0010話 訓練、訓練、また訓練
『学びて時にこれを習う亦説ばしからずや』
論語にある言葉だね。教わって学び、それを繰り返し練習していれば、出来なかった事も可能になる。それは何と嬉しい事じゃないか。という意味らしいけど、可能になるまでどれだけの時間がかかり、どれたけの苦労をするのか……。それが問題だよね。何事も。
「今日からお前に剣を教えよう。お前にはそれが必要になるだろう」
と、僕が8歳の誕生日を迎えた翌日の朝、祖父様に重々しく言われた。
祖父様は、僕という孫と住む事で、この世界の中二病をこじらせつつあるらしい。
一々言動が芝居がかってわざとらしい。
だが、しかし! それに応えてしまう僕がいた。
「ご指導よろしくお願い致します師匠!」
「うむ」
と、いう事で僕は祖父様に剣を習う事になった。
今は猟師専門の祖父様だけど、昔はお館様に仕える従騎士兼猟師だったそうだ。
従騎士というのは騎士(貴族)の身分より下で貴族ではないけれど、馬に乗って戦う事を許された半貴族のような身分で、領主の軍隊では、現代の軍で言えば士官の役割を負うらしい。また、騎馬部隊を編成する時には、その主要兵力を担うという事もよくあるそうだ。
ちなみに田舎では従騎士兼猟師という人は多いらしい。普段から狩りで武器を扱い慣れているし、危険な山や森で狩りを行うので身体能力も鍛えられており、戦場でも農民の一般兵より役に立つ事が多く、そのため兼業で従騎士として、代々世襲でその地の領主に仕える者も多いのだそうだ。
祖父様は先々代のお館様が若い頃から従者として、また従騎士として仕え、そのお館様と一緒に鍛錬し色々な場所に行き、また戦ったらしい。そのため正統な長剣術、槍術、短剣術、格闘術を身に付けており、それを僕に教えてくれると言っていた。
あれっ?そうすると今まで僕は将来、猟師になるものとばかり思っていたけど、違うのかな? 祖父様と同じく従騎士兼猟師になるのだろうか? 戦争に行くのは嫌だなぁ。死にたくないよ。
それはともかく祖父様の訓練は…………予想以上に大変だった。
一番最初に習ったのは長剣だった。
木の棒を持っての素振りから始まり、直ぐに立ち木への打ち込み訓練に入った。
祖父様曰く「常に腰を入れて木の棒(剣)を振れ、それが一番重要だ」との事。
素振りとともに足の運びも教わり、立ち木への打ち込みを始めるようになってからは、さらに高度な足の運びも教わった。
基本的な歩法であるトレインタ歩法。
相手へ攻撃するための踏み込みを重視したクワレンタ歩法。
相手の攻撃を避けつつカウンター攻撃を狙うためのシンクエンタ歩法。
こうした歩法以外にも数種類の足の運びを教わった。
訓練を始めた時、素振りや打ち込みだけを長期間修練する事も覚悟していたのだけど、一週間もすると祖父様は長剣の「構え」も教えてくれた。
最初に教わったのは「ウヌムの構え」という日本の剣術で言うところの上段の構えだ。構えから繰り出す数々の技の型も教わった。しかも高度な連続攻撃の技の型まで教えてくれる。
これには最初と惑った。初心者にはもっと初歩的な技で地味な訓練を長期間させるものだと思っていたからだ。その事を祖父様に聞いたら、これは古くから伝わる訓練法であり一見初歩的な基礎を飛ばしているように見えるけれど、実際にはこの高度な型を教わる事で、剣の基本的な技への理解も深まり、剣技を自然に早く習得できるようになるとの事だった。
なるほど、そういうものなのかと祖父様の教え通り頑張った。
頑張ったのだけど「構え」は「ウヌム」一つだけじゃなかった。ある程度「ウヌムの構え」を習得すると、次は「ドゥオの構え」という日本の剣術で言うところの中段(正眼)の構えを教わり、その構えからの剣技も教わった。それもある程度習得すると、今度は「トリアの構え」という日本の剣術で言うところの下段の構えだ。しかも構えはまだ他にもあるという。
祖父様に構えの数を聞くと、僕に習得させようとしている長剣の基本的な構えは全部で7つあるそうだ。
一つ目は「ウヌムの構え」…日本の剣術で言うところの上段の構え。
二つ目は「ドゥオの構え」…日本の剣術で言うところの中段(正眼)の構え。
三つ目は「トリアの構え」…日本の剣術で言うところの下段の構え。
四つ目は「クアットゥオルの構え」…日本の剣術で言うところの八双の構え。これ昔、日本のテレビで江戸時代の暴れん坊な将軍様が悪党を成敗する長寿ドラマがあったけど、その将軍様が使ってた構えだね。あのドラマよく見たなぁ。
五つ目は「クインクエの構え」…剣を肩で担ぐような構え。
六つ目は「セプテムの構え」…八双の構えの変形で剣の切っ先を相手に向け腰を低く落としたような構え。
七つ目は「オクトの構え」…剣の切っ先を真っ直ぐに天に向け、胸のあたりで剣の柄を両手で持ち、自分の顔の前に剣がくるように、また剣の平は自分と相手に向けるという構え。
それにしても、こんなに多くの構えを習得するより一つの構えをより深く極める方が良いのではないかと思って、再び祖父様に聞いてみた。
「なぜこんなに多くの構えを身に付けるのですか? 一つの構えを極めるのでは駄目なのでしょうか師匠」
「我が弟子よ。よく聞くがよい。戦う場所が開けた平地ばかりとは限らない。敵の使う武器が長剣ばかりとも限らない、それに相手も技を使うのが当たり前なのだ。それは数多の戦い方が想定されるという事でもある。あらゆる事態、あらゆる場所、あらゆる敵の武器と技に対処できるようにするため、多様な構えと技を身に付けるのだ。そしていざ実戦ともなれば、身に付けた構えと技の中から最も効果的なものを選び行使するのだ。よいな弟子よ」
「わかりました師匠。ご教示有り難うございました」
一つの構えや技を極めるだけでは駄目らしい。厳しいなぁこの世界。
そんな訳で長剣の構えを僕は習得していったのだけど、長剣の技は多い。物凄く多い。軽く100を超えるのだ。
そんな長剣の技の中には、これ剣技? と言いたくなるような技も少なからずあった。一つ例を挙げるとクデキムという技なのだけど、相手と剣を打ち合わさった時に、そのまま一気に大きく踏み込んで相手に接近し、長剣を持っている両手のうち利き手だけで長剣を持って相手の剣を押さえ、もう一方の手は長剣から素早く離して、その手で相手の剣を持つ手の手首付近に打撃を与え、剣を落とさせるというもの。
剣と戦う時には剣の技で決着を着けるという思い込みがあったから、この技を祖父様に初めて教えられた時は意表をつかれたよ。まさか打撃技を合わせるとは。それに長剣は両手で持つのが基本だったから、まさか途中で片手を離すとは思わなかった。似たような技には打撃じゃなくて相手の腕を絡めとる技もあった。びっくりしたね。
長剣の柄頭を使う技もあったよ。セデキムという技なのだけど、相手の剣と打ち合わさった時に、剣同士を接触させたまま一気に大きく踏み込むと同時に相手の剣を外に流すように弾き、柄頭で相手の頭部に一撃を与えるというもの。
剣で切り合うだけが技じゃないってとこだろうか。
ちなみに祖父様が教えてくれた剣技には「絡み技」というのが結構あった。これは相手の剣と打ち合わさった時にこちらの剣をひねり、相手の剣を弾き飛ばしたり、相手の態勢を崩したりして、続く技でこちらの攻撃を相手の身体に届かせるという技だ。なんでも祖父様が修めた戦闘術の流派の特徴がこの「絡み技」という事らしい。
祖父様の話によると、大都市には色々な流派の「戦闘術ギルド」という組織があるそうだ。これは日本で言うと剣道や柔道の道場にあたるらしい。ただ、こうした戦闘術ギルドと言うのは、剣術、槍術、弓術、格闘術などを総合的に教えるという事をしていて、剣術のみとか、槍術のみとかいった一つの武器のみを教える戦闘術ギルドは無いそうだ。
こうした戦闘術ギルドの師範ともなれば、習得している武器の種類だけでも25種以上にもなるらしい。ただ、そうした武器の多くは剣、槍、弓、短剣の派生型が多いらしいけど。
先々代のお館様が若い頃、慣習に従って他の大貴族の騎士見習いとして都市で暮らしていた頃、これも慣習に則り戦闘術ギルドで武術を学んでいたそうで、その時に先々代のお館様に従者として村から付き従っていた祖父様も一緒に戦闘術ギルドで戦闘術を学んだそうだ。こうしたギルドに入会するには入会費や年会費がかかるらしいけど、祖父様の分は全て、ファベール士爵家が出してくれたので祖父様自身の負担は無かったそうだ。
「タダで戦闘術を学べたんだ儲けたわ。わっはっはっ」と祖父様は笑っていた。
ちなみにこうした戦闘術ギルドには入会資格があって、身分としては従騎士以上の家系の者でないと入会できないそうだ。
祖父様との訓練では最初は長剣対長剣の同じ武器同士での戦い方を教わった。
それが一通り済むと、今度は祖父様が他の武器を持って訓練する異種武器戦闘訓練となった。剣対槍、剣対短剣、剣対素手と、相手の持つ武器が違えば戦い方も変化する。
それを一通り習うと今度は剣と盾を持っての戦い方を教わった。盾と言っても本物ではなく、祖父様が木で作ってくれた練習用の盾だけどね。盾を持つと、動きが大きく違って来るので習得するのが大変だった。今までは両手で長剣を持つよう教わっていたけど、盾を持つから片手で剣を持たなきゃいけないしね。そりゃあ技も変わるよ。長剣と盾持って異種武器戦闘訓練するのはさらに大変だったね。
ほんと覚える事が沢山あって大変だよ。一応、教わった事は頭に入れたけど、まだ多くの技は完全に身に付けたとは言えないし、全然できない技も多い。これからも日々訓練して習熟度を高めていかなきゃいけない。
こんなの大変すぎるよぉーーー
長剣での戦い方を一通り習うと次に教わったのは槍だった。
長剣みたく構えや技が多数あったらどうしよう、覚えきれるのか? と不安だったけど、幸いにも槍の構えは五つで、その技も剣ほど多くは無かったのでほっとしたよ。
槍術の構えは……
一つ目は「ノヴァンタの構え」…最も基本的な構えで、相手に対し左前半身を向け、腰を落とし、軸足を少し前に、利き足は後ろに置き、槍は腰の高さに位置し、利き腕とは逆の手で槍の真ん中あたりの柄を持ち、利き腕は槍の真ん中と石突き(穂先とは逆側の先端部分)の中間点で柄を持つ構え。
二つ目は「チェントの構え」…効き足は後方に、軸足は少し前に出し、その軸足に合わせるようにして槍の穂先を斜め前の地面につくように下にし、槍を効き腕の脇に挟み、利き腕で腰の位置あたりで柄を持ち、もう片方の手は利き腕の脇近くで柄を持つ構え。
三つ目は「ミッレの構え」…長剣のセプテムの構えとほぼ同じだけど腰は落とさず、槍を持つ位置は槍の真ん中より拳四つ分後ろという構え。
四つ目は「セッサンタの構え」…長剣のクインクエの構えとほぼ同じで槍を担ぐような構え。槍を持つ手の位置は槍の真ん中より拳四つ分下の方(石突きの方)に持つ。
五つ目は「クアランタの構え」…相手に対し左前半身を向け、軸足を大きく前に出し、槍の石突き近くを両手で持ち、穂先は地面に付けて後方に置くような形の構え。
大きく上から振り下ろす事を主体とするセッサンタの構えや、大きく弧を描くように横から振り回すクアランタの構えは、槍の穂先に斧を付けたような形状が多い武器ポールアックスに向いた構えのようだ。
それから利き腕、利き足といってるけど、これ僕は右腕、右足なので、それに合わせて祖父様は構えを教えてくれている。これが左腕や左足が利き腕、利き足だと少し構えも変わってくるとの事。
槍術も最初は槍対槍で訓練していたけど、一通り済むとやはり祖父様が他の武器を持って訓練する異種武器戦闘訓練となり、盾を持っての戦い方も習う。
長剣術だけでも大変なのに、さらに槍だよ。これからは槍の技も研鑽していかなきゃならない。
こんなの無茶だよぉーーーーーーー
槍術を一通り習うと次は短剣術を教わった。
短剣術の構えはティグリスという構え一つだけだった。相手に対し左前半身を向け、大きく軸足を前に出し、利き足の腿付近に利き手で短剣を逆手に持ち、もう片方の腕は肘を曲げて身体をガードするように構える。近距離戦での一撃必殺を狙うのが基本という話。
戦闘術ギルドの流派によっては短剣術の構えが無いところもあるそうだ。そこでは構える暇もないほど近距離での接近戦を素早く行うのが信条なのだとか。逆に別の戦闘術ギルドでは構えが三つくらいあって、できるだけ接近戦は避け、足を使って手数を多くして相手に短剣での傷を蓄積させて弱らせて、とどめをさすという流派もあるのだとか。同じ武器でも戦いの考え方は色々だね。
それにしても、長剣術、槍術だけでも持て余してるのに、さらに短剣術……。
こんなの無理だよぉーーーーーーー
短剣術を一通り習うと次は素手での格闘術を教わった。
素手で戦う格闘術の構えは二つだった。
一つ目は「レオーンの構え」…柔道で言ところの自然体のように肩幅に足を開き、利き足をやや少し前に出し、両腕は軽く前に突き出しパンチでも掴みにでもいけるような体勢。
二つ目は「アルクトスの構え」…軸足を軽く折り曲げ、利き足は後方に、両腕は軽く曲げて両脇に置く体勢。この構えって、このまま摺り足で進んだら某格闘技作品で達人と言われる合気柔術家が地下格闘技のトーナメントで戦ってた姿とそっくりな感じだね。
格闘術はタックルや相手の足や腕を捕らえての投げ技、押さえ込み、拳や肘、足での打撃技、目潰しや喉を潰す技などがあったけど、寝技は無かった。格闘術は戦場で使う事を想定しているため1対1で戦いが終わるというのではなく、周辺に敵がいて複数と戦う可能性も考えての事らしい。戦場で沢山の兵士がいるところで寝技を使ってる余裕は無いとの話だ。ただ、他の流派には寝技のあるとこもあるとの事。
ともかく長剣術、槍術、短剣術、そして格闘術……。
もう無理。僕の許容能力超えてます。
弓術は特別な構えや技という物は無かったけど、初めてだったから最初はうまく矢を飛ばせなくて苦労した。ただでさえ、長剣術、槍術、短剣術、格闘術で限界なのに、さらに弓術……。
僕もう倒れそう。
それにしても、異世界なのに地球と同じような構えや技ばかりだ。やはり異世界であっても同じような武器なら構えも技も似るという事なのだろう。
こうして各武器術と格闘術を一通り習うと次は、場所を変えての訓練が始まった。
これまでは家の前の開けた平地での訓練だったけど、山の斜面や岩場、木々の多い森の中、石ころの多い河原、川の浅瀬、腰の高さまで草が生い茂った草原等々あらゆる場所で戦闘術の訓練をした。そうした場所で剣対剣、剣対槍、剣対短剣、剣対素手、槍対槍、槍対短剣、槍対素手、短剣対短剣、短剣対素手の戦闘術訓練を繰り返し繰り返し行なった。祖父様曰く「戦いは戦場を選ばない」との事。
僕もう泣きそうなんですけど。
さらに天気の悪い日も訓練した。普段は雨が降ると山は危険だからと、家に籠っているのだけど、戦闘術訓練は別だった。祖父様曰く「戦いは天気を選ばない」との事。まぁ十分に注意しての訓練になったけどね。それでも雨の中の訓練は大変だった。霧の中の訓練もほんと大変だったよ。
僕もう限界なんですけど。
夜間の訓練や夕闇の中の訓練もしたよ。祖父様曰く「戦いは時を選ばない」との事。星明りを頼りに訓練するのは大変だった。この時ばかりは地球で軍が使う暗視装置が切実に欲しいと思ったね。
僕もう限界突破したよ。
それにしても訓練に次ぐ訓練で、僕の身体は一時期ボロボロだったよ。もう体中、打撲や擦り傷、切り傷は当たり前で怪我をしていた。幸い大怪我はしなかったけどね。
狩りで捕った獲物から作られた自家製の薬が大活躍だったよ。身をもってその効き目を知ったけど、これは自信を持って他の人にお薦めできるね。お店に売り込めるよ。間違いない効き目だ。
こうして僕は早朝は戦闘術訓練に励み、その後は兎の世話や家の手伝いをし、時間が空けば、またひたすら戦闘術の訓練に精を出す日々を送ったのだ。最初は精神的にも肉体的にも辛くて辛くて仕方なかったけど、一年も経つと何とか慣れたよ。まぁ地獄を見た気分だったけどね。
こまま戦闘術の訓練を続けていけば、いつかは一人前の従騎士兼猟師になれるのかな。まっ生きるためだ。頑張りますか。
それから暫くしたある日の事、祖父様が突如仰った。
「我が弟子よ。明日からお前は修道院に行くのだ!」
…………えっ、修道院って僕、修道士になるの? 神に仕えるの?
もしかして僕、見放されるほどに武術の才能が無かったんですか? 師匠……。




