腐った悪役令嬢の白い結婚
偽装結婚を持ちかけた。
持ちかけられた、ではない。私の方から持ちかけた。
「申し出はありがたいが、君を愛する事はできない。君の事が嫌いというわけではないが、私には愛する人がいる」
相手はこの国の王太子。
ユリウス・アレクシス・ヴァレンティア様。
金髪碧眼。眉目秀麗にして温厚篤実、かっこいいし貴人によくある居丈高なところがなく、裏表のない性格で男女問わずどころか、貴族、平民関係なく人気が高い。
おまけにお金もあって地位も高い。そして結婚適齢期。
これ以上ないくらいの優良物件でありながら、たった一人の心に決めた相手を真摯に愛しぬくという稀有な御方でもある。
だからこそ、わたくしはこの偽装結婚を持ちかけた。
「構いませんわ。ぶしつけながら、その方が誰であるかは重々承知です。下らない良識や身分違いといった縛りで、お二方の恋を――大げさな表現を許してくださるなら真実の愛を――なかったことにするなど、わたくしにはとてもできませんわ。ですから――」
言葉を区切り、殿下の蒼い瞳を間近で見つめる。
ああ。この方は、見れば見るほどイケメンだ。かっこいい。
「わたくしの地位を、立場を、わたくしという女の存在を、利用してください。ユリウス殿下と、あなたが愛する”聖女”様のために」
この提案は、わたくしだからできる事だ。
ユリウス殿下と幼なじみであり、公爵家の令嬢であり、さまざな政治的利害が綱引き大会をした結果、王宮内の多くの者からそれとなく結婚相手としてどうかと水を向けられる立場のわたくしだからこそ。
結婚相手として最も自然であり、偽装結婚するのに申し分ない存在なのだ。
「知っていたのか。私と、ジュリアの仲を」
ユリウス殿下は、形の良い金色の眉を吊り上げる。
誰にも秘密にしていたつもりなのだろう。王太子と、親が誰とも知れない教会に捨てられた”聖女”の組み合わせ。
普通ならば、二人が愛し合う関係だなどと考える者はいないだろう。あまりに身分違いであるし、あり得ない組み合わせだからだ。だが私は違った。
ジュリア様が”聖女”としての能力が認められ宮殿へ召し抱えられる前から、『ユリウス殿下とお似合いだわ。くっつかないかしら』と密かに妄想にふけっては悦に浸っていたのだ。
「はい。安心してください。誰にも口外しておりません。わたくし以外にお二方のご関係に気づいている者もおりません」
答えながら、わたくしの口元が緩む。
ユリウス殿下がはっきりと、これまでひた隠しにしていたジュリア様との仲を認められたのだ。
(ドドドドドドドド ======┌(┌ ^o^)┐)
「妻となった君をないがしろにして、私とジュリアがデートをする姿を見ることになるぞ。それでもいいのか?」
「…………」
殿下と、”聖女”ジュリア様がお城の中庭で仲良く花を愛でながらいちゃいちゃとデートしている姿を想像してみた。
それを、お城のテラスからこっそりと眺める私の姿も。
(ドドドドドドドド ======┌(┌ ^o^)┐デュフフ、コポォ)
「やはり、厳しいだろう? 同情やいっときの気持ちなら……」
「いえその。その程度の意地悪しか思いつけない殿下が……とても、可愛らしいなと思いまして」
「可愛らしい?」
殿下は目をしばたたかせる。
上機嫌に微笑むわたくしが不気味なのだろう。わたくしもユリウス殿下が気味悪がっている事は分かっているのだが、わたくしはどうしようもなく腐っているだけに表情筋が緩むのを止められない。
「むしろ、殿下こそ構いませんか? 表向きとはいえわたくしのような腐った女を正妻に迎え入れるのは。結婚披露宴では頬かおでこのどちらかに誓いの口づけをすることになるでしょうし、晩餐会では手を取り合って踊ることもありましょう。苦痛ではありませんか?」
「あまり卑下しないでくれ。君の性根は腐っていないし、苦痛など感じはしない。君のことは嫌いではない。むしろ好ましく思っている……ジュリアに向ける愛とは質が異なるだけで」
お優しい殿下に、ますますわたくしの好感度は上がる。
「まあ嬉しい。それではなんの問題もありませんわ。身寄りのないジュリア様はわたくしが懇意にしている貴族の方に頼んで養子縁組してもらい、身分的な体裁を整えた後に側妃として迎え入れる、ということでいかがでしょうか?」
わたくしのを好ましく思いつつも愛せないというユリウス殿下と、そんな殿下が心から愛する”聖女”ジュリア様。
彼らの幸せのために、私は私の人生を棒に振っても構わない。絶対に後悔しない。
「どのみちこのままでは、ジュリア様は王宮を去られるだけでしょう。叶わぬ恋を諦めて、あなたの事を忘れるために。それでよろしいのですか? いっそ、利用できるものは何でも利用されるべきでは?」
「…………」
ユリウス殿下はしばし懊悩していたが、やがて頷いた。
「君がそれでいいのなら。ただ、一つ条件がある。道化役を演じるのが馬鹿らしいと感じたのなら、すぐさま言ってくれ。私が全ての責任を負う。君に類が及ぶような真似はしない」
「わたくしが望んでしている事ですわ。それでは、わたくしの提案を飲んでくださるということで」
こうして――
わたくし、アーデルハイト公爵家の令嬢カトレア・アーデルハイトと、王太子ユリウス・アレクシス・ヴァンレンティア殿下は、婚約した。
***
”聖女”ジュリア様には、苗字がない。
親が誰か分からないからだ。
十数年前に教会の前に捨てられた孤児で、かなり過酷な生い立ちを送って来たらしい。
物心ついたころには小間使いのように扱われ、朝早くから夜遅くまで働いて、気絶するように眠る日々。食事は薄いスープと硬いパンばかりで、幼い頃から栄養状態は悪く、背は低く華奢なままだった。身体には、過去の折檻の傷がいくつも残っている。
待遇がましになったのは、ジュリア様に”聖女”としての能力が発見されてからだそうな。
ある日、魔物に襲われた男がジュリア様のいる教会へ担ぎ込まれ、手の施しようがないような大怪我だったのに命を取り留めた。
傷ついた身体を清めるのに使った水が、女神の加護がたっぷりと込められた聖水だったのだ。聖水は人間の治癒能力を高め、病気の感染を防ぐことができる。
誰がその聖水を作ったのか?
教会にいる全ての修道女が調べられたが該当者はおらず、さらに徹底的に調べたところ捨て子であり小間使いとしてこき使われていたジュリア様だった。
誰もが驚いたことに、ジュリア様には100年に一度出るか出ないかというレベルの”聖女”としての適性があった。
六歳の頃の話だったという。
それからは小間使い改め修道女として教会に在籍することとなった。”特級品質の聖水製造機”としてこき使われるのだが、お仕着せの臭いにおいを放つぼろ服からそれなりに清潔なシスター服に変わっただけでも嬉しかったとジュリア様は言っていた。何と健気な御方だろう。
それからいろいろあってユリウス殿下がジュリア様が在籍していた地方教会の実態を調べられ、神官達にはきついお灸をすえられた上、ジュリア様は”聖女”として王宮に召し抱えられることになった。
『殿下にしては珍しく強引な手段で身請けしましたね。それほどの才能だったのですか?』
『いや。ジュリアに一目ぼれしたんだ……。聖女としての能力については、あってもなくてもどうでもよかった』
幼なじみのわたくしだけに、こっそりと教えてくれたユリウス殿下の本音。
いつも覇気に満ちた殿下の凛々しいお顔が、ジュリア様の事になると途端に可愛らしくなる。恥ずかし気に目を伏せ、頬を染めながらも慎重に言葉を選ぶ。その姿を間近で見て、わたくしは――
(ドドドドドドドド ======┌(┌ ^o^)┐デュフ、コポォ、コポォ)
『まあ……それはそれは』
とびきりに腐った笑みを浮かべていたと思う。
***
”聖女”ジュリア様は、一言で言えば可憐だった。
柔らかな白の法衣に薄青の縁取りが差され、光を受けて微かに透ける袖が、まるで天の羽衣のように腕を包む。
菫色の長い髪は丁寧に揃えられ、肩から背にかけて静かに波を描いている。
首元には、淡いラベンダー色の絹のスカーフがふんわりと結ばれている。聖水で清められた代物で、邪な魔物から身を守る効果があるのだという。
儚く、華奢で、少女のように可愛らしい。しかしその眼差しは穏やかでありながら、何物にも屈しないという芯の強さを奥底に宿していた。
この方と相対するとき、わたくしはいつもこう思う。
(攻めに回った時は意地悪になるタイプだわ)
根拠はない。ただの勘……というよりも、わたくしの中の腐っ魔物が紡いだ妄想なのだろう。
それはとても失礼な感想なので、声にも態度にも出さないように気を付けている。
「ユリウス……殿下から話は伺いました」
愁いを帯びた顔。無意識の動作なのだろう。ジュリア様の細い指と指が組まれ、祈る形となる。
夕方の、人払いを済ませた上での面会。
婚約を発表し既成事実を作った後――前では確実にジュリア様が止めに来るから――に、ユリウス殿下はジュリア様にわたくしと交わした約束の内容を全て語っていた。
それを受けて、ジュリア様はわたくしの下へ来た。
こうなることを予想していたわたくしは予定を開け、人払いを済ませ、ジュリア様と相対している。
「分かりません。あれが白い結婚で、偽装結婚での冷えた夫婦関係を送るのなら、カトレア様はお辛い思いをするだけではないですか。あなたがそんな犠牲を払ってまで、この国の王妃という地位を欲する方だとは私にはとても思えません」
「そうね。不気味に思うのも当然ですわね。確かにわたくしは王妃としての地位には興味はありません。
そして正妻でありながら夫には指一本触れる事も無く、その一方で側妾が夫の寵愛を受けるのを間近で見ることになるなんて……ああ」
(ドドドドドドドド ======┌(┌ ^o^)┐デュポヌプゥ)
腐った魔物が蠢く。
胸に熱いものが押し寄せて、身震いがした。
「カトレア様!?」
膝をおり、うずくまりそうになったわたくしに、ジュリア様が慌てて駆け寄る。
大丈夫、とわたくしは”聖女”として回復魔法をかけようとする彼女を手で制した。
「実はわたくし、不治の病を患っているの。心の中におかしな魔物が巣食っていて、どんどんと腐っていく病気よ。どんな名医にも、治癒術師にも、聖女ですらも治せない。今もそう。腐臭をまき散らしながら這いずり回っているわ」
(ドドドドドドドド ======┌(┌ ^o^)┐)
「でもね。……ああ、大丈夫よ。この魔物は少し時間が経てば収まるから」
再び回復魔法をかけてくださろうとするジュリア様を、わたくしは手で制した。
「殿下の高貴さとジュリア様の可憐さ、二つが合わさった時に摂取できる養分があるの。殿下とジュリア様が絆を深めれば深めるほど、わたくしの中に巣食うおぞましくも腐った部分が満たされて癒されるの……信じてもらえないかも知れないけれど」
「つまり、”聖女”としての私の力が必要だと?」
「……そうね。でも、ジュリア様一人だけではだめなの。ジュリア様と殿下が仲睦まじくしているという状況がわたくしにはどうしても必要なの。だから、あなたには殿下とくっついてもらわなきゃ。でも、さすがにあなたが正妻だと何かと面倒くさい人たちが面倒くさいせんさくをしてくるでしょう?
”聖女”であらせられるジュリア様の出自とか、身分とか、その他のことを調べ上げてケチをつける無粋な馬鹿がごまんと出てくるわ。
だから、わたくしが名目上の正妻になって、ジュリア様は側妾になる形が一番収まりがいいのよ」
めちゃくちゃな理屈だった。
論理性がない。合理性がない。
ただ、『ユリウス王子と”聖女”ジュリアの仲を取り持ちたい』という結論だけがある。
ユリウス殿下にとってもジュリア様にとっても、得るものだけしかない提案だ。
その一方で、わたくしには何の得もない――表面上は。
実はこの取引で一番得をするのはわたくしであるのだが、それは今は口にすることではない。無粋にすぎる。
ジュリア「………そういうことなら」
小さく目を伏せて言ったその声には、わたくしに対する疑いの色と、そして愛する人と結ばれるかもしれないという喜びに滲んでいた。
***
水の月、15日。
わたくしとユリウス殿下は結婚した。
婚約発表から結婚式の当日まで、耳にタコができるほど『婚約破棄に気をつけて。特にあの”聖女”に気をつけて』ともっともらしい忠告をしてくる馬鹿どもがいたが、全て無視した。
(ユリウス殿下とジュリア様との仲を引き裂こうとするなんて、度し難い馬鹿どもめ!!!)
望んだうえでの白い結婚だ。
ユリウス殿下の真の正妻は”聖女”ジュリア様。それがいい。
わたくしはお二人が結ばれるための踏み台。それでいい。
「本当にこれで良かったのか?」
結婚式を滞りなく終えた日の夜。
初夜だ。
湯あみを追えて、いつもよりも三割増しの男ぶりになったユリウス殿下が、わたくしにそう尋ねる。
(心が揺れてるわね)
ユリウス殿下の気持ちが手に取るように分かる。
ジュリア様への愛情と、わたくしへの義理。
幼なじみとしてこれまで築いてきた思い入れもあるのかもしれない。
ここで酒を飲ませて一押しすれば、本物の夫婦としての関係を結ぶこともできるかもしれない。
それにもしかしたら、わたくしの容姿にも少しはクラっときているのだろうか?
(そう悪い気持ちではないわね。でも……ごめんなさい)
胸元が大きく開いたナイトドレス。
従者たちが念入りに化粧を施した顔に笑みを浮かべ、私はこう答える。
「はい。殿下の貞操はジュリア様のために」
名目上の夫となった男へ、わたくしはそう言った。
その夜も次の夜も、わたくし達は別々のベッドで寝た。
***
王宮の片隅のバルコニーで、"聖女"ジュリアは、強い風に菫色の髪を乱されるままに立ち尽くしていた。
石畳を鳴らす風が、肌の奥まで冷たさを運んでくる。
脳裏に、昨日の盛大な結婚式の様子が焼き付いている。
一国を背負うものとして凛々しくたたずむユリウス殿下の姿も、その傍で輝かしいドレス姿で立つカトレア様の美貌も。
(本当に、お似合いの二人)
当人たちに白い結婚と言い含められてもなお、割り切れない思いがある。
自分などいない方が良かったのではないか。その方がユリウス殿下は幸せになれるのではないか。
そんな考えが頭の中をぐるぐると回っている。
「ジュリア」
「ひゃっ!?」
背後から抱きしめられた。
がっしりとした力強い腕。相手の身体を気遣い、慈しむような優しい抱きしめ方。確認するまでもない。最愛の男――ユリウス・アレクシス・ヴァレンティア殿下だ。
「い、いきなりすぎます」
たしなめつつも、ジュリアはその腕から逃れようとしない。
むしろユリウスの腕に自分の手を当てて、愛おしげに身を寄せた。
「案ずるな。俺の気持ちはいつもお前の方を向いている」
「その割には、昨日はまんざらでもない顔をしておりましたが」
「形だけとはいえ結婚式を挙げるのだ。愛想を振りまかずしてどうする?」
「昨夜はずいぶんとお楽しみだったのでしょう?」
「白い結婚だ。カトレアも納得の上だ」
「言い切りますね」
意志力を総動員して、ジュリアは愛しい男の腕から離れた。
濃紫のジュリアの瞳が、ユリウスの蒼い瞳をうらめしげに睨んだ。
「嫉妬か。嫉妬されるおぼえなぞないぞ」
「……そういうことにしておきたいのですが」
ジュリアは、悲しげに顔をうつむかせる。
「カトレア様はとてもお美しい方です。ユリウスの心が揺れても仕方ありませんわ」
うつむいたジュリアのあごに指を当て、ユリウスは優しく顔を上向かせた。
互いの顔と顔が近い距離になる。もう少し近づけば、唇が重なるくらいに。
「疑うか。実際にそうだったのだぞ。どうすれば納得するんだ?」
「では――殿下のお身体を、検分させていただきます。キスマークがあったら、嘘だと思いますから」
「ふ。仕方のないやつめ」
ユリウスが、好色そうな笑みを浮かべる。
ジュリアが頬を赤らめながら、年齢にそぐわない艶がかった笑みを浮かべていた。
(ドドドドドドドド ======┌(┌ ^o^)┐デュフ、デュフフフ)
双眼鏡を使い、カトレアはそんな二人を遠くから眺めていた。
ちょっと、人には見せられないような表情になっている。
瞳は大きく見開かれて血走っており、唇はひくひくとうごめき、口端からは涎が垂れていた。
「無理よ、無理無理無理無理。だめ、それ以上はだめ……だめですわ、ジュリア様。そんな大胆で浅ましい誘いをされてはっ。
だって、わたくしっ、唇が読めるんですからっ……!!」
実際、今のカトレアはまともな精神状態ではない。
絶世の美男子であるユリウスのハグと、それを受けて嬉しそうに怒る可憐な”聖女”ジュリアの一挙手一投足を瞳に焼き付けながら。
「ホホホホホホ。こんなこともあろうかと読唇術を習得していて大正解でしたわぁぁ……!!!」
(ドドドドドドドド ======┌(┌ ^o^)┐コポポォ、コポォォォ)
腐った魔物が”養分”を摂取し、取り返しがつかないほど成長していくのを身を震わせながら感じていた。
***
早いもので、ユリウス殿下とわたくしの結婚から、半年が過ぎました。
初めは意気消沈していたジュリア様ですが、ユリウス殿下が甘々に慰められたことで次第に元気になっていきました。
今では王宮での”聖女”としての振る舞いも板につき、威厳と風格が芽生えてきている様子。
さらには、女神様の加護もいっそう強まっているようです。
魔物を寄せつけない聖水を精製したり、病人や怪我人を癒したりと大活躍。
奥ゆかしい性格にも好感が持たれ、身分の低さなど気にしない人も増えてきました。
わたくし? 結婚式からこれまでずっと、ユリウス殿下と寝室を別々にしておりますが何か?
ユリウス殿下? 結婚式からこれまでのほとんどを、ジュリア様と寝室を共にしては朝にこっそり戻ってきておりますが何か?
「そろそろ頃合いでしょう。ジュリア様。いったん王宮から離れてくださいませ」
「なぜです? ……今になってようやく私が疎ましくなりましたか?」
ジュリア様は、濃紫の瞳をぱちくりと瞬かせたまま硬直してしまった。
まるで自分が、突然処刑を言い渡されたかのように。
夜な夜な殿下に愛でられているのにも関わらず、この方の反応は乙女のように可愛らしい。
権謀術数の世界とは無縁の場所に居るのだ。ユリウス殿下のことは関係なしに守りたくなってくる。
「知り合いに子爵家の貴族がおりまして、近々、養子をとろうと考えているそうですの。
養子の条件は”聖女”としての適性があることです。
なお、子爵家の令嬢となれば、王族のお手付きをされて側妾に収まることがよくありますの。……あとはお分かりでしょう?
ユリウス殿下への根回しは済んでおります」
「いえその……前々から聞かされている話ではありますが、なぜそこまで?」
今になってもなお、ジュリア様は戸惑っていた。
自分の夫に、よろこんで愛人をあてがおうというのだ。まともな妻のする事ではないのだから、疑われるのも当然だろう。
「殿下とあなたの愛が、わたくしの腐りかけた部分に生気を与えているのですのよ。二人の絆が深まるほど、わたくしの中の”腐った魔物”が満たされて癒されるの」
わたくしの弁解に、ジュリア様が首をひねる。
「そういうものなのですか?」
「そういうものなのです」
まだ、釈然としないものはあるのだろうけれども。
最初から現時点まで、『ユリウス殿下とジュリア様の恋を応援する』というわたくしの言動は一貫しているので、ジュリア様は首をひねりつつもうなずいた。
***
時はさらに過ぎ、子爵家で花嫁修業を受けたジュリア様は、ユリウス殿下の側妾として召し抱えられる日が来た。
元々”聖女”として王宮になくてはならない人材となっていたため、子爵家に移っての花嫁修業も可能な限り短縮されたそうな。
今のジュリア様は苗字なしではない。エルセリオ子爵姓を持った、れっきとした子爵令嬢――ということになっている。
”聖女”としての鍛錬を積んだジュリア様の認識変換魔法は達人の域にあり、可憐な容貌や洗練された物腰と相まって、かつて教会の前に捨てられた親の知れない素性だとは誰も思わないだろう。
”聖女”になる前の小間使いだった頃のジュリア様を知っている人が見たとしても、寡黙で儚げな深窓の令嬢としか思えないはずだ。
(お綺麗ですわ。天使みたい)
わたくしの目の前には、純白のウェディングドレスを着たジュリア様がいる。
その隣には、純白のタキシードと白いネクタイ着けたユリウス様がいた。
貸し切りにした教会で、数十席ある椅子にはただの一人も座っていない。
居るのは、わたくしと、新郎のユリウス殿下と、新婦のジュリア様だけだった。
側妾は結婚式を挙げられない。それはこの国の不文律であり、王に近い立場であるからこそ遵守しなければならないルールだった。
それではあまりにあまりであるため、わたくしは形だけでも式を挙げるように勧めた。
ユリウス殿下はとても乗り気で、ジュリア様は結婚式に憧れつつも遠慮していたが、強引に二人で説き伏せた。
「新郎ユリウス・アレクシス・ヴァレンティア。
あなたはここにいるジュリアン・エルセリオを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
神父の代理となり、わたくしが問いかける。
「魂にかけて誓います」
厳かに、しかしきっぱりと、ユリウス殿下が決意を述べる。
「新婦。ジュリアン・エルセリオ。
あなたはここにいるユリウス・アレクシス・ヴァレンティアを、病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「この命にかけて誓います」
即答だった。
(ドドドドドドドド ======┌(┌ ^o^)┐デュフ)
魔物が暴れようとしている。わたくしは耐えるのに必死だ。
これから起こることは、あまりに刺激が強すぎるから。
「それでは、指輪の交換を」
ジュリア様がユリウス殿下の手を取り、薬指に指輪をはめる。
ユリウス殿下がジュリア様の手を取り、薬指に指輪をはめる。
その手は、喜びによって震えていた。
(ドドドドドドドド =====┌(┌ ^o^)┐==┌(┌ ^o^)┐デュフフフ)
「最後に、誓いの口づけを」
二人の醸し出す幸せオーラに当てられて、わたくしの胸が熱くなる。
(ドドドドドドドド =====┌(┌ ^o^)┐==┌(┌ ^o^)┐==┌(┌ ^o^)┐デュフコポォヌポォ)
ユリウス殿下はヴェールを上げ、そっと視線で導くように、ジュリア様の顔を引き寄せた。
殿下の蒼い瞳と、ジュリア様の菫色の瞳が互いの姿を映しあう。
その顔と顔が近づき合い、唇と唇とが重なりあった。
(ドドドドドドドド =====┌(┌ ^o^)┐==┌(┌ ^o^)┐デュフコポォヌポォ)
(ドドドドドドドド ======┌(┌ ^o^)┐===┌(┌ ^o^)┐デュフコポォヌポォ)
あまりに尊い光景。気を強く持たなければ失神しそうになるくらいに。
二人の唇が離れ合う。お互いに愛し合う者同士の感慨と歓喜がそこにあった。
「おめでとうございます。これでお二方は、他の誰が何をどう言おうと夫婦ですわ。わたくしが認めます」
気づけば、わたくしの瞳からは涙が流れていた。
****
――火の月15日、カトレアの秘密日記から抜粋――
ユリウス殿下とジュリア様は、結婚式を挙げてから前にも増して仲睦まじくなられた。
そんな二人を正妻として間近で眺めるわたくし。毎日が楽しい。
ここ最近はお二人のわたくしに対する警戒も薄れてきたように見える。
わたくしが本心から二人の恋路を応援しているのだと、ようやく思ってくださるようになったのだろう。
そろそろ頃合いだろうか?
全ての種明かしをして、わたくしの最終目標を実行に移すのは。
ただ……さすがに悩ましい。二人はどう思うだろうか?
あの方たちの瞳が、まるでわたくしを見なかったことにしようとするように冷たくなるのは――想像するだけで、胸が軋む。
今の関係性があまりに心地よくて、このままでいたいと思う。だがそうはいかない。
わたくしの心はどうしようもなく腐っていて、その腐った部分に嘘をつき続けられない。
おそらく、もってもあと一か月だろう。
わたくしは暴走し、ユリウス殿下とジュリア様に深いトラウマを植え付けてしまう。お二方の前でこの腐った本性をさらけ出し、これまでわたくしがしてきたことの”意味”の全てを変えてしまう。
脳裏にありありと浮かぶ。
『ずっとそういう気持ちで私達を見ていたのか』と、なじられる光景が。
それでも、腐ったわたくしは止まれなかった。
****
夜も更けた頃だった。
「なんだ……そんなことだったのか」
「ここ数日、ずいぶんとふさぎ込んでいると思っていたので、心配していました。”聖女”の魔法でも治せないような、命に関わる病を患っていたのかと」
意を決して願いを口にしたわたくしに、ユリウス殿下は肩透かしを食ったご様子。ジュリア様に至ってはあからさまにほっとした表情でした。
「そんなことで済ませてよろしいのですか? ――”お二方の夜のむつみ合いを近くで眺めさせて欲しい”というわたくしの不躾な願いを?」
私は呆然として聞き返した。
ずっと。ずっとずっとずっと夢想していたのだ。ユリウス殿下とジュリア様が付き合っているらしいと感じた頃から、ずっと。
『二人がイタしているところを生で見たい』と。
ただ、同意なく勝手にのぞき見するのはだめだ。それはあまりに無礼すぎる。
許可を得た上で見たかった。
「ついにこらえられなくなったという事なのだろう? 余人ならば不敬罪でつるし上げるところだが、なあ?」
「ええ。これまでカトレア様が私とユリウス殿下にして下さったことを考えれば、その程度の事はまあ、許容範囲内というか。しょうがない方ですね、と笑って言える程度といいますか」
「そも、妻と妾がそろって夫と寝所を共にすることは、あまり外聞が良くはないがないことではないし」
「ええ。カトレア様が眺めるというだけなら私も別に気にしませんが」
「え………」
ちょっと待って。
余裕あるこの口ぶり。
落ち着いたこの態度。
全てを察しているというこの眼差し。
「ひょっとして、とっくにバレてます? わたくしの視線の意味。わたくしの言動の意味。それに、わたくしが白い結婚を申し出た理由」
「おいおい、我が正妻よ。一度も寝所をともにしたことがないとはいえ、どれほど長い間を共に過ごしたと思っているのだ。お前の本性なんぞ、よほどの阿呆でも気づくぞ」
「そうですよ。勘が良く知恵も回るあなたが、私達が気づいたことに気づいていないことが意外でしたが」
「何てこと……」
わたくしは頭を抱えた。
「ずっと悩んでいたのが馬鹿みたい……」
それに恥ずかしい。自分の顔が真っ赤になっているのが分かる。
ずっとわたくしの方が上手だと思っていたのよ。ジュリア様よりも、ユリウス殿下よりも。
それが何? 全てを見透かされた上で手のひらで踊らされていたのはわたくしの方だったとは。
穴があったら入りたい!!
「では、ジュリア。今夜でいいか?」
「はい。殿下。わたしは構いません」
いつもとは別の意味でもだえる私をよそに、殿下はあっさりと言い、ジュリア様もあっさりと返事をした。
「マ? 今夜? というと、今から??」
(ドドドドドドドド ====┌(┌ ^o^)┐===┌(┌ ^o^)┐デュフコポォヌポォ)
羞恥心が引っ込み、腐った心が這い出してきた。
「ぜひともお願いいたします! 邪魔は絶対にしませんし気配も殺しますしなんなら認識操作の魔術で姿も消しますので、普段している通りに!!」
食い気味に言うわたくしに、殿下達は苦笑を浮かべてうなずいた。
****
キングサイズのベッドの上に、わたくしが推す王子と”聖女”様が座っていた。
「もったいぶるものでもなし。すぐにしようか」
「ええ」
(ドドドドドドドド ======┌(┌ ^o^)┐明かりをつけたままァァァア!!!????)
部屋の片隅に座り、声を押し殺すわたくし。
ユリウス殿下が、服を脱ぐ。
たくましいお身体があらわになっていく。
ジュリア様が、服を脱ぐ。
首筋を覆うケープを外し、わずかなふくらみながら確かに存在する喉仏をあらわにさせる。
慎ましい胸元を偽装するために挟んである小さなパッドを外し、華奢で平らな胸元をあらわにさせる。
最後に、『認識操作』の魔法を解除すると――
ジュリア様は、ジュリアンという名前に似つかわしい本当の姿を取り戻す。
十万人に一人――”聖女”としての素質を備えた人間が産まれる確率だ。
一千万人に一人――”聖女”としての素質を備えた”男性”が産まれる確率だ。
ジュリア様は、男でありながら”聖女”であり、”聖女”としての体裁を整えるために女装を強いられてきた。
そんなジュリア様を、ユリウス殿下は男であると気付きながら愛し、ジュリア様もユリウス殿下を愛した。
(ドドドドドドドド ====┌(┌ ^o^)┐ホモォ!!!ホモォ!!!ホモォォォ!!)
(ドドドドドド ┌(┌ ^o^)┐ホモォのビッグバンが宇宙を包む!!)
そんなお二人の愛し合う姿を、わたくしは――
腐った瞳で眺め続けた。
(デュフフ……)
(デュフフフフフフ……!)
(デュフフコポォ……オウフドプフォ…フォカヌポウ……コポォ……!)
ええ。
もう。
最高すぎて失神しかけた。
あとね、これは内緒話だけどね。絶対に墓まで持って行かないといけない秘密なんだけどね。
ユリウス殿下は受けでしたァァアアアアアアアアアアア!!!!!
***エピローグ***
それから、どういうわけだか殿下とジュリア様は『見せつける』性癖に目覚められたようで。
わたくしは一度ならず何度もお二人の寝所に招かれて、ぬぷぬぷぐちょぐちょをたらふく見させていただきました。
何度見ても飽きないわねアレ。わたくしが致命的に腐っているからかしら。それとも、二人とも見目麗しい美貌の持ち主だからかしら。
ただ、ねえ……。
これは想定外だったのだけれども、場の勢いってすごいものね。
みんなちょっとずつ羽目を外していったというか、軽い気持ちでやってみたら意外にいけた的な?
まあ逆に好都合なんですけどね。
わたくし、妊娠しました。
……ええ、びっくりですよね。わたくしもびっくりしましたもの。
父親? 無粋なことを詮索しちゃダメ。わたくしの愛する方ですわ。
お腹の張り具合からすると、双子だと思う。
それと勘なんですけれども、片方は金髪で、もう片方は菫色の髪の毛の色なんじゃないかしら。
不思議なことに、ユリウス殿下とジュリア様の髪と同じ色。たぶんですけどね。
ユリウス殿下もジュリア様も、わたくしが妊娠したことをことのほか喜んでいたわ。
三人で大切に育てよう、ですって。
何だか、こんなに幸せいいのかしらっていうくらいなんだけれども。ともあれ。
かくして、腐女子は腐婦人になりましたとさ。
めでたしめでたし┌(┌ ^o^)┐
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