008話 血生臭い話
『月日に関守なし』
とは良く言ったもので、まったく月日が経つのは早い。
僕達母子が山にある母様の実家に身を寄せてから早いもので6年が過ぎた。僕ももう7歳だ。
なかなか上手く喋れなかった僕も今ではきちんと喋れるようになった。もしかしたら何か身体のどこかに問題があるのかも? と少し心配していたのでホッとしたよ。
さらに嬉しいのは離乳食が終わって普通の食事ができた時は最高だったね。
グリルされた大きな肉に齧り付いた時は、ほんと幸せだったよ。
それにしても、ここでの暮らしは楽しい!
母様がいて、祖母様がいて、祖父様がいて、僕がいる。
僕はまだ大した事はできないけど、みんなで手分けして仕事して一生懸命生きている。
助け合い、支えあう、そういう暮らしは素晴らしい!
その、我が家の仕事は猟師と薬屋さんだ。
正確には祖父様と母様が猟師として山に入っている。これには最初驚いた。母様が猟師として山に入るとは……。母様は元々、祖父様に仕込まれ昔から狩りをしていたらしい。そんなある日、これまた狩りをしに来た僕の父に見初められ妾になったという話だ。なるほど、それが馴初めか。
「昔取った杵柄よ。頑張るわ」
と、あの6年前の実家に来た翌日から母様は祖父様と狩りに出ている。
僕と祖母様は家で留守番だけど、やる事は山ほどあって忙しい。
6年前は何もできず、今でも大人ほど働けないけど、僕もできる限りのお手伝いはしている。
僕の仕事はまず兎の世話だ。家の傍に小屋があるのだけど、そこで兎が飼育されている。
春から秋はともかく、雪の降り積もる冬山の狩りは危険で獲物も捕り難い。だから冬の間は主に飼育した兎を村に売っているのだ。地球だと冬の雪山でも狩りをしたりするけど、ここでは違うらしい。
冬に飼育していた兎をたくさん売るので、いつも春先は兎の数は少なくなる。それをまた秋の終わりには兎が沢山いるように増やすというサイクルをしているのだ。
うちで飼ってる兎は年二回ほど、雄と雌を一緒にさせて子供を産ませている。ここの兎の妊娠期間は30日ぐらいで一回のお産で五匹から六匹くらい産んでくれる。産まれた子兎は半年もすれば成獣になる。やろうと思えば、兎をもっと増やす事も可能なようだ。今は年二回しか子供を産ませていないけど、年に三回から四回は産ませる事もできるらしい。だから兎の数を増やそうと思えば1年でかなり増えるだろう。その分、餌集めは大変になるけど。
ただ、兎を買ってくれる村の人も、その多くは毎日兎が買えるだけの経済的余裕は無いし、鶏を飼っていて、それであまり兎を買わない人もいるから兎を無闇に増やしすぎても無駄になるそうだ。需要と供給の関係というのはなかなか難しいらしい。村人に兎を売ると言ったけど、どちらかというと物々交換の方が多いようだ。村人が育てた麦や野菜と兎を交換するのだ。
ただし領主様の館、つまり僕達が昔住んでいたとこは別で、兎を祖父様が定期的に届けている。これはある種の税らしい。一部例外を除いて、この村周辺全ての土地は山も含めて、領主様(お館様)の物なのだそうだ。その山で狩りをする「使用許可料」の一部として兎を物納しているそうだ。
村人に兎を売る場合は、欲しい人がうちに来るか、祖父様が領主様の館に兎を届けに来る時か、これは後で述べるけど祖父様が魚を売りに来る時に、何匹の兎を何日に届けて欲しいと注文するというような方式をとっている。兎は内臓も食べるから新鮮な方がよく生きたまま渡している。
そう言えば日本には兎の腸にある糞をそのままにして料理して食べる兎の糞料理があるけれど、ここではそういう食べ方はしないらしい。
だけど兎も子供の頃は凄く可愛いね。でも大人になると凄くふてぶてしいんだよね。地球の兎もこんなだったかな?
ところで村に豚はいないし、牛もあまりいない。何でも数年前に家畜だけがかかる病気が流行ったらしく、殆ど家畜は全滅してしまったそうだ。鶏や、うちの兎だけは無事だったらしい。それで、ここ数年、外の町から少しずつ牛を買い入れしている状況だからこの村に牛の数は少ないのだそうだ。
それはさて置き、僕の役割は主に兎の餌やりと兎小屋の掃除だ。それに餌も集める。
僕が朝一番にする事は兎小屋の中で糞集めをする事だ。この兎の糞は乾燥させて燃料として暖炉で燃やしたり、風呂を沸かす燃料として使われる事になるから疎かにできない。特に冬には貴重な燃料になる。地球の歴史でも遊牧民が牛や羊の糞を燃料にしているのを本で読んだ事があるけれど、兎の糞も燃料になるとは思わなかった。考えてみれば、兎も牛や羊と同じ草食動物だから可能なのも当然か。
でも、この糞集め、春先は兎が少ないから糞も少なく楽だけど、秋には兎が沢山いて糞も大量にあるから、ちょっと辛いなぁと感じてしまう時もあったりする。あはははっと乾いた笑みが出てしまう。
次に兎の餌やりだけど、地球の兎の事は知らないけれど、ここの兎は植物だったら何でも食べるようだ。朝は前日に用意した物を与えている。摘んで来た葉っぱや草や木の皮といったものだ。何せこの世界は天気予報が無いから次の日に雨が降るかどうかなんて確実にはわからない。大雨が降った日には、とてもじゃないけど山は危なくて外に出かけられない。そうなると当然、兎の餌を集める事なんてできなくなる。その日に必要な分を当日に集めるという考えではリスクがあるのだ。だから悪天候に備えて、数日分の餌は用意するようにしている。ただ、その殆どは保存のきく木の皮だけど。
用意した餌をやったら次は餌集めだ。葉っぱや草を集める。できるだけ村へ行く道筋から集めるように言われている。そうすれば村へ行く時、山道を歩くのが少しは楽になるかららしい。
餌にしている木の皮だけは、祖父様と母様が持ってきてくれる。狩りに出ても獲物が見つからない日や、捕れた獲物が小型の時もある。そういう時は狩りの帰り道で、餌になる木の皮を剥いでもって来てくれるのだ。
ついでに言うと、こういう日は茸も採って来てくれる事も多い。季節にもよるけど、マイタケ、シイタケ、ヤマドリタケ、ショウゲンジ、シロカノシタ等色々だ。どうやら茸の名前は日本とこの世界は同じようだ。
それはともかく、夕方と翌朝に与える兎の餌を集め終えたら祖母様のお手伝いだ。
この間、祖母様も忙しく働いている。朝は、家から大人の足で五分ほど歩いた所に湧水が出ている場所があるので、ここで壷に料理用と飲用の水を入れ家との間を何回か往復している。兎の飲む水も運んでくれる。その後は洗濯だ。
家周辺で採れる山菜を採取したりもする。ゼンマイ、コゴミ、アザミ、クサギ、ウドなどだ。そして薬作りをしつつ昼食の用意や夕食の用意をしている。
狩りに行った祖父様と母様の獲物は鹿、熊、鼬、兎、猪、狐、山鳥、雉、山鳩など様々だ。狼もいるらしいけど最近は見なくなったそうだ。祖父様の話によると、何年か前に狼の毛皮が高額で商人に売れるため、仕留めた獲物を餌に狼を誘き寄せ集中的に狩っていたそうだ。そしたら段々見かけなくなったとか。また、そのうち姿を見せるだろと祖父様は笑って仰ってますけど。あの祖父様それって乱獲したんでは……。まぁいいか、別に困らないしと苦笑する僕。
ところで、この世界の動物は地球の動物と名前は同じだけど、少し体の構造は違うようだ。何せどの動物にも頭の上に小さな角が二本生えている。この角について祖父様に聞いてみたら無いのは人と鳥と魚だけだと言っていた。他の陸の生き物はみんな角が生えてるそうだ。
ただ、魚の場合、海にいる何種類かの魚には角が生えているらしい。ただし魚の角は一本なのだそうだ。その角の生えた魚については家族の誰も海に行った事が無いので実際に見た事は無いそうだけど、旅芸人の一座の人達が、そういう魚がいると話していたそうだ。
もしかして角のある魚って、地球で言うところの一角とか、テングハギとか、カジキマグロじゃないかな? 一角は鯨の仲間だから正確には哺乳類になるかもしれないけど。いやこの世界の場合、もしかしたら一角も生態が本当に魚類になってる可能性があるかも。何せ異世界らしいから。
ところで祖父様が狩りに行く時、春に持って行くのは2メートル半ぐらいの槍と弓とナイフと短い棍棒で、他の季節は槍は持たない。母様の場合は春に持っていくのは2メートル半ぐらいの槍とナイフと弓で、やはり他の季節は槍を持たない。
だからてっきり狩りは全部そうした道具でしているのかと思っていたけど違ったようだ。
家のある山と隣の山の獣が通りそうな箇所に落とし穴を幾つも掘ってあり、その罠に落ちた獲物も捕らえているそうだ。落し穴を一つ一つ確認しつつ、周辺に弓矢で捕れる獲物がいないか探すという動きをしていると祖父様が教えてくれた。
落し穴の罠に掛かった獲物は一度見せてもらった。
ある日、狩りから帰ってきた祖父様が、明日、僕も狩りに連れて行くというので祖母様と付いていった。家から一番近い落し穴の罠に鹿がかかったそうだ。だから僕にも見せようという気になったらしい。子供の足ではまだまだ本格的な狩りに行くのは無理だけど、近い場所だから連れって行ってみようという事になったようだ。現地に着いたら確かに生きた雌の鹿が落とし穴の中にいた。祖父様と母様は2日前に、この鹿が落とし穴に落ちているのを見つけたそうだ。何ですぐに鹿を処分しなかったのかと聞いたら、餌の無い状況で弱らせるのと身体から糞を出させるためだと教えてくれた。特に糞を出させておくと、その分、後で解体した時に内臓を洗うのが楽だそうだ。なるほどね。落とし穴に落ちて酷い怪我をしていたりする場合はすぐに処分するけれど、そうで無い場合はそういう理由で数日様子を見るということらしい。
落とし穴に落ちた鹿をどう処分するのかと思ったら、まず祖父様は、穴に飛び降りながら鹿の頭を棍棒で叩いてさらに弱らせた。そして直ぐに鹿の後ろ足2本に長いロープをかけて結び、その長いロープを母様に渡す。その間、祖母様は、近くの木にロープをしっかり結び穴に落としている。祖父様が祖母様が垂らしたロープを使い穴から這い出して来て、母様と祖母様と一緒に鹿に結んだロープを引っ張り出す。鹿を全部地表に引っ張り出す事はせず、鹿の頭、首、前足、胸のあたりが落し穴に向かってブラーンとしている状態にしてロープを近くの太い木に結び、鹿が落とし穴に落っこちないようにしたら、また祖父様が落し穴の中に飛び降りる。それで鹿の首の付け根にある血管(頚動脈?)をナイフで切り血を出させ「血抜き」を行った。
鹿の頭を下にする事で効率よく血抜きができるそうだ。それに生きて心臓が動いている方が血の出も良いらしい。鹿はこの血抜きで失血死させる。生きているうちに血抜きを行うのが有効で、死んだ後で血抜きをしても、血の出は悪く体内に残る血が多いらしい。
この血抜きをするのと、しないのでは肉の保存できる日数と味が違うそうだ。血抜きしないと肉が腐敗するのも早いらしい。
血抜きの血も無駄にはしない。祖母様が、家から持って来ていた壷を穴の中の祖父様に渡し、祖父様はその壷を鹿の傷口に当て、流れ落ちる鹿の血を溜めた。その血をどうするのかと祖母様に聞いたらソーセージにすると教えてくれた。
そう言えば地球でもブラッドソーセージ(血入りのソーセージ)があったなぁと思い出した。フランスにはブーダン・ノワールという血入りのソーセージがあったし、ドイツにはプルートブルスト、ポーランドのキシュカとか、まだまだ他の国にもあったし、血を使った腸詰料理も世界のあちこちにあった。こちらの世界でも同様なのだろう。
落し穴にかかった獲物の場合はこうして血抜きの血も壷に溜めるけれど、弓矢で獲った獲物の血抜きの血はそのまま山に垂れ流しで捨ててしまうそうだ。弓矢の傷で瀕死の状態になっているところを捕らえた獲物は、心臓が止まる前に早く血抜きをしなければならず、血を溜める壷を家から持ってくる時間が惜しいらしい。当然の事ながら壷を持って狩りに行くのは大変だし邪魔になるから、壷は持ち歩かないし。弓矢で即死した獲物にしてもできるだけ血抜きして終わりにしてるそうだ。
鹿の血抜きが終わったら鹿を引っ張り上げて、祖父様が鹿を担いで家に持ち帰り、家からちょっと離れた場所で解体となった。これを細かに語るとあまりにグロイので簡単に言うと、腹を割いて内臓を取り出し、その後に皮を剥ぎ、肉をばらすという工程だ。
その中で目を引いたのは胆嚢を特別扱いした事。鹿胆と言って干して乾燥させると薬になるそうだ。日本では昔から熊胆と言ってやはり熊の胆嚢を干して乾燥させた物が万病に効くと信じられ高価な物とされていたけど、それと同じような物らしい。この世界でも熊胆はあり、やはり高価な物だそうだ。鹿胆は熊胆より格下とされるけど、やはり高値が付くらしい。
ところで家の近くに洞窟のような亀裂があったけど、やはりあれは洞窟だったようだ。しかも結構、奥も深く広い。解体した鹿の肉の塊は部位ごとに分けられ、この洞窟に運び込んだ。洞窟の中はひんやりと涼しく自然の冷蔵庫になっている。
ここに肉を暫く保存しておくと肉が美味くなると祖父様が言っていた。ただ、「肉の量が減ったりカビが生えたりするのが玉に瑕だな」とも言ってる。それってカビは別にして恐らく地球で言うところの「乾燥熟成肉」になってるからだと思う。「乾燥熟成」の場合、肉が最も美味くなる頃には水分がかなり減って2割は重さが減るらしいから。
ちなみに「乾燥熟成」の方が美味いという考えは他の村人達には無いようだ。というより知らないのかも。いつもは生きたままの兎を喜んで買っている。生きている方が「生きが良くて美味い」というような考えらしい。冷蔵庫が無く生肉の長期保存が難しいし、内臓も食べるからそういう考えが浸透しているようだ。ここの村では肉を保存する場合は塩漬けが一般的で、保存期間が長くなればなるほど肉が堅くなるから余計にそういう考えになるのかもしれない。
だから村にも鹿の肉を売るけれど熟成する前に売ってしまっている。何せ鹿のどこの部分で、どれくらいの量(重さ)かで価格や交換する麦や野菜の量を決めているので、熟成して肉の重さが減ると価値が下がるのだ。
それに天候などによって豊作だったり不作だったり、猟にしても必ずしも毎回獲物が捕れるわけではないという、食糧の確保が必ずしも安定していないという事情も質(味)より量を優先させているのだろう。
うちで食べる場合も鹿や他の獲物が多数捕れて肉が多くあり、たまたま長く保存しておいた肉が偶然「乾燥熟成」という形になっているようだ。家の近くに天然の冷蔵庫たる洞窟があったからこそ、うちは偶然に肉を熟成させているという事なのだろう。肉が美味くなるとは言っても量が減ったり、カビが生えるのでわざと熟成させてはいないようだ。なるほどこの世界でもカビは大敵か。
捕って来た鹿の内臓は、よく水で洗ってぶつ切りにして、その日のうちに煮込み料理にされ食べたけど、美味しかったよ。うん。
鹿の皮はなめす作業(防腐処理)をして「革」にしていた。まず鹿の皮の裏側に付いた脂や肉を丁寧に取る。その後に準備するのが何と栗。栗の木は秋に栗の実を落とすから、これを拾って焼き栗にして食べている。この世界の栗も美味しいね。栗を拾う時、栗の葉や栗の木の樹皮も集めている。そして焼き栗を食べた時に出る栗の皮や渋皮を取って置き、これと栗の葉や樹皮を全部細かく砕き、それを桶に水とともに入れ、これに鹿の皮を数十日間漬けている。栗の皮や樹皮等から何かしらの成分が出ているらしい。そして漬け終わったら水洗いし、数週間干して、手で揉み解し柔らかくして完成。この鹿の革も高値で商人に売れるらしい。
ちなみに栗の葉は乾燥させて粉末にして咳の薬にもしていた。だから栗は、実は食料に、葉は薬に、皮や樹皮は防腐処理にと大活躍。凄いな栗! でもマロンケーキ食べたくなって困ったよ。僕あれ好きなんだ。
鹿の脂から蝋燭も作っていた。簡単に言うと脂身を鍋で熱して出てきた脂を、芯になる紐を入れた型に入れ冷まして固めたら出来上がりだ。村の人達は兎の脂で蝋燭を作っているそうだ。
鹿も薬に肉に蝋燭に毛皮にと大活躍だね。
ところで狩りの獲物の解体の仕方や部位の扱い方は当然かもしれないけれど動物の種類によって違うようだ。
春に祖父様と母様が90キロほどはありそうな熊を捕ってきた事があった。祖父様が担いで来たけどあれにはびっくりした。
その熊を解体した時、祖父様はまず仰向けにした熊の喉から下腹部までナイフで皮の厚さだけ切り裂き、次に四肢ににも切り込み入れ、それを最初に切った身体の切り口に合流させた。その後はまるで蜜柑の皮を剥くような感じで皮を剥ぎ取っていく。皮を剥ぎ取った後の熊は遠目には白熊みたいな感じだ。身体全体に黄色がかった白色の脂肪が厚くとりまいている。再び喉から下腹部まで切り裂き、今度は内臓を取り出した。その内臓を取り出した後の体の穴には血液がたっぷり溜まっている。その血を祖父様はカップで掬って壷に入れた。熊の血は乾燥させて粉末にして薬にするそうだ。飲むと人の血を増やす効果があり、血を流す事の多い女性に好まれるそうだ。
一方、剥がされた皮は、皮なめしの作業を祖母様と母様が行っていた。毛皮では熊が一番高値で商人に売れるらしい。
祖父様は血を採った後は、脂肪を切り取り肉を切り分け、その肉は洞窟に運んでいる。
熊の脂肪も薬になるそうだ。脂肪を鍋で熱すると脂が出てくるので、それを陶器の壷に入れ冷ますと火傷や切り傷に良く効く熊脂という薬になる。でも熊の脂肪は軽く10キロ以上はあるから全部を熱するのは大変な作業だ。数日かかっていた。
骨も乾燥させて粉末にし酢と練り合わせると打撲や打ち身に良く効く薬になるんだとか。
熊胆になる胆嚢は当然として、内臓も肝臓や腸や肺、心臓、それに脳まで薬になるそうで、ほんと熊は捨てるところが無いというか皮以外、全身薬になるような動物らしい。凄いな熊さん!
こうして出来た薬は村人にも売るけど大半は大きな街の商人に売っている。ただ、いつも領主様が税としてかなりの割合を持って行くのが玉に瑕だと祖父様がぼやいていた。
ところで熊は春先にしか狩らないそうだ。冬眠から目覚めたばかりの熊は、動きも鈍いし胆嚢が大きいからと祖父様が教えてくれた。
熊は冬眠中は食べないから胆汁が胆嚢に溜まり胆嚢が大きくなるらしい。熊胆は大きければ大きいほど高値で売れるそうで、それを狙っての事なのだそうだ。秋などは熊は冬眠に備えてよく食べるため熊の胆嚢はとても小さいらしい。熊は危険な動物だからリスクを小さく利益を大きく得るために季節を限定して捕っているという事のようだ。だから春にだけ対熊戦用の槍を持って行くというわけだ。
村への肉の供給だけなら兎だけで充分だけど、高価な毛皮と薬の材料のためにも狩りをしているのが我が家という事らしい。
あれっ、そうすると、もしかして将来というか、あと数年もすれば僕も狩りに出て、熊と戦うのかな?
熊と戦うなんて自信ないんですけど。
……………………ああっ将来が不安だ。