる紹介所や入口近くの通りからは外れた市街地にあり、冒険者よりも精霊境に住んでいる精霊達向けなようだ。実際、俺達の他にも何人かいる客は服装からして精霊のようだ。


 「むう~。でもやっぱりお父さんの方が……。いやしかしこの味の深みは……」


 レイナはシチューを口に運びながらむうむうと唸っていたかと思うと、突然俺の方を見て意見を求めてきた。


 「ルナ君!どう思う!?」

 「どう思うって言われても……。俺はレイナのお父さんの料理は食べたことないし」


 付け加えると俺は味覚に自信は無い。美味しいと思う物なら城の宮廷料理も、日本の高級レストランの料理も、人気のカップラーメンも、特に上下なく無く美味しいと感じる。高級料理と普通の料理の違いがイマイチ分からない。

 そんな内容の事をレイナに伝えてみたら、可哀想な物でも見るような目で「やっぱり味オンチだったんだね、ルナ君……」と言われた。別に不味い物は不味いと感じるのだが。


 「まったく、フィールさんはあんなに熱くここの特製シチューについて語ってくれたというのに。ルナ君は美味しいね、しか言わないんだもんなあ」


 確かに熱く語っていた。まるで何かを何かを覆い隠すような、何かから目を背けるような、そんな勢いだった。


 「仕方ないだろ、シチューは甘いとか苦いだとかのコメントはしずらいし」

 「そーゆーんじゃないんだよ。もう、ルナ君って何でも要領よくこなしちゃうのに、以外な所が抜けてるね」

 「何で料理の感想が下手だと抜けてるっていわれなきゃならないんだ」


 ありきたりな事しか言えない奴は俺の他にも多いと思う。


 「いやいや、味オンチな事だけじゃなくてね、精霊境の事についても、自信満々に説明してくれたのに、実際とは少しズレてたじゃん?それも含めて言ってるの。私達の実力で精霊契約結ぼうなんて普通考えないって言われたでしょ?」

 「…………仕方ないだろ、本を読んで勉強しただけだったんだから。そーゆう実情には疎かったんだよ」

 「勉強だけ?冒険者に話を聞いたりとかはしなかったの?いくら元々貴族だったとしても冒険者になる予定だったならそのくらいの情報は手に入るんじゃ……」

 「入らなかったんだよ」


 俺はまず城の外に出ること自体がそこまで多くなかったし、外に出ても必ず護衛が周りを固めていた。商人ならまだしも、冒険者との接点はゼロだ。更に言えば冒険者になろうと思ったのは(俺の主観では)最近の事である。

 しかし完全に元貴族だと思われてしまったようだ。これならもう少し俺の事をバラしても大丈夫そうだ。


 「あのさ、レイナは冒険者になる予定だったならって言ったけど、俺には本当はそんな予定なかったんだ」

 「えっ、じゃあどうして冒険者を目指してるの?はっ、まさか家が没落したとか!?」

 「違うよ」


 けっこう無神経だな、レイナ。没落って。


 「まあ詳しい事は言えないけど、家で大変な事があって俺は家出してきたんだ。だからこんな年齢で冒険者を目指してるんだよ」

 「い、家出!?貴族の家から!?うわあ、なんか凄い!でも何で?はっ、まさか政略結婚が嫌で逃げて来たとか!?」

 「…………さあ、どーだろうね?」


 否定も肯定もせず、適当に流す。レイナは「貴族の家から家出」の部分に随分興奮しているようだ。頭の中では妄想が止まらなくなっているに違いない。一般人にとっては貴族は遠い存在らしいので、この反応も無理無いのかもしれない。


 「家出、家出ねえ、もしかしてルナ君、とんでもない大貴族のお坊っちゃまだったり……!?あー、でもルナ君ってそこまで貴族っぽく無いかも。田舎の男爵家とか?」

 「さっきから言いたいほうだいだな、まったく。しかし俺はやっぱり貴族っぽく無いか?」

 「え?いや、育ちは良さそうだなって思うよ。だけど、うーん、本物の貴族って見たこと無いけど、なんかこう、聞いてた話と違って庶民的って言うか。……でもどっか浮いた感じがあるんだよね。やっぱり貴族だからかな?」

 「多分そうだろ」 


 そう言いながら俺はレイナの観察眼に舌を巻いた。

 俺は今、自分の事をルミリナではなく雛巳啓太だと思うようにして行動している。だから細かい仕草含め言動は男のものであり、また庶民のものだ。前世の雛巳家はけっこう裕福ではあったが、庶民の域からは出ていなかった。

 しかし同時に、つい日本の感覚で行動してしまった所があったかもしれない。浮いていると指摘された原因の一端はそれだろう。まあ色々と特殊な事情を抱えているのだ。多少浮くのは仕方ない。


 「しかし抜けてるって言えばレイナだって、いくらなんでも精霊の事や冒険者の事を知らなすぎじゃないか?前にミストフラムに住んでた事があるって言ってたよな?」

 「あ、まあ自分でもそう思うけどさあ。けど、かなり小さい頃だったし、それに冒険者にはあまり近寄るなってお父さんに言われてたし……」

 「ああ、そう言えば冒険者には荒っぽい奴も多いらしいな」


 一般の人よりも力を持った人達なのだ、大勢いるので一部には素行の悪い者もいる。年中モンスターと戦っているので、気性の激しい者が多いのも事実だ。


 「ユーリさんは十年近く冒険者と契約してたんだよね。大丈夫かな?」

 「大丈夫じゃないかな。精霊は不死身だから、基本温和で、ノー天気な性格だって聞くよ」

 「それも本で読んだだけなんだよね?」

 「まあそうだけども。しかしファーレとフィールは気の良さそうな性格だったろ?」

 「確かにね。特にフィールさんは食べることが大好きなんだって。なんだか気が合いそうだよ。素敵なお店を紹介して貰えたしね」

 「本当、料理とレストランにはこだわるな」


  ちなみに俺の聞き違いでなければ、フィールの食べ物関連の話のとき、ファーレが「単に大食いなだけじゃん」と呟いていた。


 「うふふ、フィールさんはシチューが好きなんだって。よし、ルナ君が契約した暁には是非ともゴードンさんのお店に連れて行ってあげなきゃね!ゴードンさんも確かシチューは得意料理だった筈だし」

 「そうだな、ちゃんと契約出来れば良いんだけど」

 「でもあの二人、『明日来てくれれば必ず契約するから』って言ってたじゃない」


 俺は「まあそうだけど」と言おうとしたが、その前に横で突然大声を出した人がいた。


 「えええ!?あ、あの、それ本当ですか!?」


 「え?」

 「ん?」


 俺達がそちらに目を向けると、そこには驚いて目を真ん丸にした少女が立っていた。

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