表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

毒舌令嬢、笑いで悪役の汚名を晴らします! ~微笑みの処刑人と呼ばれた公爵令嬢、誤解されたままでも笑い続ける~

エルミナ魔法学園には、誰もが恐れる人物がいる。




その名はレティシア・フォン・グランベール。由緒正しき公爵家の一人娘にして、現王太子の婚約者。


そして、学園で“微笑みの処刑人”と陰で呼ばれる、冷酷非情な悪役令嬢──らしい。




「まあまあ、そんなに魔力が暴れるなんて、まるで怒られた鍋みたいに吹きこぼれてるわね?」




今日もまた、魔法演習で浮遊魔法を失敗した男子生徒が、涙目で逃げ出した。




「よっぽど緊張していたのね。顔が真っ赤よ? 実家が火事なのかしら? それとも前世の業が……ふふ」




彼女の一言一言は、棘のある冗談のつもりだった。


しかし、受け取る側は完全にそれを“暴言”と解釈していた。




「エマ、今のちょっと良かったと思うのだけど。『怒られ鍋』ってなかなか使い勝手が良いわよね?」




「……はい、お嬢様。“火に油を注ぐ冗談”としては大変洗練されておりました」




侍女のエマは、死んだ魚のような目で淡々と答える。


もはや日常風景と化したこのやり取りに、学園の生徒たちは慣れきっている。




彼女の毒舌は恐れられていた。


だが、それは誤解だった。




レティシアは、本当は人を笑わせるのが好きな、ただの“お笑い好き”だったのだ。







幼少期のこと。レティシアは退屈な貴族の教育から逃れるように、城の隅でこっそり“道化師の漫才”を見ていた。




庶民の子どもたちが笑い転げるその光景に、彼女は衝撃を受けた。




──人を笑わせるって、すごい。




それ以来、彼女は令嬢教育の傍らで密かにジョーク帳を作り、鏡の前で“笑わせトーク”を練習するようになった。




だが、貴族社会では“笑い”は美徳ではない。


彼女のユーモアは毒舌として誤解され、皮肉として恐れられ、そして次第に──




「悪役令嬢レティシア、登場」などと呼ばれるようになった。




だが本人に自覚はなかった。




「ふふ、皆がわたくしを避けるのは、照れ隠しなのよ。きっと、笑いを我慢してるのね」




「お嬢様、それ“恐怖による沈黙”かと……」




「失礼ね、わたくしの“毒”は胃にやさしいのよ?」




どこまでもポジティブで、どこまでも天然。


それが、レティシア・フォン・グランベールという女だった。







さて、そんな彼女の次なる“犠牲者”は、浮遊魔法が苦手な平民の男子生徒・フリードである。




「うわっ、また失敗だ……なんで俺だけ……!」




焦りから魔法陣を乱してしまい、浮遊石はぴくりとも動かない。




そんな彼に、レティシアが笑顔で歩み寄る。




「あらあら、魔力が足りないのかしら? それとも、昨日見た夢が悪かった? うっかり“自分が魔法適性ゼロ”って診断される夢、見たりして?」




「っ……」




周囲は凍りついた。フリードは俯いて震えている。




「……あれ? おかしいわね。わたくし、今日こそは“励ましジョーク”のつもりだったのに」




エマが耳打ちする。




「お嬢様、それは“地獄に塩を塗る系”ですわ」




「えー……じゃあ、もう少しオブラートに包んで。“地獄の飴細工”にするわ」




ーーーーーーーーーーーー






その日の午後。レティシアの“毒舌芸”が炸裂した数時間後、学園では珍しく人だかりができていた。




「新入生だって」「しかも平民らしいぞ」




「なにそれ、可憐系? 儚げ美少女ってやつ?」




レティシアも噂を耳にしつつ、興味なさげに廊下を歩いていた――のだが。




(“儚げ”って、笑い取るのに一番難しいタイプじゃない?)




なぜか対抗心が芽生えた。




案の定、紅茶の間で噂の転入生と対面することになる。




「わ、わたし……リーファと申します。マリア・リーファと……。至らぬ点が多いかとは思いますが、どうか、よろしくお願いいたします……」




か細い声、潤んだ瞳。震える肩と控えめすぎる身振り。


この手の“あざとさMAXの天然系”は、レティシアが最も扱いに困るタイプだった。




「まあまあ、そんなに震えなくてもいいのよ。わたくし、雷よりはマシってよく言われるもの」




「…………」




沈黙。




エマがそっと、袖を引く。




「お嬢様、比喩表現が強すぎました」




「えっ、これも駄目? 最近の笑い、難しいわね……」




だが、そんなやり取りをじっと見ていた者がいた。




レオン・エグザイル。王太子殿下であり、レティシアの婚約者。




そして今、マリアの隣に立ち、完全に“ヒロインの守護騎士”ムーブをかましていた。




「マリア嬢に怖い思いをさせないでほしい、レティシア。言葉には責任を持ってくれ」




「……まあ、殿下が“怖い”と思う人の基準が、わたくしなんですものね。信頼していただいて光栄ですわ」




「……皮肉は要らない」




皮肉ではなかった。が、伝わることはなかった。







その晩。




学園内の裏庭。人目の少ない場所で、王太子とマリアが顔を寄せ合っていた。




「レティシア様って、本当にお綺麗ですよね……。でも、わたし、ああいう方、ちょっと怖くて……」




「君の方がずっと魅力的だよ、マリア。レティシアは所詮、政略上の駒だ」




「ふふ……じゃあ、“計画”通り進めてもいいんですね?」




「もちろん。学園中を味方につけて、あの女を……切る」




甘い声と、黒い企み。




その策略が動き出したことを、まだレティシアは知らない。







翌日、学園の特別授業――経済交流課程の公開ディスカッション。


貴族と商人の未来を語るという名目で、上級生の商会長が招かれていた。




「あら、なんだか面白そうな話をしてるじゃない」




教室の隅に立つ一人の青年。




整った顔立ちに落ち着いた佇まい、そして学園の制服の上に羽織る洒落たローブ。


それが、ロイ・アルステッドとの出会いだった。




「グランベール令嬢ですね。……先ほどの講義、面白く聞かせていただきました。特に“雷よりマシ”のくだりが秀逸でした」




「……えっ、笑ってくれたの?」




「ええ。ようやく笑いの通じる方に出会えた気がします」




ロイは、学園の特別課程に在籍する“現役商会会長”。


若くして家業を継ぎ、実力で商人界に名を轟かせる逸材で、特例で学園に通っていた。




「あなた、貴族なの?」




「いいえ。貴族じゃないからこそ、笑えるんですよ」




その言葉が、レティシアの胸にじんわりと染み込んでいった。




ーーーーーーーーーーーーーー




ロイと会ってから、レティシアの中に何かが変わり始めた。




「笑ってくれた……本当に、笑ってくれた……」




彼女は鏡の前で何度も口角の上げ方を練習した。“微笑みの処刑人”と言われないように。


冗談の語尾に少し柔らかさを混ぜることも覚えた。


けれど。




(……それでも、わたくしのことを“怖い”と言う人は減らなかった)




理由は単純だった。


マリアが陰で、“可憐な被害者”を演じ続けていたのだ。




「レティシア様って、すごく……お綺麗ですよね。でも、言葉がちょっとだけ、怖くて……」




「ふふ、わたしなんて平民ですし。お邪魔だったら、すぐにでも身を引きますので……」




そう囁かれれば、誰だって同情する。


王太子も教師も、次第にマリアの肩を持つようになっていった。




 







 




そして、ついにその日が来た。




「レティシア・フォン・グランベール。君の行いについて、学園理事会より報告がある」




王太子と教師、マリアを含む数名の生徒が見守る中、公開処分会が開かれた。




マリアは、涙を滲ませながら語る。




「わたし……何も言いたくなかったんです。でも……“平民風情が”って、レティシア様が……」




「そんな言い方、してないわよ。もっと面白く言ったはず。“平民風情が貴族の真似をすると、靴擦れするわよ”って」




「……」




「……」




誰も、笑わなかった。




(そっちのほうが、きつかった)




 







 




「……もういい。レティシア、君には謹慎処分が言い渡される。学園の名誉のため、退学も検討する」




静かな場内。レティシアはただ、小さく呟いた。




「……笑ってもらいたかっただけなのに」




そのとき――




「だからって、嘘までついていい理由にはならないだろ」




声が響いた。扉が開く。


現れたのは、ロイ・アルステッド。学園上級生であり、アルステッド商会会長。




「ロイ……さん……?」




「僕は、ただ見てたんです。誰がどんな顔で、誰の言葉を“信じたふり”してるのか」




ロイが取り出した水晶が、空中に記憶映像を映し出した。




そこにはマリアが泣いたふりをして、教師に“証言”を強要する様子や王太子と密談しながら、レティシアの発言を“加工”する場面が映されていた。




さらに、フリードら庶民の生徒たちが口々に証言する。




「俺、あのときレティシア様に助けられた……」




「机の中に補助具入ってたの、きっとレティシア様だ……!」






教師たちの顔色が変わった。




マリアは青ざめ、動揺して座り込んでしまった。


「う、嘘……そんな、どうして……?」






「だって、マリアさん。あなた、目が笑ってなかった」




ロイの一言に、マリアは凍りついた。




 







 




「――これが、君たちの“正義”か?」




ロイの問いに、王太子は視線を逸らした。








「くだらない。“従順な平民令嬢”に溺れて、こんな結果か。王族として恥を知りなさい」




学園長がそう言い放ち、マリアと王太子に告げた。




「二人は、学園からの1ヶ月の停学処分にします」






騒然となる中で、レティシアはそっと口元を抑えた。




「……あの、今すごく“ざまぁ”って言いたいけど、言ったらちょっと下品かしら」






ロイが笑った。




「言っていいと思いますよ。むしろ、今の君が言わなきゃ誰が言うのって場面です」






「ふふ……じゃあ、遠慮なく」




レティシアは、声を上げた。




「ざまぁ、ですわ」




どこからともなく大きな拍手が起きた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



騒動から数日後。学園の空気は、目に見えて変わっていた。


かつてレティシアを避けていた生徒たちが、廊下ですれ違えば頭を下げ、

演習の際には「今日も名言、期待してます」などと声をかけてくる始末である。


「……なんだか、急に“お笑い担当”にされた気分なんだけど」


「お嬢様、“担当”どころか、“座長”扱いされてます」


レティシアは口を尖らせながらも、頬が少し緩んでいた。


 



 


一方、王太子レオンとマリアは、正式に学園を1ヶ月停学となり、王都の社交界からも一時的に姿を消した。


「まったく……“選ばれし転生者”だか何だか知らないけど、

現実とゲームの区別もつかない人が“王妃候補”って、笑えない冗談よね」


エマのボソッとした一言に、レティシアはくすりと笑う。


「でもエマ、それは“笑えない冗談”じゃなくて、“笑われた現実”だったのよ」


「お嬢様……それ、ちょっと刺さりました」


 



 


放課後。レティシアは商会を訪れていた。


以前のように“偶然通りかかった”などと強弁するのではなく、堂々とロイを訪ねて。


「いらっしゃい。今日のネタは何ですか?」


「……あら、ネタ扱い? それ、褒めてる?」


「もちろん。僕にとっては最高の“劇場型商談”ですから」


ロイは笑いながら紅茶を差し出す。


レティシアは照れ隠しにカップを手に取ると、少しだけ視線を逸らした。


「……あなたが、最初にわたくしの“冗談”で笑ってくれた人だったわ」


「うん」


「笑ってもらえるって、こんなに救われるのね。笑わせるつもりだったのに、逆に救われたなんて……本末転倒もいいところだわ」


「それが、本当の“面白さ”じゃないですか?」


彼の一言に、レティシアは少しだけ涙ぐみそうになった。


「……最低。そうやってさらっと、わたくしの“感動のフリ”を台無しにするんだから」


「演出家としては、もう一段オチが欲しいところですし」


「この変人……」


二人は顔を見合わせて、心から笑った。


 



 


数週間後。商会主催の慈善祭りのステージにて。


「皆さま、お集まりいただきありがとうございます!

ええ、あの“微笑みの処刑人”こと、レティシア・フォン・グランベールでございます!」


観客たちが沸き立つ。


「本日は、“処刑”ではなく、“爆笑”をお届けにまいりましたわ! ……あ、爆笑って言っても、建物は爆破しませんのでご安心を!」


笑い声が上がる。


その舞台袖で、ロイがにこやかに呟いた。


「……やっぱり、惚れ直すなあ」


隣でエマが言う。


「ロイ様。彼女のネタ、商会の宣伝にもなってますので、ぜひ長期契約を」


「そっち?」


 



 


こうして、“悪役令嬢”と呼ばれた彼女は、

身分関係なく多くの人々に今日も笑いを届けている。


そして、彼女のそばにはいつも、

一緒に笑ってくれる人がいる。


 


──終わり。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ