食後の運動は
「そうか、ディードの奴がなあ……良い奴だったんたが」
人柄も腕も、と付け加え、溜め息を吐くゴードンさん。レイナから事情を聞いてから何度も溜め息をつき、やりきれない表情をしている。
彼はガシガシと乱暴に頭を掻いてから気遣うような目をレイナに向けた。
「んで、嬢ちゃんが盗賊どもに捕まってたときに、そっちの坊主が助けてくれたと」
「うん……」
「はあ~……嬢ちゃんも災難だったな。おい、坊主、ルナって言ったよな。俺からも礼を言っとくぜ。よく嬢ちゃんを助けてくれたな。五人も盗賊が居たってのに凄えじゃねえか」
「まあ、その内一人は不意討ちで倒したんですけどね」
「五人だろうが四人だろうがそのナリで凄えって。よし、一品サービスしといてやるよ」
「ありがとうございます、ゴードンさん」
それから後、レイナは口数が少なくなってしまった。ずっと何かを考えているようで、話し掛けずらい。恐らくは父親の事を思い出しているのだろう。その事を相当に悔やんでいる様子で心配だ。
料理を食べ終わり、お金を払って店を出るとき、ゴードンさんが言いづらそうにしながらも声をかけてきた。
「その、嬢ちゃん、あまり引きずらない様にしろよ。盗賊に襲われちまった事は仕方ねえが、お前さんは助かったんだ。ディードが居ねえ今、身の振り方はさっさと考えた方が良い。何だったら俺を頼ってくれても良いからよ」
「そう……だね。ありがとう、ゴードンさん」
レイナの返事を聞いた彼は店に戻る前に俺に耳打ちをしてきた。ずいっと顔を寄せてくる。わざわざ屈んでくれたのだが中々の威圧感である。
「お前さんに頼むのは筋違いかもだけどよ。……もうちょい嬢ちゃんについていてくれねえか?どうにも心配でなあ。ありゃまだなんも気持ちの整理とかついてねえだろ?ま、当然っちゃ当然だがよ」
「そうですね……。いいですよ。分かりました」
この街には明日からも用がある。どうせもうしばらく滞在するつもりだった。
俺が了承すると、ゴードンさんはにかっと笑って俺の頭をわしわしと撫でてきた。
「すまねえな、ありがとうよ。じゃあ少し頼むわ。俺も店閉めたらすぐに様子見にいくからよ!」
彼はそう言ってからレイナに声をかけてから戻っていった。
店を出ると、もうすっかり暗くなっていた。所々に魔石を使った街灯がついている。俺がこの後どうしようか考え始めると、直ぐにレイナの方から質問してきた。
「ところでルナ君はこれからどうするの?」
「えっと、そうだな、もう日が暮れたし、どっか宿をとって休もうと思ってるよ」
タイムリープで他の場所に眠りに行く事は出来るが、街中で夜中に起きていてもやることが無い。それに今日は足を酷使したので、ゆっくり休もうと思っている。
「実はさ、私が馬車を預けに行った人が宿屋をやってるんだ。良かったらルナ君もそこにしない?街外れにあるから少し遠いけど、女将さんは良い人だし、値段も良心的だよ」
「ふうん、じゃあそうさせて貰おうかな」
ゴードンさんからの頼みもあるが、そうでなくてもこの街は初めてなのだ。レイナが宿屋を紹介してくれるのはありがたい。俺とレイナは適当な話をしながら街の外側へと歩いていく。
「身の振り方、かあ。何をすれば良いんだろうね?だいたいお父さんの店の手伝いをしてたから、急にそう言われてもなあ……」
「レイナは将来の夢とかそう言うのは無かったのか?」
「ん、まあ考えたことはあるかな。ルナ君の夢は高ランクの冒険者なんだよね?既に相当強そうだけど」
「ああ、冒険者になるために実家(王城)から出て(家出して)来たんだ」
本当の目的は魔族の侵攻を阻止する事だが、その内冒険者になるつもりでもあるので一応嘘ではない。
「実家……そう言えばルナ君の実家ってどこなの?この近く?」
「いや、俺は王国出身だよ」
この辺りで『王国』とだけ言えば、基本的にリグラド王国を指す。レイナは少しだけ以外そうな表情を見せ、話を続けた。
「へえ、王国からここまで来たんだ。……ねえ、ところでルナ君は今何歳?」
「ん?九歳だけど」
「普通と言うか、見た目通りだね。うーん、話してるともっと年上な感じがするんだけどな~」
「よく言われるよ」
日本で本物の子供だった頃もよく大人びていると言われていた。更に今の実年齢は二十九歳+α(タイムリープ分)である。そう思われるのは当然だ。
「九歳ねえ、でもさ、冒険者を目指してに旅立つには少し早すぎない?いや、ルナ君が強いのは分かってるよ。けどさ、それでも親に反対されたりとか、そう言う事は無かったの?」
「自分でも早すぎるとは思うよ。けど、そうも言ってられない理由があったんだ」
俺としても出来れば十五歳くらいで旅立ちたかった。しかし魔族の侵攻が十二歳のときだったのだから仕方無い。
俺の言葉をどう解釈したのか、レイナは少し表情を曇らせた。
「そっか、ルナ君にも色々あったんだね。ごめんね、嫌な事聞いちゃったかな?」
「いや、全然そんな事はないけど。それよりもレイナはどうするんだ?この先の宿屋には例の馬車と荷物を預けてるんだよな」
「うん」
「やっぱり元の町に戻しに行くのか?さすがにレイナだけで店を開くのは難しいだろ」
「うん、私は料理はあんまり得意じゃないからね。けど、元の町に戻っても誰もいないし……」
「誰も?」
「ミストフラムから引っ越して直ぐにお母さんが死んだの。それに私は兄弟がいないから、お父さんが唯一の家族たったんだよ。それなのに……私のせいでっ…………」
言葉を詰まらせるレイナの顔には、深い後悔が滲んでいる。手を握りしめ、泣き出しそうになるのを耐えている様にも見えた。
……彼女はどうにも溜め込み過ぎているように見える。その年で身内の死を経験して平静を保っていられるのは素直に凄いと思うが、今は我慢せず泣くなり哀しむなりした方が良いのではと思ってしまう。
「それはレイナのせいじゃないだろ。盗賊に襲われたんだ、仕方の無い事だったんじゃないのか」
「違うんだよ、ルナ君。盗賊に襲われた事は仕方無い事かもしれないけど、お父さんが死んだのは私のせいなんだよ」
悲壮な顔でそう返すレイナ。そう言えば父親に庇われたと言っていたっけか。しかしそれも、レイナが気に病む事ではないだろう。
「お父さんに庇われたんだったか?そうだとしてもレイナのせいにはならないよ。盗賊が全部悪い」
「そう言う事じゃないんだよ。お父さんは……私が殺したようなものなんだ」
「うん?それはどういう………………あ、」
いつの間にか、街の外れに到着していた。少し向こうには城壁も見える。辺りを見回すと宿屋の看板が掛かった大きな建物があった。それを指差してレイナが口を開く。
「あ、ここがさっき言ってた宿屋だよ。けっこう良さそうでしょ」
「うん、確かに」
なんとなく安心できると言うか、そんな柔らかい雰囲気がある。
じゃあ入ろうか、と歩き出したが、レイナが立ち止まって動かなかった。どうしたのかと振り返ると、彼女は城壁の方をじっと見つめている。いや、正確には城壁の前の開けたスペースをみているのか。
「あの、入らないの?」
「…………ねえ、ルナ君。少し頼みがあるんだけど、良いかな」
レイナが不安そうな顔で聞いてきた。
「ちょっと、食後の運動にさ、模擬戦してみない?」
「えっ、模擬戦?」
「そ、ルナ君強いでしょ?だから少し私と戦ってみてくれないかなって」
だからって何だ。いきなり何を言い出すんだ。
突然のことに思考がついていかない。
「何でそんな急に……」
「やっぱりダメ……かな?」
いやだから何で、と訊こうとして、そこで気付く。彼女は真剣だ。何かを決意した顔をしているがその目はまだ何かを迷っているように見える。そして突然の模擬戦。
……もしかすると。
「うん、まあ良いけど」
「ありがと。ちょっと待ってて、準備してくるから」
そう言ってレイナは宿屋の中に駆け込んで行った。こんな風にレイナが走るのは初めてみたが、けっこう素早い。
すぐに宿屋から飛び出てきた彼女の手には、一振りの剣が握られていた。形は兵士に配られているようなオーソドックスな物。どうやら練習用の模造刀のようだが、その表面にはびっしりと傷がある。かなり使い込まれているようだ。
……ということは、やっぱり。
それを見てようやく、俺はレイナの先ほどの言葉の意味を察した。
もしそうだとしたら、俺はかなり無神経な事を言ってしまっていたかもしれない。
「うん、ここらへんで良いかな。どう思う?」
「あ、ああ。良いと思うけど」
町外れの建物と城壁の間は五十メートルほど空いている。俺とレイナはその真ん中辺りで向かい合った。暗いが街の明かりがあるので、少しぐらい動き回っても支障は無さそうだ。
すっと模造刀を構え、表情を引き締めるレイナ。それだけで彼女の雰囲気が一変した。少し子供っぽいほわほわした感じは消え失せ、薄く研ぎ澄まされた緊張感が残る。
周りの温度が下がったような気がした。周囲の音が遠のき、夜風が妙に肌寒い。射すような視線に思わず体が硬直する。気が付くと一歩後ずさりをしていた。蛇に睨まれた蛙にでもなった気分だ。
落ち着け俺。完全に気圧されてるぞ。
ふっと息を吐き、いつの間にか浅くなっていた呼吸を整える。感じたものを振り払うように相手をにらみ返す。
俺には見ただけで相手の強さがわかるような能力はないが、それでも相対すると重いプレッシャーを感じた。城で兵士の訓練を見学したときと少し似ているかもしれない。重さは比べものにならないが。実際に相対するとは、こうも重圧を感じるものなのか。
俺もとりあえずそれっぽい構えをとり、風魔法『疾走』を発動させた。ふわり、と心地よい風が身体を包む。
「それじゃあ、いくよっ!」
「…………!」
だんっと地を蹴り、レイナが向かってきた。思った通り、いや思った以上に速い。弾かれたかのような無駄のない動きで、警告されたというのに初動が見えなかった。
右上からの攻撃をほとんど反射的に後ろにかわす。後の事など考えない全力での回避だ。しかしそれでもタイミングはギリギリだったようで、目先を模造刀が通過していく。
そして当然、次の攻撃はかわせない。返す刀が容易く俺を捉える。
「はあっ!」
「くっ!」
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とっさにタイムリープを使って向かい合っている場面まで戻ってきてしまった。改めてレイナの構えを見る。今のやり取りで確信した。彼女は護衛役だったのだ。
考えてみればこのミストフラム周辺はそんなに強くないが、魔物が出れば盗賊もでる。王都やシリルレーンとは違うのだ。護衛も連れずに馬車で移動などするはずがない。
その事が完全に頭から抜け落ちていた辺り、俺もまだまだ平和ボケしていたと言える。
……つまりレイナは負けたのか?あの盗賊達に。いや、しかしいくら五対一だったとしても…………
「それじゃあ、いくよっ!」
「!」
いや、今は勝負に集中しなくては。
最初の攻撃をさっきと同じ様に後ろに飛んでかわす。次に来る攻撃は分かっている。左上からの切り下ろし。俺は右斜め上に飛び、天駆で切り返して、剣を降り下ろして無防備になっているレイナの左半身を狙う。が、
「くっ!」
レイナはとっさに身を屈めるようにして横に移動し、そうする事によって剣での防御を間に合わせてきた。完璧なタイミングで不意を打った筈なのに、なんて反射神経だ。
さらに間を置かずに反撃してくる。
「ふっ、せい!!」
屈んだ姿勢から体をバネにし、鋭く突きを放ってくる。二条の閃光が目の前で瞬き、体中に怖気が走った。彼女が放った連撃は夕闇の空気を切り裂き、まるで体を薄く切り付けられたかのような錯覚すら覚えさせてくる。
その剣戟は目で追える早さを超えていた。俺は堪らず後ろに飛び退き、そこで己の失態を悟る。
(すきあり、だよ?)
「な……!?」
身に迫った剣を危うく回避し、ほんの一瞬ではあるが気が緩んだ。いや、俺は変わらず相手を注視していて、油断なく姿勢を立て直そうとしている。それは俺自身ですら気付かない、ほんの僅かな内面の隙。
普通は気付かれすらしない、しかし達人を相手にすればそれは致命となる。
……今の俺の相手は、それを許してくれるほど、甘くは無かった。
「これでっ…!」
まずい、と思ったときには既に遅かった。
気が付けば彼女は、後方に飛び退いたはずの俺の前にいて。
それだけではなく、すでに剣を体に寄せ、構えていた。
何度も練習したであろう型。必殺の技の出だし。
そこに来て俺はようやく悟った。
俺が思わず怖気を感じ、本気で回避した二連撃。あれは技の前段階であって。単なる牽制でしかなかったのだ。
「ラストォ!!」
崩れた体制を立て直す前に、レイナが磨き上げたであろう必殺が迫った。
流れるような動き。今までの早さだけではない、滑らかさ。一つの動きを極めたが故の一撃必殺だ。
技が、放たれた。
胴を狙った水平切り。
駄目だ。避けられない。
剣閃が走る。
切られた。
切られた?
いや、まだ切られてない。
なぜ?
今のは、牽制だったのか?
じゃあ、本命は……?
上か。
胴を水平にないだ後の、上段からの袈裟切り。
これは、避けられない。避けられるわけがない。
「っ……!」
俺はこの瞬間、完全にこれが模擬戦であることを忘れていた。
レイナが持つ剣は確かに模造品であり、人を切れる訳がない。もちろん強く打ち付ければ鈍器ともなるが、彼女も恐らくは寸止めしてくれるつもりだっただろう。
しかしこのとき。迫る白刃を見た俺は。
自身が肩口からバッサリと切り裂かれる未来を、はっきりと幻視した。
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タイムリープを使ったのは、ほぼ反射だった。
それほどまでに、彼女の気迫と剣技に圧倒された。
一瞬の攻防だったが、どっと疲れた。思わず体から力が抜けそうになる。
しかしそれに逆らい気を引き締める。まだ、終わっていない。俺はあえて少ししか時間を戻さなかった。
「これでっ…!」
レイナが飛び退いた俺との距離を詰め、一気に間合いに入ってくる。
剣を寄せて構えた。次に来るのは分かっている。
水平切り。さらに続けて上段袈裟切り。
左右に避けてもそのまま切られる。後ろに飛べば詰められる。
ならば上か下か。
彼女は剣をないだあと上に持っていき袈裟切りに繋げる。
ならば、下だ。
「そこだっ!」
小さい体を利用して身を屈めて水平切りを避け、間髪入れずに足払いを狙う。
上に剣を持って行くつもりでいたレイナは不意を突かれて行動が一拍遅れた。しかし先ほども見せてくれた凄まじいまでの反射神経で地面を蹴り、足払いをかわす。
レイナはそのまま地面にいったん手をつき、前転の要領で距離をとった。素晴らしい受け身で体制を立て直す。追撃は許してくれそうにない。
「ふう、危ない危ない……。でも、まだまだ!!」
好戦的な、しかしどこか苦しそうな笑みを浮かべ、レイナは再び剣を向けてきた。
さっきの攻撃を警戒してか、次はあまり大振りせずに手数で攻めてくる。その剣は盗賊達とは比べ物にならないほど速く、鋭く、そして正確だ。
俺はタイムリープを何度も使って対応するが、かわすのにせいいっぱいで反撃の糸口を掴めない。下手に手を出そうものなら鮮やかにカウンターを決めてくる。
……て言うかマジで強い。何でこいつ盗賊なんかに捕まってたんだ?
心底それが疑問に思えてくる。
タイムリープの回数が二十を越えた頃、レイナがたんっと後ろに下がり距離をとってきた。仕切り直しか、と身構えるが彼女はそのまま剣を下ろし、声を掛けてくる。
「このくらいにしとこっか。付き合ってくれてありがとね、ルナ君」




