ミストフラムに来た目的
「バカな、何故見つからぬのだ、姫様は!」
「既に転移門で避難されたのではないのか?」
「そのような報告は来ておらん!とにかく探せ!魔族軍との戦闘はもう始まっているのだ、残された時間は少ないぞ!」
大勢の人々が俺を探していた。彼らは城の兵士や使用人達だ。さっきから何度も名前を呼ぶ声が聞こえてきているが、俺はそれを無視して見つからないように息を潜めて隠れている。
俺が今居る場所はリグラド王国の王城の中の、たくさんある使用人が使う部屋の一室。その隅に置かれているキャビネット棚の中である。こっちから出ていかない限り見つかることはないだろう。
そして今居る時間はちょうど魔族軍の侵攻により王都が陥落する直前。本来なら俺は既に『聖地』へと転移門で避げている筈だったが、今回はある目的のためにこっそりと残っている。
それから数十分ほどの間、城の者達は俺を探していたが、やがて声は聞こえなくなっていった。全員が避難したか戦場に出るかしたのだろう。俺は完全に人が居なくなったのを確認し、そっとキャビネット棚の中から出た。部屋から出て、誰も居なくなった城内を走り、目的の場所へ急ぐ。
暫くして、俺は少し息切れしながらも、そこに着いた。最近はレベルが上がったお陰で身体能力が高くなった体を使っていたから少し加減を間違えたかもしれない。今の十二歳の俺はレベル上げを行っていないので、当然レベルは一のままだ。スキルも使えない。
しかしながらこの世界では、反復練習などの訓練でもきちんと強くなれる。モンスターを倒して得られる経験値とは別に、習熟度が上がるとでも言えばいいだろうか。こちらはタイムリープでレベル上げ以前に戻ってもリセットされないようだ。三ヶ月間使いまくったかいあって、一、二歩ならば天駆を使えるし、効果はかなり落ちるが、時間を掛ければなんとか『疾走』を自力で発動することができた。
俺が居るのは王の執務室のすぐそばにある資料室の前だ。この国が今まで集めてきた数多くの情報が此処には眠っている。図書室とは違い、入れる者が限られるため、わざわざ忍び込みに来たのだ。
俺はポケットから鍵を取りだし、扉を開ける。この鍵は城落ち前の混乱に乗じて宰相から奪っておいた物だ。物陰に来てもらってから蹴って気絶させた。その宰相様は七十を越える高齢で、しかもこの三日間位は寝ていなかった。恐らくは誰もが過労か何かで倒れたと思った筈だ。
中に入ると目につくのは書類の山また山。きちんと本の様にしつらえてある物から、糸で綴っただけのもの、単なる紙の束、中には巻物っぽい物までたくさんある。大半は綺麗に整理されているが、一部にごちゃごちゃと散らかっている所があった。作業台の上にも幾つか出しっぱなしになっている資料がある。多分ここ最近の魔族について書いてあるのだろう。
俺が知りたいのはここ三年の内に世界でどんな事が起こっていたか、何故魔族が王国に侵攻するに至ったか、という情報だ。タイムリープで過去に戻った俺にとっては、未来の情報という事になる。これはとても大きいアドバンテージだ。
取り敢えず端の棚から資料を確認していく。量は多いがタイムリープのお陰で時間は無限にあるのだ。じっくりと読ませて貰おう。
その後は役に立ちそうな資料全てを読み漁った。有益な情報は多かったが、それと同時に何とも不可解な記述も多かった。俺はモヤモヤしたものを抱え、首を捻りながらタイムリープでミストフラムに戻った。
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ミストフラムの街をレイナと歩きながら、得た情報を反芻する。王国は思った以上に数多くの情報を集めていたが、色々と予想外の記述が多かった。しばらくはそれを元にこれからの行動を考えていたが、途中でレイナが声をかけてきた。
「ちょっとルナ君?どうしたの、ボーッとしちゃって。また考え事?」
「ん?ああ、そんなとこ。ところで今どこへ向かってるんだ?」
取り敢えず街に出ようと言われただけで、実はまだ行き先を聞いていない。俺のその疑問に、レイナは待ってましたとばかりにニンマリと笑った。
「いやいや~、ルナ君は冒険者になりたいんだよね?」
「まあ、そうだが」
「うんうん、それで冒険者志望のルナ君がミストフラムに来たってことはさあ、目的は一つだよね~」
「なるほど、分かった」
その言葉で何処に向かっているのか察することが出来た。それはこのミストフラムが、魔物の少ない地域であるにも関わらず、大勢の冒険者が訪れる理由である。そして確かに、俺もその目的でこの街に来た。
レイナが得意顔で声を張り上げる。
「その目的とは!ずはり『精霊契約』!ってことで今から『精霊境』に向かいまーす!…………で、良いよね?」
「ああ、俺がここに来た目的はそれで合ってるよ。案内してくれるなら助かる」
「まかせといて!……って言いたいとこだけど私も中には入ったこと無いんだよね」
エヘヘと笑ってレイナは先に進んでいく。
精霊契約。確かにそれが俺の目的である。
精霊契約と言うのは、精霊族と呼ばれる特殊な種族と契約を交わし、その力を借りることだ。彼らはこの世界とは別の精霊界と呼ばれる世界に住んでいて、精霊境と言う特別な場所で会うことが出来る。この精霊境への入口はファラリアに四つしか存在しないのだが、その内の一つがミストフラムにあるのだ。ここで自分に合った精霊と契約を交わすことができれば、とても心強い。さらにこの精霊契約については、一つ期待している事がある。
「あ、そういえばレイナはどうするんだ?冒険者になるってことは精霊契約を考えてたりするのか?」
「うーん、それなんだけどね。実は私、あんまり契約について詳しくないんだよね。ちっさい頃は余り冒険者の人たちに近づかなかったし……。でも興味はあるから、もし詳しいんだったら教えてくれない?」
「良いよ、そんなに難しくもないし」
精霊や精霊契約については、城できっちりと予習をしてきた。普通に図書室を使ったのでレイナに教えることも出来る筈だ。俺は道を歩きながら説明をし始めた。
「まず質問なんだけどさ、レイナは精霊族についてはどの程度知ってる?」
「どの程度って……」
レイナは言葉を切って辺りを見回した。街の奥に進むに従って冒険者の姿が増えてきている。そしてその傍には大体十センチ位の妖精のような姿が見える。この妖精っぽい姿をしているのが精霊族だ。ふわふわ浮いて冒険者や他の精霊と話している様子は結構可愛らしい。
レイナはそんな精霊達を見ながら答えてきた。
「うーん、まず聞いた事があるのは精霊族の体は『魔素』でできてるって事かな。それって要するに意思を持った魔力の塊って事だよね」
「ああ、それが一番の特徴だよな」
魔素と言うのはこの世界の大気中に存在する物質だ。人は自然にこれを取り込んで自身の魔力としているため、魔法を使うには必須の物質だ。そして精霊族はその存在そのものが魔素でできている。とても特殊な種族なのだ。
歩きながら説明を続ける。大きな通りに出て、人通りも多くなった。もうそろそろ『入口』に着くかもしれない。
「それで合ってるけど、契約について話すなら後二つ、重要な特徴がある。分かる?」
「ん~、わかんない。何?」
「一つは『不死身』だよ。精霊は死なないんだ。聞いたことない?」
「あー、なんか覚えがあるような……」
不死身の種族。精霊は死なない。誇張でも何でもなく、本当に死なないのだ。剣で切られても槍で突かれても、体が一旦魔素の粒子に戻るだけでその内に再構成して復活するらしい。何も食べなくても魔素さえあれば生きていけて、更には寿命も無いそうだ。まさに無敵!……と思いきや、弱点も存在している。
「んで、もう一つの特徴だけど、精霊は契約無しでは精霊界から出られないんだ。こっちは知ってた?」
「いやあ、ごめん。説明よろしく」
「はいよ。精霊は魔素の塊って話だったろ?だけど、精霊界から出てしまうと、少しずつ魔素が体から抜けていってしまうらしい。それである程度魔素が抜けてしまうと、体を保てず、魔素の粒子になって精霊界に戻されるんだってさ」
「はあ。ええと、それって要するに精霊界の外では魔力が回復せず、逆に何もしなくても減っていくって事だよね。それで抜け切ったら精霊界に強制送還されちゃうって訳?」
「うん、そんな感じ。結構理解が早いんだな」
「そ、そうかなあ~、えへへ……」
レイナはこっちを向いて照れたように笑う。理解が早くて助かるのは本当だが、危ないので前を向いて欲しい。人が多いのでぶつからないか心配だ。
「それで、契約をすれば精霊族は外に出られるようになるんだよね?」
「まあな。契約って呼んでいるけど、これは正しくは『精霊契約魔術』って言う特別な魔術の事なんだ。これは簡単に言ってしまえば精霊を契約者の魔力の一部と見なしてしまう魔術なんだ」
「魔力の一部?」
「そう。契約者の魔力になれば、精霊界から出ても自然に魔素が集まり魔力が回復出来る。更にそれだけじゃない。魔力を使い果たしたときは本来なら精霊界にまで戻されるんだけどさ、契約者が居れば契約者の魔力の中に戻されるだけで済むんだよ」
「ふうん」
「精霊界ってあんまり広い所じゃないらしいんだよな。それに不死身なこともあって精霊族には外の世界に行きたいと願う者が多い。だから彼等は冒険者と契約を交わして、外に連れていって貰う代わりに色々な面で力を貸してくれるって訳だ」
「なるほど、精霊は外に連れていって貰えて、契約者はモンスターと戦うときなんかに一緒に戦って貰えるって事か。ねえ、精霊って強いの?」
レイナが目を輝かせて聞いてきた。わくわく、という擬音が聞こえて来そうだ。
「うーん、実はそこまで頼りになるかと言えばぶっちゃけ微妙なんだよな。魔素の塊っていう割に自由に使える魔力はかなり少ないらしくてさ、全力で戦うとあまり長くはもたないらしい」
「え~、何それ」
「ついでに言えば不死身なせいで戦う訓練なんかはあまりしないらしいからな。強さについても期待しない方が良い。もっとも、中には外の世界に憧れて訓練したり、既に契約して外で戦った経験が有ったりして最初から強い奴も居るらしい。だけど当然そんな奴は皆が契約したがるだろうからな。そう簡単には契約出来ないと思う」
「そうかあ……うーん、ちょっとガッカリ。まあ、確かにあの大きさだとね……」
レイナは顔を曇らせたが、そう思うのはまだ早い。
「ガッカリするのは少し早いよ。精霊契約にはもう一つポイントがあるんだ」
「へっ?」
「と言うかこれが契約者側の最大のメリットかもな。契約者はさ、自分が契約した精霊が持っている適正やギフトといった体質面の能力を借りる事が出来るんだ」
「え、それってどういうこと?」
「例えばだけど俺は水の適正を持っていない。だけど、水の適正を持った精霊と契約すれば楽に水魔法を使えるようになるんだ。同じように、もしレイナが俺と同じような天駆のギフトを持った精霊と契約すれば、レイナも天駆を使えるようになる。精霊の適正とギフトが、自分にも適用されるんだよ」
「何それ、凄っ!!」
「まあ、さすがに有用なギフトを持った奴なんかはとっくに誰かと契約済みだろうけどな……」
この適正と言うのは『魔法適正』のことだ。ファラリアの魔法には属性が存在している。基本となる無属性の他に、火、水、土、風、光、闇の計七属性だ。無属性の魔法は誰でも練習すれば扱うことが出来るが、それ以外の六つの属性の魔法を使うには適正が大きく関係してくる。
適正は生まれつき決まっている各属性の魔法の才能だ。適正が高ければ楽に魔法を使える反面、低ければ上手く術式を組めず、組めても効果が落ちていたりする。魔法職の人にとってはもちろん、スキルを使う前衛職にとっても重要なことだ。ちなみに俺は火と風の適正が高く、他は微妙である。
「はあーっ、でも適正増やせるんならそれ目当てで来る人多いんじゃない?」
「ああ、特に魔法職が多いらしい。自分は適正を増やせて、精霊に前衛をして貰えるからな」
「うーん、風の適正が欲しいんだよね~。どうしようかなあ」
「迷うなら取り敢えず精霊に会ってみれば良いんじゃないか?精霊契約に一番大事なのは性格の相性だからな。仲良くやっていけそうな奴が居れば契約しても良いと思うぞ」
「優しくて思いっきり甘えさせてくれる精霊さんとか居ないかなあ」
「レイナって何歳だっけ」
「えっ、……十六歳ですけど何か?」
「いや、何でも……おっ、あれが入口か?」
「うん?ああ、本当だ。もうすぐ着くね」
遠くに黒い穴のような物が見えた。精霊境は地下にあると聞いている。俺達はその後も適当に談笑しながら入口に向けて歩いていった。




