ルナとレイナ
盗賊たちが宴会をしている洞窟の隅で、ポニーテールの少女は唇を噛み締めていた。目の前で騒いでいる連中は少女の父親を殺し、荷物を奪い、自分をここに無理矢理連れてきた。逃げだしたくても、腕を縄を使って杭のような物に固定され、動けない。身をよじって抜け出そうとしても縄はほどけず、ただ盗賊たちを睨み付ける事しか出来なかった。
一体どうしてこんな事になってしまったのか。そんなの決まっている。自分のせいだ。
自分はこの後どうなるのだろうか。それも分かっている。考えたくもないけれど。
「くう…………」
少女はひたすら後悔し、また恐怖していた。今、彼らは父親から奪った食料で宴会をしている。父が集めた物をこんな奴らに食われているというだけで普段の彼女なら頭が沸騰しそうになっていた筈だが、今は恐怖の方が勝っていた。
彼らが食事を終えた後、自分に何をするか。恐ろしい想像に身を震わせるが、時間は無情にも過ぎて行き、それにつれて彼らが手を伸ばす食料も減っていく。
そして、ついに。
「はあ、久々に良いモン食えたな。旨かったぜ」
「そうだな、俺も満腹だ。んじゃ、そろそろ次行くか」
「俺はちょっと用を足してくるわ。先始めといてくれ」
一人が外へ向かい、他四人が此方に寄ってきた。舐めます様な視線を感じると、全身に鳥肌が立ち、震えが止まらなくなる。
「や、やだ……こないで!」
必死に絞り出した言葉も、かえって男たちの嗜虐心を煽ってしまう。ニヤニヤと嫌らしく笑う彼らに囲まれ、せめてもの逃避に目を閉じようとした、そのときだった。
どん、という鈍い音がしたかと思うと。
突然人が吹っ飛んで来た。
「なっ、何だ。どうした!?」
突然の事に狼狽える盗賊たち。良く見ると飛んできたのは先程外へ向かおうとした盗賊の一人だ。驚いて洞窟の入り口の方を見ると、そこには。
「おお、ギリギリ間に合ったみたいだな」
一人の、少年が居た。
「ええ?」
彼女は思わず間の抜けた声を出してしまった。
茶髪と金の目を持ったかなり整った顔立ちの少年だ。しかし、まだ幼い。年齢は二桁に届いているかも怪しそうだ。
えっ、この子が何かしたの?どうやって?
唐突な登場にさっきまでの恐怖も忘れて少年を見つめる。
良く見ると華奢な体つきをした少年だ。服装は何処の町へ行っても見かけそうなスタンダートな物だが、子供にしては妙に落ち着いた雰囲気を纏っている。
「いきなり何しやがんだ、このクソガキ!」
「お前らこそ、女の子を囲んで何しようとしてたんだよ」
呆れた様な顔で正論を返す少年に、恐怖の色は欠片も見られない。そのまま躊躇無く此方に歩いてくる。
「このクソガキ……ぶっ殺しちまえ!」
盗賊たちが剣を抜いて少年に襲い掛かった。一瞬凄惨な光景をイメージして目を背けたくなった少女だったが、我慢して前を見続ける。
先頭に居たスキンヘッドの男が少年に剣を降り下ろした。悲鳴が漏れそうになるのを、ぐっと堪える。そして、
「えっ…………?」
少年が動いた。そう思ったその次の瞬間には、ダンッという鈍い音と共に男が壁に叩きつけられていた。
「は、速い……」
少年の速さと蹴りの威力に唖然とする彼女だったが、驚きは続く。
二人目の攻撃を横に跳んで回避した少年は、空中で切り返した。そして剣を奮って無防備な男の顔面に蹴りを叩き込む。
「嘘……空中で跳ねた?」
天駆、そんなスキルの事を聞いたことがある。魔力で空中に足場を作り、予想外の動きで相手を奇襲する。そんなスキルだった筈だ。
しかし少年はそのまま空中を走った。驚いて動きを止めた三人目の男が強烈な蹴りを入れられて飛んでいく。天駆とは空中を走れる様なスキルだっただろうか。聞いていた話と違うと首を捻る彼女だったが、
「危ない、後ろ!」
最後の一人が少年の背後から剣を降り下ろした。完全に視界の外からの一撃。しかし彼は、一歩横に移動する事でこれを避ける。まるで後ろが見えていたかの様な完璧なタイミングだった。顔のスレスレの所を剣が通過したというのに、その表情は変わらず、そのまま相手の腹に蹴りを入れる。
「一回、使っちゃったか。まだまだだな」
終わってみれば一瞬の出来事。少年の圧勝だった。
「凄い……」
最初から最後まで落ち着き払っていた。まるであらかじめ決められた殺陣でもしているかのように、淡々と戦闘をこなしていた。かなり戦い慣れているのだろう。
「大丈夫だった?」
「えっ、あ、うん。……ありがとう」
少年が近づいて来て短剣で縄を切ってくれた。柄だけでなく鍔の部分にまで布を巻いた少し変な短剣だ。
「えっと、その、君は……?」
「俺はルナ。冒険者を目指して旅をしてる。あんたは?」
「えっと、レイナ、よ。あの、助けてくれてありがとうね」
「どういたしまして」
目の前の少年、ルナはそう言って手を差し出し、レイナを助け起こしてくれた。




