没落貴族に置き去りにされた庶子(三歳児)ですが、使用人たちと楽しく屋敷を立て直します
メルリアは生まれてすぐに前世の記憶を持っていたことに気がついた。
しかもそれが踊り子の母の腕に抱かれて、生みの親らしい男性の隣にいる女性から叱責されている。
話しぶりからするに、貴族男性は既婚者で、どこかで出会った踊り子の母と不貞を働いてできた子のようだった。
その男性の夫人は常識を持った人で、隠れて外で子どもを作ったあげくに、屋敷に迎え入れると提案したメルリアの父に離婚を突きつけていたところだった。
メルリアの父は夫人と踊り子の母とメルリアで一緒に住めると考えていたようだ。
それも叶うことがなく、大きな後ろ盾だった夫人の実家に加えてメルリアの父の親戚からも見放されていた。この噂が瞬く間に広がると手を伸ばしてくれる者はおろか話しかけてくれるものもいなかった。
激怒した踊り子の母は「貴方がここに住めるといったから貴方との子どもを産んでやったのよ! こんな没落貴族、平民よりも条件が悪いわ」とメルリアの父に怒鳴った。
メルリアは乳母・シエルに抱かれたまま、去っていく母の背中を見ているしかなかった。
そして父はほそぼそと暮らし始めた。
それも日が経つと少しずつ屋敷の洋服や宝石がなくなっていく。
応接用の貴重な家財がなくなった次の日、父も姿を消した。
「旦那様もいなくなったわ。私たちも実質解雇ということね」
屋敷に残った乳母や使用人たちが嘆いていた。
没落して父が出ていくまでには三年の月日が経っていた。
さて、メルリアはと言うと、非常に冷静だった。
自分が問題の種のことは知っていたし、両親に捨てられたことも分かった。
でも二十九年間前世で生きてきた記憶からすれば、三年ちょっとしか経っていない新しい身体には心が馴染んでいなかった。
幸い、自分をよくしてくれる乳母や使用人たちがいたので、母や父がいなくなろうと心は痛まなかった。
自分で歩けるようになったメルリアは、自然に生えていて食べれるものはないかと思い、外に出る。
カーテンも調度品もほとんど無くなった屋敷は空き部屋ばかりだった。
使用人が使うような簡素な棚やベッドの木枠などは、価値がないので残っている。
屋敷の扉を開けると、蝉の声が聞こえてきそうな青空に、周りには緑の生命力溢れる雑草で溢れていた。
遠くまで見渡すと木が生えているので森があるのかもしれない。
(しまった、前世で野草を食べる趣味を持っておくべきだったわ!)
慌てて追いかけてきた乳母のシエルとシエルに抱かれた彼女の息子のカイル、料理人のグルドフ、家の家財を直したり大工が得意なニックがメルリアを呼ぶ。
メルリアは目の前の葉を引き抜くと皆に見せる。その葉を戦利品のように皆に見せ、期待の目を向けた。
「この葉っぱ、食べれる?」
「お嬢様これはちょっと⋯⋯」
(さすがに雑草か)
鼻を鳴らしてメルリアが何かないか探し始めるとシエルがメルリアの肩を優しく抱きしめた。彼女は諭すような声を出す。
「お嬢様、シエルのところに一緒に住みますか?」
メルリアはシエルの優しさに胸が痛くなった。見た目は幼女でも中身は大人なメルリア。
(シエル、私の聖母。でもここにずっといてくれるのは、わたしへの同情だけじゃないはずだわ。じゃなかったらとっくに実家に帰っているものね、皆。だから皆帰る家がないはず!)
元を正せば、両親が間違いを起こしたのだ。それの皺寄せをシエルや使用人たちが被るのは違う気がする。
シエルたちだって被害者のはずだ。
それなら──。
メルリアは両手を広げて皆の顔を一人ずつ見る。
「メルはここで皆と住む!」
父がいなくなったこの敷地は王族の管轄、もしくは誰かが買えば新しい持ち主がやってくる。
その新しく来た人たちと鉢合わせれば、メルリアたちは没落貴族に捨てられた可哀想な人たちだと同情を買えるはず。
捨てられたのはもちろん事実だが、シエルたちが苦汁を飲み込んで苦労することはないのだ。
何度諭しても頑として動かないメルリアは「ここに皆と住む」と言い張った。
真っ先に味方になってくれたのはカイル。
(歳はほとんど変わらないのに、よくやったぞ、お兄ちゃん!)
そのうち折れたニックがメルリアの味方についた。
「よく考えりゃあ、俺たちだって生活が苦しい。せめて追い出されるまでここに住むか? グルドフ、食糧は何もないのか?」
「そりゃあ、あと一ヶ月は保つと思うが」
シエルの腕に引っ付くメルリアをシエルは追い払えなかった。
「シエルとカイルとグルドフとニックと一緒!」
メルリアのこの言葉がきっかけとなり、シエルも折れた。
そうと決まれば屋敷や敷地中を探さないといけない。
* * *
皆で屋敷中を散策している最中に、ふと入った部屋に、誰かがいた。
全身から光を放っている。
メルリアは理由は分からないが、親しみを感じていた。そして誰かのか問いかける気にはなれなかった。
その人物は非常に均整の取れた顔で彼なのか彼女なのか分からなかった。
その人物はメルリアにそっと近づいて来た。
『メルリア、ここでの人生は大変でしたね。代わりに一つ何でも願い事を叶えてあげます。好きな身分でもお姫様にもなれます。目の前に金塊も用意できます。なんならあなた自身を変えてあげましょう』
その声は頭に直接入ってくるようだった。
前世では、程々に働けば、快適な部屋で毎日美味しいご飯を食べられた。
でもそれを美味しいねと言い合える、気心のしれた人は何人いただろうか。
あの頃に戻りたいかと聞かれれば、戻りたいと即答はできない。
今の人生を変えられるなら──。
雨風はなんとかしのげる。
贅沢を言わなければ、木のベッドに布団もある。
それなら──。
「美味しいご飯を皆でいっぱい食べたいです」
目の前の人物は少し意外そうに目を大きく開けてメルリアを見ていた。
メルリアは皆と居られることが楽しかった。この何もない屋敷をいつも探し歩いて、冗談を言い合ったり、ほとんど何もない屋敷で少しでも快適に過ごせる方法を捻り出していた。
ここに足りないもの──それは食べ物だと思った。
それ以外はなくてもいい。
皆でいられれば、それで十分だった。
『なるほど、よく分かりました。それならこれをどうぞ』
麻袋を手渡された。
メルリアがお礼をいう頃には目の前の人物の姿はなくなっていた。
「あれ、私何をしていたんだっけ?」
両手に抱えた麻袋を見て、メルリアは首を傾げた。
* * *
各々見つけた物をがらんとした食堂に置いた。
それはまるで雪山に閉じ込められて、使えそうな物を一箇所に集めるようだった。
麻袋に入った穀物のような物をメルリアはグルドフに見せる。
「これ食べれる?」
手のひらに慎重に出して、じっと見ていたグルドフが嬉しそうな声を上げた。
「これは種です! お嬢様やりましたね!」
「メル、すご〜い!」
なぜかメルリアより嬉しそうなカイルに癒されるメルリア。
明日、植えることになった。
ニックが持ってきた砂利と落ち葉をメルリアは指さした。
「これはお水、きれいにできる」
「そうか、少しでも濾過すれば、生活用水としてもう一度使えるだろう」
シエルの隣にある木の破片を持ち上げる。
「燃えたあとの灰は汚れが落ちる」
「お嬢様の言うとおりだわ! 燃やして灰は汚れた服や布を洗うのに使いましょう」
煤けた屋敷の中はまた綺麗になってきた。
床を掃き、古布で壁も床も拭いていく。
メルリアが掃除できるところは限られていたが、明らかにシエルたちの表情が変わった。
たまにメルリアは野草を食べて苦い顔をして反省する。
グルドフの出してくれる料理以外は食べないと固く心に誓ったのだった。
日に日に屋敷が綺麗になり、久しぶりに湯浴みが出来た。
ニックの作ってくれた素朴なパンを片手に、皆に笑顔が戻ってくる。
ある日、メルリアはキッチン裏のゴミ捨て場へと向かった。
メルリアの目論見通りのゴミがあった。
シエルは食べ物の腐った臭いに口を布で覆い、メルリアをそれらから遠ざけようとする。
「お嬢様、ここは臭いがすごいですから、別の場所へと行きましょう」
メルリアの前世では、家が牧畜だったからこういう臭いには慣れている。
「堆肥、種が育つ」
シエルはメルリアを抱きかかえるとニックの元へと向かった。
「ニック、お嬢様が生ゴミがたいひになると仰っているの」
「堆肥! お嬢様は素晴らしい発想をお持ちだな」
(へへっ、私すごーい。なんて、前世の二十九年間の記憶があるだけなんだけどね)
シエルは眉を顰めてニックを見た。
ニックから堆肥の説明を受ける。
土に混ぜて微生物が生ごみを分解すると植物の栄養源になる。
ニックは大きなスコップを持ってくると、生ごみと土を混ぜ始めた。
二週間もすると、なんと野菜が収穫された。
その頃には、トマト、胡瓜、人参、じゃがいも、小麦が植えられていた。
二週間かけて屋敷の庭の雑草を抜き整備が終わったところだった。
昨日、最後に出来た場所へ小麦を植えたところだった。
トマトと胡瓜が実っている。
ここには前世の常識は通用しないようだ。
メルリアは口元に手を当てて考える。
野菜が育つ速度が速いのか⋯⋯。
「信じられないわ。もうトマトと胡瓜が実っているわ」
シエルの驚きに満ちた声にその可能性を消す。
すると土か種か、はたまた魔法⋯⋯?
(あっもしかして私は聖女?)
メルリアは出たばかりの双葉の前で、手を合わせた。
そして土の中の芽を表現すると勢いよく空へと伸ばす!
⋯⋯⋯⋯気のせいだった。
メルリアは咳払いをすると土と種の可能性に絞る。
そのとなりでカイルも真似してくれたので、やった甲斐はあった。
「グルドフ、種また植える」
トマトをつんつんと指で触りながらグルドフに伝える。
「食べたら種だけ取っておいて、また植えるというのですか?」
皆はメルリアの翻訳にも慣れてきたようだ。メルリアは得意げな顔で頷く。
そしてグルドフに植えてもらう。
メルリアは魔法の種なのかもと思うようになった。でも誰も知らない。
誰も知らない爆速で成長する野菜を普通に食べるメルリアたちも普通ではない。
(皆、端くれ者なのよね、多分。でももしかすると野菜を食べて今も一ミリくらい伸びた気がするわ)
待てど暮らせどこの土地に人はやってこない。
そうして月日は過ぎていった。
野菜はすぐに育つし、森から知らないうちに鶏が居着いたし、生活環境はどんどん良くなる。メルリアたちは呑気に喜んでいた。
* * *
そうしてさらに二年ほど経ち、とうとう人がやってきた。
それはメルリアの父の前夫人だった。
没落し、前夫人がこの土地を買っていたらしい。時間が経ち見たくもないと思っていた気持ちは少しずつ溶けたようだ。
メルリアはとても残念な気持ちになった。
(父の元奥様だなんて、運が悪いわ。これじゃあ同情は買えないもの。むしろ追い出されてしまう⋯⋯)
会いたくないはずのメルリアの父と、もっと会いたくない踊り子の母から生まれたメルリア。
どんな公式を使っても夫人に好印象とは思えなかった。
メルリアはすぐに前夫人の前に立つと、自分が知りうる丁寧なお辞儀をした。
「私はオーランド前男爵の娘のメルリアと申します。五年前の騒動を起こした私の父と母が多大なご迷惑をおかけいたしまして、大変申し訳ございませんでした。
不躾なお願いで誠に申し訳ありませんが、私の乳母と使用人たちには冷遇せぬようお願いいたします」
(私の両親と違って無害そうでしょ。だからシエルたちだけでも救って⋯⋯どうか⋯⋯お願い⋯⋯)
「いえ、メルリア様への待遇をご考慮いただきますよう、何卒よろしくお願いいたします。私はメルリア様の乳母・シエルの息子です」
メルリアより背が伸びたカイルはメルリアを守ろうとしてくれる。
「なんだ、とても礼儀正しい娘たちじゃないか」
前夫人の隣にいた髭が生えた大柄の男性が舌を巻いていた。
もしかすると前夫人の夫なのかもしれない。
「私はマーラよ。こっちは私のお兄様」
「いつもみたいにお兄ちゃんって呼んでくれよ。俺はアーノルドだ」
かなり砕けた言葉遣いをするアーノルドはメルリアをじっと見た。
「お嬢さんはどうなってもいいのかい? この怖いおじさんに食べられちゃうよ?」
メルリアを自分の影に隠すカイル。
(性格が格好いいのよね。カイルには良い人と出会ってほしいわ)
マーラとアーノルドは屋敷に沿って歩くと、整然と植えられた野菜園を見て感嘆の声を上げる。
「お兄ちゃん、変な脅しはしないの! それより見て」
屋敷の近くには小屋が建てられ鶏が住んでいる。と言っても放し飼いのため柵はない。それなのに巣箱の乾草が気に入っているようで夜になると勝手に入ってくる。
それを楽しそうに見ているアーノルドは鶏小屋の隙間から頭を突っ込んで見ている。
鶏が頼まれてもいないのに勝手に小屋に入っていくのが面白くてたまらないようだ。アーノルドは大笑いする。
メルリアはわけが分からず静かに見ている。
「気に入った! この土地は俺が買う」
本当だったら、売り払う予定の土地だったようだ。変な人が住み着いているといけないので、マーラの兄と使用人たちがやってきたということらしい。
楽しそうなアーノルドと反対にマーラは腕を組んで怒っているような素振りだ。
(やっぱり私たちは追い出されるんだわ。前夫人もあんなに怒っているし)
マーラの怒気を含んだ目はメルリアへと向けられた。
メルリアは息を呑んだ。
「それにしてもギルベルトは最悪ね。結局、別れるとは思っていたけど、子どもを置いていくなんて」
(あれ⋯⋯マーラさん、めちゃくちゃいい人。前世だったら友だちになりたい人ナンバーワン)
「こんな賢い子が屋敷にいれば、俺は退屈しないけどね」
軽口を叩くアーノルドを無視してマーラはメルリアにこっそりと伝える。
「うちの家門はもう一人のお兄様が継いだんだけど、アーノルドお兄ちゃんは昨年、奥さんを亡くしたばかりだったの。子ども好きなのに子宝に恵まれなくてね⋯⋯でも昔のように屈託のない顔で笑っているお兄ちゃんを見たのはすごく久しぶりなの。貴女はこの髭のおじさん、どう思う?」
「髭のおじさん⋯⋯」
(牛が欲しいって言ったら、買ってくれるかしら。バターにチーズに生クリーム⋯⋯想像しただけでも、生活の質が上がりまくって楽しそうだなぁ)
アーノルドはちらちらとこちらを盗み見していた。メルリアは五歳の子どもに緊張しているアーノルドの姿を見て、愉快に思った。
「今日はグルドフがポトフを作ってくれます。一緒に食べますか?」
「おう、お邪魔させてもらおう」
アーノルドは元気よく返事をした。
「私はもう行くわ。メルリアが緊張で倒れてしまっても困るから」
「何いってんだ。マーラも食べるぞ」
「もうお兄ちゃんってば、強引なんだから」
(こんな時は強引なお兄ちゃん《アーノルド》はナイス過ぎる)
爆速で育つ野菜も、時間になると勝手に帰ってくる鶏も不思議なことは多いが、メルリアは気がついていなかった。いや、誰一人として気がついていなかった。
あの日を境に、この土地そのものが豊穣の祝福を受けていたことを。
その後、この土地で育つ食べ物は美味しいと評判になり、またバフ効果があるとレストランや冒険ギルドから注文が殺到するようになるが、またそれは別のお話なのである。
『いつでもお腹いっぱいに食べさせてあげますからね、メルリア』




