精霊境へ
「おおっ、これは……近くで見ると凄いな。なんと言うか、圧倒されると言うか……」
「私も子供の頃以来だよ……改めて見ると凄い光景だよねえ」
今も子供なレイナが何言ってんだと思わなくも無いが、それよりも目の前の光景に目が奪われる。俺達が居るのは街のほぼ中心、精霊境への入口の前。それは巨大な地下へと通じる穴だった。中には終点が見えないほど長い階段が続いている。この階段にしても幅が五十メートル位あり、大勢の人々が往き来していた。
「この先に精霊境があるのか……。なんか、本当に異世界に通じてるって感じがするな」
「あ~私も昔そんなこと思ってたなあ。この入口まではお父さんに連れて来てもらった事があるんだよ。うわあ、懐かしい!」
隣でレイナがはしゃいでいるが、今回は仕方ないかもしれない。地下へと続く巨大な階段はまさしく別世界への道だ。どこか畏怖のような物すら感じる。
「よし、それじゃあ行くか」
「うんっ!」
二人で並んで階段を降り始める。中は若干薄暗い。階段は真っ白だが、壁と天井はゆるゆると少しずつ色が変わっていく。幻想的で、なんともファンタジーな空間だ。
「ねールナ君、あの天井ってどうなってんだろね?」
不思議空間を眺めながら階段を降りていると、同じくキョロキョロと周りを見ていたレイナが話し掛けてきた。しかし天井ばかり見ているせいで足元が危なっかしい。
「さあな、でも精霊境はファラリアとは別の世界って聞くからな。転移門みたいに空間と空間を繋ぐ魔術なのかもね」
「へえ、そう聞くと私達、凄い所を歩いてるんだって気がしてくるね」
「それはそうとあんまキョロキョロせずに前見て歩けよ。その内コケるぞ」
こんな所で階段落ちやらかしたら大惨事である。
「むっ、そーゆうルナ君だってさっきから上ばっか見て歩いてるじゃん!」
「俺は良いんだよ」
タイムリープがあるから、コケたらコケる前に戻れば良いだけだ。あ、でもレイナがコケたとしてもタイムリープがあれば未然に防げるな。なら別に注意する必要も無いか。
「精霊境、どんな所だろ。楽しみだよねー」
「そうだな」
精霊にとってはつまらない所らしいれど、俺も興味はある。俺達はその後もひたすら階段を降り続け、そして一時間後、ようやく精霊境へとたどり着いた。
「ふう、ようやく着いたか。長かったな」
「ホントにねー、にしても明るいねここ。地下とは思えないよ」
階段の一番下まで降りてきて顔を上げると、とても大きな空間が広がっていた。街がすっぽり入る位の大きさの空洞で、高さもかなりある。その中に割と大きな街があった。街並みや家の様子はミストフラムと何ら変わりはないが、空や周りの壁は通ってきたトンネルと同じような色だ。ただしトンネルと比べればずっと明るい。光が違うだけで見慣れた街並みも新鮮に感じる。
「ここが精霊境かあ、街だけ見るとミストフラムと変わんないのに、なんか不思議な所だね。で、ここから何処に行くの?」
「どっかに契約出来る精霊を紹介して貰える所がある筈なんだけど……うーん、取り敢えず誰かに聞いてみようか」
キョロキョロと辺りを見回すと、少し離れた場所にこの街の人っぽいお姉さんを見つけた。休憩中なのか特に何もしていない。少し時間を貰っても大丈夫かな。
「よし、あの人に聞いてみよう」
「え?ああ、あの女の人か。……んん?何だろ、ちょっと不思議な感じというか、違和感が……」
「へえ、そんな感じがするんだ?俺は全然分からないなあ」
目がいいのか、勘が鋭いのか。なんにせよ見た目とは裏腹に優秀な剣士だけある。付け焼き刃の俺とは大違いだ。
取り敢えず首を傾げる彼女を置いて道を訪ねに行く。レイナも慌てて付いてきた。
街角に座っているその人は優しそうでほんわかした雰囲気の女性だ。年齢は二十代後半位に見える。髪型といい服装といい、お洒落な人だ。
「あの、すいません。少し道を訊きたいのですが」
「あら、あなた達ここに来るのは初めてなの?ふふっ、可愛らしい坊やね。良いわよ、暇だから道案内してあげる」
その女性は笑ってそう申し出てくれた。見た目通り親切そうな人で助かった。
「ありがとうございます。……あの、あなたは精霊の方ですか?」
「え?」
「ええ、そうよ。名前はフィアナっていうの。ヨロシクね」
「ええっ!?」
「はい、こちらこそよろしくお願いします。俺の名前はルナといいます。それでこっちはレイナです。…………で、さっきからどうしたんだ、レイナ?」
「いや、その、フィアナさん……精霊なの?なんか、普通の人間と変わらないように見えるんだけど……」
レイナは戸惑ったようにフィアナさんを見ている。フィアナさんの姿は普通の人間と全く変わらない。
……そう言えばまだ『妖精化』について説明してなかったか。
「そうか、レイナはあの身長十センチ位の精霊しか知らないのか」
「ふふっ、たまーにだけど、そういう人も居るのよね。レイナさん、その姿は妖精化って言ってね、外の世界で魔力の消費を抑えるための仮の姿なの」
「はあ……?」
フィアナさんが説明してくれたけど、レイナはまだピンときてない様子だ。難しい顔をして首を傾げている。その様子を見たフィアナさんは、少し考えた後、ニッコリと笑った。
「ふふっ、まあ百聞は一見にしかずよね。せっかくだし見せてあげるわ。レイナさん、ちょっと手を出して」
「え?は、はい……」
レイナが出した手をフィアナさんが握った。そして、
「ふふっ、契約完了!」
「えっ?」
「なっ」
その言葉と共にフィアナさんの姿がかき消えた。代わりにそこには光の粒子が残り、レイナの体の中へと消えて行く。
「え、な、何これっ。わわっ、なんか変な感じがっ」
「ふふっ、落ち着いてレイナさん。これが精霊契約よ。まあ、今回は仮だけどね」
「のわあっ!?」
ふわり、とレイナの中から身長十センチ位の妖精っぽい姿になったフィアナさんが飛び出してきた。レイナは目を白黒させている。俺としても驚きだ。こんな簡単で良いのか。
「あの、もう契約したんですか、フィアナさん」
「ええ、仮契約だけどね。本契約とは違って適正を貸し出すことは出来ないわ」
「もっと複雑な手順が要るのかと思ってました」
まさかこんなにアッサリと契約出来てしまうとは。できれば俺も試してみたいな。
そう考えていると驚きで固まっていたレイナが戻って来た。
「あ、あのー。つまりこれが契約なんですね?契約した精霊がその姿に変わるんですか?」
「ふふっ、ちょっと違うわね」
そう言ってフィアナさんは一瞬で元の人間と同じ姿に戻った。
「こっちが本当の姿なのよ。だけどこの姿のまま外の世界に出ると契約していても魔力が抜ける方が早いの。だから戦闘や食事のとき以外はさっきのちっさい姿になるのよ。これは『妖精化』って言ってね。体を構成している魔素をぎゅっと凝縮することで魔力の消費を大きく抑える事が出来るの。ま、契約精霊だけが出来る裏技なんだけどね」
「はあ、つまり省エネモードってことですか」
ざっくりしたまとめだが、それで正解だろう。俺はうんうんと納得顔のレイナを放ってフィアナさんに話し掛けた。
「あの、俺も仮契約を結んでみたいんですけど、良いですか?」
「ええ、良いわよ。レイナさん、もう一度手を出して」
「あ、はい」
契約の解除も一瞬手を繋ぐだけで終わるらしい。レイナの手を離したフィアナさんが次は俺の手を取った。
「それじゃあ行くわよ。ほら、力を抜いて」
「はい、お願いします」
その瞬間、くんっと自分の手から心臓の方に何か熱い物が伝わった気がした。目の前でフィアナさんの姿が魔力の光と化し、俺の中に流れ込んでくる。そして体の何処か、いや、心の何処かで、何かが繋がった感覚がある。
……これが精霊契約か。
すぐに妖精化状態のフィアナさんが目の前に現れた。それと同時に頭の中に声が響いてくる。精霊と契約すると離れた場所に居ても意志疎通ができるらしい。
『へえ、ルナ君あなた……』
『あ、これが契約者と精霊が使えるって言うテレパシーですか。便利ですね』
『ええ、そうよ。それにしてもルナ君……女の子だったのね』
『あ、契約すると分かっちゃいますか』
バレたか。けど今はどうでも良い。
俺はフィアナさんに一番気になっている事を質問した。
『あの、精霊契約が魂の一部を繋ぐ契約だっていう話を聞いたんですけど本当なんですか?』
『……よく知ってるわね。その、一応本当の話よ。精霊が契約者の魔力の中に居ると、どちらかの強い感情が契約を通してパートナーに伝わってしまうことがあるの。けど大丈夫よ、危険は無いから安心してね』
フィアナさんは慌てたようにそう言うが俺は安全性を気にしてる訳では無い。むしろその説明を聞いて期待が大きくなる。
……魂の一部を繋ぐ契約。それならばもしかすると、タイムリープに契約した精霊を連れて行けるのではないか。
俺は結構前からそう考えていた。もし実現すれば俺は本当の『仲間』を得ることが出来る。
さて、どうなるかな。
俺は期待と不安を胸に、タイムリープを使った。
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『へえ、ルナ君あなた……女の子だったのね』
『……ええ、一応は』
タイムリープしたのはほんの十数秒。契約を結んですぐの会話だ。しかしさっきの会話の記憶を引き継いだ様子はない。
……失敗か。
いや待て、フィアナさんは精霊が魔力の中に居ると感情がどうとか言ってたな。それならまだ望みはある。
『あの、すいません。もう一度俺の魔力の中に戻って貰っても良いですか?』
『えっ?…………まあ、良いわよ』
再び光の粒子となって俺の中にフィアナさんが入ってくる。それを確認し、再度タイムリープを使った。
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『……え?あれ?』
タイムリープ先はさっきと全く同じだ。しかしフィアナさんは狐に摘ままれたような顔で辺りを見回している。どうやら次は成功したらしい。レイナがそんなフィアナさんの様子を不思議そうに見ている。
「あの、どうしたんですか急に」
「あ、レイナさん。あの、えっとね、さっきまでルナ君の魔力の中に居たのに気が付いたら外に出ていて……あれ、何で?」
「えっ、普通に契約してすぐに出て来ましたよね?」
「いえ、そうじゃなくて。契約した後ルナ君に頼まれてもう一度彼の魔力の中に戻ったじゃない?そしたら急に外に出て……」
「もう一度って……今契約して出てきた所じゃないですか」
「…………ええっ!?」
混乱した様子のフィアナさん。しかしお陰で契約精霊はタイムリープに連れて行ける事が証明できた。これはかなり嬉しい事だ。これから先かなり楽になるだろう。
しかしまだ確かめたいことがある。フィアナさんには悪いけどもう少し実験に付き合って貰おう。
「あのー、フィアナさん」
「あ、ルナ君!ねえ、さっきのはルナ君が何かしたの?」
「ええ、説明しますからもう一回俺の魔力に戻って貰っても良いですか」
「分かったわ」
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「……えっ、ちょっ、どこよここ!?って言うかあなた誰!?」
「あー、……俺の故郷?えと、俺は見た目変わってますけどルナですよ」
大学生である俺、つまりルナではなく啓太だが、そんな俺の心臓の辺りからフィアナさんが飛び出てきて驚愕の叫び声を上げた。
次なるタイムリープ先は我が前世。日本の俺の部屋だ。ふと机の上を見ると『クエストオブフェイリアワールド』がハードに刺さったまま置きっぱなしになっている。
「あなたの故郷?転移したってこと?そんなこと出来る筈が……」
「いや、転移とは少し違うんですけどね」
現代日本にファンタジーな妖精さん。なんともシュールだ。まさかとは思ったけど本当にこちらにまで精霊を連れて来れるとは。
しかし後一つ、試したい事が残っている。いや、二つかな?
「ええと、取り敢えず向こうに戻るので、もう一度魔力に戻ってください。向こうに戻ったら説明しますから」
「良いけど、ちゃんと説明してよ?」
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「それじゃあ行くわよ。ほら、力を……あら?どうかしたの?」
「……いえ、何でもないです」
次に来たのは俺が仮契約する直前。しかし記憶を引き継いだ様子はない。残念ながら、こっちの世界では契約するより以前に精霊を連れて行くのは無理なようだ。まあ、これは当然と言えば当然か。むしろ日本に連れて行けたのが意外すぎる。
さて、次が最後の検証だ。
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「あ、ルナ君!ねえ、さっきのはルナ君が何かしたの?」
「あ、はい。ちょっとした仕掛けを」
今居るのは二回目のタイムリープの後、少しだけ時間を遡ったフィアナさんが混乱している場面だ。
「仕掛けっていったいどんなのよ?教えてくれない?」
「その前に契約を切って貰って良いですか」
「良いわよ、手を出して」
俺が最後に確かめたいのは契約を切った後もタイムリープの記憶を覚えているかどうかだ。果たしてどうなるか。
フィアナさんが手を握ると契約のときとは逆に心臓の辺りから何かが流れ出していく感覚があった。
「ふう、これで仮契約は解消よ。さ、説明お願い」
「何の、ですか?」
「それはもちろんさっきの……あら?何があったんだっけ」
首を捻るフィアナさん。どうやらタイムリープの記憶は忘れてしまったらしい。残念ながら契約を切るとタイムリープで知ったことは他の人同様に忘れてしまうようだ。もし忘れないのなら精霊族全体からの協力を得られるかも知れないと踏んでいたのだが。
レイナが更に不思議そうな顔で尋ねる。
「えと、なんか急に外に出たとか言ってましたよね」
「……言ったわね。……何で言ったのかしら。……うーん、何か忘れているような……」
「まあ、どうでも良いじゃないですか。それよりも道案内を頼みたいのですが」
変に追求されても面倒なので少々強引に話題を変える。
「ああ、そうだったわね。何処に行きたいの?……その様子だとやっぱり精霊の紹介所かしら」
「あ、はい、そうです。お願いして良いですか?」
「ふふっ、任せてちょうだい」
その後はフィアナさんの案内のお陰で俺達は迷わずに紹介所まで行くことが出来た。良い人に巡りあえて本当に助かったと思う。
そして精霊族をタイムリープに連れて行けるとことが判明した。共に旅する精霊は、慎重に選ばなければ。




