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0011話 修道院にて…

「道、窮まれど今だ神に祈らず」

とは、かつて反逆の罪により処刑されたある知識人の言葉だけど、神頼みしないなんて漢だね。僕には真似できないよ。何せ僕は「苦しい時の神頼み」ばかりしてる人間だから。


僕は今、修道院にいる。

修道士となるために、聖なる誓いを立て、修道院長様の前に跪き祈りの言葉を唱えている。

僕の両脇と後ろに立つ修道士達が、これから僕の頭頂部を剃毛する儀式を行おうとしている。

あぁ、これからの僕は、このブラート達(修道士達)と共に神にお仕えする生活に入るのだ……

………………なんて事は一切してないよ。


実際の僕は修道院内にある総会室という部屋の片隅で本を読んで勉強している最中だ。

最初は、てっきり僕には武術の才能が無いから修道院に入れられ修道士になるのかと焦った。

でも違ったよ。

祖父様(じっちゃん)に詳しく話を聞くと、騎士になるための勉強をするため修道院に通うという話だ。

祖父様(じっちゃん)の最初の言い方が紛らわしすぎ。わざとか? 孫をからかうために、わざとああいう言い方をしたのか? 困った祖父様(じっちゃん)だね。やれやれ。


それはともかく何でもこの修道院通いの話を最初に持ってきたのは館の家令さんだそうだ。

今は亡き士爵の父に認知され士爵家の継承権を正式に持つ僕は、本来なら館で養育され騎士となる訓練と勉強をしなくちゃいけないし士爵家にはその義務があるとの事。

しかし問題が……

領主代理の奥方様だ。奥方様は僕を館に入れるのを頑として拒否してるというお話。

何度となく家令さんが奥方様に説明し必要性を説いたり、家の体面が悪いからとお願いしても、奥方様は断固として拒否され、どうあっても許さないんだとか。

そこで家令さんが、このままでは拙いと修道院長さんと祖父様(じっちゃん)に相談し、僕の教育を修道院で行う事に決まったんだとか。

思わず祖父様(じっちゃん)に聞いたよ。

「それって、この家でできないの?」

「無理だな孫よ。お前が習う予定の貴族の礼儀作法と必須の教養、文字の読み書きは修道院長と家令殿が教えるのだが、お二人は仕事の都合上、長時間、館と修道院を離れられない。だから山の中のこの家にはそうそう来ていただけない。馬術も館の人間に習うが山の中では訓練は無理なのだ」

と重々しく祖父様(じっちゃん)に言われた。

まぁそういう事なら仕方ないよね。

だから僕は修道院に通っているよ。


修道院は修道士達が自給自足の生活を営みながら神様に仕え、そして人々に神様の教えを説き、困っている人達に手を差し伸べる神様の(しもべ)の家だ。

だから自分達で畑を耕し、牛や鶏を飼い、薬草の類を育ててる。その上で戒律を守り聖務を果たしている。毎日、聖典を読み、または朗読し聖訓を学び黙想し清純な心で神様へ祈りを捧げている。

さらには村人達の相談や病気の治療にあたってもいる。

つまり修道士さん達は、普通の農民の労働にプラスして、そうした行いをしてるんだから大変だし凄いよね。

修道士さんに聞いたのだけど、朝の起きる時間、夜の寝る時間、一日二食の食事の量、着る服等、全てが定められているんだとか。それは、まあ地球でも宗教団体なんてみんなそんなものだろうと、ふんふんと聞いていたのだけど、一日に飲める水の回数と量も決まっているという話には驚いたよ。

水さえ自由に飲めないのか……。

厳しぃーーーー。

僕に修道士は無理だと悟った話しだったよ。

そんな大変な苦労をするのに何で修道士になったのか、一番若い修道士の人に聞いてみた。

一番若いって言っても三十代後半ぐらいだけどね。

「こんなにも厳しい戒律の生活なのに、何故、修道士になったのですか?」

「現世において修道院で自己放棄をして聖務に努めれば、それは通常の百倍の功徳を積む事に値し、天国に召された後、神様より高い位階に任じられるのですよ。そして天国においてより重き務めを主からいただき、わたくし達は主の愛を世界に遍く広めるべく力を尽くす事になるのです。だから現世において、こうして聖務に専心しているのです」

なるほど、それは現世より来世? 天国での栄華を求めるという事なのかな。

それにしても主の愛か、重いね。

まっ人それぞれの生き方かな。

僕には無理な生き方だとますます思ったね。

ちなみに修道院には修道院長さんと2人の修道士さんがいるよ。

修道院の建っている土地は、士爵家が寄贈したそうだ。この村周辺の土地、畑も山も川さえも士爵家のものだけど、唯一の例外がこの修道院の建つ土地なんだとか。ファベール士爵家の領主の館に次いでこの村で大きな建物が修道院だけど、地球の修道院とは違って全てが質素な作りだね。


それはともかくとして、今まで、僕が日本で生きていた時の記憶や知識の多くは、この世界での生活には役立たなかった。ここでは単なる子供という事もあるけれど、猟師の生活なんて日本でした事がなかったし、猟に行った事も無かったからね。日本ではマタギ(日本の猟師)とは縁が無かったのですよ縁が。

日本では釣りの経験はあるけれど、それは釣竿使って釣り餌も店で買って魚を釣ったもので、この世界での魚の捕り方とは大きく違うしね。この世界での魚の捕り方はサンカ(昔、日本にいた回遊民。定住せず川で魚をとって売ったり、農村の雑事をしたりして一定の地域を回って暮らしていた人々。日本が近代国家(明治時代)になる過程で定住を推し進められ消えっていった人達)に似ているよ。

ここに来て、せいぜい役に立ったのは料理に使うハーブや食用茸の事を知っていたくらだよ。地球のとこの世界の物は殆ど同じだから改めて覚える必要が無かったというくらいで。

日本じゃ自炊してたし料理番組をよく見たり、グルメ漫画をよく読んでたから料理はそれなりにできるけれど、10才にも満たない僕が料理してる母様(かあさま)祖母様(おばあちゃま)のとこに行って口や手を出すのもいかがなものかと思って自重してたしね。


だけど、ようやくここに来て、さらに日本での知識が役に立つ事になった。文字という分野で。何せこの世界では文字はカタカナなのだ。改めて覚える必要は無い! やったね! 万歳! 万歳! 万万歳!!だよ。何せ、ただでさえ戦闘術の訓練に苦労しているのに、もし、これに新たな文字を覚えるように何て言われたら、僕は確実にぶっ倒れたよ。あぁ助かった。

文字の勉強は修道院長さんが教えてくれた。聖典を使って。

やるなぁ修道院長! 僕に文字を覚えさせる事で恩を売り、さらに聖典を教材に使う事で僕を敬虔な神の(しもべ)に仕立て上げようという魂胆か!

「そうはいかんぞ修道院長! この世に悪のある限り正義の……」

いや、いや、いや、いや。何を言ってるんだ僕は。これは懐かしの某作品の主人公のお約束の台詞じゃないか。いかん。いかん。それに修道院長は悪じゃないって。


それよりも文字の事だ。誰も僕が文字を読める事は知らないし、今までの山の暮らしで文字を学ぶ環境に無かった事は逆に誰もが知っている。それなのに、いきなり文字を読んだり書いたりしたら驚かれるし不審に思われるのは確実だ。だから何も知らないふりして一から学んだけど、もの覚えが良いという感じですぐに文字の読み書きをマスターした形にしたよ。お蔭で修道院長さんや修道士さん達が「優秀」「天才」「流石は士爵家の血筋」なんてベタ褒めしてくれて気恥ずかしくなったけどね。

それにしても聖典を文字を勉強する教材にするなんて不謹慎にあたらないだろうか。本なら他にもあるのにね。

そこで修道院長さんにに聞いてみた。

「聖典を教材にするなんて神様がお怒りになりませんか?」

「困っている者を援けるのですから神がお怒りになる筈がありませんよ。逆にお喜びになるでしょう」

との事だ。そういうもんなんだろうか。


ちなみに村人達の殆どは文盲なのだそうだ。

こうした文盲の村人が、納税の書類や婚姻届けを出す時や、他に何か契約する時などの署名が必要な場合は、字の書ける者、修道院長、修道士、村長らに代筆で名前を書いてもらい、そこに本人が丸印を書くのが普通らしい。それで困らないのだとか。

それがこの世界の有り様なんだろうね。


貴族の礼儀作法については、家令さんと修道院長さんが二人で懇切丁寧に教えてくれた。

「ミッカデミニツクキゾクノレイギサホウ」(三日で身に付く貴族の礼儀作法)という本を家令さんが館から持ってきてくれたのは助かったよ。

それはともかく何で修道院長さんが貴族の礼儀作法を知っているのかと思ったら、修道院長さんも貴族の生まれで一通りの礼儀作法は心得ているのだとか。

修道院長さんも下級貴族の出身で、始めは騎士を目指していたけど、剣を振るっている時に向いてない事を自覚したらしい。それでまだ独身だった事もあり、聖職者の道を選んだそうだ。聖職者は妻帯しないそうだし、家族は反対しなかったのかと思い聞いてみたよ。

「聖職者になる事に修道院長さんのご家族は反対しなかったのですか?」

「貴族の家で男児が多く生まれた場合、一人か二人は聖職者になる事も多いのです。戦いに赴き剣を振るい血を流す事も多い貴族は身内を聖職者にする事で、人を傷つけるという罪を少しでも贖い、神の赦しを請おうとする事がよくあるのですよ。だから私の場合も反対はされませんでした。ただし、これは私が三男で家を継ぐ必要が無かったからでもあります。もし私が長男で他に兄弟がいなければ家族が反対したというより、家長の父が許さなかったでしょうね」

なるほど。それがこの世界の慣習なのか。


修道院で文字と教養と礼儀作法以外に僕が学ばなくてはならないのが馬術だ。

修道院の保有する土地は広くて、まだ人の手が入っていない場所もあるし、馬を走らせる事も十分できる。

馬術を教えてくれるのは館の御者長兼従騎士のジョスさんだ。

三十代半ばの細身のいかつい顔をした髪の薄い人だけど、表情は柔らかかったよ。

ジョスさんは使用人一人と大きな馬を一頭連れてきてくれた。

馬なんて日本で暮らしていた時には全然縁が無かったね。勿論乗り方や走らせ方なんて知らないし。

それで、てっきり馬に乗って歩かせる事から始めるのかと思っていたら違ったよ。

「馬にも心があります。それを分かるようになって下さい」

そうジョスさんににこやかに言われ、馬と一緒に散歩する事から始めたよ。

「引き馬」と言って馬の首の横に立って手綱を持って馬を誘導する感じで前へゆっくり歩いていくだけなんだけどね。

その僕の横に一緒になってジョスさんが歩き、馬の事を色々教えてくれた。

馬が左右の耳を別々にピコピコ動かしている時は不安を感じている時だとか、耳をピンッと立ててじっと見つめていたら好奇心を刺激されているとか、足で地面をかいている時は水や餌を欲しがっているとかか諸々をね。

それに馬にも心があるのだから不可解な命令や無茶な欲求をしてはいけないとも言われたよ。そんな事をし続ければ馬も反抗的になったりするんだとか。

まぁ馬も生き物だからね。

優しくしようと思うよ僕も。

そもそも僕は日本にいた頃は台所の虫捕りの罠に捕まってお亡くなりになっていた「G」にだって同情する優しい男だからね。ほんとだよ。

それはさておき、実際に馬に乗る訓練を始めた時は驚いたね。

馬に乗る時、使用人の人がいきなり馬に沿う形で地面に四つん這いになったからもうびっくりしたよ。

「彼の背を踏み台に馬にお乗り下さい」

なんてジョスさんに言われてさらに驚いた。   

いやぁ人を踏み台にするなんてちょっと抵抗あったね。

でも、この世界ではこれが普通なのかもと思って悪いとは思いつつも踏み台にさせてもらったけどね。

それにしても馬に乗ると、当たり前だけど視界の位置が違うね。

思わずどこぞの主人公のように手を前に突き出して天下国家の事を論じたくなったよ。

それはともかく、続く馬術の訓練で、馬への「歩き出させ方」「止まらせ方」「方向転換の仕方」を習い、以後、普通に歩かせる「常歩」、少し駆けさせる「速歩」、さらに速度を出させる「駆歩」、全速力の「襲歩」等を習っていったよ。

馬術の訓練を通じて常に言われて続けた事は「正しい姿勢と歩調を維持する事」だった。

馬を軽快に正しく操るには美しい姿勢とリズムが重要で、馬に対する重心の位置を常に心掛ける事が大切という事らしい。

なかなか馬術も奥が深いね。


 そんなこんなで、僕は日々の生活に戦闘術訓練、そして修道院に通い貴族の作法と馬術を学ぶ毎日を送っている……って、僕もう過労で倒れそうなんですけど……

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