後編
「へ?」「え?」
いきなり聞こえた声に、二人の頭が真っ白になる。恐る恐る振り返ってみた先には、すらりとした一人の生徒が。
「何か、面白い話しているね」
顔の造作はとても良く、スタイルも抜群と言えるのだが、残念なことに、にやにやと笑う表情がその印象をかなりの勢いで引き下げていた。とはいえ、相手の美醜を気にする余裕のある人間は、ここにはいなかったが。
「……えーっと。ひょっとして、今までのお話、聞いてました?」
完全に機能停止した恵子を横目に、往生際悪く、何も聞かれていないという一縷の望みに掛けてみた美咲だが、にっこり笑って首を振る相手に希望は脆くも打ち砕かれる。
「うん、ばっちり」
「因みに、どの辺から?」
「君が部室に来たのは例の件かって聞いてたところ?」
つまり、最初からだ。聞かれたくない部分、全てを聞かれていたらしい。何てことだ。
「ぬ、盗み聞きなんて感心しませんよ?」
冷や汗たらたら、一応苦情を申し立ててみる。出来れば、勢いで有耶無耶にして、話していた内容を忘れてもらえると嬉しかったのだが、そうは問屋がおろさなかった。
「授業の忘れ物を取ってたところに、いきなりやってきて話し始めちゃったから、姿見せるタイミングがなかったんだよね。これって私だけが悪いんだと思う?」
「うっ……」
楽しそうに、いたずらっぽい眼を向けながら言われ、言葉に詰まる。確かに、先客がいるかを確かめもせずに、大声で話し始めた方が悪い。内緒話なら、人がいないことを確認してからすべきだ。
自分の失態に、あーうー、と頭を抱えてしまった美咲を愉快そうに眺めつつ、突然現れた闖入者は、話を元に戻した。
「それで、さっきの続きだけど、和義は、時計を踏まれたりしないように拾って、見やすい位置に置いてくれた生徒を探してたから、名乗り出ればとっても喜ぶと思うよ? 何だったら、私から言ってもいいし」
和義というのが誰の名前か、一瞬分からなかった美咲だが、文脈からいって、副会長の名前だろう。名前すらまともに覚えていないことは、お互いの精神衛生上、秘密にしておこうと思う美咲だった。
「副会長のお知り合いなんですか?」
「馬鹿、この人、もう一人の副会長よ」
誤魔化すように、相手の正体を探ろうとしたところで、慌てた恵子にわき腹をつかれる。
「え?」
ぽかんと口を開け、二人を交互に見ていると、大げさに肩を落として嘆かれてしまった。
「入学式の時、挨拶したんだけどなぁ。そんなに印象薄いかな、私?」
「いえ! 違いますすみませんすみませんすみません。入学式をノロでやられて休んだ間抜けは私です」
あわあわと手をぱたつかせながら、必死に弁解する美咲。必死すぎて、相手の眼が物凄く楽しそうなことには気付いていない。
「あぁ、成程。そう言えば、入学早々休みの人がいたって聞いたけど、君だったのか」
「はい……」
「謝らなくてもいいよ。仕方がないことだしね」
「で、ですが、私たち、お仕事仲間に大変失礼なことを……」
「ん?」
「い、いえ。あの、佐々木副会長を、ゲームの賞品みたいな扱いをしてしまって」
「あぁ、いいよ。別に、そこで怒るほど仲のいい間柄でもない」
ぱたぱたと手を振って、気にするなという副会長。むしろ、面白そうだという表情なのには、突っ込みを入れない方がいいだろう。下手につついて、それじゃあ、と怒られても困る美咲は、全て見ないふりをした。
「それより、さっきの話聞いてて思ったんだけど、ひょっとしてお互いに思い違いしてるんじゃないかな」
二人は、言われた言葉に、はて? と首を傾げた。
「思い違い……ですか?」
「何を、ですか?」
何も心当たりがない、という表情を見せる二人に、副会長はひとつ頷いて、話し始めた。
「私も、実は乙女ゲーとかって好きで、ちょこちょこやってるんだよね」
その言葉に、恵子が反応する。
「本当ですか!? 因みにどんなのがお好きですか?」
「今はまってるのは、キミボクかなー。ちょっと前まで、渚夢もはまってたよ」
美咲には、何が何やら、な呪文だが、恵子にはばっちり通じたらしい。
「うわぁ、趣味合いそう! 私の周り、好きな人いなくって。同志が増えて嬉しいですー」
きゃいきゃいはしゃぐ恵子は、元々の話はすっかり忘れてしまったようだ。副会長と固い握手を交わしている。
「こちらこそ嬉しいよ。今度存分に語り合おう」
「はい! 是非是非! レン様について語りたいこととかいっぱいあるんです!」
「おぉ、同志! 君とは本当に仲良く出来そうだ!」
「はいっ! ……「で!?」
このままでは、日が暮れると判断した美咲が、強引に割り込んだ。
「それで、何をどう思い違いしているかもしれないんですか?」
「おっと、そうだったね。……いやなに。君がやったことあるというゲームは、コンシューマのゲーム?」
「はい? いえ、モブゲーのやつです。……この子に、この世界は乙女ゲーの世界だって言われて、そもそも乙女ゲーって何? と思って、やってみたんですけど」
一つだけやってみた美咲だったが、そのまま次へ手が伸びることはなかった。態々ゲームにしてやるより、恋愛小説読んだ方がいいんじゃないの? という感想しか抱けなかったからだ。
「なるほど。そうすると、それ以外はやったことないんだね?」
「はい。後はゲームと言えば、RPGを少しと、パズル系ばかりですね」
副会長は、うんうんと頷くと、恵子の方へ向き直り、
「で、君はソーシャルゲームの乙女ゲーはやったことある?」
「いいえ……。私ガラケーですし」
「だと思った。……うーん、どういえばいいのかな? 実は、コンシューマ機でやる乙女ゲームとソーシャルゲームの乙女ゲームって、かなり違うんだよね」
「どんな風にですか?」
同じ、乙女ゲームと呼ばれるものではないのか。美咲は、ひょっとして、コンシューマの乙女ゲームは、恋愛ではないという、大どんでん返しでもあるのだろうか、と、ぼんやり考えつつ、尋ねた。
「ソーシャルの方は、なんと言うか、小説、かな?」
「はい?」
恵子が首を傾げる。それに構わず、副会長は美咲に聞いた。
「モブゲーのやつって、最初にお相手キャラを選択したよね?」
聞かれて、こくんと頷く美咲。
「はい。何かキャラ説明がばばっと出てきて、誰にしますか? って聞かれたので、一番上のを適当に」
「そう。ソーシャルゲームでは、最初にお相手が決まる。そうすると、その相手が勝手に主人公キャラを気に入ってあれこれちょっかい出してくる」
自分の乙女ゲーの認識と変わらない説明に、美咲はふんふん、と頷く。
「対して、コンシューマは、最初にお相手を選択するようなことはない。ヒロインが頑張れば、攻略対象全ての好感度が上がっていき、全員に好かれたりもする」
「はい?」
今度は、美咲が首を傾げた。
相手を選択しなければ、一体どうやって相手を決めるのだろう? まさか、全員が迫ってきて、それが一人以外全員フェイクなのだろうか? お相手決定は、まさかランダム?
「コンシューマの方は、ヒロインが攻略キャラに構って構って構い倒して、自分を好きになってもらうものなんだ。だから、自分から動かない限り、誰も自分を好きになんてならない。動いても、お相手の気に入らない行動をすると、好感度が下がる。ソーシャルの様に、選択肢間違ってもお相手とエンディング迎えられるなんてことはない」
副会長は、二人に自分の話が浸透したのを確認し、結論付けた。
「この世界が乙女ゲーム云々ってのは本当かどうかは分からないが、本当と仮定すると、恐らくコンシューマ形式の乙女ゲームなんだろう。だが、彼女が知っているのはソーシャル版なんだ。だから、相手を選べば後は勝手に進んでくれると思ってるなら、何もしようがないのは当然だし、何もしないのにイベントが来ないのも当然だろう」
互いの認識に食い違いがあることを認めた二人が、黙って顔を見合わせる。
「あー、えっと、そういうことなら、ごめんね。態とやらないのかと思ってた」
「いやいや、私も勘違いしてたみたいで」
互いに謝り、笑って仲直り。これで、問題は解決した、と思った美咲だったが、次の恵子の言葉に固まった。
「じゃあ、改めて、作戦会議しましょうか」
「へ?」
「へ、じゃないわよ。今まで、何もしなくて平気だと思ってたんでしょ? 何もしないでここまできちゃったからには、効率よくイベント回収しないと間に合わないじゃない。こうなったら、何も知らない状態で、とか言ってられないでしょ」
「え、いや……。私が協力するって言ったのは、自分が受身でいいからだよ? そんな、ひたすらアタックなんてのは、出来ないよ?」
じりじりと後ずさりながら、首を振る美咲。自ら動いて、その結果嫌われるかもしれないなんて、無理。生徒会は何かと目立つのだ。そんな人物に付き纏った挙句、嫌われたりした日には、自分のスクールライフがやばい。
しかし、恵子はその返答に不満の声を上げた。
「えー!? やるって言ったの、美咲でしょ? 今更そんなの酷い!」
「いやいや、私がやるのは、私に興味持って、勝手に私にちょっかいかけてくる男の子のことを邪険にしないってだけだよ。それ以上のことは、最初からお断りだよ!」
これ以上ないほど、首と手を振る。それ以上は、本当に無理だ。
「ひ、酷い。やるって言ったのに、詐欺だー!!!」
「さ、詐欺だなんて人聞きの悪い! 私に興味持って、付き合いたいって言ってくるような人がいたら付き合うって言ってるじゃない! そんなに人の恋愛みたいんだったら、相手連れてくれば?」
きれて開き直った親友に、なおも言葉をかけようとした恵子だったが、その前に理科室の扉が開いた。
「それなら、俺の誘いを断ったりはしないということだよね?」
そこにいたのは、この学園のもう一人の副会長、佐々木和義だった。
「え、はい?」「へ?」「あ」
「斎藤美咲さん、俺と付き合ってください」
「「はいぃー!?」」
急な展開に付いていけず、素っ頓狂な叫び声をあげる二人。思考停止状態の美咲の腰に手をまわした佐々木は、自分に引き寄せるようにして囁いた。
「言ってたよね? 君に興味持って付き合いたいという人間と付き合うと」
「え? え? え?」
「君の友達も、君が恋愛するのを望んでたんだろう? だから、俺と付き合えば、問題解決だね」
「え?」「はい?」
明らかに疑問形のはい、だったが、それを聞いた佐々木は、にっこりと黒い笑みを浮かべ、嘯いた。
「うん、本人の承諾も得られたってことで。悪いんだけど、君の友人、借りてもいいかな?」
美咲と同じく、展開についていけず、ぽかんと見ていた恵子は、いきなり声をかけられ、自分が何を言っているのかもわからない状態で首を振る。
「え? あ、はい。ど、どうぞ?」
「ありがとう」
「え、え、恵子ー!?」
笑顔を絶やさぬままの佐々木に、強引に連れ去られる親友の姿を、固まったまま見送る。
「うーん。思ったより早かったなぁ」
しみじみという副会長に、はっと覚醒し、詰め寄った。
「せ、先輩! あ、あれ、何ですか?」
「ん? あれは、お望みの攻略キャラだよ。よかったね、和義なら力の限り肉食系だから、これからはそこかしこで、彼女を口説く姿が見られるはずだよ」
笑い出しそうな口調で言う副会長に、頭が混乱する。
「え? 何で、副会長がいきなり?」
時計を拾ったのが誰か分からない以上、佐々木が美咲に興味を持つとは思えない。しかも、拾っただけでは、少し興味を惹かれる程度のはずなのだが。
「彼女、和義の時計を見やすい場所に括り付けるために、自分のシュシュ使ってたんだよね。和義、それをお守りみたいに、ずっと持ち歩いてたからね。どんな人なのかって、ずっと考えてたみたいだよ」
副会長は、最近の同僚の姿を思い浮かべる。自分の時計を拾ってくれたのはどんな人なのか、残されたシュシュを見ながら、ため息を吐く姿は、まだ見ぬ相手にどんどんと思いを募らせていた。
仕事内容に問題はないため、文句は付けづらいが、辛気臭いため息ばかり吐かれていれば、こちらも気が滅入る。最近では、あまりの辛気臭さにイラついた会長から、同役職を何とかしろ、何なら偽者見繕っても構わん、という無茶ぶりをされていた身としては、偶然出会った解決策に飛びつかない訳がなかった。
こっそりと、『スケルトンの時計を、図書室で拾ったから、見やすい場所に置いといたって話をしている生徒がいるんですけど』とメールをしたら、5秒もしない内に返信が来た。
『誰だ? どこにいる!?』
普段、自分の名前を最初に書き、敬語の文章を送ってきては、手紙か、と突っ込みを入れられる佐々木にはあり得ないほど簡潔な文章に、相手の焦りと本気を感じる。
眼を白黒させて、助けを求めていた彼女には申し訳ないが、生徒会の平穏のため、犠牲となってもらおう、と自分自身を納得させつつ、そっと手を合わせる副会長に、色々と察したらしい恵子は、己の親友の無事を祈って、自分もそっと手を合わせたのだった。
それから、美咲に笑顔で迫る佐々木と、泣きそうな勢いで逃げる美咲を見かけるようになる。美咲が、諦め半分、佐々木の横にいることを認めるようになるには、一年の歳月がかかった。
その間に、烈火のごとく怒り狂う美咲と、ただひたすら謝り続ける恵子、そんな二人をにこにこと見つめる佐々木を見たという噂があるが、美咲が一体なぜそこまで怒っていたのか、恵子が何故言い返しもせずに、ひたすら謝っていたのか、時折恵子が、佐々木を恨みがましそうに見ていたのは何故か、分かるものはいなかった。
あ、作中のゲームはもちろん、適当です。実際にあったりはしないと思います(あっても偶然です)。
因みに、も○げーのとあるゲームをやろうとして、一押しゲーム画面(数秒毎に画面が変わる)をペペペンっとクリックしたせいで、実際に始まったのは乙女ゲームというびっくり体験をした作者です。。その後、これは幽○、これは○白、U助まだか、これはK子目線の話だろうか、と一人クリアするまで、元やろうとしてた方はやらずに意地で我慢していた馬鹿も私です。
結局、ありえない怒涛の展開に何となく「流石にこれはないわー」と突っ込むのが面白くなり、二人ほどクリアしてみましたが、その後、三人目を選んだ気もするんですが、どうなったやら覚えてません。
そんな人間の書いたものなので、そもそもコンシューマ機の乙女ゲームにノベル形式がないのか(コンシューマ機の方の説明は、友人から聞いたことをそのまま載せました)、一般のソーシャル乙女ゲーがノベル形式ばっかりなのか、というのは、実は知りません。。。
知りませんが、どうも、最近小説で見ることのある乙女ゲーム転生もの、というやつは、基本、ノベル形式ではない方を基本にしているみたいなので。。