ファーレとフィール
精霊の紹介所。それは精霊境の入口付近にある、一際大きい建物だった。紹介所の看板の上には、リボンのような線が絡み合った奇妙なオブジェが見える。契約を表しているのだろうか?
「あれが紹介所ですかー、意外と近かったですね。あそこに契約してくれる精霊さんが居るんですか?楽しみです!」
レイナが興奮して言うがフィアナさんは苦笑して訂正を入れてきた。
「ふふっ、残念だけど紹介所には契約待ちの精霊は居ないわ。あそこには各精霊が提出した、自身の適正、ギフト、他には契約する条件とか、どんな契約者が良いか、といった事を書いた書類の写しが大量に用意されているの。まずはそれを見て、契約したいと思う精霊を見つけてね」
「へえ、じゃあ良さそうな精霊さんを見付けたらどうすれば良いんですか?」
「その書類には何処に住んでいるか書いてあるから、訪ねていって交渉するのよ」
「ここに住んでいるんですか」
「ええ、精霊境は契約待ちの精霊のための街だからね」
この街の住人皆が契約待ちの精霊なのか?だとすれば相当な人数になりそうだ。そう言えばフィアナさんはどうなんだろう?
「あの、フィアナさんも契約待ちなんですか?」
「ん?ふふっ、私は違うわ。私はね、こうして外の世界の人と触れあうのが好きで精霊境に居るの。普段は冒険者向けのお店で働いているのよ。精霊境も精霊界に比べたら刺激があって楽しいからね、契約までする気はないけど、ここに住んでるの。……私みたいな精霊も結構多いのよ」
「そうなんですか」
話している内に紹介所のすぐ傍まで来た。大勢の人で賑わっているかと思えば、そこまででもない。順番待ちはしなくても済みそうだ。
「それじゃあ私はここで。自分に合った契約精霊を見つけられる事を祈ってるわ」
「ここまでありがとうございました、フィアナさん」
フィアナさんにお礼を言って別れ、レイナと二人で紹介所に入る。入ってすぐに入口の横にあるカウンターに座っていた青年が声をけてきた。
「おや、契約精霊を探しに来たのですか?」
「あ、はい、そうです」
「……そちらの少年も?」
「ええ……」
青年は俺の方を見て微妙な顔をする。やっぱりこの年齢は珍しいか。
「あの、精霊には強い冒険者と組んで各地を旅する事を望む者が多いのです。その年齢だと……契約相手が見つからない可能性もありますが」
「大丈夫ですよー。ルナ君私より強いし」
「は、はあ……取り敢えずあちらの棚に契約出来る精霊の資料が置いていますから、ご自由にご覧ください」
青年は訝しそうな顔をしながらも通してくれた。レイナと共に中の棚に向かう。割と分厚い、糸で綴られた冊子が並んでいる。俺はその中の一冊を取りだし、用意されている椅子に座って中身を読み始めた。すべて読む場合、普通なら結構時間がかかりそうだが、タイムリープがあるので時間は気にしなくて良い。どんな精霊と契約するかでこの先大きく変わるだろう。慎重に選ばせて貰おう。
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パタリ、と冊子を閉じる。結論から言えばこれ以上無いくらい好条件の精霊を見付けた。ギフト持ちであり、逆に何故まだ売れ残っているのか分からないほどだ。俺は冊子を棚に戻してから、レイナに声をかけた。
「俺は決まったから今から訪ねてみるけど、レイナはまだここに居とくか?」
「うえっ!?もう終わったの!?まだ五分くらいしか経ってないよ!?」
「ああ、良さそうな精霊を見付けた。で、レイナはどうする?」
「うう~、当然まだ決まってないけど、一応ルナ君について行こうかな」
「そっか、じゃあ行こう」
「ハア、こういうのはもっと慎重に選んだ方が良いよ、ルナ君」
「…………」
レイナに溜め息を吐かれた。目が痛くなるくらい集中して読んだってのに。
「おや、もうよろしいのですか?」
カウンターの人にも意外そうな顔をされた。この人はここの職員なのだろうか。それなら、俺が契約したいと思う精霊について何か知っているかもしれない。
「あの、ファーレとフィールって言う双子の精霊について知っていますか?」
「いやあ、もちろん知ってますよ。こんな風に訊かれることも多いですからね」
やっぱり有名だったか。しかしそれなら何でまだ誰とも契約してないのか。俺はその理由を訊こうとしたが、その前にレイナが横槍を入れてきた。
「人気あるんですか、その人?強いんですか?」
「ええ、それはもう!あの双子は特別に、二人同時に本契約をすることが出来るんですよ。しかも二人ともがとても有用なギフトを持っています。更に二人とも強いですからね。彼等を訪ねる人は多いですよ」
「あの、それなら何でまだ契約せずに残っているんですか?」
俺の疑問にその人は苦笑して答えた。
「契約する条件の欄を御覧になりましたか?この基準がやたらと厳しいのですよ。それに見たら分かるかと思いますが適正は低いですからね。ギフトも魔法職にはあまり関係ないですし。ここに来る強い冒険者と言えばまず魔法職ですから、そんな人達には不人気なんですよ。まあ、もっとも……」
そこで一旦言葉を切り、少しだけ躊躇いながらも先を続ける。
「少し前に一度契約者ができたんですよ。それで外へ出て行ったのですが、半年程で戻ってきましてね。何が有ったのか、それ以来契約に消極的なんですよ。まあ、ここの書類を取り下げない辺り、まだ契約する気はあるんでしょうが……」
「そうですか、ありがとうございました。取り敢えず行ってみます」
「君では少し厳しいのでは……まあ頑張ってくださいね」
最後は微笑ましい物でも見ているような目で見送られた。絶対に契約出来ないと思われているな。
「どうするルナ君?なんか契約するの難しい精霊さんみたいだけど」
「んー、まあ厳しいらしい契約の条件についてはクリアするアテがあるよ。彼等のギフトがあればなんとかなると思う。むしろ今まで残っていた理由が性格面の問題じゃなくて安心した。契約に消極的になっているって部分が少し気になるけどな」
「ふうん、じゃあ取り敢えず行こっか。場所はちゃんと書き写しといた?」
「いや、覚えてるから大丈夫だ」
「え……ホントに大丈夫なの?」
「ああ、記憶力には自信があるんだよ」
それにもし忘れたとしてもタイムリープすればすぐに確認することが出来る。
「うーん、ルナ君なら大丈夫なのかな。じゃあ行こうか」
「ああ」
次の目的地は双子の精霊の住む家。彼等は契約の条件に『強い奴』とだけ書いていた。さて、どんな奴等なんだろうな。
ルナとレイナが向かった家には精霊境では珍しく大きな庭が有った。芝が植えてある以外は特にインテリア等は無く、少々殺風景だ。その庭で一組の男女が剣を交えていた。もちろんこの二人がこの家の主であるファーレとフィールである。
二人が行っているのは模擬戦だ。しかしその間に張り詰める緊張感は実戦さながらであり、剣を打ち合う度にガキンッという高い音が鳴り響く。二人はその後も暫く打ち合っていたが、やがてどちらともなく剣を下ろした。
「ふう、少し休憩しない?姉ちゃん」
そう切り出したのは弟のファーレだ。青の髪を持ち、クールな表情を浮かべている。見た目の年齢は十六歳くらいか。手に持っている得物はレイピアだ。
「そうね、少し疲れたし」
そう返したのは姉のフィール。しかし小柄でありファーレと並べば妹に見える。弟と違って髪の色は赤。こちらの得物は身の丈程もあるグレートソードだ。
模造刀を地面に置き、ぐっと伸びをするフィール。そちらを見て、レイピアを持ったままのファーレが口を開いた。
「なあ、姉ちゃんはどう思った?今朝来た契約希望の人」
「そうね、人柄は問題なかったと思うわよ。でも実力はDには届いてないんじゃないかしら。Eランク上位って感じ?」
「ハア、やっぱそんなトコだよね」
強い冒険者と契約したい。二人とも強くそう願っているが、これがかなり難しい。
冒険者には強さや実績に応じて与えられるランクがある。SからFまで七段階あるが、この姉弟が契約を希望しているのはCランク以上、欲を言えばBランクだ。しかし冒険者はCランク以上になると一気に数が減る。なにしろDランクで冒険者として一人前と言われるのだ。この上にはそう簡単に上がれず、一生をDランクで終える冒険者も多い。
さらに精霊境に来るのは殆どが駆け出しの冒険者だ。ある程度実力のある冒険者は精霊契約に頼らなくてもやって行けるうえ、精霊はあまり強くない、高ランクが契約すると足手まといになる、といったイメージがあるため、CランクはおろかDランクの冒険者ですら殆どやって来ない。いや、本当はやって来ることはあるのだが、ほぼ必ず自身の適正に悩む魔法職の冒険者だ。この姉弟がもつギフトは前衛職向きであり、さらに適正はしょっぱいため、実力はあるのに見向きもされない。
「うーん、やっぱりここに来る奴が魔法職ばっかなのが問題だよねー。後衛じゃ僕達のギフトは生かせないし」
「そうね、前衛の人が来たとしても実力はいまいちな事が多いし」
前衛職が精霊境に来るのは足りない実力を精霊で補うためだ。弱くて話にならない。もちろん高ランクの前衛はそもそも精霊境に来ない。一応しょっぱい適正に目をつぶって魔法職の冒険者が契約に来ることもあるが、それは姉弟の実力目当てな訳で本人は弱い。高ランクの魔法職が精霊境に来ることがあっても百パーセント適正が目当てである。
そもそも精霊は弱くて高ランクの冒険者にとっては戦力にならないと言うのは本当の話だ。この姉弟が例外なだけである。だから適正目当て以外で強い冒険者が精霊境に来ることは普通無いのだ。そこら辺の認識が、本で勉強しただけのルナには足りなかったりする。
「どうする?もし次Dランクいってそうな人が来たら契約しちゃおっか?」
「確かに、このままじゃね。でも、弱い人だと……」
「…………」
フィールの言葉にファーレがうつむき、押し黙った。
二人が思い出すのは姉弟の前の契約者の顔とその最後。楽しかった冒険と、その結末。一年以上前になるというのに、その記憶は姉弟の中で全く薄れることは無い。もう一度誰かと契約して、外の世界を冒険したいとは思っている。しかし同時に、アレを繰り返さないために、なんとか強い冒険者と契約したいとも思う。
「……でもやっぱ少しくらいは妥協しても……あれ、姉ちゃんどうかしたの?」
「お客さんみたいよ。また契約希望かしら」
「ん?」
ファーレが姉の視線を追うと確かにこちらに歩いてくる精霊ではなさそうな人影が二つ。期待で少し心が弾んだが、よく見るとあまり強そうにない。というか一人はまだ子供だ。女の方も剣こそ持っているが新品で、服装は冒険者の物ではない。本当に契約希望者か怪しくなってくる。
内心で失望しながらもファーレは歩いてくる二人に向かって問いを発した。
「えっと、君達精霊じゃないよね?もしかして契約希望の冒険者の人?」
「あ、うん。契約のために来たの。ギルドにはまだ登録してないけど冒険者になるつもりだよ」
「…………」
その少女の答えを聞いたファーレは思わず絶句してしまう。正直言ってふざけてるとしか思えない。ギルドには登録してない、装備も整えてない、持っている武器は見るからに新品、さらには子供連れ。本当に何を考えてここに来たのだろうか。こんな相手、強さを契約の条件にしている自分達でなくとも契約をためらうと思う。
いろいろ残念な二人組に呆れ返るファーレだったが、次の少し苛立った様子のフィールの質問でその二人は更に想像を越えてきた。
「ねえ、一応訊くけどあたし達の契約の条件は分かってるわよね?あなた腕に自信はあるの?」
「え?あ、違うの。契約を希望してるのは私じゃなくてこっちのルナ君なの」
「「えっ?」」
驚いて彼女の横にいる少年を見ると「どうも」と挨拶された。子供にしては妙に落ち着いているが、その体は見るからに華奢で、強いかどうか以前に戦えるか怪しい。後衛の魔法使いだとしてもこれは無い。
「あのさあ、もしかして人違いでここに来たんじゃない?正直言って君が僕達の契約の条件に合うとは思えないんだけど」
「えっ?あんた達はファーレとフィールだよな?強い奴って条件に書いてた」
「分かってたのか、じゃあ何で来たのさ」
他の精霊と間違えられた訳では無かった。しかし、それなら尚更何で来たんだ。どうしようか、とフィールに視線を向けたが、そらされた。
「あの、見た目がこれだから信じられないかもしれないけど、俺は強さには自信があるんだよ」
少年がそう言ってきたがこの年齢ではまだ冒険者になるのは無理だろう。
「いや、自信があるって言ってもね……」
「本当のことなんだよ。ルナ君は私より強いんだから!」
「…………姉バカ?」
「違う!私とルナ君は姉弟じゃないからっ!」
「あー、取り敢えず僕達は子供と契約する気はないから」
「まあそう言わずに、一度手合わせしてくれないかな?」
……面倒臭い!
ファーレはもはや苛立ちも呆れも無く、素直にそう思う。いったい何と言えばさっさと帰ってくれるだろうか。説得の言葉を探し始めてすぐにファーレは気付く。
自分達はさっきまで剣の練習をしていた。今、自分の手には模造レイピアが握られたままだ。模擬戦の準備は既に出来ている。
(面倒だけど、お望み通り手合わせしてやるか、それで諦めてくれるだろ)
そう決めたファーレは造り笑いを浮かべて少年に話し掛けた。
「分かったよ、じゃあ今から少し相手してあげる。その代わり、負けたら諦めて帰ってよ?」
「ああ、分かった」
同意を得てほっとするファーレだったが、ここで思わぬ所から横槍が入る。
「ねえ、折角だし二対二で勝負してみない?」
「えっ?」
「なっ、姉ちゃん!?」
フィールが突然そんな提案をしてきた。驚くファーレだが当の少女は「良いよー」とあっさり了承してしまう。
「じゃ、こっちに来て」
そう言って二人を庭の真ん中に案内する姉に、ファーレは小声で問い掛けた。
「ちょ、どうしたのさ急に二対二なんて言い出して」
「少し気になったのよ。あの女の子、見た目は剣を買っただけの素人みたいだけど、歩き方とか姿勢は良いのよね」
姉の言葉に振り返って確認してみる。確かに言われてみれば体幹がしっかりしていて、歩みにもブレが無い。
「言われてみれば。にしても珍しいね、姉ちゃんがそーゆーのに気付くのって」
「珍しいは余計よ。ま、装備が見えない位置で気付いたからかもね」
「なるほどねー」
そう言えば格好にばかり気を取られていた。少女の方には少しだけ期待する。もしかしたら、と少年も観察してみたが、こちらには特に見るべき点は無さそうだった。しかし、実は天才魔法使いだったりするかもと無理矢理自分を納得させる。
庭の真ん中でまで来て、向かい合って立つ。ファーレの前には少年が、フィールの前には少女がいる。
……よし、じゃあ始めようか。




