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前編

授業もとっくに終わった放課後の理科室に、二つの影。


「……で? テスト期間に態々部室来て話って、ひょっとして例の件?」


少女は艶やかな黒髪を指で弄りながら、印象的な琥珀色の瞳をもう一人へと向ける。


「そう。……本当は、口出しなんて野暮な真似したくなかったんだけど。全部知っている私の口添えなしで、自然に進んでいくのをにまにましながら見たかったんだけどっ!」


相手は、とても悔しそうな表情でわなわなと握り拳を震わせながら、声を絞り出す。


「でもっ、もー我慢できない! あんた、どうして何もしないわけ!? 頑張ってみるって言ったのは嘘か!? こんにゃろー!」


突然噴火した親友に、怒られた本人は目を白黒させながら必死に反論した。


「え? え? え!? が、頑張ってるよ? 恵子に言われてから、何があってもいいように覚悟してるし、悪質な虐めとかあると困るから、怪我しないように準備したり、物とか盗られたり壊されたりしないように気を付けてるし!!」


だが、その答えは親友の怒りの炎に油を注ぎ込むだけのようだった。


「その嫌がらせがされるところまでいかないようにするのも自衛だとでもいうつもりかー!!?」


あまりの大声に、慌てて口の前に人差し指を立てる。


「しーっ! いくらここが外れの理科室だからって、絶対に誰も通らないってことはないんだよ?」


「それがどうした!? 私は、私は悔しいっ! あの、あの『文化祭シリーズ』の世界に生まれ落ちたっていうのに、何が悲しゅうてバッドエンド一直線なヒロイン観察しなきゃならないってのよー!!!」


「ちょっ! お願いだから、変なことを大声で口走らないでー!!」



すったもんだのやり取りの末、どうにか親友を落ち着かせることに成功した少女は、ぐったりと疲れ切った顔で尋ねた。


「でもさぁ、私がヒロインだっての、実は間違いとかない? 生徒会の人達と私、全然接点ないよ?」


「ない。それはぜーーーーったいにない。私が『花』のヒロイン、私の美咲を間違えることがあるわけがない」


自信満々に言い切る恵子に、それでも納得いかずに食い下がる。


「いやぁ、偶然名前が一致したとか……」


往生際の悪い様子を見た恵子は、証拠とばかりにつらつらと話し始めた。


「斎藤美咲、十二月八日、いて座のO型。誕生日プレゼントとクリスマスプレゼントを一緒にされない様、結構な間サンタがいると言い張っていた。趣味は歌。生まれつきは左利きだったけれど、厳格な祖父母に言われ、全て右で使えるように直される。成績優秀だが、運動神経はあまり良くない。実はこっそりカピバラさんファンで、部屋には大量のカピバラさんぬいぐるみがあり、友人が来た際には慌てて隠す。ゲームセンターで取れるぬいぐるみが気になっているが、以前こっそりチャレンジして、六千円つぎ込ん……「な、何で知ってるのー!?」


慌てて恵子の口を押えて、物理的に黙らせようとするが、さらっとすり抜け、


「まだまだ。腰までのびる長い髪は、華道の際に和服が映えるようにとのばしている、と表向き言っているが、十二単とか着てみたいなとか思っているので、それに似合うように切らない。腰の少し下あたりに変わった形の痣があるのを気にしており、今度つ……「ぎゃー!! 分かった! 理解した! 納得した!!!」


たまらず、自らの敗北を認めた美咲は、ぜぇぜぇと息を切らして机に突っ伏す。それでも絵になる美咲の旋毛をぐりぐりと押しながら、恵子は詰め寄った。


「なら、聞かせてもらいましょうか。何で、入学して三か月も経ってるっていうのに、まだ誰ともイベントしてないのよ!? いくらなんでも一人くらいやんなさいよ! ワンコなんて、自動クリア枠扱いだったのよ!?」


――あ、下手なこと言ったら殺される、これ。


親友の据わりきった眼に、思わず背筋をピンと伸ばした美咲は、必死に言葉をつむいだ。


「えーっと、ワンコって、武君のことだったよね? でも、私達確かに幼馴染だけど、特に仲良くもないよ? 今回は武君がお相手じゃないってことじゃないかな?」


説得を試みるも、迫力が足りなかったらしい。噛み付くような声で反論されてしまう。


「そんなの、思春期に入っちゃって照れてるだけに決まってるでしょうが! 適当に粉ふっとけば、勝手に落ちてくるお手軽キャラなんだから、さっさと落とさんかい!」


「いやいや、何言ってるの!? 人の幼馴染、勝手に季節外れのワゴンセール品みたいなひどい扱いしないでくれる!?」


流石に反論した美咲だったが、対する恵子はびしぃっと指を突きつけて、高らかに宣言する。


「それが嫌なら、さっさと相手決めてイベント進めなさい! 今からはかなり厳しいけど、こちとら逆ハーだってしてくれたって構わないんだから!」


「いや、だから、ゲームと違って選択肢出てくるわけでもないんだから、お相手の選び方なんて分かんないし、……そもそも逆ハーって何よ?」


「相手選べないんだったら、取り敢えず全員付き合え! 同時進行で! それで、誰が一番いいか、この人はちょっと違うなって思ったのから、外していけばいいじゃないの!」


あまりといえばあまりな言葉に、美咲の声も段々と大きくなっていく。


「いやいやいやいや。全員同時進行って、物理的にありえないでしょうが! 私、二重生活どころか、何重生活送るのさ? しかも舞台全部一緒なんだから、どうしようもないよ」


「出来るわよ。恋愛パート入るまで、殆ど強制系のイベントから派生するし、友情パートの好感度は、同時にやってても変じゃないレベルのもんだし」


「えー? でも私、あれから乙女ゲーム、やってみたんだよ? お相手毎に起こる事件も生活すら変わるじゃん、あれ。あんなん同時に、なんて明らかに矛盾してるよ。第一、相手の性格すら違うじゃん」


「そりゃ、好感度違えば別人にもなるって。あんただって、皆に嫌われるより好かれてた方が嬉しいでしょうが。別に七股しろとは言わないから、誰と恋愛したいか選べるくらいまで仲良くなってみなさいって」



「うぅーん。。。」


「何よ。最初頑張るって言ったでしょ? やってみてどうしても無理だったら諦めてもいいから、お願いだから最初から捨てないでよぉー」


打って変わって縋りつくように言われた美咲は、困ったように眉を寄せる。


「いや、別に態と嫌われようとかイベントぶち壊そうって気はないのよ? ないけど……」


「ないけど何? まさか、あんた攻略対象忘れたとか言わないでしょうね?」


煮え切らない返答に噛み付かんばかりの勢いで詰め寄る。美咲は慌てて首を振った。


「いやいや、生徒会関連でしょ? 流石に覚えてるよ。藤井会長に、佐々木副会長、西村書記長に、会計でクラスメイトの山本君と、庶務の武君、だったよね? ……これだけの役職が全部男って、この学校の女のヒエラルキーはどうなってるの?」


もっともと言われればもっともな疑問だが、それでは乙女ゲームにならない。基本的に、乙女ゲームは、ヒロインとライバル、あとはお助け役以外の女は、攻略者の近くで目立ったり出来ないようになっているのだ。


「そこは突っ込まない。一応副会長は男女一名ずつだから、女が虐げられてるわけじゃない。ついでに、生徒会顧問の三田と隠れキャラの横井もいる。……分かってるなら、何で何もしないの? それぞれの現れやすい場所だって教えたよね?」


それだけ役職のある生徒会で、女が一人というのは十分虐げられてるんじゃなかろうか、と思った美咲だが、その疑問は無理矢理押し込める。美咲とて、命は惜しい。


「いやまぁ、聞いたけど。でも私、図書室除いて、殆ど行かないところだからなぁ。どうやってそこに行くことになるのか、全く想像もつかないから、現時点では頑張りようが……」


のんびりと言われた言葉に、がくっと肩を落とす恵子。


「用がなくても行ってよ……。てか、え、何? 折角出現ポイント教えたのに、行ってないってこと?」


とがめるような恨みがましげな視線に、完全に慌てた美咲は思わず両手を上げつつ弁解する。


「いや、用事が出来そうなら進んで引き受けようとしてみたよ? でも、そんな都合よく用事は転がってないし。用がないのに行くって、私は何をすればいいの? 誰もいなけりゃいいけど、人がいたら、用もないのにその場にじっとしてる変な人だよ?」


「話しかけろよ。そのために行くんでしょうが!」


「え、私から? ほとんど見知らぬ人に何を話しかけるのさ。私、まだ不審者として警察のお世話になる気ないよ?」


一応、自分を常識人だと自負している美咲としては、当然の主張だったが、同じく常識は持ち合わせていたはずの親友は納得してくれなかった。


「世間話でも何でもいいじゃない。学校で同じ生徒に話しかけられたくらいで警察呼ばれないって。せいぜいウザいやつだって思われるくらいで」


「やだよ。何で態々嫌われに行かなきゃいけないのさ」


「その内、相手が慣れて、それなりに好感度貯まるって」


嫌われるの前提で、自ら話しかけに行く人間が、どこにいるというのだろう? 美咲は、げんなりと息を吐いた。


「そんなん、いや。どうしてもっていうんだったら、お手本見せてよ」


「お手本?」


「そ。全く知らない相手に、ウザいと思われながらも何度でも付き纏って、好感度貯めてみせてよ」


挑むような目線に、うっとなる恵子。恵子とて、そんなストーカー紛いのこと、自分ではやりたくない。


「な、なら、副会長はどうなのよ? 図書室行ってるんだったら、時計拾ってないの?」


おかしいなぁ、そろそろ起こってもいいはずなのに、と首を捻る恵子に、美咲はあっけらかんと告げた。


「時計って、スケルトンの懐中時計のこと? それなら、結構前に拾ったけど?」


「へ?」


恵子は一瞬聞き間違いかと思った。そのイベントが起これば、公開処刑かと言いたくなるほど大勢の生徒の前で行われる強制イベントが、複数あるはずなのだが。しかし、どう思い起こしても、目の前の相手が、副会長と話しているところを見たことがない。


「だったら、何で副会長と仲良くなってないのよ? 拾ってくれたお礼にって、色々声かけられたはずでしょう? 見たことないけど、無視したの?」


「あぁ、あれ副会長のだったんだー。持ち主なんて知らないから、踏まれないように眼のつく高さに置いといたけど」


唖然とする恵子の様子に気付かず、暢気に笑う美咲。すごい好みの時計だったから、永久に借りてしまうという選択肢も考えたんだけど、高そうだったからという言葉を聞いたところで復活した恵子は、首が飛んでいきそうなほど、美咲の肩を強く揺すった。


「おーばーかー!! きちんとよく見りゃ、ローマ字で名前彫られてたでしょ! あれは、副会長の大切なもので、届けることによって好感度どかっと上がるのよ? 今からでもすぐ取り戻して、渡してきなさい!」


ようやく揺れから解放された美咲は、くらくらする頭を抑え、恵子の攻撃から身を守るべく少しずつ後ずさった。


「いや、多分とっくに本人の手に戻ってるって。大切なものなんでしょ?」


どうどう、と抑える様に両手を前に掲げるが、


「阿呆ー! それがきっかけで、色んなイベント起きるのよ? むしろそっからの派生イベないと、攻略不可能なやつなんだから、斜め上の行動取るな! ……こうなったら、仕方ないから、拾ったの私ですってアピールして来い!」


「え? 拾った直後ならまだしも、こんな時間経った後、いきなり『あなたの大事な時計を拾ったのは私です』なんて言ってくる人間、私だったら怖くて逃げるよ。不気味だよ。そもそも、職員室届ける時間ないからって、見やすいところに放置した人間だよ? 他人に盗まれたらどうするんだって、却って怒られるよ」


至極まっとうな意見だったが、それくらいで引き下がるような恵子ではなかった。


「そんなの……「そんなことないかもよ」


なおも言い募ろうとする恵子の声を、高い声が遮った。

はい、あらすじ前半解説。


いきなり友人が言った。

「出さなきゃ負けよ、最初はグー。じゃんけんぽい!」

慌ててチョキを出した私は、グーの友人に負けた。

「はい、あんたの負けー。じゃ、乙女ゲー転生系の、主人公か悪役の物語書いてよ」


という訳で、理不尽な友人の要求にもきちんと応える私って、友達思いだなぁ、うんうん。


ところで、この話、乙女ゲームの世界に転生、というお話を読んで、私が実際にしていた勘違いが元になっています。……だれか、同志いませんかー?

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