表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

主人公が残念過ぎて保護者の方が増殖した

作者: aaa


 俺の名前は佐藤――……否、もうこの名前は必要ないか。


 何故か乙女ゲームの世界に転生していた。しかも、俺はサポートキャラと言う事で公式の名前持ち。放送委員長であり学園一の情報通の為、主人公チャンに色々と教えてあげる役目がある。

 って言うのは、真面目チャンなヤツの前置きで……俺ってば、ヤル気無い系だからなー。っつか、マジで他人の恋愛手伝うとか……ないわー。マジないわー。スイートな学園恋愛ゲームとかゲロ甘過ぎて失笑モノすぎんだろ。くっそ、めんどくせー。


 とは、思っていてもさー?


「うわっ。主人公チャンの名前あるじゃん。しかも、デフォルト名の“ココア”のままだし」


 少しばかしの期待も崩される。無常にも、一つ下の学年……クラス表が張り出された掲示板を眺めれば、設定通り主人公チャンの名前は2年B組にしっかりと載っていた。


 ジーザス! 二度見とは言わず五度見して、頭を壁に打ち付けた俺は悪くないはず。まぁ、誰も周りに人が居ないか確認してからやっている為、どんな奇行に走ろうと問題ない。



「アレだ。さっさと、主人公チャンの最初の迷子イベントでも拝みに行きますか」


 思いの外、力強く打ち付けた額が腫れて痛い。あまり刺激しないように、やんわりと摩りながら足早に歩く。


 主人公チャンの為に、攻略相手の情報を集めるのも、一緒に友達ゴッコするのも面倒だ。そもそも、そんな労力を使う程のメリットがあるのか微妙なところ。攻略キャラから嫉妬されると言う様な、デメリットの方が多そうだ。


 とは言え、無駄に高まる野次馬精神。二次元のイベントを生で観れるのは、心惹かれるモノがある。俺は普通にミーハー野郎だし、天然のピンクシルバー頭を是非とも拝見したい。


 この世界は、髪の色も目の色も何でもありのフルカラー世界だ。青や緑、蛍光色だろうと不思議は無い。

 この間なんか、ショッキングピンクの髪と目を装備した小太りの中年男性を街中で目撃した。突然のことで、脳が吃驚していて処理が追いつかず硬直。目がチカチカして痛いし、耳もシャットアウトしているのか何も聞こえない。


 「いやいや、アレはないだろ。マジ、ショッキングだわ。……もはや、歩く凶器じゃね? 幻覚視えちゃった系だわ」


 歩く事も忘れ、三次元の恐ろしさを垣間見て立ちつくす。二次元に夢を見ている人間程、現実を受け入れられないモノだ。俺もその中の一人なワケで……色んな意味で、俺の心に衝撃を与えたのは記憶に新しい。


 まぁ、なんだ……ピンクでも色々と種類があるワケで、まだピンクシルバーは見た事が無い。それに、単純に美少女である主人公チャンを観て目の保養をしたい。あんな、不釣合いな豚みたいなピンクのオッサンはお断りだ。


 首にぶら下がったカメラを手で弄りながら、逸る心を落ち着かせる。


 とりあえず、今後関わりを持つ事になるであろう主人公チャンを自分の目でしっかり把握しておく為にも、俺は少しばかし早起きしていた。

 誰にも見つからないように、適当な木に登り一際大きな桜の木をジッと眺めて待つ。

 主人公チャンによって『道に迷い、裏庭に出る。青空の下……桜の木を眺める』と言う場面が訪れるはず。ついでに、この時の光景を屋上から生徒会長が見ていたって言う話なんだけど……。


 あ! やっべ、主人公チャンキターー!!

 髪色最高ジャン! 透き通ったピンクがめっちゃキラキラしてる。超キューティクルヘアーで輝いちゃってんだけど。うわっ、マジ眩し!!


 って、ん……?


「ちょっ、待て待て。え? ……なんであの主人公チャンはあんな所で寝はじめるワケ」


 何故か、桜の木を眺めるというポーズでは無く、寝る体勢に入っている。素敵ヘアーの興奮や主人公を見れた感動も吹き飛ぶ程の衝撃の展開。しかも、しっかりと枕とブランケットの装備をして準備は万全だ。……いやに用意周到である。

 せっかく、イベントCGをカメラに収めようと構えていたのに、それも無駄に終わる。俺が呆然としている間に、寝付きが余程良いのか完全に寝てしまったらしく動きが無い。

 転入早々、寝るとは大した度胸である。飄々とした『シュガー』を演じているだけで、中身が小心者でニート万歳の俺には、絶対マネ出来ない芸当。マジで、そこに痺れるし憧れるわーと、感嘆する。

 ふはっ、ウソ吐いたスマソ。スゲーとは思うけど、マネしたいとは思わないわ。いくら何でもマイペースに生き過ぎっしょ、ヤバすぎ。


 ――心の中で大量の草が生える。


 抑えきれなかったのか、僅かに肩がゆれる。急ぎ、心の芝刈りをして一旦落ち着く。


 屋上を仰ぎ見れば、生徒会長の『ビター』がシナリオ通りの立ち位置で、主人公チャンが居る方を見下ろしていた。

 瞬間、俺は「あちゃー」と自然と声が漏れる。

 額にのせた手が冷たくて少し落ち着く。


 ……いやいや、まって待って。まじタンマ。っつーか、コレ。え? どうなるワケ? わけワカメ過ぎるだろ!


 一旦、冷静になって考えられたものの、すぐに俺の頭はヒートアップした。お陰で、額にやった手が温まって熱い。


 ここからじゃ、距離がありすぎていまいち会長の表情が分からない。この光景を目の当たりにして、どう思ったのか……。

 俺もまさか初っ端からイベント場所に来たのに、予想外の動きを主人公が選択するとは思わなかった。よくその手のお話ではありがちな、逆ハー狙いの頭の弱い勘違い女が転生してきたというワケでもない様だ。


 主人公の容姿は、何パターンか作る事ができる。ゲームでは、最初の性格診断の回答により、容姿が変わるのだ。と言っても、ベースであるピンクシルバーの髪色や美少女設定は固定。その為、身長差や髪型、顔付が多少変化するくらいだ。


「――いやいや、でもさ。どの選択肢を選んでもアレは無い。タレ目はあっても半目の死んだ目は無かったはず……」


 せっかくの売りである、あの美少女フェイスが無残な事になってるんだけど、マジで。


 主人公チャンの近くの木の上に陣取っていた為、本当は彼女が登場した時点で容姿はバッチリ確認出来ていた。しかし、心の何処かで信じたくなかった。それ故に、先程まで無視していた。だが、この展開になってしまっては受け止める他ない。


 何がどうなって彼女の表情が死んでいるのかは知らないが、あの生気の無い今にも閉じそうな寝惚け眼は中々にキャラが濃い。くっそウザい攻略キャラの生徒会並に濃い!


 一体、どんな回答をしたらあんなあの世一歩手前の顔になるのか問いたい。否、やっぱいいや。遠慮しとこう。なんか、怖いもん。だって、アレだよ? 万人に合わせて作った公式も真っ青な美少女設定を壊す性格……。どんな酷い回答をしても、ゲームの都合上あんな目を生み出す事は無い。もし合ったとしても、完全に真面目に一周クリアした奴が、暇つぶしにプレイしそうなネタキャラだ。人生一回こっきりのリセ不可に、敢えてその容姿を選ぶ物好きは、まず居ないだろ。

 せっかく、高身長でスラっと伸びた白い手足。胸も程よいサイズでモデル並み。顔も整っている。なのに、……あの死んだ目が! あの世捨て人の様な半目が! 全てを台無しにしている!!

 ダレカ、彼女は自ら選択する事が出来ない状況だったと……神様の戯れ、或いは罰ゲームの一環か何かだったと言ってくれ。頼むから……。


「世の中うまく行かないものだな……」


 癒しを求める美少女ハンターの俺は、世の無常を嘆く。ポケットからハンカチを取り出し、目から溢れる汗を静かに拭き取る。


 つーか、容姿メイキング出来るなら、俺は即行でイケメンフェイスに成ってウハウハ展開を選ぶわ。って、まぁ、今の俺は普通にイケメンなんだけど? うっは。今のめちゃくちゃ自分で言ってて、ウザかったわ。ドヤ顔うざーだったわ。

 でもな、悲しいかな。俺の外見がいかにイケメンでモテていようと、中身が童貞の小心者には彼女なんて到底無理な話なワケで、自分で言ってて悲しくなるが未だ独り身です……。はい、ごめんなさい、さっきは調子に乗って。ウハウハ展開なんて夢のまた夢……二次元が嫁の俺には三次元の女の子が怖いし、理想とのギャップが激しくてマジで生きるのがツライ。

 


~~~


【攻略キャラ:俺様生徒会長の場合】


「おい、こんな所で寝てるんじゃねぇ!」

「……ん」

「ったく、仕方ねぇな」


 廊下の隅で行き倒れ……否、寝ている主人公を発見した会長が、怒るも動きの無い彼女に溜息を吐く。


 制服が汚れる事を気にしていないのか、床にベタっとうつぶせ、片手を伸ばしダイイングメッセージを残し逝った死体姿の女子生徒。ソレを見て、『ビター』は毎度の事だと呆れるも表情は何処と無く柔らかい。伸ばされた手の先には、調理実習の際に作ったカップケーキが綺麗にラッピングされて置かれている。

 彼女を起こさないように優しく抱きかかえて、ゆっくりと数メートル先にある部屋まで向かい、中へとそのまま入っていく。

 その後、彼はすぐに部屋から出て先程の廊下まで戻る。ポツリと残されたお菓子を手に、また『生徒会室』と書かれた部屋へと入っていった。



【攻略キャラ:ショタ双子書記の場合】


「ねぇ、ご飯食べないのー?」「ご飯……」

「……ん」

「っもー! きっちり食べないとメっだよ?」「体に悪い」


 裏庭で座り、お弁当箱を前に箸を持ち食べる……否、寝ている主人公を発見した双子の書記が、人差し指で左右から頬つつく。


 可愛らしく頬を膨らまして怒る『ホワイト』と、言葉少なげに無表情に喋る『ブラック』。

 モチモチとした弾力のある頬を堪能した後は、すぐに寝ようとしてしまう彼女に、ご飯を食べさせようとギャーギャー言いながら試みる。「あーん」と、どうにか口だけは開かせて、親鳥の様に餌付けを楽しんでいた。



【攻略キャラ:チャラ男会計の場合】


「あれ? 迷子の子猫ちゃんじゃないか」

「……ん」

「あははっ。子猫ちゃんは寝るのが本当に好きなんだね」


 屋上でフェンスに背中をあずけボーっと突っ立っている……否、寝ている主人公を発見した会計が、頭の垂れ下がった彼女を下からのぞき見て笑う。


 『ピール』は、ピョコピョコと寝癖のついた猫っ毛の髪をポンポンと軽くたたく。おさえ付けても跳ね返ってくる寝癖を楽しんだ後、隣で同じくフェンスに寄り掛かるようにして立つ。

 青空を仰ぎ見て、目をゆっくりと閉じる。深く深呼吸を一度して目を開き、横目で彼女を見れば、自然と口の端が弧を描いていた。



【攻略キャラ:腹黒副会長の場合】


「おや、水やりですか?」

「……ん」

「ふふふ、本当に器用な方ですね」


 庭園でじょうろを片手にしゃがみ込み水遣りをする……否、寝ている主人公を発見した副会長が、口元に手をやり柔和に笑う。


 『ミルク』は、水の入っていない空のじょうろを彼女の手から離して、代わりに自分のポケットに入っていた飴玉を握らせる。周りを見渡せば、満遍なく適切に撒かれた水の跡。太陽の光と相まって、花弁についた水滴がキラキラと輝く。綺麗な光景に少し眩しそうに目を細める。彼女の頭を優しく撫で、幸せそうに微笑んでいた。


~~~


 いやいや……ありえないっしょ!

 なに普通にフラグ回収してるワケ!? あの子、目ぇ閉じたまま“……ん”しか喋ってないんだけど。寧ろ会話として成立してんのか微妙だけど、その前に単語にもなってないだろ。っつか、寝言だったらどうすんだよ。アレで意思疎通できるとか、マジで万能すぎ……。主人公補正強すぎて、逆に引くわ。


 俺は、こっそりと気づかれない様にストーカーよろしく、カメラを片手にパパラッチしていた。

 あれから主人公チャンは怒涛の如く、攻略キャラである高値の華の生徒会メンバーと接触し、親しくなっていた。

 そもそも、彼女は羨ましいことに表情は死んでいても、幸運値が異様に高い。寝ていても勝手にイベントCGの様なシーンを引き出し、甘ったるい異空間を生み出す一級フラグ建築士だ。


 このゲームに、逆ハーエンドは存在しない。

 ソレに近いのが、みんな仲良く友情エンドである。何故逆ハーエンドが無いかと言うと、ゲーム上では選択肢や一日に合う事が出来るキャラに制限があり、時間が足りないからだ。


 なんだけど、ここは現実。その為、やはり違いが出てくるワケで……。


 もうさ、まだ見ぬ未来が視えそうなんだけど。逆ハーエンドの予感ビンビンなんだけど。

 だってさ、友情エンドはもっと爽やかにアハハウフフ的な流れで、夕日に向かって走っちゃうからね。マジで、画面越しなのに俺めっちゃ恥ずかしかったからね? 友人の罰ゲームの内容がコレのフルコンプじゃなきゃ絶対やってないわ。

 家のママンが丁度、部屋に入ってきた時なんかは、マジ絶望したから。ママンが生温かい目で一つ頷いて、手に持ったお盆の上のお菓子を置いて部屋のドアをソッと閉めたからね! もうあの日は、俺の大好きなママンの手作りクッキーが、しょっぱかった思い出しかないわ……。


 話が脱線した気がしなくも無いけど。

 とりあえず、あいつらの愛ガンガン来てね? これ、友愛的な感じなの? 何なの? ってこと……。

 主人公チャンと周りの関係って、どう見ても夕日へ全力疾走しないだろ。寧ろ、主人公チャンなら即行で寝るだろ。


 現に、俺の目の前に広がる光景が物語っている。



「おーい、またココアチャンお寝んねかーい?」

「……ん」

「だから、“ん”じゃなくってさ。起きてくんなーい?」


 放課後、ネタの資料探しに図書室へと行けば、夕日を背に主人公チャンが机に突っ伏して眠っていた。

 当初考えていた、傍観やらサポートやらと言う自分の今後の進路計画の迷いも無くす程の睡眠欲。


「まったくさー。本当にお子ちゃまだよね、キミ。本能に忠実すぎー」


 温かくも寂しさを感じさせる色合いの光を浴びて、うっすらと輝く髪が何とも言えない。加えて、普段晒されている死んだ目が閉ざされ、整った横顔があらわになっており、とても幻想的だった。俺は人並みな何の捻りも無い、ただただ「綺麗だ」と思い息をするのを忘れ、しばし立ち尽くしていた。

 気づけば、カメラのシャッターを切った音。自分でやっておきながら、驚く。無意識にカメラを構え、この光景を逃したくなくて撮っていた。


 ハッとして、周りを見渡してみても彼女以外居ないらしく、司書のおばちゃんの姿も見えない。肝心の主人公チャンも起きる気配はなかった。


「あー、良かった。セーフ」


 詰めていた息を、思いっきり吐き出す。

 眠っている為、本人から許可など取れるはずも無いと分かっている。だけれども、勝手に人の写真を撮る行為に、何となく後ろめたい様な居心地の悪さを感じた。


 つーか、隠し撮りなんて日常茶飯事の癖して今更じゃね? 少し冷静になって考えると、俺はよく形振り構わずに写真を撮っている。むしろ、スクープだとバラ撒いて新聞に載せる様な、お騒がせのクソ野郎だ。

 

 カメラを弄りながら、心の整理をする。

 「盗撮は悪くない……情報担当のシュガーの役を演じる為だ」と、小心者の俺は必死に言い訳をして正当化する。


 机の上に枕を置き、ブランケットは膝に掛けている。縮こまる様にして眠る主人公チャンを見て、そちらへと歩み寄る。温かくなってきたとは言え、まだ少し肌寒い。夕方時で気温が下がった今、罪悪感からなのか分からないが自分の上着を脱ぎ、肩に掛ける。

 身じろぎを少しした後、先程よりも幸せそうに眠る姿にホッとする。

 何だかんだで、結果的にこういう行動をしてしまう辺り、俺にも世話焼き要員としてのフラグが建っている。情報面とは別ではあるが、サポートをしてしまっている事に気づく。

 

 っつーか、俺って実は2週目からの攻略可能キャラなんだよな……。

 自分が既に、主人公チャンを囲っている奴らの仲間へと足を踏み入れている気がしなくも無い現実に、寒気を感じた。

 ワイシャツ越しに腕を摩り、気のせいだと明後日の方を向いた。



~~~


【授業中の風景】


「ココアは、また寝ているのか……起こし――」


「シゲ造先生! それは、違いますわ! 第三の眼が起きているのをちゃんと見てくださいな!」

「M字ティーチャー。寝てるって言うか、瞑想してるだけなのでソッとしておいて下さーい」

「アレだよアレ。睡眠学習的なヤツだよ、ハゲ造先生の頭のアレと一緒で」

「やーい、若ハゲー。髪が無い癖に性格も悪いとか終わってんぞー!」


 授業中に寝ているココアを起こそうとした教師だが、彼女のクラスメイト達がソレを阻止していた。

 一人ひとり、言っている事がバラバラで統一性がないが、皆思っている事は一緒だ。

 しかしながら、教師である28歳独身の盛造は言いたかった。授業中に寝ているのは良くない事であり、注意するのは当たり前の事。そして、ココアの額に描かれた無駄に上手くリアリティーのある眼の必要性と、言い訳を少しくらい話しあうか合わせるくらいの協調性もって欲しいと。それに最後のヤツは完全に悪口しか言ってない……。このクラスの生徒は、非常に個性豊かでノリが良い。ツッコミ所が多すぎて対処しきれない。とりあえず、「お前らなー! 俺の名前は盛造もりぞうだ! いい加減覚えてくれ。寧ろ、その俺の頭に関する協調性を他の所でも発揮してくれ……頼むから」



【クラスメイトの場合】


「ココアちゃーん。お菓子あげるねー」

「ココア、俺のノートコピーしといたから。時間あったら、見ときなよ」

「ココアさん、ひざ掛け落ちてますわ。もう、仕方ないですわね」

「ココアたんの半目もイカしてるけど。寝顔もステキんぐ! ちょープリティー! マジ癒し!!」



【ライバルキャラ:ドリルお嬢様の場合】


「ちょっと、ココアさん! 今から移動授業ですわ!」

「……ん。――……」

「なっ!? 席を隣に移動すれば良いってものではありませんわ!」


 自慢のドリルへアーを振乱し、お嬢様の『ミント』はココアの机の隣に立ち、金切り声を上げていた。

 授業を受ける気は無く、寝出す姿に「まったく、ココアさんは――……」と、高飛車に小姑の如く小言を言う。真面目で責任感が強い彼女は、半目のココアを引きずってでも、どうにか移動教室へ連れて行く。この時のミントの背は、可憐さや優雅さを何処かへ置忘れ、大きく逞しかった。 



【攻略キャラ:ホスト教師の場合】


「おい、ココア。補講の授業まで寝てたら意味ないだろ」

「……ん。――5……」

「はぁ、正解だ。お前はやれば出来るんだから、もうちょっと起きる努力しような?」


 仕立ておろしの様な綺麗でいて、個性のある派手な高級スーツを身に纏った男性教諭の『ティー』は、目の前の問題児に頭を悩ませていた。

 テストの点は良いのに授業態度が悪い。その為、マンツーマンで補講を受けさせられている。とは言え、何だろうと寝ている姿勢を見せるココアに苦笑しつつ頭をワシャワシャとかき混ぜる様に撫でる。お陰で、ココアの髪の毛はグシャグシャになっているが、彼女は怒るどころか全く気にしていない。寧ろ、頑張って持ち上げている頭が下がり、半目もゆっくりと閉じようとしていた。

 どうにもならなそうな、病気と言える程の眠気に襲われているココアに「病院行ってみるか? なんなら先生も付いて行ってやるから」と心配気だ。

 頭を撫でる手も、先程の荒っぽさなど無く優しくゆっくりとしていた。



~~~


「おいおい、あの子は保護者を何人増やしたら気が済むんだよ……」


 増加しすぎじゃね? ライバルキャラのお嬢様に、俺と同じく2週目攻略キャラの先生とか……。

 保護者からの逆ハー要員へのクラスチェンジとか、勘弁だからな。せめて先生は、ココアチャンの保護者一同の集まりを開いた際には、PTA副会長という役職をあげるからソレで許して。クラスチェンジはダメ、絶対だからな! 会長の座は、お嬢様だろうし。とにかく、最後の砦が俺だけとか、本気で泣いちゃうヤツだからね!!

 

 そもそもさー、あの子のクラス自体にも既に保護者の方がいっぱい居るんだけど。ココアチャンってば転入早々、マスコット的な立ち位置で可愛がられている様子。


 何? 母性本能的な何かが、男女問わず出てきちゃう感じか?



「いや、だからさー。ココアチャン、そんな所でお寝んねしたら風邪引くって言ってんじゃーん?」


 いつもの如く図書室へと赴けば、窓際のベスポジに居座る彼女の姿がまず目に入る。


 ――あー、駄目だ。俺も完全にオカンやってるもんな。


 条件反射の様に、彼女のもとへと直行。少し前に買ったココアチャン専用のブランケットを取り出して肩に掛けてあげたのが、何よりもの証拠だ。 


 そっと眠るココアチャンの目元をなぞる。薄っすらとのぞく隈に、自身が触れた手に付いたコンシーラーの跡……。

 自然と眉が寄るのが分かる。

 あー、これだから嫌なんだ。興味本位で他人の秘密を暴いておきながら、今は手の平を返す様に一歩下がり傍観しようとする。

 知らなければ良かったと後悔した。


 うだうだとそんな取り留めの無い事で悩むも、結局のところ彼女の領域に勝手に踏み入っておきながら、そのままサヨウナラをする程、俺も薄情ではない。少なからず、自分にもあるらしい良心が訴えかける。


 はぁ。何でだろうな――と、溜息まじり苦笑して下がった足は、自然と前へと進む。


 難しく考えてしまう自分の気持ちとは違い、体は素直に動く。

 彼女の頭の上に手を置き、柔らかな髪に手を通し撫でる。


 頬は緩み、今の俺はとても気持ち悪い顔をしてるんだろうなと独り思う。



「今くらい、いい夢を……おやすみ。――チャン」


 本当は知ってたんだ。

 キミが夜に眠れていないことを。だってキミは――……



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 語り手の口調のテンポが読んでいて楽しかったです。 [一言] 意味深長な終わり方が気になりますね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ