0014話 必ずあると信じていたよ…
『災い転じて福となす』
昔からよく使われてる諺だよね。災いをうまく処理して良い方向に持っていくという事だけど、そもそも最初から災いが来なければいいのにと、いつも思っていたよ。
緑溢れる自然の中、僕は今一人で川に来て漁をしているよ。
狙いはギバーチだ。
ギバーチは日本で言うところのナマズの一種だね。この川で捕れる魚では一番価値の低い魚だよ。
祖父様お得意の「茹で魚料理」が食べたくてねギバーチが欲しいんだ。
前に祖父様が作ってくれた事があるんだけど豪快な料理でね、地球でノルウェーの木こりが始めたという「フィッシュ・ボイル」という料理に似てるんだ。
屋外で料理するんだけど、大きな鍋に大量の水と塩を入れて沸騰させてね、それに二つに切った芋を沢山とギバーチも複数入れて茹でるんだよ。
ところで芋って言ったけど、この芋は黒い皮で丸っこい感じのこの世界に来て初めて見た品種の芋だよ。地球には同じ芋があるのかな? わからないや。
この料理は火力が大事だそうでね。まるでキャンプ・ファイヤーのように焚き木を大量に使って高火力で茹でるんだよね。火の勢いが凄いから屋外でないとできない料理だ。
大量の塩を使うからアクと魚の不要な油が鍋から溢れだして凄い事になるんだよね。
野外での男料理の決定版みたいな感じ。
大量の塩を使うから塩分利き過ぎかなと思ったら、そうでもなくて丁度いい感じだね。
茹でた魚と芋にバターを塗って食べると最高なんだ。
ノルウェー発祥の「フィッシュ・ボイル」も白身魚を使って、茹で上げた後にバターを塗っていただくらしいよ。その美味さは格別で「貧乏人のロブスター」と言われてるぐらいの美味しさらしいけど、祖父様の作る料理だってきっと負けて無いと思うね。
昨日、祖父様が、村の人と兎肉と牛のバターを交換して、久しぶりにバターが手に入ったんだ。
だから「茹で魚料理」が食べたくなってね。それで漁に来ているという訳。ギバーチ沢山とれると嬉しいな。
そろそろ川に仕掛けた親糸を手繰り寄せますか。
あれっ?
今なんかどこかでドサッという音がしたような……
振り返って見た。
げっ! 猪がいる。それもデカイ! 大猪だ。
巨大な山犬に乗るヒロインが活躍する某作品に出て来た大きな猪を思い起こさせる。
山から河原に出てきたとこって感じだけど、水でも飲みに来たのか?
どうかこちらに来ませんように。
という僕の願いも虚しく何かこちらに向かって来るような感じなんですけど!
いや大猪君、お願いだからあっち行って、ね。僕こっちにいるからさ。
と思っているのに、何でこっちにくるんだよぉぉぉぉーーー
大猪が僕目指して走り出したよ。
何で? 僕なんかした? 平和にいこうよ平和に!
それにしても速い!
河原は石ころだらけなのに何だその速さは!
日本で暮らしてた時、昔テレビで猪駆除のニュースで、猪が走ってるの見た事あったけど、猟師さんは全力で走る猪に対応できてなかった。その時の猟師さんの気持ちがわかる気がする! 何この速さ!
逃げるの無理だ!
武器は剣の代わりに持ち歩いてる木刀は……少し離れた場所に置いてある。間に合わない!
ならいつも身に付けてるナイフで戦うしかない!
そうこうしてるうちに大猪が突っ込んで来る。迫って来る。
狙いは大猪の目だ!
ナイフを突き刺すしかない!
突っ込んで来た!
今だ!
と思った瞬間、僕は吹っ飛んだ。
ナイフを突き出す前に吹っ飛ばされた。
大猪の方が速かった。
その体当たりを腹に思い切り喰らったんだ。
天高く吹き飛ばされたって言うのは大げさだけど、空を飛んだよ僕は。
青い空が一瞬見えたよ。
大猪は僕を跳ね上げたのだろう。
持っていたナイフは吹っ飛んでチャポン! と川の中に落ちた音がした。
そして僕は背中から地面に叩き付けられた。
河原は石ころだらけ、最悪の場所だ。固い石ころのせいで痛いこと痛いこと。
あまりの衝撃に一瞬、息が止まったよ。
あぁ後頭部が痛い。
打ったからね。
背中が痛い。
跳ね落ちたからね。
足が痛い。
打ち付けたからね。
腕が痛い。
ぶつけたからね。
お腹が痛い。
正面から激突したからね。
痛かったよ。ほんと痛かった。
この世界に来てこれほどの肉体的苦痛を味わったのは初めてだ。
祖父様との戦闘術訓練でさえ、これほどの痛みを受けた事は無かった。
馬術の訓練で落馬した時だって受け身はとっていたから、これほど酷い痛みは無かったしね。
だけど、身体の痛みは無視してすぐ跳ね起きた。
怒り心頭で頭に血が上っていたよ。
頭が沸騰しそうだ。
大猪が走って行った方を見たら、大猪は十数メートル先で止まって方向転換し、またこちらに突撃しよとしているらしい。
僕の闘争本能に火が付いた!
僕は怯えや恐怖よりも身体の痛みから来る怒りに支配され怒髪天を衝く思いだ。
簡単に言えば、ぶちぎれていた。
本気でぶちきれた!
この世界に来て初めて本気でぶちぎれた!!
この痛みを味あわせてくれた大猪に本気でぶちきれた!!!
痛みはいつの間にか意識の隅においやられ、あまり痛くない、
きっと怒りがアドレナリンを全開で出させているせいだろう。
やられたらやり返す! 1000倍返しだ!
吠えたよ僕は!
「よくもやってくれたなこのウリ坊風情が! ぶち殺したる!」
左足を前に出してその膝を曲げ、右足は少し後方に置いた。左拳は真っ直ぐ前へ、右拳は脇腹近くに引き寄せた。
使う技は一つ。
右正拳逆突きだ。
この一撃に全てを賭ける!
「来いや! このど畜生!! 人間様の本気を見せてやるぜ!!!」
単純な闘争本能に身を委ねた僕に再び大猪が突撃してくる。
近づいてくる。
迫ってくる。
「ここだ!」
足のバネを生かし腰を入れた右拳を大猪の顔目がけて打ち放つ!
だが、しかし!
渾身の力を込めた右拳に手応えは無く、吹き飛ばされたのは、又しても僕だった。
一瞬の差で大猪の体当たりの方が速かった。
下腹に凄い衝撃を受けたよ。そこに大猪の突撃がぶち当てられたのだろう。
今度は前に吹っ飛ばされた。
空中で一回転してまた背中を打ち付けた。
身体中のあちこちが痛い。
流石に大きなダメージを負った感じだ。
くそっ! アドレナリンはどうした。
大の字に延びながら僕は身体の反応を確かめる。
右腕は……動いた。
左腕は……動いた。
右足は……動いた。
左足は……動いた。
目は……両目とも見える。
よし!まだ、動ける。
僕は自分に言い聞かせる。
まだお前は死んでない! 戦える!
14歳で人型の最終兵器に乗った少年だって最後まで逃げなかったじゃないか。
バスケの名監督は、諦めたら終わりだって言ってたじゃないか。
男なら死ぬとわかっていても戦わにゃならん時があるって、顔にサンマ傷のある海賊が言ってたじゃないか。
さぁ立ち上がれシャルリー!
まだ戦いは終わってない。
これからだろ。
「くそったれ……」
身体のダメージを無視して僕はヨロヨロと立ち上がる。
大猪の方を見た。
ヤル気だ。
また僕目掛けて突撃しようとしている。
いいだろう。受けて立つ!
再び僕は右正拳逆突きを放つための構えをとった。
「来いや!」
再び突撃してくる大猪。
これまでにも増して速度が上がってるように見える。
迫力だ。
近づいて、近づいて、近づいて来た。
この時、頭の片隅で僕は「死んだな」と思った。
悔しいが、この大猪には勝てないと。
渾身の正拳を叩き込んだところで、砕け散るのは僕の腕の方だろう。
でも諦めん! 根拠無くそう思った時だった。
大猪があと5秒程度で来るという時だった。
何かが僕の中で弾けた。
弾けたというより割れたと言ってもいいかもしれない。
身体のどの部位でそれが起こったのかはわからない。
頭かもしれない。心臓かもしれない。身体全体かもしれない。
でもそんな事はどうでもいい。
僕の中で起こった変化は、僕の身体中に「力」を漲らせてくれた。
それも、とてつもない「力」だ。
僕はその「力」が何に使え、どのような事ができるのか、何時の間にか理解していた。
それはほんの数秒間の出来事だったけど、とても長く感じた時間でもあった。
僕の「力」が目覚めたのだ。覚醒したのだ!
僕は躊躇わなかった。
「力」を使った。
ほんの少しだけ、大猪に対して。
突っ込んで来た大猪に向けて放った拳は「力」の影響でとてつもなく速く重く的確にヒットした。
少しだけしか「力」は使ってなかったけれど、それで十分だった。
今度は大猪が吹っ飛んでいった。十数メートルもの距離を大猪は吹っ飛ばされ転がりようやく止まる。
ピクリとも動かず、どうやら鳴き声を上げる暇さえなく絶命したようだ。
「フッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
拳を放った体勢のまま、僕は笑いだした。
あぁ笑いが止まらない。
顔がにやける。
嬉しさが後から後から込み上げてくる。
初めて一人で大物の大猪を倒した事。そして「力」を手に入れた事。さらに「力」を使って大猪を倒した事。
三重の喜びだ。
とりあえず僕は拳を天高く突き上げ勝利の雄叫びを上げた!
「勝(狩)ったぞぉーーーーーーーーーーーー!」
こうして僕は初めての死闘に勝利し、待望の「力」を手に入れたのだ。




